Z.蚕業試験場(大正3年)

1.原蚕種製造所支所の増設と原蚕種の配布
 明治44(1911)年発足した原蚕種製造所は、明治45年夏秋蚕部を松本支所とし、大正2年、一宮支所(愛知県中島郡一宮町)、熊本支所(熊本県飽託郡健軍村)の2支所を設置し、本所及び6カ所の支所で事業を進めた。当初、原蚕種製造所は、全国各地の在来種および、中国、フランス、イタリアからの輸入種およびそれらの交雑種を対象に比較試験を行い、優良と認められた蚕品種の配布と行っていたが、一代交雑種の最初の品種である春蚕用品種「日一号×支四号」の育成を契機として大正3(1914)年から原蚕種の配布を開始した。
 タイから帰国後、原蚕種製造所において研究を続けていた外山亀太郎は、日本種と中国種との一代交雑種がよりすばらしいことを見出し、明治39年5月蠶業新報に「蠶種類の改良」とする一文を寄せ、蚕の一代雑種の利用を提唱した。外山の研究を助けてその実務を担当していた森繁太郎らの努力のかいもあって、実用品種としての一代雑種の配布に至った。当時、外山亀太郎は「原種の配布は尚早である」と考えていたようだが、加賀山所長の英断によって、蚕品種の育成法が確立した、ということが、石黒忠篤農政談『日本の蚕糸業について語る』(農業総合研究所、1997)に書かれている。

 
図10 原蠶種製造所熊本支所の庁舎(上)と蚕糸九州支場の所在場所を示す地図(下)

                                             (官報第8631号 明治45年3月30日 土曜日)
農商務省告示第九十號
 明治四十五年四月一日ヨリ東京蠶業講習所夏秋蠶部ヲ原蠶種製造所所管ニ移シ之ヲ原蠶種製造所松本支所ト改稱ス
         明治四十五年三月三十日      農商務大臣 男爵 牧野伸顯
                                              (官報第206号 大正2年4月10日 木曜日)
農商務省告示第百十八號
原蠶種製造所支所ヲ左ノ通増設ス但シ大正二年四月十日ヨリ當分ノ間假事務所ヲ左ノ場所ニ開設ス
         大正二年四月十日         農商務大臣 山本達雄

    位   置              名  稱              假 事 務 所
愛知県中島郡一宮町大字一宮  原蠶種製造所一宮支所   愛知縣中島郡一宮町愛知縣蠶業取締所第六支所内
熊本縣飽託郡健軍村大字神水  原蠶種製造所熊本支所   熊本市熊本縣原蠶種製造所内

2.蚕業試験場の官制発布
 前述のように、当初農商務省農務局において、原蚕種製造の事業を生産調査会に諮った時には「蚕業試験場」として計画されていたものであるが、生産調査会の答申に“此の機関を蚕業試験場と云う名称にしておくと、学者は徒に品種の研究にのみ没頭して、容易に原蚕種の配布をするようにならない処がある。故に之を原蚕種製造場と為し、其の使命を明確にしておく方がよい”とあったことから、これを尊重して原蚕種製造所としたものであった。大正3年になって、事業の進捗が見られたことから、もはや「蚕業試験場」と呼称するのに遠慮はいらないだろう、ということになって、大正3(1914)年6月17日勅令第113号をもって、「蠶業試験場官制」を公布し、原蚕種製造所の事業を之に移し、本所、支所と呼んでいたものを、本場、支場と呼ぶこととした。
 蚕業試験場の官制によれば、蚕業試験場の所掌事務は次のように定められている。
 第1条 蚕業試験場は農商務大臣の管理に属し左の事務を掌る
    1 蚕糸業に関する試験及調査
    2 原蚕種の製造及配付
また、本場の内部組織及び支場は次のとおりであった。
     蚕業試験場(東京府豊多摩郡杉並村)    ─┬─ 桑樹部(大澤一衞)
       │                   ├─ 生理部(外山亀太郎農學博士)
       ├─ 綾部支場(京都府何鹿郡綾部町)  ├─ 病理部(石渡繁胤農學博士)
       ├─ 前橋支場(群馬県前橋市)     ├─ 製糸部(松下憲三朗)
       ├─ 福島支場(福島県福島市)     ├─ 化學部(平塚英吉)
       ├─ 松本支場(長野県松本市)     └─ 庶務課
       ├─ 一宮支場(愛知県中島郡一宮町)
       └─ 熊本支場(熊本県飽託郡健軍村)

                                                   (官報第563号 大正3年6月17日 水曜日)
朕蠶業試驗場官制ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
  御名 御璽
     大正三年六月十六日
                        内閣総理大臣 伯爵 大隈重信
                        農商務大臣  子爵 大浦兼武
勅令第百十三號
 蠶業試驗場官制
第一條 蠶業試驗場ハ農商務大臣ノ管理ニ属シ左ノ事務ヲ掌ル
 一 蠶絲業ニ關スル試驗及調査
 二 原蠶種ノ製造及配付
第二條 蠶業試驗場ニ左ノ職員ヲ置ク
  場長
  技師   専任   二十人   奏任
  技手   専任   四十八人  判任
  書記   専任   十四人   判任
第三條 場長ハ技師ヲ以テ之ニ充ツ農商務大臣ノ指揮監督ヲ承ケ場中全般ノ事務ヲ掌理ス
第四條 技師ハ上官ノ指揮ヲ承ケ技術ヲ掌ル
第五條 技手ハ上官ノ指揮ヲ承ケ技術ニ従事ス
第六條 書記ハ上官ノ指揮ヲ承ケ庶務ニ従事ス
第七條 農商務大臣ハ必要ト認ムル地ニ蠶業試驗場支場ヲ置キ本場ノ事務ヲ分掌セシムルコトヲ得
第八條 蠶業試驗場ノ位置竝ニ支場ノ位置及名称ハ農商務大臣之ヲ定ム
     附  則
本令ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス
原蠶種製造所官制ハ之ヲ廢止ス
本令施行ノ際現ニ原蠶種製造所技師、技手又ハ書記ノ職ニ在ル者別ニ辭令書ヲ交付セラレサルトキハ各蠶業試驗場技師、技手又ハ書記ニ同官等俸給ヲ以テ任セラレタルモノトス
                                                   (官報第563号 大正3年6月17日 水曜日)
農商務省告示第百七十九號
蠶業試驗場支場ノ事務ハ左ノ區域ニ依リ之ヲ取扱フ
    大正三年六月十七日           農商務大臣 子爵 大浦兼武
  支 場            區   域
 綾部支場  京都府 兵庫縣 滋賀縣 福井縣 石川縣 富山縣 鳥取縣 島根縣
 前橋支場  東京府 神奈川縣 埼玉縣 群馬縣 千葉縣 茨城縣 栃木縣
 福島支場  北海道 宮城縣 福島縣 岩手縣 青森縣 山形縣 秋田縣
 松本支場  新潟縣 山形縣 長野縣
 一宮支場  大阪府 奈良縣 三重縣 愛知縣 静岡縣 岐阜縣 和歌山縣
 熊本支場  長崎縣 岡山縣 廣島縣 山口縣 徳島縣 香川縣 愛媛縣 高知縣 福岡縣 大分縣 佐賀縣 熊本縣 宮崎縣
         鹿児島縣 沖縄縣
                                                   (官報第656号 大正3年6月17日 水曜日)
農商務省告示第百八十號
蠶業試驗場の位置竝支場ノ位置及名称ヲ左ノ通定ム
    大正三年六月十七日           農商務大臣 子爵 大浦兼武
  名    稱      位    置
 蠶業試驗場       東京府豊多摩郡杉並村
 蠶業試驗場綾部支場   京都府何鹿郡綾部町
 蠶業試驗場前橋支場   群馬縣前橋市
 蠶業試驗場福島支場   福島縣福島市
 蠶業試驗場松本支場   長野縣松本市
 蠶業試驗場一宮支場   愛知縣中島郡一宮町
 蠶業試驗場熊本支場   熊本縣飽託郡健軍村
 


