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情報:農業と環境 No.43 2003.11.1
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No.43
・地球温暖化研究推進のための国内ワークショップの開催
・遺伝子組換え作物の環境安全性評価に関わる技術研修会が開催された
・平成15年度専門技術員専門研修
・IPCC第4次評価報告書に向けての国内連絡会準備会
・宿主による制裁とマメ科植物−根粒菌の相利共生
・侵入性アリ類のコロニー構造と個体群生態
・わが国の環境を心したひとびと(1):熊澤蕃山
・資料の紹介:Agriculture and Biodiversity
・資料の紹介:Environmental Indicators for Agriculture,
地球温暖化研究推進のための国内ワークショップの開催
−地球温暖化と農林水産業:研究の最前線−
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気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は第三次評価報告書のなかで、過去100年間で0.6℃の気温上昇が起こり、今後100年でさらに約3℃上昇することを示した。このような地球規模の温暖化は、農林水産業に大きな影響を及ぼすと考えられる。また、気候変動枠組み条約に基づいて採択された京都議定書への対応として、温室効果ガスのモニタリングと排出削減技術の開発が求められている。
これらの問題に対処するため、農林水産省では平成14年度に、農業環境技術研究所を中心とした委託研究「地球温暖化が農林水産業に与える影響の評価及び対策技術の開発」を開始した。
一方、第二期科学技術基本計画を推進するために内閣府に総合科学技術会議が組織され、国内で実施する研究課題を統括し、効率的な研究推進が行われるようになった。上記の委託研究は、総合科学技術会議が主導する環境分野の重点課題の一つである地球温暖化研究イニシャティブのもとに位置づけられている。
こうした地球温暖化と農林水産業に関する研究の背景やテーマの重要性については、これまで主に専門家の間でしか議論されてこなかった。そこで本ワークショップは、一般市民を含めた多くの方に温暖化研究の背景と科学的な意義について理解を深めていただくことを第一の目的とする。また、研究を開始して間もないが、農業、林業、水産業の各分野で得られた新しい知見についても紹介することとし、広範な視点から農林水産業に関わる温暖化研究の果たすべき役割について検討する。
日 時
会 場 |
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平成15年12月12日、13時〜17時
JAホール(千代田区大手町JAビル) |
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共 催
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農林水産省農林水産技術会議事務局、
(独)農業環境技術研究所、(独)森林総合研究所、
(独)水産総合研究センター、
(独)農業・生物系特定産業技術研究機構、
(独)農業工学研究所、(独)国際農林水産業研究センター |
後 援
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内閣府
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プログラム |
(1) |
挨拶 |
13:00 - 13:20 |
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<安中正実、農林水産技術会議事務局研究開発課長> |
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<陽 捷行、農業環境技術研究所理事長> |
(2) |
地球温暖化研究の背景と現状 |
13:20 - 14:10 |
1) |
温暖化イニシャティブと地球温暖化研究 |
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<笹野泰弘、内閣府総合科学技術会議事務局> |
2) |
地球温暖化による影響評価研究の視点から |
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<三村信男、茨城大学広域水圏科学教授> |
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(3) |
農林水産業への影響評価と対策技術開発の現在 |
14:10 - 16:20 |
1) |
農林業への温暖化の影響 |
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<野内 勇、農業環境技術研究所> |
− 休 憩 (10分) − |
2) |
水産業への温暖化の影響 |
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<井関和夫、水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所> |
3) |
温暖化対策技術の開発 |
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<石塚森吉、森林総合研究所> |
(4) |
今後の研究へ向けて |
16:20 - 17:00 |
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農林水産業における温暖化研究への期待 |
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<及川武久、筑波大学生物科学系教授> |
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農林水産業に関する温暖化研究にもとめるもの −意見交換− |
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<司会:林 陽生、農業環境技術研究所> |
問い合わせ先 |
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農業環境技術研究所地球環境部 |
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電話 029-838-8200、メール wglobe@niaes.affrc.go.jp |
参 集 範 囲
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国立・公立研究機関および行政部局、独立行政法人、大学、
民間企業、民間団体、一般市民ほか |
遺伝子組換え作物の環境安全性評価に関わる
