農業環境技術研究所 最終更新日: 2008年 12月17日 農環研NIAESロゴ

生物多様性研究領域セミナー
(特別版)
日 時 : 平成20年12月5日(金) 13:30~16:00
場 所 : 5階中会議室(547号室)

テ ー マ 講 演 者 連 絡 先
法面緑化における在来種栽植について 三中 信宏
(農環研/東大大学院)


津村 義彦
(森林総研)
楠本
838-8245

山村
838-5321
内   容
趣旨:

 現在、私達は「緑化植物による生物多様性影響メカニズム及び影響リスク評価手法に関する研究」というプロジェクトに取り組んでいる。
 このプロジェクトの中で、緑化植物に関する問題点を整理しているが、いわゆる外国産在来緑化植物の問題が未整理のままであることが改めて認識された。また、緑化工学会などから、立地条件に応じた緑化資材の利用が提案されているが、「遺伝子構成の保護」が必要とされるような生物学的保全上重要な場所においての人為的な植栽については、いくつか考え方があり統一的な見解には至っていない。このことは、先の外国産在来緑化植物の問題を含め種以下のレベルでの同一性について共通の認識が得られていないことを意味する。
 この原因は、科学的知見の不足によるものなのか、そうだとしたらどのようなことがわかればよいのか、あるいは、そのような認識は(科学的な知見に基づくものではあるが)最終的には個々の考え方に大きく依存するもので合意に至ることは難かしいのかをセミナーの中で意見交換することにより考えたい。
 セミナーでは、分類学上の「種」の意味について研究されている当研究所の三中信宏氏と長年植物の地理的な遺伝変異と形態形質変異との関連を研究されている森林総研の津村義彦氏とに発表していただき、コメンテーターからのコメントも交え意見交換を行いたい。

 プログラム
13:30~13:35 ご挨拶(西田)
13:35~14:05 発表 「『「種」とは何か?』とは何か?- 種問題(the species problem)とともに生きること」
         三中 信宏氏 (農環研/東大大学院)(質疑応答5分)
14:05~14:35 発表 「大規模緑化における森林の遺伝的攪乱、生態系への影響」
         津村 義彦氏 (森林総研)(質疑応答5分)
14:35~14:45 休憩
14:45~14:55 コメント 小林達明氏 (千葉大学)
14:55~15:05 コメント 岩崎哲也氏 (練馬まちづくりセンター)
15:05~15:15 コメント 高山光男氏 (雪印種苗 北海道研究農場)
15:15~16:00 総合討論


発表要旨

三中信宏(農業環境技術研究所/東京大学大学院農学生命科学研究科)
『「種」とは何か?』とは何か?- 種問題(the species problem)とともに生きること


 「種問題(the species problem)」とは「種(species)とは何か?」という問いかけである。しかし、そこには二つのレベルの下位問題が含まれている。
 十分にやっかいではあるが、より単純な方は、「種カテゴリー問題」すなわち「種」というカテゴリーをどのような種概念によって定義するかという設問である。Ernst Mayr が提唱した生殖隔離に基づく生物学的種概念をはじめ、系統学的種概念・進化学的種概念・凝集的種概念などなど現在では20以上もの種概念が乱立しており、その長所と短所をめぐる論争はいっこうに集結するきざしがない。何十年にもわたって論争が続いているという点では、種カテゴリー問題は確かに難問といえないことはない。いずれは単一の種カテゴリー(種概念)に収束させなければならないという一元論(monism)と複数の種概念の併存を許容する多元論(pluralism)の対立は容易には解消されないだろう。それでも、ある生物集団が生殖隔離のような特定の基準を満たすかどうかは難易度にちがいはあっても経験的に解決でき、したがってその基準に基づく「種」の集合(種カテゴリー)を決めることは原理的に不可能ではないだろう。
 一方、この種カテゴリー問題に比べてはるかに解決困難に見えるのは、「種タクソン問題」すなわち個々の「種」というタクソンがどのような実在であるのかという設問である。これは、種カテゴリーに属する個々の要素である種タクソンとはいったい何であるのかということである。分類学の理論化を行なう際に数学的集合論を用いた定式化が試みられたことが過去にはある。しかし、集合論ではもっとも基礎的な単位としての「要素(element)」は不問に付されるのがつねである。しかし、種タクソン問題はまさにそれを問いかけている。種タクソンは個体の集合として現実に存在するという実在論(realism)の見解と、そのような集合は実在せず単に個体があるだけだとする唯名論(nominalism)に与する見解とはつねに対立し続ける。まさに、中世スコラ哲学の時代の「普遍論争」の再現である。さらに、Michael Ghiselin のように、かつての形而上学は本質的属性によって定義される集合(クラス)にしか目を向けてこなかったと主張し、個体性(individuality)に着眼した新しい形而上学の体系を構築するという試みもある。このような存在論(ontology)を避けて通ることは誰にもできない。
 認知心理学的な分類はすべてのヒトが生得的に行なう能力をもっている。身のまわりの現象世界に存在するさまざまなものを無意識のうちに離散的に分類することは生きていく上で不可欠である。生命の樹によってすべてがつながると考えるならば、多様な生物の世界が「種タクソン」によって離散化されるという考えかたは進化学的には修正しないわけにはいかなくなるだろう。心理的本質主義(psychological essentialism)を飼い馴らすことは不可能だと思われるからである。時空的な存在空間を想定するとき、確かに生物の存在パターンには“疎密”があるだろう。そのような“地形”が実在すると仮定しても問題はない。しかし、その“地形”を離散的な「種タクソン」として切り分けるのは、自然界側ではなく、ほかならないわれわれヒト側の認知心理的な要請にすぎない。だから、「種」はないのである。
--このような形而上学的な魔宮の扉を開いてしまったという点で、種タクソン問題は種カテゴリー問題とは別格の超難問だといえる。


津村義彦(森林総合研究所)
大規模緑化における森林の遺伝的攪乱、生態系への影響


 近年、全国で広葉樹植林が盛んに行われている。広葉樹種苗には配布区域の法的な制限がないため、全国どこからでも入手が可能である。植物集団は長期的な気候変動に対応してその分布域を変遷させながら生き残ってきている。同一種でも地理的に遺伝的な違いが生じていることが多い。例えば、ブナ(Fagus crenata)では、核ゲノムにおいて西日本の集団が遺伝的な多様性が高く、北方の集団ほど遺伝的多様性が低くなる傾向があり、さらに、日本海側と太平洋側の集団間には明瞭な遺伝的分化がみられる。また、オルガネラゲノムでも非常に明瞭な地理的な遺伝構造が存在する。このように遺伝的に異なる集団を人為的に混ぜてしなうことは、これまでに長い年月をかけて自然が作り上げた遺伝構造を壊してしまうことになる。そのため異なる環境で生育した種苗を植栽すると、在来集団への遺伝的攪乱などの影響がでる可能性がある。
 本講演では遺伝的攪乱の問題点、主要緑化広葉樹種の遺伝構造、実際に由来の異なる種苗を植栽した場合の問題点などについて述べる。

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