図11 蠶業試験場(大正4年)


図12 蠶業試験場綾部支場


図13 蠶業試験場前橋支場


図14 蠶業試験場福島支場


図15 蠶業試験場松本支場


図16 蠶業試験場一宮支場


図17 蠶業試験場熊本支場

 前述したように、明治44年5月10日の勅令第150号により公布された「原蠶種製造所官制」の第1条第1号には、事業として“原蚕種の製造配付”を行うこととなっており、同年8月1日訓令第16号で定められた「原蠶種製造所處務規程」の第6条では“別に定める規程に”よる、とされている。しかし、蚕種配付規程は、大正3(1914)年12月29日告示第344号によって蚕業試験場の蚕種配付規程が定められるまで、見当たらない。

                                                   (官報第724号 大正3年12月29日 火曜日)
農商務省告示第三百四十四號
 蠶業試驗場蠶種配付規程左ノ通定ム
     大正3年12月29日            農商務大臣 子爵 大浦兼武
  蠶種配付規程
第一條 蠶業試驗場ニ於テ製造スル一代雑種用原蠶種ハ左ノ各號ノ一ニ該當スルモノニ對シ無償ニテ之ヲ 配付ス
 一 道府縣立原蠶種製造所
 二 道府縣ヲ區域トスル組合ノ設立スル原蠶種製造所
 三 道府縣又ハ道府縣ヲ區域トスル組合ノ設立スル蠶業ニ關スル講習所
第二條 蠶ノ種類改良及蠶種配付ニ關スル設備ヲ有シ蠶業試驗場長ニ於テ適當ト認メタルモノニ對シテハ前條ノ規定ニ準シテ配付スルコトアルヘシ
第三條 蠶種ノ配付ヲ受ケムトスルモノハ毎年一月三十一日迄ニ様式第一號ニ依ル請求書ヲ作リ所轄蠶業試驗場支場ニ差出スヘシ
第四條 蠶業試驗場支場長ハ配付スヘキモノト決定シタルモノニ對シ春蠶種ニ在リテハ九月三十日迄ニ其ノ他ニ在リテハ十一月三十日迄ニ其ノ品種及蛾數ヲ通知スヘシ
第五條 蠶種ノ配付ヲ受ケタルモノハ之ヲ原種トシテ蠶種ヲ製造配付シ様式第二號及第三號ニ依ル報告書ヲ作リ第二號ニ依ルモノハ飼育終了後二箇月以内ニ第三號ニ依ルモノハ配付決定後直ニ所轄蠶業試驗場 支場ニ差出スヘシ
第六條 蠶種ノ配付ヲ受ケタルモノハ一種ニ付十蛾以上一代雑種ヲ製造シ且之ヲ飼育シ様式第二號ニ依ル飼育成績報告書ヲ作リ飼育終了後二箇月以内ニ所轄蠶業試驗場支場ニ差出スヘシ
  附 則
第七條 蠶業試驗場ニ於テ大正三年ニ製造シタル春蠶一代雑種用原蠶種ハ第一條及第二條ノ規定ニ準シ之ヲ配付ス但シ一道府縣一箇所一箇所二組以内一種十蛾以内トス
 前項ニ依リ蠶種ノ配付ヲ受ケムトスルモノハ大正四年一月三十一日迄ニ所轄蠶業試驗場支場ニ請求スヘシ
 配付ヲ受クヘキ蠶ノ種類性質並之ヲ以テ製造シタル一代雑種ノ性質ニ付テハ豫メ所轄蠶業試驗場支場ニ承合スヘシ
(様式第一號、様式第二號、様式第三號は省略)

3.事業の拡大
 大正3年、蚕業試験場に改称した当時の職員数は、技師20、技手48、書記14の計82名、経費予算額は38万6509円であった。当時、わが国から輸出された生糸は、緯糸専用という二流品扱いであった。農商務省においては、経糸への質的転換を図るための製糸技術改革を図る目的で、大正2年以来の試験成績をもとに(沈繰製糸試験成績(1916)蚕糸試験場報告.2(1):1〜93)煮繭分業沈繰法を奨励、普及させるための短期講習会を大正4年2月から開始した。