技術研修会が開催された
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日本は今年の6月に、組換え生物の環境安全性に関わるカルタヘナ議定書の批准を決定し、これに関連する国内担保法「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」が成立した。この国内担保法の施行によって、これまで農林水産省の指針に沿って進められてきた隔離圃場での安全性評価の実施が、組換え作物の産業的利用や研究利用を目的とする申請者(企業、機関)に対して法的に義務づけられることになる。
今後は、申請者の当事者責任を明記した新たな安全性評価システムの導入に向けて、円滑な移行を図ることが緊急の課題となっている。このため、当研究所がこれまで開発してきた組換え作物の環境影響評価手法や隔離圃場全般の利用運営に関わる技術情報の移転を目的として、関係機関を対象とした技術研修会を10月10日に開催した。初回の研修会開催にも関わらず、組換え作物の育成や安全性評価を担当する機関の関心が高く、企業、法人、試験研究機関などから27名の参加があった。
午前には、組換え作物の安全性評価の考え方や必要性を紹介し、これに関連したリスクコミュニケーションの重要性や今後の安全性評価の課題についても論議した。また、鱗翅目昆虫抵抗性Btトウモロコシ花粉の生物検定法について、研究情報と農業環境技術研究所が開発した検定手法を紹介した。午後は、当研究所の遺伝子組換え植物隔離圃場を見学した後、昆虫研究施設(インセクトロン)で鱗翅目昆虫抵抗性Btトウモロコシの生物検定手順の実習を行った。
当研究所では、カルタヘナ国内法や省令に沿った組換え作物の安全性評価手法を修得する場として、また、安全性評価法に関する情報交換と関係者間の交流を図る機会として、今後もこのような研修を実施する予定である。
この研修に関するお問合せは、
農業環境技術研究所 生物環境安全部 岡
(Tel.:029-838-8240、E-mail:okasan@affrc.go.jp)まで。
平成15年度専門技術員専門研修
「農業生態系における有害物質の動態と制御技術」
が開催された
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平成15年度専門技術員専門研修「農業生態系における有害物質の動態と制御技術」が、農業環境技術研究所において、9月25、26日に開催された。この専門研修は、農林水産省経営局からの委託を受け、当研究所が実施したものである。都道府県から9名の専門技術員が受講した。
研修の主要な内容は次の通りである。
(1)農作物のカドミウム吸収抑制のための対策技術
(講義:重金属グループ 菅原和夫)
カドミウム濃度等土壌の理化学的要因と作物中のカドミウム濃度との関係を解説し、既往の吸収抑制方法と今後の研究方向を紹介した。
(2)カドミウム汚染土壌の修復と栽培管理技術 −イネ・ダイズの場合−
(講義:重金属グループ 阿江教治)
農耕地土壌のファイトレメディエーションなど汚染土壌の修復技術を解説し、今後の展望を述べた。
(3)硝酸性窒素の汚染軽減対策
(講義:栄養塩類研究グループ 斉藤雅典)
農業に由来する硝酸性窒素汚染の現況を解説し、最近の硝酸性汚染軽減対策について紹介した。
(4)硝酸性窒素の動態予測モデル
(講義・実演:栄養塩類研究グループ 竹内 誠)
農耕地から流域への硝酸性窒素の動態予測モデルを紹介し、モデルに基づく水質保全の考え方を述べた。
(5)農薬の残留問題と安全性評価
(講義:環境化学分析センター 上路雅子)
作物における残留農薬の実態と、安全性確保のための残留基準設定等の考え方を解説した。
(6)農薬の生物影響評価
(講義・実演:有機化学物質研究グループ 遠藤正造)
農薬の水生生物に対する影響評価方法と環境中の農薬濃度の実態を紹介し、水生生物に対する影響評価試験の現場を見学した
(7)農業環境におけるダイオキシン類
(講義:ダイオキシンチーム 大谷 卓)
農業環境におけるダイオキシン類の汚染実態と作物吸収、並びに動態制御技術の現状と方向性を述べた。
(8)難分解性化学物質汚染に対するバイオレメディエーション
(講義:有機化学物質研究グループ 長谷部 亮)
微生物機能を活用した土壌中ダイオキシン類等難分解性物質の分解除去技術の可能性を展望した。
(9)各種化学物質の微量分析
(講義・実演:環境化学分析センター、化学環境部)
ダイオキシン、カドミウム等化学物質の分析機器・施設を見学した。
なお、本専門研修の受講者は次のとおりである。
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(氏 名) |
(専 門) |
(所 属) |
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小野寺和英 |
病 害 虫 |
宮城県産業経済部農業振興課 |
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菊地 繁美 |
病 害 虫 |
山形県庁農業技術課 |
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土生 昶毅 |
病 害 虫 |
東京都産業労働局農林水産部農業振興課 |
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近藤 和子 |
土壌肥料 |
長野県農業総合試験場 |
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松下 幸広 |
豚及び鶏 |
静岡県中小家畜試験場 |
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安堂 和夫 |
野 菜 |
奈良県農業技術センター高原農業振興センター |
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久保 喜昭 |
土壌肥料 |
山口県農林部経営普及課技術・情報推進室 |
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三木 伸司 |
土壌肥料 |
愛媛県農林水産部農業振興局農業経営課 |
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大城 正市 |
特産作物 |
沖縄県農林水産部営農推進課 |
IPCC第4次評価報告書に向けての国内連絡会準備会
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IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第1次報告書が刊行されて、13年の歳月が経過した。その間、1996年および2001年にそれぞれ第2、3次報告書が刊行された。第3次評価報告書の作成に当たって、平成11年にIPCC国内連絡会ができた。これは、日本国内の執筆者や査読編集者を中心としたメンバーから構成され、IPCC全体の進捗状況を把握し、第3次評価報告書に関する情報の共有化や意見交換を図る目的で開催されてきた。
