綿蚕を用いた紡績糸の製造とその利用
絹は、色沢や肌触りの良さという点だけでなく、吸・放湿性など健康衣料としても優れた特性を持つことから、衣料用としては和装から洋装まで、多様な用途に使われている。
今まで、絹織物原料としては生糸が主であったが、私たちは絹製品の多様な蚕品種を活用した開発を目標にして、和紡績法(ガラ紡)に着目し、その簡易な紡績法の開発と製品化に取り組んでいる。
当研究所(小淵沢)で保存されてきた蚕品種の中には、セリシンの膠着度合いが弱く、容易に開繭できる形質を持つ「綿蚕」(綿蚕「49」・綿蚕(17)・綿蚕)3系統がある。この3系統のうちで最も繭層が多く、しかも繭糸間の膠着度が弱い綿蚕「49」を選び、数代選抜育成を行った系統の繭を用いて(表1、図1)絹綿及び和紡績による紡績糸(絹ガラ紡糸)製造法の開発を試みた。なお、綿蚕「49」は強健で飼育しやすく農家での大量飼育が可能であった。
表1 綿蚕系統の計量形質
系統 | 全齢日数 | 生存率 | 繭色 | 繭層重 | 繭糸長 | 繭糸繊度 | 解じょ率 |
(日) | (%) | (cg) | (m) | (d) | (%) | ||
綿蚕「49」 | 22/07 | 95.6 | 白 | 37.3 | 710 | 2.94 | 56 |
綿蚕(17) | 21/21 | 93.9 | 淡笹 | 24.1 | 518 | 2.58 | 25 |
綿蚕 | 22/07 | 95.6 | 白 | 30.3 | 598 | 2.53 | 49 |
図1 綿蚕「49」の繭層
絹繭綿と絹ガラ紡績糸は、次の手順にしたがって製造した(図2)。まず、綿蚕繭の乾燥は、高温では繭層セリシンの固着が強まり、開繭しにくくなり、その上、精練後の開繭においてもセリシンの親水性や溶解性が低下する。このため、通常より低めの温度で乾燥を行う必要がある。
図2 製造工程
紡績糸用ラップ(繭綿)は、綿蚕繭層を精練せず、可動ハンドカード用針布(図3)で櫛削る動作を繰り返しながら繭から繭糸をほぐして原綿を作成した。この原綿をまとめ、電動式手工的カード(図4)を用いて紡績糸用ラップにした。この場合、ラップの切断回数と繊維の長さが、その後の紡績糸作りと糸の繊度などに影響することから、繊維長の制御と作業性の向上を図るため、ラップを切断して数回カーデングを繰り返した。この時点でそのまま紡出すると紡績糸が太くなるだけでなく、繊度むらや切断が多く発生する。これらの事象を防ぎ、ネップ(塊)のない均}なものとするため、サンプルローラーカード(図5)などを併用して綿化した。
図3 ハンドカード用針布
図4 電動式手工的カード機
図5 サンプルローラーカード
綿筒の上下動(引延し)と回転(撚りかけ)運動を基本とするガラ紡機(図6、7)による簡易紡績システムで繭層ラップから紡績糸を製造したところ、繊度が細く、むらの少ない良質の絹ガラ紡績糸が得られた(図8)。
この方法で得られた紡績糸は、かさ高性と柔軟性に富むので、この紡績糸による織物は精練することによって、繭糸表面のセリシンが取り除かれ、糸間・繊維間の内部空隙が増大するため、織物の見掛けの比重及び剛軟度が小さく、膨らみと柔軟性に富み、優れた光沢を呈した。しかも、たて、よこ糸方向の防しわ率は高く、縫製しやすく、通気性・保温性の優れた生地となり(表2)、背広地、ブラウス、ニット、作務衣、絹布団綿などにも適用が可能となった。この方法は「綿蚕」繭に限らず、普通繭、選除繭、繭毛羽、屑糸や、野蚕の繭などにも広く応用できることがわかった。
図6 ミニガラ紡機
図7 ガラ紡機の原理
図8 ラップから紡出した紡績糸
表2 綿蚕紡績糸織物の性状
密度 | 目付け | 厚さ | 見掛け比重 | 防しわ率 | 剛軟度 | |||||
区分 | 糸の種類 | (本/cm) | (g/u) | (mm) | (g/cm3) | (%) | (mm) | |||
たて | よこ | たて | よこ | たて | よこ | |||||
綿蚕 | たて446d | |||||||||
ガラ紡糸 | よこ300d | 21.0 | 13.0 | 34.5 | 0.51 | 0.26 | 78.2 | 77.0 | 28.8 | 18.5 |
絹紡糸 | たて75d | |||||||||
(対照区) | よこ75d | 22.8 | 37.0 | 76.0 | 0.19 | 0.40 | 81.0 | 74.0 | 35.2 | 38.4 |
さらに、綿蚕繊維と他繊維との複合紡績糸による洋装衣料素材の開発等も進めている。なお、普通繭の繭層や切り繭を綿化するためには精練方法が重要であり、繭層を洗濯用の編み袋に入れて、酵素精練を行うことにより、ネップの少ない絹綿を作出できることがわかった。
次に、天蚕繭の持つ光沢・色彩を原糸や織物に活かす技術を検討した。天蚕繭を、蛋白質分解酵素を使って精練、脱水した後、家庭用の洗濯乾燥機でゆっくり回転乾燥すると繭糸の固着が軽減され、綿化作業が能率化されるとともに、紡出が可能な原綿が製造できる。この原綿は、天蚕繭の色彩がある程度残っており、その色も長期間保たれることや紡出された紡績糸は追撚して繊度を均整化すると、手織りだけでなく自動織機による製織にも十分使えることが認められた。この方法によって、エリサン、ヨナクニサン、アナフェサン、クリキュラなど他の野蚕繭についても、絹ガラ紡績糸の製造ができることがわかった。
色繭(図9)・大造の毛羽を使って、ニット製品を作出する試みを蚕糸科学研究所と共同研究で進め、和紡績法により色繭の持つ天然の色彩を紡績糸に残すことができた。紡績糸に、S100T/m
の撚りを掛けて増強し、これを用いてタック編にした。このベストは、軽くて着心地がよく、製品にも天然の色素が残り素朴で上品な感じに仕上がっている(図10)。
図9 大造繭と繭毛羽のラップ
図10 作製したベスト
また、精練せずに精綿化された綿や足場繭毛羽は手工芸品(団扇・画材・コースター等)などにも利用できる。
多様な蚕品種繭を利用し簡易な絹ガラ紡糸装置技術は、中山間地域などの地場産業の振興と活性化に役立つものと期待している。
(蚕糸・昆虫農業技術研究所 機能開発部 衣料素材研究室 神田千鶴子)