 煮繭分業沈繰法講習規程
第一條 本場に於て煮繭分業沈繰法の煮繭手及び教婦たらんとする者に對し短期講習を行ふ
第二條 講習生の定員は男生二十名以内女生五十名以内とす
第三條 講習期間は五ヶ月とす
第四條 講習課目は左の如し
 第一 實習 男生 一煮繭
         女生 一繰絲
 第二 講義 男生 一煮繭法  一製絲法
         女生 一製絲法  一煮繭法
第五條 講習生には手當として一ヶ月金六圓を支給す。支給規程は別に之を定む
第六條 講習生は本場宿舎に寄宿せしめ寝具は之を貸與す。宿舎に關する規程は別に之を定む
第七條 講習生は地方長官製絲工場主又は製絲業團體代表者の推薦に係る者にして左の資格を有するものたるべし
 一、男生
  イ 年齢二十歳以上の者
  ロ 品行方正にして身體強壮なる者
  ハ 高等小學卒業生又は同等以上の學力を有する者
  ニ 二ヶ年以上製絲業に從事し製絲場技術指導の職にある者又はありたる者
 一、女生
  イ 年齢十八歳以上の者
  ロ 品行方正にして身體強壮なる者
  ハ 高等小學卒業生又は同等以上の學力を有する者
  ニ 三ヶ年以上製絲業に從事したる者にして現に教婦の職にある者若は将来教婦たらんとする者
第八條 左記のものは入場を許さず
 一 傳染性疾患のある者
 二 身體發育不完全にして作業に堪へざる者
 三 精神に異状あるもの若は言語の障碍甚だしき者
 四 視力又は聴力に障碍ある者
第九條 志願者は左の書式により願書に推薦書履歴書及び健康證明書を添へ指定の期日迄に之を本場に差出すべし(書式略)
第十條 志願者の數募集人員以上に及ぶときは學力及び技術に就き選抜試驗を行ひ若は履歴書其他に徴し詮議の上入場を許可す
第十一條 入場を許可したるときは之を本人に通知す
第十二條 志願者入場の許可を得たるときは左の書式により十日以内に保證書を認め之を本場に差出すべし。保證人の一名は入場者を推薦したる工場主若は團體代表者又は入場者の父兄たるべく一名は東京府豊多摩郡又は東京市内に住し本場に於て適當と認めたる者たるべし(書式略)
第十三條 講習を終りたるときは試驗を行ひ資格者には習得證書を授與す
第十四條 講習生は習得後二ヶ年間製絲業に關する職に従事する義務あるものとす
第十五條 講習生にして品行不良若は習得の見込なしと認めたる者は之を退場せしむ 

 大正7年5月29日には、貞明皇后が蚕業試験場本場を視察されている。その後、逐次事業内容を拡張し、大正8年4月28日には、勅令第154号(蚕業試験場官制改正)によって、所掌事務を次のように改正した。

(官報第2018号 大正8年4月28日 月曜日)
朕蠶業試驗場官制中改正ノ件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
 御名 御璽
   大正八年四月二十六日
                      内閣総理大臣   原   敬
                      農商務大臣    山本達雄
勅令第百五十四號
蠶業試驗場官制中左ノ通改正ス
 第一條ニ左ノ二號ヲ加フ
  三 桑葉、繭、生絲、製絲用水其ノ他蠶絲業ニ關係アル物料ノ分析
  四 講習及講話
 第二條中「二十四人」を「二十六人」に、「四十九人」を「五十二人」ニ改ム
  附 則
 本令ハ交付ノ日ヨリ之ヲ施行ス

 これに伴って、農商務大臣は大正8(1919)年9月26日に訓令第9号を以て、「蠶業試験場處務規程」を次のように改定した。

                                   (官報第2144号 大正8年9月26日 金曜日)
農商務省訓令第九號
                                                   蠶業試驗場    
蠶業試驗場處務規程左ノ通改正ス
    大正8年9月26日           農商務大臣  山本達雄
 蠶業試驗場處務規程
第一條 蠶業試驗場ニ左ノ部課ヲ置ク
 一 桑樹部
 一 生理部
 一 病理部
 一 製絲部
 一 化學部
 一 庶務課
第二條 桑樹部ニ於テハ桑樹ニ關スル試驗調査及講習講話ノ事務ヲ掌ル
第三條 生理部ニ於テハ蠶ノ種類竝生理ニ關スル試驗調査及講習講話竝原蠶種ノ製造配付ノ事務ヲ掌ル
第四條 病理部ニ於テハ蠶ノ病理ニ關スル試驗調査及講習講話ノ事務ヲ掌ル
第五條 製絲部ニ於テハ製絲ニ關スル試驗調査及講習講話ノ事務ヲ掌ル
第六條 化学部ニ於テハ蠶絲ニ關スル化學的試驗調査分析講習講話ノ事務ヲ掌ル
第七條 庶務課ニ於テハ左ノ事務ヲ掌ル
 一 官印ノ保管ニ關スル事項
 二 場員ノ進退身分ニ關スル事項
 三 場内取締ニ關スル事項
 四 文書ノ接受發送及保管ニ關スル事項
 五 豫算及決算竝會計ニ關スル事項
 六 官有財産及物品ニ關スル事項
 七 他部ノ主掌ニ属セサル事項
第八條 蠶業試驗場支場ニ支場長ヲ置ク支場長ハ場長ノ指揮監督ヲ受ケ支場全般ノ事務ヲ處理ス
第九條 場長處務規則、講習規程又ハ支場ノ處務規程ヲ設クルトキハ農商務大臣ニ報告スヘシ
第十條 場長分析成績書ヲ作成スルトキハ其ノ擔任者ト共ニ之ニ署名又ハ記名捺印スヘシ
第十一條 場長ハ毎年事業ノ成績ヲ農商務大臣ニ報告スヘシ

 大正10年度の職員数は、技師26(内1人は勅任)、技手52、屬13(大正10年6月22日公布の勅令第274号蚕業試験場官制改正によって、書記を属と改称した)の計91名、経費予算額は、65万241円であった。
 大正12(1923)年2月27日には、勅令第39号(蚕業試験場官制改正)によって、所掌事務をさらに次のように改正した。

                 (官報第3172号 大正12年2月28日 水曜日)
朕蠶業試驗場官制中改正ノ件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
 御名 御璽                摂政名
   大正十二年二月二十七日      内閣総理大臣 男爵 加藤友三郎
                         農商務大臣     荒井賢太郎
勅令第三十九号
 蠶業試驗場官制中左ノ通改正ス
第一條中第三號ヲ第四號トシ第四號ヲ第五號トシ第二號ノ次ニ左ノ一號ヲ加フ
 三 桑ノ接穂及苗木ノ生産及配付
  附 則
本令ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス 