現在、IPCCは2007年を目標に第4次評価報告書を作成しつつある。この報告書に向けても、第3次報告書と同様に第4次評価報告書の執筆者や査読編集者を中心にしたメンバーによる連絡会の準備会が10月9日に開催された。その中で、これまでにわかっている第4次報告書の内容の一部をここに紹介する。この内容は、なお検討が続けられることは、ご承知おき願いたい。
IPCCの第4次報告書は、2007年の完成予定に向け、その骨子案が作成されている。3つの作業部会(WG1:科学的根拠、WG2:影響と適応および脆(ぜい)弱性、WG3:緩和措置)が設けられ、7つの横断的課題(不確実性とリスク、地域問題、水、主要な脆弱性、緩和措置と適応の関係、持続可能な成長、技術)が提案されている。なお、WG1,2,3の骨子案(準備会資料)は以下の通りである。
政策決定者向け要約/技術的要約
第1章 気候変動の科学に関する歴史的概観
要約
・序 ・観測に関する進展
・放射強制力、プロセス及びカップリングの理解に関する進展
・気候モデルにおける進展 ・不確実性の理解に関する進展
別添:用語集
第2章 大気組成及び放射強制力の変化
要約
・序 ・放射強制力の定義及び有用性 ・温室効果ガスの最近の変化
・エアロゾル−直接及び間接の放射強制力 ・土地利用変化に伴う放射強制力
・飛行機雲及び飛行機起因の巻雲 ・太陽及び火山による放射強制力の変動
・放射強制要因の統合
・異種ガスの排出を比較するためのGWPsとその他の手法
別添:技法、誤差評価、計測システム
第3章 観測:大気圏及び表面での気候変化
要約
・序 ・地表面の気候変化 ・自由大気での変化 ・大気循環の変化
・変動のパターン ・熱帯及び亜熱帯での変化 ・中・高緯度変化
・極端な現象の変化 ・まとめ:観測の一貫性
別添:技法、誤差評価、計測システム
第4章 観測:雪氷及び凍土の変化
要約
・序 ・冠雪(snow cover)とアルベドの変化 ・海氷の広がりと厚さの変化
・氷河及び小冠氷 ・氷棚の変化と安定性 ・氷床の変化と安定性 ・凍土の変化
別添:技法、誤差評価、計測システム
第5章 観測:海洋気候変動および海面水位
要約
・序 ・海洋の塩分濃度、水温、熱吸収及び熱含有量の変化
・生物地球化学的なトレーサー ・海洋循環及び水塊形成の変化
・海面水位:全球的及び地域的変化
別添:技法、誤差評価、計測システム
第6章 古気候
要約
・序 ・代替データの方法及びその不確実性
・推定される過去の気候システムの変化 ・急激な気候変動
・古環境モデルの評価及び感度 ・まとめ:産業化時代を視野に入れて
別添:古気候情報の利用のためのガイド
第7章 気候システムの変化と生物地球化学との結合
要約
・生物地球化学的循環についての序論 ・炭素循環と気候システム
・地球規模の大気化学と気候変動 ・大気質と気候変動
・エアロゾルと気候変動 ・陸地面の変化と気候 ・まとめ:循環と過程の作用
第8章 気候モデルとその評価
要約
・モデリングの進歩
・結合全球モデル(CGM)によりシミュレートされた現在の平均的気候の評価
・結合全球モデル(CGM)によりシミュレートされた大規模な気候変動の評価
・結合全球モデル(CGM)によりシミュレートされた鍵となる関連プロセスの評価
・極端な現象のモデルシミュレーション ・気候感度
・閾値及び突発現象のモデルによるシミュレーションの評価
・地球規模システムの簡易モデルによる表現
第9章 気候変動の理解とその要因
要約
・序 ・放射強制力と気候応答 ・気候システムの予測とその信頼性
・産業革命以前の気候変動の理解 ・測定器時代の気候変動の理解
別添:予測可能性の評価手法
別添:外部から強制されて生じた変化のシグナルを検知する手法(検出/原因追及)
別添:不確実性の評価手法
第10章 地球規模の気候予測
要約
・序 ・予測される放射強制力 ・応答の時間スケール
・2100年まで及びそれ以降の気候変動 ・海面水位の予測
・シナリオ及び簡易モデル ・地球規模のモデルによる予測における不確実性
第11章 地域の気候予測
要約
・序 ・地域への変換手法の評価 ・簡易代替手法
・亜大陸規模の気候予測−アフリカ、アジア、オーストラレーシア、ヨーロッパ、
ラテンアメリカ、北アメリカ、極域
・小島嶼 ・地域の気候予測の不確実性
政策決定者向け要約
テクニカル・サマリ
序
・評価の範囲 ・他の報告書及び研究との関係
I.観測された変化の評価
1.自然及び人為システムにおける観測された変化の評価
・観測された変化の検出及び原因特定の手法
−現在及び最近の変化(極端な現象を含む)の観測のデータ及び手法
−変化の原動力(気候関連及び非気候関連)
−手法及び結果における信頼性の追求
・対象となるシステム
−Cryosphere −水文及び水資源 −沿岸プロセス及び沿岸域
−陸上生物系 −水生生物系 −農業及び林業 −人の健康
−災害及び危険
・大規模なスケールへの集成及び原因特定
−各システムの相対的な感度、回復力及び適応能力
−各システムで観測された変化と地域の気候トレンドとの関係の評価
−観測された地域の気候トレンドと人為的な気候変化との関係の評価
−不確実性及び信頼度 −現在及び最近観測される適応からの教訓
II.将来の影響及び適応の評価:セクター及びシステム
2.新たな手法及び将来のシナリオ
・手法に関する新たな発展
−不確実性及び信頼度
・シナリオ:気候/他の環境的/社会経済的前提
−評価に必要なデータ −感度分析 −シナリオの開発及び適用
−将来の条件(極端な現象を含む)の評価 −安定化シナリオ
−将来的なデータ及びシナリオの必要性:警告及び不確実性
3.淡水資源とその管理
・水と気候:降水、蒸散、土壌水分、積雪
・地表水:河川、湖沼、結氷、量及び質
・地下水:採取、塩害、水質
・水需要及び利用:農業、産業、エネルギー、家庭
・極端な事象:洪水及び渇水 ・管理オプション
4.生態系及びその機能(サービス)
・草地とサバンナ ・森林及び林地 ・砂漠 ・湿地 ・淡水湖と河川
・山岳 ・海洋、浅海及び海洋環境
5.食料、繊維、森林及び漁業
・穀物栽培 ・家畜生産 ・工業用穀物及び生物燃料 ・森林
・漁業:海洋及び淡水 ・地球規模の食糧貿易と食糧安全保障
・地域の食糧供給、地域の雇用及び農村地域の生計
・環境問題:水利用、流出、土地利用
6.沿岸及び低地地域
・自然システム
−湿地、マングローブ、サンゴ礁 −デルタ、河口、ラグーン −砂浜、岸壁
・人間社会
−水供給(帯水層を含む) −農林水産業 −人間居住、工業開発、移住
−健康、安全 −観光/レクリエーション
・沿岸以外からの影響
−内陸からの影響:淡水の流入と質、底質の流入 −海洋からの影響
7.産業、居住及び社会
・産業:製造業、建築業
・サービス:販売と貿易、運輸、観光、保険、金融
・ユーティリティ:水供給、エネルギー、廃棄物処理、大気質
・人間居住:都市化、都市デザイン、計画、居住
・社会的事項:人口、移住、生計、文化
8.人の健康
・熱ストレス ・極端な天候及び気候現象の物理的影響
・大気汚染と大気アレルギーの複合影響 ・水汚染との複合影響
・感染症(水媒介及び生物媒介)及び分布の変化:新たな疾病
