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プレスリリース
NIAES
平成24年9月7日
独立行政法人 農業環境技術研究所

「低濃度エタノールを利用した土壌還元作用による土壌消毒」
のマニュアルと技術資料を公開
−人と環境にやさしい新たな技術−

ポイント

・ 独立行政法人農業環境技術研究所などは、低濃度のエタノールを利用する新たな土壌消毒技術を開発し、実施マニュアルと技術資料を公開しました。

・ この技術による土壌病害虫の発生抑制は、土壌中の酸素濃度の低下によって生息環境が大きく変化することによるもので、エタノールの直接の殺菌効果によるものではありません。

・ この技術で使用するエタノールは農薬ではなく、土壌還元消毒資材として扱われます。

概要

1. 独立行政法人農業環境技術研究所(農環研)は、国内各地の試験研究機関、日本アルコール産業株式会社などと共同で、「低濃度エタノールを利用した土壌還元作用による土壌消毒」技術を開発し、実施マニュアル(図1)および技術資料(図2)を公開しました。

2. この技術の具体的な手順は、1%程度に希釈したエタノール水溶液を農地に十分にしみ込ませて湿潤状態にし、農地表面を農業用ポリエチレンシート(農ポリ)で2週間程度被覆するというものです。

3. この土壌消毒法により、作物に対して病原性のある細菌、糸状菌(カビ)、線虫、土壌害虫や雑草の発生を抑制できます。低濃度のエタノールそのものには殺菌効果はありませんが、エタノールをエサとする土壌微生物が増殖して酸素が消費され、土壌中の環境が無酸素(還元)状態となることで病原性の土壌微生物などが減少・死滅することによりその効果が得られます(図3)。

4. 土壌消毒法に用いるエタノールは農薬に該当しません。土壌還元消毒用のエタノール資材は、現在「エコロジアール」として、日本アルコール産業株式会社から販売されています。

5. 実施マニュアルと技術資料を農環研のウェブサイトで公開しました。「実施マニュアル」では処理方法の概要が平易に説明されています。また「技術資料」ではこれまでに得られた個別の事例が数多く紹介されています。また、マニュアルは無償で頒布しますので、ご入用の方は当研究所の広報担当までご連絡下さい。

予算: 新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業(農林水産省)「低濃度エタノールを用いた新規土壌消毒技術の開発(課題番号:2019)」(2008-2011)

特許: 「土壌還元消毒方法、土壌還元消毒剤、土壌湿潤化消毒方法、土壌湿潤化消毒剤および土壌消毒剤潅注システム」(特許4436426号)、 「土壌還元消毒方法、土壌還元消毒剤、土壌湿潤化消毒方法、土壌湿潤化消毒剤および土壌消毒剤潅注システム」(特願2009-297759号)

問い合わせ先など

研究推進責任者:

(独)農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台3-1-3

理事長   宮下  C貴

研究担当者:

(独)農業環境技術研究所

研究コーディネータ       農学博士  與語 靖洋

有機化学物質研究領域主任研究員 博士(工学) 小原 裕三

TEL 029-838-8306

日本アルコール産業株式会社 関連事業本部 新規事業部

富重 敏郎
黒木 利光

TEL 03-5641-5255 FAX 03-5641-5256

広報担当者:

(独)農業環境技術研究所 広報情報室 広報グループリーダー

小野寺達也

TEL 029-838-8191 FAX 029-838-8299

電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

技術開発の社会的背景

トマト、ピーマン、ホウレンソウ、メロン、イチゴなどに代表される園芸作物では、同一作物を連作することによって、減収します。これを連作障害といいます。連作障害には様々な要因が考えられますが、その多くが土壌病害虫によるといわれています。これらの発生が激しい場合は、全く収穫できなくなることもあり、大きな問題となっています。

このような問題に対して、従来、ウイルス病から害虫・雑草まで極めて高い防除効果が得られる臭化メチルが使われていました。しかし、臭化メチルは大気中に拡散してオゾン層を破壊するため、国際的な取り決めにより全廃されました。

現在は、この臭化メチルに代わって、クロルピクリン、D-D、ダゾメットなど他の土壌くん蒸剤が多用されています。しかし、これらの農薬もガス化して周囲へ拡散するなど、人の健康への影響が懸念されるため、欧米などではこれらを利用する際に大変厳しい規制が行われています。