同年3月7日には、農商務省告示第52号によって、「桑の接穂及苗木配付規程」が次のように定められた。

(官報第3178号 大正12年3月7日 水曜日)
農商務省告示第五十二號
 桑ノ接穂及苗木配付規程左ノ通定ム
   大正十二年三月七日           農商務大臣 荒井賢太郎
 桑の接穂及苗木配付規程
第一條 蠶業試驗場ニ於テ生産スル桑ノ接穂及苗木ハ道府縣ノ蠶業試驗場又ハ之ニ相當スル機關ニ對シ無償ニテ之ヲ配付ス
第二條 前條ニ依リ配付スヘキ桑ノ接穂及苗木ノ品種ハ毎年十月三十一日迄ニ之ヲ告示ス
第三條 桑ノ接穂又ハ苗木ノ配付ヲ受ケムトスルモノハ毎年十一月末日迄ニ所轄蠶業試驗場支場ニ請求書ヲ差出スヘシ
第四條 蠶業試驗場支場長ハ一月末日迄ニ配付スヘキ品種名及數量ヲ決定シ之ヲ前條ノ請求者ニ通知スヘシ
第五條 桑ノ接穂又ハ苗木ノ配付ヲ受ケタルモノハ之ヲ親木トシテ接穂又ハ苗木ヲ生産配付シ様式第一號ニ依リ配付ノ成績ヲ所轄蠶業試驗場支場ニ報告スヘシ
第六條 新品種ノ桑ノ接穂又ハ苗木ノ配付ヲ受ケタルモノハ各品種毎ニ第二號様式ニ依リ其ノ成績ヲ所轄蠶業試驗場支場ニ報告スヘシ
 附 則
大正十二年ニ於テ配付ヲ受ケムトスルモノハ同年三月十五日迄ニ請求書ヲ蠶業試驗場ニ差出スヘシ
様式第一號
 桑の接穂(苗木)配付成績
  一 品種別配付者數
  一 品種別數量
様式第二號
 栽植調査
  一 發芽期
  一 葉質
  一 節間
  一 落葉期
 備 考
  一 本調査ハ栽植第二年目ニ於テ行フコト
  二 發芽期ハ芽ノ半數燕口状ニ達シタル月日
  三 葉質ハ春蠶第五齢期ニ於ケル厚薄硬軟等
  四 節間ハ發育中様ノ枝條ニ付春蠶第五齢期ニ於テ中央ヨリ上方十節間ノ長サ
  五 落葉期ハ自然ニ半數落葉シタル月日
  六 對照ノ為栽植地附近ニ於ケル市平種ニ付前五項ヲ調査記載スルコト
  七 本調査ハ同一品種ニ付テハ一回ニテ足ル

 このように所掌事項を増やしてきたが、大正3年に勃発した第一次世界大戦の影響による好況、大正7年の米騒動、同9年株価・米価・糸価大暴落による小作争議と続く騒動のさなかの大正12(1923)年9月1日に起きた関東大震災は未曾有の被害をもたらし、国の財政上やむを得ない緊急措置として大正13年度になって行政整理が行われた結果、職員数は技師19、技手33、屬7の計59人に削減され、経費予算額も53万6905円に減額された。この影響で、蚕業試験場の事業を縮小せざるを得なくなり、福島支場、松本支場、熊本支場の3支場を出張所とし、綾部、前橋、一宮の3支場を廃止し、代わりに綾部に飼育所、前橋、一宮に付属桑園を置くことにして、それらの場所そのものの廃止は免れた。

                                                  (官報 号外 大正13年12月20日 土曜日)
朕蠶業試驗場官制中改正ノ件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
 御名 御璽     摂政名
  大正十三年十二月二十日     内閣総理大臣 子爵 加藤高明
                       農商務大臣       高橋是清
勅令第三百七十六號
 蠶業試驗場官制中左ノ通改正ス
第二條中「技師 専任二十二人」ヲ「技師 専任十九人」ニ「技手 専任四十二人」ヲ「技手 専任三十三人」ニ「屬 専任十一人」ヲ「屬 専任七人」ニ改ム
第七條中「蠶業試驗場支場」ノ下ニ「又ハ其ノ出張所」ヲ加フ
第八條中「支場」ノ下ニ「及出張所」ヲ加フ
 附 則
本令ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス
〔参照〕
大正三年六月十七日公布勅令第百十三號蠶業試驗場官制抄録
第七條 農訟務大臣ハ必要ト認ムル地ニ蠶業試驗場支場ヲ置キ本場ノ事務ヲ分掌セシムルコトヲ得
第八條 蠶業試驗場ノ位置並支場ノ位置及名稱ハ農商務大臣之ヲ定ム
                                                   (官報 号外 大正13年12月20日 土曜日)
農商務省告示第二百八十一號
蠶業試驗場支場中綾部支場、前橋支場及一宮支場ハ之ヲ廢止シ福島支場、松本支場、熊本支場ハ之ヲ蠶業試驗場福島出張所、同松本出張所、同熊本出張所ニ改ム
  大正十三年十二月二十日       農商務大臣   高橋是清
                                                   (官報 号外 大正13年12月20日 土曜日)
農商務省告示第二百八十二號
蠶業試驗場支場附屬飼育所及桑園ヲ設置シ其ノ名稱及位置左ノ通リ定ム
  大正十三年十二月二十日       農商務大臣   高橋是清
     名  稱               位  置
  蠶業試驗場綾部飼育所       京都府何鹿郡綾部町
  蠶業試驗場前橋桑園        群馬縣前橋市
  蠶業試驗場一宮桑園        愛知縣一宮市

4.農林省の独立と蚕糸局創設のころ
 こうした時期に、農林省独立の動きがあり、大正14(1925)年4月加藤高明内閣は、農林省独立に賛成する高橋是清農商務大臣のもとで、農林省、商工省の創設を行った。

                                                (官報第3779号 大正14年3月31日 火曜日)
朕農事試驗場官制當中改正ノ件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
 御名 御璽           摂政名
    大正十四年三月三十日           内閣総理大臣 子爵 加藤高明
                             農商務大臣       高橋是清
勅令第四十一號
農事試驗場官制、蠶業試驗場官制、生絲檢査所官制、圓藝試驗場官制、茶業試驗場官制、營林局官制、林業試驗場官制、水産講習所官制、畜産試驗場官制、獣疫調査所官制、種馬牧場種馬育成所及種馬所官制、種羊場官制、米穀委員會官制並大正十二年勅令第三百九號中「農商務大臣」及「農商務省」ヲ「農林大臣」及「農林省」ニ改ム
製鐵所官制、特許局官制、工業試驗所官制、絹業試驗所官制、臨時窒素研究所官制、陶磁器試驗所官制、花筵検査所官制、鑛山監督局官制、燃料研究所官制、工藝審査委員會官制、工業品規格統一調査會官制及大正九年勅令第五百四十九號中「農商務大臣」「農商務次官」及「農商務部内」及「農商務省」ヲ各「商工大臣」「商工次官」「商工部内」及「商工省」ニ改ム
  附  則
本令ハ大正十四年四月一日ヨリ之ヲ施行ス