・食品の質、供給及び栄養度の変化 ・健康の人口的、経済的、社会的側面
・影響の蓄積効果:多様なストレス
III.将来の影響および適応の評価:地域別
9.アフリカ 10.アジア 11.オーストラリア及びニュージーランド
12.ヨーロッパ 13.ラテンアメリカ 14.北アメリカ
15.極域(北極及び南極) 16.小島嶼
IV.影響への対応の評価
17.適応オプション、能力及び実施に関する評価
・評価の手法および概念:脆弱性、回復力、適応能力
・現在の適応方策の評価:現在の脆弱性、リスク管理、地域の知見、
現在の気候及び他のストレスへの適応、政策と制度
・適応能力とオプションの評価:意思決定の基準、効果・便益・コスト、
障壁、衡平性と安全
・適応能力の向上:緩和能力との関係、機会、制約、適応学習
18.適応と緩和の相互関係の評価
・効果的な実施のための前提条件の比較(適応と緩和戦略との間の)
・目的及び決定プロセスの比較:感度を減らすか、暴露を減らすか:リスクの扱い
・規模の比較:全球、国、セクター、地域、プロジェクトの各レベル
・タイミングの比較:結果のタイミング、変化速度、時間の割引を含む
・主体間の相違(政府、民間、市民社会)
・コストと回避された被害の比較
・適応と緩和の間のシナジーとトレードオフのまとめ:戦略の組合せ、不確実性
19.主要な脆弱性の評価
・手法と概念:被害の計測、主要な影響・脆弱性及びその発現リスクの特定
・主要な影響に関する気候変化のレベルを決定するアプローチ:
計量、発生、タイミング、不確実性
・主要な地域規模のリスクの評価
・主要な地域及びセクターに関するリスクの評価
・発生を回避するための対応戦略の評価:安定化シナリオ、緩和/適応戦略、
非可逆性の回避、持続可能な開発の役割、不確実性の扱い
20.気候変化及び持続可能性に関する考察
・地球規模及び集約された影響、複合的ストレス
・地域開発、資源・技術へのアクセス及び衡平性との関係
・影響及び適応能力における地域差、脆弱性及び安全保障との関係
・適応の機会と課題(長期的なものを含む)
・不確実性、未解明の事象、研究の優先課題
著者、査読者のリスト
用語集
索引
政策決定者向け要約
技術的要約
第一部 導入部
第1章 導入
・条約第2条と緩和措置
・過去、現在、将来についての知見、これまでのIPCC報告書を含む
・時間軸 ・報告書の構成:横断的課題の役割と枠組みについて
第2章 枠組み
・気候変化、緩和措置と持続的成長
・緩和措置、脆弱性と適応の関係
・地域的分析(地域統合)
・緩和措置における技術の役割、技術開発、導入、普及、技術移転
・リスクと不確実性 ・分配と公平性の観点
・コストと利益の概念 ・意志決定と履行
第二部 長期的な大気安定化と排出の軌道
第3章 長期的な大気安定化と排出軌道
・排出シナリオ、SRES以後の新規文献評価
・複数のガスを含む緩和と安定化シナリオ、戦術(戦略)およびコスト(不確実性の分析を含む)
・発展の道筋 ・長期的な緩和と安定化への技術の役割:研究開発、技術導入、普及、移転
・条約第二条の観点の意志決定と不確実性に対応する観点での緩和と適応のミックスと回避コスト
・短中期的安定化(緩和措置)が長期的安定化に与える影響。惰性や意志決定上の問題を含む
第三部 短中期的に見た、具体的な緩和措置
それぞれの分野の章立ては以下のとおり。ただし、こういった章立ては、関連性がある場合のみ、および文献がある場合のみ、組み入れることとなる。
要約
1.導入
2.現状、重要な発展の傾向とその意味合い
3.(地域的、地球的)排出の傾向
4.緩和技術、オプションとそのポテンシャル(技術的、経済的、市場)、コスト、および持続可能性
5.緩和措置と脆弱性、適応との間の正負の相互作用。緩和措置が脆弱性を高めるか緩和するか。緩和措置の効果やコストは気候変化に影響されるか。緩和措置と適応措置の間にシナジーやトレードオフはあるか。
6.気候政策の効果と経験。潜在性、障害と機会。京都メカニズムを含む実行の問題、民間部門の見通し、社会的制度的行動的見地
7.温室効果ガス排出に影響する非環境政策との統合。たとえば、エネルギー安全保障、エネルギーへのアクセス、大気汚染防止(微粒子や酸性物質を含む)、移動性、定住、土地利用政策、食料安定保障および他の農業政策、資源保護、生物多様化。スピルオーバー効果と副次利益、および他の持続的成長問題との関係
8.技術の研究、開発、普及、移転
9.長期的見通し、システムの移行、意志決定、惰性と長期的・短期的な選択肢との関係、意志決定ツール
個別セクター章
第4章 エネルギー供給(二酸化炭素隔離技術を含む)
第5章 輸送と輸送インフラ(道路、鉄道、航空、船舶そして輸送用燃料を含む)
第6章 住居/商業(サービス業を含む)
第7章 産業(HFC、PFCを含む)
第8章 農業(土地利用、生物的炭素隔離を含む)
第9章 林業(土地利用、生物的炭素隔離を含む)
第10章 廃棄物処理
第11章 統合的な(分野横断的な)視点からの短中期的な緩和措置
・導入:システムの見地、3章との関係、分野横断的な主要課題、モデル/分析研究の利用を含む。
・分野横断的な緩和措置:記述、特徴、コスト他
・技術開発、導入、普及、移転
・他の政策分野(水、大気汚染防止等)とのシナジーおよびトレードオフ
・全体的な緩和潜在性とコスト
・マクロ経済的な影響
・(正負の)スピルオーバー効果
・トップダウンとボトムアップのアプローチ(分析)の評価(モデルアプローチと分野別アプローチの差の分析など)
・経済的インストルメントおよび他の一般的な政策措置(排出税、排出量規制、自主行動計画なども含む)
・実行面での見地
・緩和措置と適応のシナジーおよびトレードオフ
第12章 持続的成長と短中期的な緩和
・導入
・緩和政策が持続的成長目標におよぼす影響
(WEHAB、貧困撲滅、ミレニアム開発目標、CSD、他)
・持続的成長政策が気候変化緩和におよぼす影響
(WEHAB、貧困撲滅、ミレニアム開発目標、CSD、他)
・緩和措置の慣行と能力の決定要因、WG2適応能力とのリンク
・開発をより持続可能にする機会とインセンティブ
第四部 国際協力
第13章 国際協力
・導入
・開発におけるグローバルな共通課題として気候の特質
・概要:気候変化関連協定と他のアレンジメント
・他の政府間政策、プロセス、インストルメント(開発、環境、貿易を含む)との相互作用
・地域および国の政策、プロセス、インストルメントとの相互作用
・民間、地域および非政府イニシアティブとの相互作用
・統合:気候変動についての国際協力
執筆者および査読者リスト 用語集 インデックス
(注)上記準備会資料中の略語の意味は次のとおり。
GWPs: 地球温暖化係数 (Global Warming Potentials)
SRES: 排出シナリオに関する特別報告 (Special Report on Emissions Scenario)
HFC: ハイドロフルオロカーボン (hydrofluorocarbon); 代替フロンの1つ、温室効果ガス
PFC: パーフルオロカーボン (perfluorocarbon); 代替フロンの1つ、温室効果ガス