技術開発の経緯と特徴

人や環境に優しい新規な土壌消毒技術が求められるなか、「低濃度エタノールを用いた新規土壌消毒技術」に実用化の可能性を見いだしました(2007年11月22日農環研プレスリリース)。そこで、農環研を中心とする研究グループは、「農林水産省新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業」 の支援のもと、土壌消毒効果の得られるメカニズムの解明、作物と病原性土壌微生物に対する適用性の拡大と実証、土壌還元消毒法の最適化に取り組みました。

その結果、「低濃度エタノールを利用した土壌還元作用による土壌消毒」 技術が、独立行政法人農業環境技術研究所、地方独立行政法人北海道立総合研究機構中央農業試験場、千葉県農林総合研究センター、神奈川県農業技術センター、岐阜県農業技術センター、岐阜県中山間農業研究所、徳島県立農林水産総合技術支援センター、財団法人日本園芸生産研究所、日本アルコール産業株式会社により共同開発され、その実施マニュアル(図1)と技術資料(図2)が公開されました。

この土壌還元消毒技術で用いる低濃度のエタノールそのものには殺菌効果がありません。それにもかかわらず、作物に対して病原性の高い土壌中の微生物(以後、「病原性土壌微生物」)の密度が低下するのは以下の理由からです。

まず、低濃度のエタノール水溶液を処理することによって、畑土壌中にもともと生息している土壌微生物が活発に増殖します。土壌微生物が増殖すると、そこにある酸素が消費されます。ところが、農ポリで被覆しておくと土壌に空気が供給されないので、土壌は酸素濃度の低下とともに還元化されます。その結果、このような環境の変化の影響を受けやすい病原性土壌微生物や、土壌害虫、線虫、雑草が死滅または減少します(図3)。一方、土着の微生物はある程度維持されるので、病原性微生物による再汚染を長期間抑制する効果も期待できます。

この土壌還元消毒の効果は、土壌中の環境が無酸素(還元)状態になることによるものであるため、この技術に用いるエタノール資材は農薬に該当しません。

この技術は、住宅や公共施設に隣接する農地など、土壌くん蒸剤の使用が難しい農地の土壌消毒に有効と考えられます。

今後の予定・期待

土壌還元消毒資材「エコロジアール」はエタノール含有量60%未満の水溶液で、消防法の危険物には該当しません。日本アルコール産業株式会社から、20L入りのバックインボックス(BIB)として販売されています。この場合、実勢購入価格の過半は包装容器と流通コストになります。

一方、今後の需給の状況により、再利用可能な大型コンテナ容器での資材の提供も視野に入れており、より低コスト化が期待できます。また、原料アルコール(エタノール含有量約95%)の蒸留工程で生じる安価な副生アルコール(エタノール含有量90%未満)はこれまで有効な用途がありませんでした。このような、安価で、有害な不純物が含まれないアルコールを積極的に利用することでいっそうの低コスト化が期待できます。

今後、この技術の適用範囲をさらに拡大するとともに処理方法の最適化をすすめることで、園芸作物生産における土壌病害虫による被害を回避するために、広く利用されることが期待されます。

(図1)

図1 「低濃度エタノールを利用した土壌還元作用による土壌消毒」のマニュアル(表紙) (クリックするとマニュアルのPDFファイルをダウンロードできます)

(図2)

図2 「低濃度エタノールを利用した土壌還元作用による土壌消毒」の技術資料(表紙) (クリックすると技術資料のPDFファイルをダウンロードできます)

エタノール施用 →[段階1.微生物の活性化](エタノールがエサとなり微生物が活性化)→ポリエチレンフィルム施用→[段階2.土壌の還元化](低酸素条件(還元条件)では、病原菌や線虫などの活動が抑制)→[段階3.有効成分の蓄積](酢酸や酪酸、金属イオンなどが蓄積)→ポリエチレンフィルム除去→[段階4.好気条件への回復](抑制作用に関連する物質は消失して、土壌には残留しない)(図3)

図3 「低濃度エタノールを利用した土壌還元作用による土壌消毒」のメカニズム

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