 1892年にイギリスにおいて発明されたビスコース・レーヨンに次いで絹により近い品質のアセテート・レーヨンが発明され、様々な生糸と競合する分野に使われ出すにつれて、生糸価格を圧迫するようになってきた。こうした人造繊維の圧迫は、昭和13(1938)年デュポン社のカローザスによるナイロンの発明によってピークを迎えることとなる(“Nylonという名前は、日本の農林=Nolynをひっくり返そうというアメリカの意識の表れ”という幾分か自虐的な洒落も語られたと聞く)。こうしたアメリカ人絹工業の驚異的発展と、中国産生糸の挟撃を受け、糸価低落が年々続き、製糸業者、輸出生糸問屋等を中心とする糸価安定対策に対する要望は毎年のように繰り返されるようになっていた。このような情勢の中での、農林省と商工省の分離が計画されたわけで、これは同時に所管争いをも引き起こした。つまり、商工省の方では、このような糸価・対米貿易対策ということで「蠶絲局」を設置するのであれば、商工省に置くのが適当である、という議論が起きた。挙げ句の果てには、養蚕、蚕種の2業は農林省の所管に、製糸、貿易の2業は商工省の所管にという議論さえあったようである。こうした動きに対して、例えば、蠶絲中央會は「蠶絹局」を、横濱貿易商組合は「蠶絲局」を、絹織物同業組合聯合會は「絹絲局」の設置を農林大臣に陳情している。

蠶絲局設置の建議
 國際的蚕業競争場裏に立て誇るべきもの尠き我邦に於て獨り蠶絲業が抜群の地位を占め而かも年額67億圓の輸出額は國家の財政國民經濟の支柱石として且つ貿易の均衡を保持する上に最も重要なる産業たるは爰に絮説を要せざる所なり然るに今や我が蠶絲業は内に諸物價勞銀の騰貴に伴ふ生産費の昂騰に悩まされ外に支那絲竝人造絹絲の二大勁敵を控へつつあり此の際克く内外の情勢に鑑み斯業の健全なる發達を講ぜんとするには根本的國策を樹立し内に益々優品の多産廉賣を圖り外は愈々販路擴張に向て邁進せざる可からず是れ素より當業者自らの努力に俟たざるべからざるは勿論なりと雖も國家的施設として能く當業者の向ふ處を指導啓發するの急且つ切なるものありと信ず世上傳ふる所に依れば近く政府は農務省を獨立するの機會に於て現在蠶絲課の主管事務中養蠶は農務省に製絲は商工省に分轄せんとする説あるやに聞く果して然りとせば斯業發達上由々しき事にして兩業の關係が常に聯絡提携相援け不可分の運命を有し正に製絲業は養蠶業の延長と見做すべきものたるのみならず今後益々國家の政策行政の立場より相互協調せしむる上にも分轄は最も不利にして禍を後日に貽すものなりと確信す仍て此の際多年製絲業者の要望しつゝある養蠶製絲其他關係各業を打て一丸とせる蠶絲局を設置し以て蠶絲行政の統一圓満を期し重要物産たる斯業の健全なる發達に違算なからしめんことを切望す
右本會評議員會の決議に據り及建議候也
    大正十三年四月十日                   大日本蠶絲會々頭子爵 牧野忠篤
    農商務大臣子爵前田利定殿

 結局、昭和2(1927)年5月25日付け官報勅令第123号によって、農林省官制が改正され、農林省内の5局目として蚕糸局が創設され、石黒忠篤が初代の局長に任命された(同じ時に明石 弘が蚕業課長に就任している)。蚕糸局には繭糸課および蚕業課がおかれ、繭糸課においては、@輸出生糸検査法の施行に関する事項、A生糸に関する業務の改良取締および調査に関する事項、B乾繭取引の奨励に関する事項、C蚕糸業の団体に関する事項、D生糸検査所および地方生糸検査所に関する事項、E他課の主掌に属さない事項を、蚕業課においては、@桑園の改良および増殖に関する事項、A原蚕種の改良整理に関する事項、B蚕病の予防に関する事項、C蚕および繭に関する業務の改良取締および調査に関する事項、D裁桑、蚕種製造、養蚕または桑苗、蚕種繭の売買、仲立もしくは保管を業とする者の団体に関する事項、E蚕業試験場および地方蚕業試験場に関する事項を所管することとなった。
 蚕業試験場の業務面では、大正15年度に繭の検査及び格付方法の研究を、昭和2年度に夏秋蚕不作救済方法研究に関する事業を追加している。昭和5(1930)年3月17日には、農林省訓令第2号で蚕業試験場庶務規程を次のように改正し、蚕種部を設置した。

                                           (官報第962号 昭和5年3月17日月曜日)
農林省訓令第二號
                             蠶業試驗場
蠶業試驗場處務規程中左ノ通改正ス
    昭和五年三月十七日            農林大臣  町田忠治
「農商務大臣」ヲ農林大臣ニ改ム
第一條中「一 化學部」ノ次ニ「一 蠶種部」ヲ加フ
第三條中「竝原蠶種ノ製造配付」ヲ削ル
第七條ヲ第八条トシ以下順治繰下ケ第六條ノ次ニ左ノ一條ヲ加フ
第七條 蠶種部ニ於テハ原蠶種ノ製造配付ノ事務ヲ掌ル
第八條第六號中「官有財産」ヲ「國有財産」ニ改ム

 昭和6(1931)年度には、蚕の優良品種育成普及に関する経費が認められ、特殊養蚕地として、小淵沢(山梨県北巨摩郡小淵沢村)と沖縄(沖縄県島尻郡真知志村)に飼育所を増設し、品種育成および原蚕種配付事業を拡張することとなった。

                                        (官報第1478号 昭和6年12月2日 水曜日)
農林省告示第三百七十二號
大正十三年十二月農商務省告示第二百八十二號蠶業試驗場附屬飼育所及附屬桑園ノ位置及名稱左ノ通改正ス
   昭和六年十二月二日              農林大臣   町田忠治
  名   稱              位   置
蠶業試驗場綾部飼育所     京都府何鹿郡綾部町
蠶業試驗場小淵澤飼育所    山梨縣北巨摩郡小淵澤村
蠶業試驗場沖縄飼育所     沖縄縣島尻郡眞和志村
蠶業試驗場前橋桑園       群馬縣前橋市
蠶業試驗場一宮桑園       愛知縣一宮市