WEHAB:水(Water)、エネルギー(Energy)、健康(Health)、農業(Agriculture)、生物多様性(Biodiversity); 持続可能な開発ヨハネスブルク世界サミット(2002年)における5つの重要分野を指す
CSD: 国連持続可能な開発委員会 (United Nations Commission on Sustainable Development)
Host sanctions and legume - rhizobium mutualism
E. T. Kiwes, R. A. Rousseau, S. A. West and R. F. Denison
Nature, 425, 78-81 (2003) |
生物種間の相互の協力関係をどう説明するかは、進化生物学におけるもっとも大きな問題の一つとして残されている。共生者は、なぜコストのかかるサービスを宿主に与え、同じ宿主を共有する競合者に間接的に利益を提供するのだろうか。ひとつには、宿主が共生者の挙動を監視し、「不正行為」に制裁を与えることで、相利共生が安定化するという可能性が考えられる。
この論文では、根粒の中でN2を固定できない根粒菌に対して、ダイズがペナルティを与えることが報告されている。通常の空気を、N2を含まない空気(Ar:O2)に代え、通常は相互に共生を行っている根粒系統が協力(N2の固定)をできないようにした。3つの空間スケール(植物体、根系の半分、各根粒)において行った一連の実験から、非協力状態(不正行為に相当)を強制すると、根粒菌の増殖成功率が約50%低下することがわかった。非侵襲的な観察から、「不正を働く」根粒菌に対する制裁のしくみとして、O2供給の減少が考えられた。より一般的に見れば、パートナーの一方または両方によるこのような制裁は、広範囲におよぶ相互共生の安定化に重要な役割を果たしている可能性がある。
報酬と罰というひとつの系は、昆虫からヒトに至る多くの動物にみられる協力行動の安定化という現象で知られている。今回の研究は、動物と同じように植物にとっても「世の中には只はない」ということを明らかにしている。
The Colony structure and Population Biology of Invasive Ants
N. D. Tsutsui and A. V. Suarez
Conservation Biology 17: 48-58 (2003) |
農業環境技術研究所は、農業生態系における生物群集の構造と機能を明らかにして生態系機能を十分に発揮させるとともに、侵入・導入生物の生態系への影響を解明することによって、生態系のかく乱防止、生物多様性の保全など生物環境の安全を図っていくことを重要な目的の一つとしている。このため、農業生態系における生物環境の安全に関係する最新の文献情報を収集しているが、今回は世界的に分布を拡大している侵入性のアリ類の生物学的特性に関する総説の一部を紹介する。なお、本論文で述べられているアルゼンチンアリは、1993年にわが国の一部地域(中国地方)に侵入・定着し、被害を与えていることが報告されている。
アリ類は、侵入性の生物のうちでもとくに広く分布し、大きな被害をもたらす。侵入性のアリの多くは、いずれも侵入、定着とその後の分布拡大を容易にするいくつかの特性を持っている。とくに重要な特徴の1つは、非常に多くの個体からなる生態学的に優勢なコロニー(集団)を形成する能力である。本論文は、侵入性アリ類の個体群の生態について、侵入と定着の成功に関与する社会性とコロニー構造とに焦点を当てて、まとめている。とくに、よく研究されている2種の侵入性アリ(アルゼンチンアリ Linepithema humile とヒアリ Solenopsis invicta )で観察される社会構造の推移についての仮説を考察している。
社会性昆虫であるアリは、他の個体に出会うと触角で相手の体に触れ、体表の匂い物質を行動刺激物質として感知して、同じコロニーの個体かどうかを認識するシステムを持ち、コロニーが異なる場合には排除する行動がみられる。上記の2種は、侵入の時期とそれに引き続く時期に遺伝的変化が起こり、そのためにアリの社会的行動とコロニー構造に変化が生じる。たとえば、アルゼンチンアリは、原産地の南米では、通常は比較的小規模ななわばりを持ち、多数ある巣ごとに別のコロニーを作り、コロニー間で遺伝的多様性を示し、他種のアリとも共存している。
一方、新たに侵入した地域では、アルゼンチンアリの行動特性(遺伝的に異なる女王や集団の排除)が、コロニーの遺伝的多様性を極端に低下させ、子孫の血縁度を高める。このことによって、侵入地域のアルゼンチンアリは、遺伝的にほとんど同一となり、種内での攻撃性を喪失し、多数の女王アリを擁する巨大コロニーを形成して、在来のアリ類と置きかわる。米国のカリフォルニアに侵入、定着したアルゼンチンアリはいくつかの二次的なコロニーに分けられるが、これらは、おそらく別々の侵入源に由来するか、遺伝子浮動によって生じたと考えられている。アルゼンチンアリのような遺伝的特性は、侵入個体群が侵入に成功する要因となっている。他の多くの侵入性アリ類も類似の社会構造を持っているようであるが、これらの種の基礎的な個体群生態はほとんど知られていない。
侵入性アリ類の多くは、後から侵入したアリによって取って代わられる運命にある。米国南東部では、アルゼンチンアリが、その侵入地域の多くでクロヒアリ(black imported fire ant)に取って代わられ、その後、どちらもヒアリ(red imported fire ant)によって取って代わられた。以前の侵入者は新たな侵入者によって完全に排除されるわけでは必ずしもなく、また、生息環境を変化させることを通じて新たな外来種の定着を促進していることさえ考えられる。
侵入性アリ類の短期間での侵入・定着を可能にしている特性のいくつかは、逆に、長期間の存続性を制限しているのかもしれない。血縁淘汰(とうた)(kin-selection)理論によれば、単一の巨大コロニーは、進化的な時間尺度では安定的ではないと予測される。遺伝的に同一の巨大コロニーでは、働きアリは、ごく近縁の個体と出会うことがほとんどないので、その行動が同じ遺伝子を持つ個体の生存や増殖を有利にすることには必ずしも役立たない。そのため、広範囲の無差別な利他行動が行われる条件下では、働きアリの形質は、有益なものも有害なものも、遺伝率が低下し、それらの遺伝形質に関する淘汰が働かなくなる。時がたつと、有害な突然変異が集積し、適応的な形質が失われ、淘汰によって利己的な行動が残されることによって、単一の巨大コロニーは崩壊することになるかもしれない。これに加えて、女王殺しや正の頻度依存選択のような作用が侵入性アリの侵入個体群に働けば、遺伝的多様性が極度に低下して、各個体の適応度が低下したり、病気や寄生生物に対する感受性が高まるかもしれない。
侵入性あるいはその可能性のあるアリ類の個体群の生態を詳細に調べることで、その侵入、定着のしくみを理解し、それによって将来の侵入を防止、制御するための指針を開発できる大きな見込みがある。既知の侵入種の特性を調査することにより、侵入性の種を見分けたり、定着の機会を積極的に制限することが容易になるだろう。さらに、侵入種が定着したときでも、このような知識によって、隠れた弱点を明らかにして、侵入種を繁栄させている社会構造を切り崩すという新たな試みの方向を提示することが可能になる。