図18 蠶業試験場小淵沢飼育所の様子を伝える当時の絵葉書


図19 蠶業試験場沖縄飼育所

 このころの蚕業試験場の事業内容について、昭和8年6月発行の「蠶業試験場概要」には次のように書かれている。

蠶業試驗場ニ於テハ本邦蠶絲業ノ改良發達ニ資センカ爲諸般ノ試驗調査並ニ蠶種及桑ノ接穂及苗木ノ配付、講習、講話、蠶絲業ニ関係アル物料ノ依頼分析等ヲ行ヒ蠶種配付ニ付テハ大正三年製造ノ分ヨリ引續キ毎年一代雑種用原蠶種及交雑原蠶種用原蠶種ノ無償配付ヲナシ桑苗ノ配付ニ付テハ大正十二年度生産ノ分ヨリ之ガ無償配付ヲ開始セリ又煮繭分業沈繰製絲講習ハ大正四年ヨリ之ガ講習ヲ開始シ二十回ニ及ヒ繭検定講習ハ昭和七年ヨリ開始シ其ノ一回ヲ終レリ其他随時蠶業講習及沈繰製絲現業員講習ヲ開クト共ニ本場試驗研究成績ノ普及ヲ図ル目的ヲ以テ報告又ハ彙報トシテ其ノ成績ヲ発表セシモノ大正四年七月以来百九十五項目ニ達シタリ
一.試驗及調査
  試驗及調査ハ本場ノ桑樹、生理、病理、製絲、化学、蠶種ノ六部及出張所、飼育所、桑園ニ於テ分掌シ、裁桑、養蠶、製絲ノ各般ニ亘リテ研究ヲ行ヒ其ノ成績ハ成ルニ従ヒ公ニシツツアリ、現在ノ試驗及調査事項ハ左ノ如シ
 (イ)桑ニ関スル試驗及調査
   一.桑ノ品種ニ関スル事項
   一.桑樹ノ栽培法ニ関スル事項
   一.桑ノ繁殖法ニ関スル事項
   一.桑ノ肥料ニ関スル事項
   一.桑ノ成分ニ関スル事項
   一.桑葉ノ蠶及繭トノ関係事項
   一.桑ノ病虫害ニ関スル事項
 (ロ)蠶ニ関スル試驗及調査
   一.蠶ノ品種ニ関スル事項
   一.蠶ノ遺傳ニ関スル事項
   一.蠶卵ニ関スル事項
   一.蠶ノ飼育法ニ関スル事項
   一.蠶ノ形態及生理ニ関スル事項
   一.蠶ノ軟化病ニ関スル事項
   一.蠶ノ硬化病ニ関スル事項
   一.蠶ノ微粒子病ニ関スル事項
   一.蠶ノ害蟲ニ関スル事項
   一.夏秋蠶作柄改善ニ関スル事項
 (ハ)製絲ニ関スル試驗及調査
   一.乾繭及貯繭ニ関スル事項
   一.煮繭及繰絲ニ関スル事項
   一.製絲機械ニ関スル事項
   一.生絲ノ品質ニ関スル事項
   一.製絲ノ化学ニ関スル事項
   一.繭ノ検定ニ関スル事項
二.桑ノ接穂及苗木ノ配付
  大正十二年公布ニ係ル桑ノ接穂及苗木ノ配付規程ニ據リ大正十二年以来國桑第十三號及七十號ノ桑ノ接穂及苗木ノ配付ヲ行ヒ其ノ數拾六萬本ニ及ベリ
三.蠶種配付
  大正三年十二月發布ニ係ル蠶種配付規程ニ據リ同三年製造ノ分ヨリ之ガ配付ヲ行ヘリ、初年ハ春蠶ノミナリシガ次年ヨリ春蠶、歌集蠶両原種ヲ配付シ今日ニ至レリ現在ノ配付品種名次ノ如シ(中略)
四.煮繭分業沈繰法講習
  煮繭分業沈繰法講習規程ニ據リ大正四年度ヨリ五ヶ月間ノ期間ヲ以テ之カ講習ヲ開始シ既ニ第二十回ヲ終リ修得者男三百七十二名、女九百九十八名、合計千参百七十名ヲ出セリ
五.繭検定講習
  道府縣繭検定所ニ於ケル繭検定方法統一ノ目的ヲ以テ之ニ従事スル職員ニ對シ昭和七年度ヨリ講習ヲ開始シ、第一回女子三十一名、第二回女子二十七名ヲ修得セシメタリ
六.沈繰製絲現業員講習
  煮繭分業沈繰法実施上ノ便利ニ資センカ爲大正九年以来三回ニ亘リ現業員短期講習ヲ行ヒ其修得者二百五名ヲ出セリ
七.蠶業講習
  大正五年以来桑並ニ養蠶ニ関スル短期蠶業講習ヲ開催シ其終了者四七六名ヲ出セリ
八.依頼分析
  大正九年二月發布ニ係ル蠶絲業ニ関係アル物料ノ分析規程ニ據リ依頼分析ヲ行ヒタル種類及件数左ノ如シ
  種類:製絲用水、桑葉、蠶座紙、蛹搾粕、練炭、石灰、土壌、塩酸、緑肥、生絲、煮繭湯
  件数:(自大正九年 至昭和七年)二九六件
九.蠶業試驗場ニ於テ試驗研究ノ結果其ノ成績ヲ報告又ハ彙報トシテ発表シタルモノ
  (内容は省略)

5.蚕糸業統制への動き
 昭和4年ニューヨーク株式市場の大暴落に始まる世界恐慌によって生糸の国際価格が暴落し(昭和大恐慌の始まり)、これに伴う繭価の急落を招いた。このような情況の中、昭和6(1931)年3月第59回帝国議会に、民政党所属の岡崎久次郎他6名によって「蚕糸業国策に関する建議案」、政友党所属植原悦二郎他3名によって「蚕糸業国策樹立に関する建議案」が提出され、衆議院において両案を合併して次のように修正した後可決された。

  蠶絲業國策に關する建議
 蠶絲業の根本は農村産出の繭を主として考究施設すへき筈なるに因襲の久しき従來常に製絲業を唯一の目標として政策を行ひたるは其の本末を誤れるものなり速に乾繭装置の普及促進を計り之に對する金融を整備し以て蠶絲業の機能を完全にして其の國策を樹立せられむことを望む
 第一 政府は如上の目的貫徹の為乾繭装置竝乾繭倉庫助成金の割合と其の總金額を増加し其の促進普及を計るべし
 第二 政府は乾繭倉庫證券に對し低利資金融通の途を樹て圓満なる金融を為さしめ以て農村をして乾繭貯蔵を容易たらしむへし
 第三 政府は年限を定め乾繭取引を実施すへし
 第四 政府は以上三項の施設を行ふと同時に蠶種業養蠶業製絲業の三者に對し管理權を行ひ貿易の大宗たる蠶絲業の積極的發達を計り依て以て蠶絲國策を確立すべし
 右建議す 

 また、同議会に植原悦二郎他1名、および百瀬 渡他5名から別々に「原蚕種国営に関する建議」が出されたが、衆議院において両案を合併して次のように修正した後可決された。

原蠶種國營に關する建議
 最近人造絹絲の發達と支那蠶絲業の進出とは目下の危機に立てる我が國蠶絲業の一大脅威にして之が對策を講ずるは刻下の最大急務なりとす幸に現内閣は曩に産業合理化の徹底を期せられ既に重要物産に對する統制法及蠶絲業組合法案を今期議會に提案せらるるの機運に達したりと雖生絲原料繭の規格統一策に關しては未た以て其の運に至らさるは業者の等しく遺憾とする所なり惟ふに今後の蠶絲業は優良品の安價生産を主眼として進まざるべからず仍て政府は速に原蠶種の國營を断行し品質の向上と能率の増進とを圖り其の目的を貫徹せられむことを望む
 右建議す 

6.原蚕種管理法の制定
 明治の中頃から、わが国生絲の品質に対するクレームが海外、とりわけ米国において多いことに起因して、原蚕種製造所が設置されたことはすでに述べたとおりである。しかし、原蚕種の配付は強制的でなかったこと、設備が十分でなく配付数量に限りがあり、全国の所要額を満たすに十分ではなかったこと、蚕糸業者の中には品質問題を顧みる者が少なかったこと、進んで改良を行ったものに対する利点がなかったこと等から、輸出生糸の品質改良は必ずしもその目的を十分に果たしたとは言えない情況が続いた。しかし、この頃になって、海外機業の進歩と、人造絹糸製造の異常な躍進によって、製糸業は優良で斉一な生糸を安価に供給しなくてはならなくなった。生糸品質の向上には原料繭の改良が必須であり、生糸の安価供給には生糸原価の8割を占める原料繭の生産費を低下させることが先決問題とされた。言い換えれば、原料繭を改良してその生産費を低下させることが生糸品質を向上させ、安価供給を計る上で重要であり、原料繭の品質向上は蚕品種の改良に、繭質の均一化には蚕品種の統制が不可欠であると考えられた。ところが、その当時、わが国における蚕の品種は原蚕種だけでも約6百種に達し、極めて雑駁混乱しているというのが現状であった。このような情況を反映して、先の帝国議会における建議採択があり、さらに昭和9(1934)年3月28日の、原蚕種管理法(法律第25号)公布につながっていることが、蚕糸界報43巻508号に、「原蠶種管理法制定の経過と其の梗概」として農林省蚕糸局蚕糸課長明石 弘によって述べられている。
 昭和9年2月15日衆議院に上程された「原蠶種管理法案」の趣旨説明の中で、織田農林政務次官は、“本法案の骨子とする所は、第一が原原種の製造は國家が之を管掌することである、第二が原種の製造は、道府縣竝びに自家用原種製造の許可をうけたる蠶種製造者に限って、政府の製造配付せる原原種を用ひて、之を製造せしめることである、第三が普通蠶種は蠶種製造者をして、道府縣竝自家用原種製造の許可をうけたる蠶種製造者の製造したる原種を用ひ、主務大臣の定めたる交配形式に依って、之を製造せしむることにしたのである、第四が蠶種の輸移出入を許可制度としたことであって、第五が更に蠶種の統制に關し、當業者の自治的方法に依り、十分なる効果を期し得ざる非常時に於ては、之に對して政府に於て統制を命じ得ることとしたのである”と述べている(蚕糸界報 43巻505号、107〜108頁)。