はじめに
環境とは、自然と人間との関係にかかわるものであるから、環境が人間と離れてそれ自身で善し悪しが問われるわけではない。人間と環境の関係は、人間が環境をどのように見るか、環境に対してどのような態度をとるか、そして環境を総体としてどのように価値付け、概念化するかによって決まる。すなわち、環境とは人間と自然の間に成立するもので、人間の見方が色濃く刻み込まれているものである。
だから、人間の文化を離れた環境というものは存在しない。となると、環境とは文化そのものである。すなわち環境を保全するとか改善するということは、とりもなおさず、われわれ自身を保全するとか改善することにほかならない。
そのためには、われわれの人生の豊かさ、心の豊かさが必要であろう。人生の豊かさ、心の豊かさを問うことは空間の豊かさを問うことから切り離すことができない。豊かな環境とは、空間の豊かさであろう。空間の豊かさは、次の三つの思想を通して追求されてきた。ひとつは、西行や慈円などに見られる文学や宗教にかかわる思想である。もうひとつは、熊沢蕃山や吉岡金市などに見られる水理や公害など科学にかかわる思想である。最後は、風土の概念を導入し、空間と時間を環境につなげた和辻哲郎に代表される哲学的な思想であろう。
このような観点から、「わが国の環境を心したひとびと」と題したシリーズを始める。その最初の人は、やはり熊澤蕃山をおいて他にないであろう。
熊沢蕃山の横顔
熊沢蕃山(1619−91年)は、中江藤樹(1608−48年)に陽明学を学んだのち、江戸を代表する賢者の一人である備前藩主池田光政に抜擢(ばってき)、重用されて三千石を賜り、岡山藩の執政として縦横に経綸(けいりん)の才をふるった。しかし、陽明学と幕政批判により、幕府から反体制の危険人物と見なされたため、追われるように各地を転々とし、ついに下総の古河で幽閉され窮死した悲劇の人物である。
蕃山の肖像画には、強気と頑固な政治家風の「容貌魁偉(ようぼうかいい)」なものと、白皙(はくせき)の美男風の「柔和温良」なものとがあるという。このような違った二つの顔。どちらが蕃山の実像に近いのであろうか。マックマレンは語る。それは彼の人間像そのものと、その思想の双方を覆っている。彼の人生経験の驚くべき多様さ、また、それに呼応するかのような彼の思想の幅広さに由来すると思われる。
容貌が異なる二つの肖像画があるように、研究者にとっても蕃山の人間像は不可解でわかりにくく、当惑を覚えずにはおかない存在であるようだ。前半生の栄光と後半生の悲惨。尊敬と嫌悪。いわば光と影にも似た対照的なものに彩られている。
生態学の先駆者
このシリーズの最初に熊澤蕃山をとりあげたのは、優れた経世家であるとともに大破壊大懐疑の人物であったにもかかわらず、生態学の先駆者であったことによる。ここでも蕃山は光と影をもつ。蕃山は、日本の儒教思想の伝統のなかから空間の思想をとりあげて、環境土木の哲学を創造した第一人者であろう。「土木事業を進めるにあたっては、環境への配慮を欠いてはならない」という思想である。
蕃山の認識は、「山川は天下の源である。山はまた川の本である」ともいいかえられる。これは、「山林は国の本である」ということである。自然と人間社会の全体を、基本原理である陰陽の気の様態として説明するこの思想は、天地という広がりと四季の時間的変遷を枠組みとする一種の空間の哲学である。民俗学、粘菌学、生態学の泰斗である南方熊楠は、生態学の先駆者としての蕃山の文章を次のように引用し、政府の神社統廃合策について反対意見を述べている。
「山川は天下の源なり。山又川の本なり、古人の心ありてたて置きし山沢をきりあらし、一旦の利を貪(むさぼ)るものは子孫亡(ほろび)るといへり。諸国共にかくのごとくなれば、天下の本源すでにたつに近し。かくて世中立ちがたし。天地いまだやぶるべき時にもあらざれば、乗除の理(ことわり)にて、必(かならず)乱世となることなり。乱世と成りぬれば、軍国の用兵糧に難儀することなれば、家屋の美堂寺の奢(おごり)をなすべきちからなし。其(その)間に山々本のごとくしげり、川々むかしのごとく深く成(なる)事なり。」
「山林とそこから流れ出る河川は、天下万物を育む生命の源である。にもかかわらず、経済の論理を優先して利のために山の木を切り倒してしまえば、山は水を出さなくなり、川は枯れ果てる。天下の本源というべき山と川が荒廃すれば、天下は必ず窮してその結果乱世となる。乱世となれば、戦争のために多くをとられ、木を切り倒して豪邸や豪壮な寺院を造る余裕もなくなる。木々が切られることがなくなるので、この間に山々の木々は元のように生い茂る。川にも満々たる水が湛(たた)えられるようになるだろう。蕃山はこのような逆説を悲観的に語っている。」
三百年以上も前に書かれたこの蕃山の、人間の未来に対する不気味な警告ともとれる文章は、抑制のまったくない経済的な発想と消費を優先する現在、自然と人間とは一体の関係にあるということを忘れさせ、消費と開発を当然のこととして自然を破壊する「近代」に対する鋭い批判にほかならない。蕃山の言葉は、三百年余を経た今日、さまざまな面にわたる自然汚染や地球環境が加速度的に悪化している点において、ますます真実味を帯びつつある。
自然界における山林という存在の重要性を、蕃山は「人の五臓壱(ひと)ツも破れば人命保(たもつ)べからず。日本国中山(やま)つき川(かわ)変ぜば天下乱(みだ)るべし。今山林つき川沢(せんたく)埋れたるは五行(ごぎょう)かけ五臓(ごぞう)破れたるがごとし」と表現する。
山川=自然に対する蕃山の思い入れの深さは、「山沢(さんたく)気を通じて流泉を出(いだ)し、雲霧を発して風雨をなすものは、山川の神なる処なり。五日に一度風吹ざれば草木延(のび)らかならず。蟲(むし)つき病を生ず。十日に一度雨なくんば五穀草木の養(やしな)ひ全(まった)からず。故(ゆえ)に山川は万物生々(ばんぶつせいせい)の本(もと)、蒼生悠々(そうせいゆうゆう)の業、是(これ)に仍(より)てあり。然(しか)らば山川は天下の本(もと)なり。」という同種の表現において、その著書のなかでいくどもくり返されている。
人間は自然界の一存在として、他の生きとし生けるもの、それを取り囲む生命なき自然と一体となって、生々やむことのないこの大なる自然、有機体としての大宇宙を形成している。陽明譲りの万物一体思想は、蕃山によってこう語られる。
「万物一体とは、天地万物みな太虚(たいきょ)の一気より生じたるものなるゆへに、仁者は、一草一木をも、 其(その)時なく其理(ことわり)なくてはきらず候(そうろう)。況(いわん)や飛潜動走(鳥獣虫魚)のものをや。草木にても、つよき日でりなどに、しぼむを見ては、我心(わがこころ)もしほるゝ(しおれる)ごとし。雨露(うろ)のめぐみを得て青やかにさかへぬるを見ては、我心もよろこばし。是(これ)一体のしるしなり。」
蕃山は、その新田開発反対論に見られるように、経済優先の論理を否定し、自然に対し必要以上に人間の手を入れる国土開発や、奢(おご)りに伴う大量消費に反対し、その結果生じる自然=山林の破壊をきびしく批判した。これこそ、わが国最初の環境保全論者とされる所以(ゆえん)である。
現代的解釈
平成11年の「食料・農業・農村基本法」においては、農業のもつ多面的機能が取り上げられ、この機能を発揮させることが強調されている。2001年版の「環境白書」では、政府は、地球環境保全の観点から「大量生産・消費・廃棄社会」という近代産業や消費社会からの脱却をあげている。また、平成15年の閣議で決定された「土地改良長期計画」では、「いのち」、「循環」、「共生」の視点にたって、環境との調和に配慮しつつ計画的かつ総合的に土地改良事業を進めることが述べられている。
また、蕃山の「水土」の概念は、風土、風俗をも意味するが、なによりも自然環境を意味する。中国秦王朝の始皇帝に仕えた呂不韋(りょふい)が編纂(へんさん)させたと伝えられる。『呂氏春秋(りょししゅんじゅう)』には、「天地の気、寒暑の和、水土の性に根ざして、人民鳥獣草木の生がある」と述べられている。天地の気候、水と土の性にもとづいて、人間や生物の生があるといわれるとき、天地の気や寒暑は天地の全体にわたる気の運行にかかわるから、いわばグローバルな現象である。しかし、水と土は一定地域のものであり、ローカルなものである。ローカルであることを示すのが「水土」の概念である。ここで「水土」の概念は、和辻哲郎のいう「風土」の概念に近い。
蕃山は、「山川は国の本である」というグローバルな認識と、「日本は小国であって、山沢は浅くなってしまった、その原因は驕奢(きょうしゃ)による過剰な山林の伐採にあった」というローカルな視点とを統合した。そして、「ちかごろ日本の水土によって山沢草木人物の情と勢とをみるならば、易簡(いかん)の善(ぜん)でなくては行き渡りません」と、理念的な価値を提案する。
今日の世界的な温暖化に代表される地球環境問題が、結局は人間の自然への無制限な寄生に由来していることからみれば、「近代」という時代がやっと蕃山の主張に追いつきかけたともいえるのである。蕃山は、人間の世界における山川の価値、自然界における山林と河川の重要性をくり返し語った。経済を優先し、人間による勝手気ままな自然破壊は子孫を滅ぼし、人類を滅亡に導くと語った蕃山の信念は、まさに、わが国の環境を心した最初の人ということができるであろう。
現在、さまざまな環境問題についても、例えば「OECDの農業環境指標」や「WTO」など世界標準として原則としたものをどのように受け入れるべきかということが議論されているが、蕃山ならば、単純にこの方向だけをとることに対して批判的な態度を示すであろう。すなわち、地域的特殊性を認識したうえで、その標準をどのように見るべきかを批判的に検討し、両者を適切に統合することが重要であると主張するであろう。蕃山は、柔軟性を欠いた普遍的な理念の適用に対してつねに懐疑的であり、批判的だったからである。風土がわかっていた人であろう。
参考文献
環境の哲学−日本思想を現代に活かす−: 桑子敏雄著、講談社学術文庫(1999)
反近代の精神熊沢蕃山: 大橋健二著、勉誠出版(2002)
南方熊楠全集7: 平凡社(1971)
南方熊楠、人と思想: 飯沼招平編著、平凡社(1974)
資料の紹介: Agriculture and Biodiversity
-Developing Indicators for Policy Analysis-
Proceeding from an OECD Expert Meeting,
Zurich, Switzerland, OECD (2003)
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OECDで検討している農業環境指標は、次の13項目である。1)農業の植物栄養分の使用(Nutrient Use)、2)農業の農薬使用(Pesticide Use)、3)農業の水利用(Water Use)、4)農業の国土保全(Land Conservation)、5)農業の土壌の質(Soil Quality)、6)農業の水質(Water Quality)、7)農業の温室効果ガス排出(Greenhouse Gases)、8)農業と生物多様性(Biodiversity)、9)農業と野生生物生息地(Wildlife Habitats)、10)農業景観(Landscape)、11)農場管理(Farm management)、12)農家財政資源(Farm Financial Resources)、13)農業関連社会文化的事項(Contextual Information and Indicators)。
この指標の中でも、「農業と生物多様性」は、共通な概念がもっとも持ちにくい指標である。「わが国の環境を心したひとびと(1):熊澤蕃山」でも述べたように、生物多様性については、地域的特殊性を認識したうえで、その標準を見定めるべきである。そのための各国の報告がこの資料には記載されている。当所の職員もこの会合に出席し、日本の問題をレビューしている。目次は、以下の通りである。目次の強調文字の部分は、当所の職員が発表したものである。
Preamble
Summary and Recommendations
OECD Agri-Biodiversity Indicators: Background Paper
Kevin Parris, OECD
Biological Diversity of Livestock and Crops: Useful Classification and Appropriate Agri-Environmental Indicators
Frank Wetterich, University of Bonn, Germany
Developing Biodiversity Indicators for Livestock in Greece
A. Georgoudis, et al., Aristotle University of Thessaloniki, Greece
Plant Genetic Resources and Agri-Biodiversity in the Czech Republic
Ladislav Dotlacil, Zdenek Stehno, Research Institute of Crop Production, Czech Republic
Wild Flora and Fauna in Irish Agro-Ecosystems: A Practical Perspective on Indicator Selection
Jane Feehan, Trinity College, Ireland
An Agricultural Habitat Indicator for Wildlife in Korea
Jin-Han Kim, et al., National Institute of Environmental Research of Korea, Korea
Using Bird Data to Develop Biodiversity Indicators for Agriculture
Melanie Heath et al., Birdlife International, United Kingdom
Overview of Biodiversity Indicators Related to Agriculture in Belgium
Visi Garcia Cidad et al., Université catholique de Louvain, Belgium
Eco-Fauna-Database: A Tool for Both Selecting Indicator Species for Land Use and Estimating Impacts of Land Use on Animal Species
Thomas Walter et al., Swiss Federal Research Station for Agroecology and Agriculture, Switzerland
Estimating Wildlife Habitat Trends on Agricultural Ecosystems in the United States
Stephen J. Brady et al., USDA, Natural Resources Conservation Services, United States
Monitoring Habitat Change in Japanese Agricultural Systems
David S. Sprague, National Institute for Agro-Environmental Sciences, Japan
National and Regional Level Farmland Biodiversity Indicators in Finland
Mikko Kuussaari et al., Finnish Environment Institute, Finland
Developing Habitat Accounts: An Application of the United Kingdom Countryside Surveys
Dr Andrew Stott, Department for Environment Food and Rural Affairs, United Kingdom
Agri-Biodiversity Indicators: A View from the Unilever Sustainable Agriculture Initiative
Gail Smith et al., Unilever Research, United Kingdom
Indicators of Agri-Biodiversity -- Australia's Experience
James Walcott et al., Bureau of Rural Sciences, Agriculture, Fisheries and Forestry, Australia
Using Biological and Land Use Information to Develop Indicators of Habitat Availability on Farmland
Terence McRae et al., Agriculture and Agri-Food Canada, Canada
Assessing Biodiversity in the United States Agricultural Ecosystems
Michael J. Mac, U.S. Geological Survey, United States
The State of Agro-Biodiversity in the Netherlands: Integrating Habitat and Species Indicators
Ben ten Brink, RIVM, The Netherlands
Annex -- Complete List of Documents and Information Provided at the Expert Meeting
資料の紹介:Environmental Indicators for Agriculture
Vol.3 Methods and Results, OECD (2001)
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「情報:農業と環境」の本号で紹介した「資料の紹介:Agriculture and Biodiversity」のOECD「農業環境指標」については、すでに2001年に刊行された資料がある。項目別に指標がまとめられている。以下にその目次の一部を紹介して関心ある読者への参考としたい。
Executive Summary
Highlights
Background: Objectives and Scope of the Report
1. Introduction
2. Objectives of the report
3. Structure of the report
4. Developing the indicators
Identifying policy relevant issues which indicators should address
Developing a common framework to structure the development of indicators
Establishing indicator definitions and methods of measurement
Collecting data and calculating indicators
Interpreting indicators
5. Future challenges
Annex: Complete List of OECD Agri-environmental Indicators
Notes
Bibliography
Part I Agriculture in the Broader Economic, Social and Environmental Context
Chapter 1. Contextual Information and Indicators
Chapter 2. Farm Financial Resources
Part II Farm Management and the Environment
Chapter 1. Farm Management
Part III Use of Farm Inputs and Natural Resources
Chapter 1. Nutrient Use
Chapter 2. Pesticide Use and Risks
Chapter 3. Water Use
Part IV Environmental Impacts of Agriculture
Chapter 1. Soil Quality
Chapter 2. Water Quality
Chapter 3. Land Conservation
Chapter 4. Greenhouse gases
Chapter 5. Biodiversity
Chapter 6. Wildlife Habitat
Chapter 7. Landscape