   原蠶種管理法      (昭和九年三月廿七日 法律第二十五號)
第一條 政府は蠶種の統制を圖る爲原蠶種の製造を管理す
第二條 本法に於て原種とは、原蠶種にして普通蠶種の製造に用ふるものを謂ひ、原原種とは原蠶種にして原種の製造に用ふるものを謂ふ
第三條 原原種の製造は政府之を行ふ
 政府は其の製造に係る原原種を府縣に配付す、但し第九條第一項の許可を受けたる蠶種製造者に之を配付することを得
第四條 前條の規定に依り政府の製造配付すべき原原種の品種は、蠶品種審査會の議を経て主務大臣之を定む
 蠶品種審査會の組織は勅令を以て之を定む
第五條 府縣は、命令の定むる所に依り、政府より配付せられたる原原種より産出したる繭を用ひて原種を製造し、蠶種製造者に之を配付すべし
 前項の規定に依る原種の製造及配付に關し必要なる費用は府縣の負擔とす、但し國庫は勅令の定むる所に依り、豫算の範圍内に於て府縣に對し其の原種製造設備に要する経費の二分の一以内を補助すること を得
第六條 政府又は府縣は第三條、前條第一項又は第十二條の規定に依り配付する原原種、又は原種に對し、勅令の定むる所に依り料金を徴収することを得
第七條 原原種及原種の配付に關し必要なる事項は命令を以て之を定む
第八條 蠶種製造者は原蠶種を製造することを得ず
第九條 蠶種製造者は、前條の規定に拘らず、原種の製造に限り命令の定むる所に依り主務大臣の許可を受けて之を爲すことを得
 前項の場合に於ては、政府より配付せられたる原原種より産出したる繭を用ふるに非ざれば原種を製造することを得ず
 第一項の許可を受け製造したる原種、及其の蠶兒は之を譲渡すことを得ず、但し命令の定むる所に依り、主務大臣の許可を受けたる場合は此の限に在らず
第十條 蠶種製造者は、府縣より配付せられたる原種、又は前條第一項の許可を受け製造したる原種より産出したる繭を用ふるに非ざれば普通蠶種を製造することを得ず
 蠶種製造者は府縣より配付せられたる原種、及其の蠶兒を譲渡すことを得ず、但し命令の定むる所に依り地方長官の許可を受けたる場合は此の限に在らず
第十一條 蠶種製造者普通蠶種を製造せんとするときは、主務大臣の定めたる交配形式に依るべし
 主務大臣前項の交配形式を定めんとするときは、蠶品種審査會の議を経ることを要す
第十二條 天災其の他の不可抗力に因り、原種の製造又は配付を爲すこと能はざる場合に於ては、府縣は主務大臣の許可を受け、他の府縣より原種を譲受け之を蠶種製造者に配付し、又は政府より原原種の配付を受け、之を原種として、若は既に配付を受けたる原原種を原種として、蠶種製造者に配付すること を得
第十三條 蠶種の輸入、移入、輸出又は移出は、命令の定むる所に依り主務大臣の許可を受くるに非ざれば之を爲すことを得ず
第十四條 主務大臣は蠶種製造者に對し、蠶種の統制上必要なる事項を命ずることを得
第十五條 主務大臣必要ありと認むるときは、第九條第一項の許可を受けたる蠶種製造者に對し、設備の改善を命じ、其の他監督上必要なる命令を發し又は處分を爲すことを得
第十六條 第九條第一項の許可を受けたる蠶種製造者の所爲にして本法若は本法に基きて發する命令に違反し、又は公益を害し若は害するの虞ありと認むるときは、主務大臣は其の許可を取消すことを得
第十七條 當該官吏吏員取締上必要ありと認むるときは、蠶種製造者又は第十三條の許可を受けたる者の事務所、營業所、製造場、倉庫等に臨検し、物品及帳簿其の他の書類を調査し、又は必要なる分量に限り無償にて物品を収去することを得
 主務大臣又は地方長宮、本法又は本法に基きて發する命令に違反する所爲ありと認むるときは、営該官吏吏員をして前項に掲げたる場所に臨檢し、被疑者若は参考人を尋問し、又は犯罪の事實を證明すべき物件、帳簿、書類を捜索し、若は之が差押を爲さしむることを得
 臨檢、尋問、捜索叉は差押に關しては間接國税犯則者處分法を準用す
 主務大臣又は地方長官、取締上必要ありと認むるときは、蠶種製造者又は第十三條の許可を受けたる者に對し、業務に關する報告を爲さしむることを得
第十八條 第八條、第九條第二項第三項、第十條第十一條第一項又は第十三條の規定に違反したる者は五千圓以下の罰金に處す
第十九條 第十四條の規定に依る命令に違反したる者は五百圓以下の罰金に處す
第二十條 左の各號の一に該當する者は三百圓以下の罰金に處す
 一、第十五條の規定に依る命令に違反し、又は同條の規定に依る處分を拒み若は妨げたる者
 二、第十七條第一項又は第二頂の規定に依る職務の執行を拒み、若は妨げたる者、又は臨檢の際當該官吏吏員の尋問に對し答辯を爲さず、若は虚偽の陳述を爲したる者
 三、第十七條第四項の規定に依る報告を爲さず、又は虚偽の報告を爲したる者
第二十一條 第十八條の犯罪に係る蠶種、蠶兒、又は繭は之を没収し、若し其の全部又は一部を没収すること能はざる場合は其の價額を追徴す
 前項の蠶種又は蠶兒、犯人以外の者に属するときは、行政官廳の處分を以て之を没収することを得
第二十二條 蠶種製造者又は第十三條の許可を受けたる者は、其の代理人、戸主、家族、同居者、雇人其の他の從業者にして、本法又は本法に基き發する命令に違反する所爲を爲したるときは、自己の指揮に出でざるの故を以て其の處罰を免るることを得ず
第二十三條 本法又は本法に基きて發する命令に依り適用すべき罰則は、其の者が法人なるときは理事取締役、其の他の法人の業務を執行する役員に、未成年又は禁治産者なるときは其の法定代理人に之を適用す、但し營業に關し、成年者と同一の能力を有する未成年者に付ては此の限に在らず
第二十四條 本法中府縣に關する規定は北海道に於では北海道地方費に之を準用す
 附 則
本法施行の期日は各規定に付勅令を以て之を定む
蠶絲業法第二條中「稱するは」の下に「府縣を除くの外」を加ふ
蠶絲業法第十條中「蠶種製造者」を「府縣及原蠶種管理法第九條第一項の許可を受けたる蠶種製造者」に改む
蠶絲業法第十一條の二に左の一項を加ふ
府縣は命令の定むる所に依り自己の製造する蠶種に關し検査を行ふべし(下略)

(附)原蠶種管理事業計畫概要
(一)原原種製造配付數量
  本制度實施後に於ける所要原原種の數量を三六、〇〇〇〇蛾と看做し、之に對し四六八、〇〇〇蛾の配付を要するものとし、之に二割の豫備を見込み、五六一六〇〇蛾の製造を爲さんとす
(二)事業實施方法
  昭和九年度より同十三年度に至る五箇年間に亙り、本省並蠶業試驗場に、本制度實施に必要なる職員を設置すると共に、昭和九年度より同十三年度に至る四箇年に亙り、蠶業試驗場本場、出張所、試育所等及適當なる箇所に原原種製造配付に必要なる設備を爲し本事業の遂行を期せんとす
  而して、原原種の配付は昭和十二年度迄は從來通り希望配布を行ひ、其の數量は設備の擴張に伴ひ漸次増加し、昭和十三年度より原蠶種管理法に基き所要額全額の配付を爲さんとす
  又、一面之に應じて道府縣の原種製造配付設備を擴張整備せしむる爲、昭和十三年度より同二十二年度に至る十箇年間に於て、國庫より設備費に對し補助金を交付し、之が完成を期せんとす
                     (昭和九年度地方蠶絲業關係官協議會指示事項による)

 原蚕種管理法が公布されたことにより原蚕種製造配付事業が著しく拡大することとなり、新たに新庄町、飯坂町、明石市、宮崎市、台湾新竹州の5箇所に原蚕種製造所を設置すると共に、それまでの出張所、飼育所、桑園の設備を拡充した結果、次のような組織になった。

      蚕業試験場(東京府豊多摩郡杉並村)
        ├─ 小淵沢飼育所(山梨県北巨摩郡小淵沢村)
        ├─ 沖縄飼育所(沖縄県島尻郡真知志村)
        ├─ 台湾飼育所(台湾新竹州大湖郡大湖庄)   (新設)
        ├─ 綾部支場(京都府何鹿郡綾部町)      (変更)
        ├─ 前橋支場(群馬県前橋市)         (変更)
        ├─ 福島支場(福島県福島市)         (変更)
        ├─ 松本支場(長野県松本市)         (変更)
        ├─ 熊本支場(熊本県飽託郡健軍村)      (変更)
        ├─ 宮崎支場(宮崎県宮崎市)         (新設)
        ├─ 明石支場(兵庫県明石市)         (新設)
        ├─ 福島支場新庄出張所(山形県最上郡新庄町) (新設)
        ├─ 福島支場飯坂出張所(福島県信夫郡飯坂町) (新設)
        └─ 一宮桑園(愛知県中島郡一宮町)


図20 蠶業試験場宮崎支場(右)と明石支場(左)



図21 蠶業試験場福島支場新庄出張所(上)と飯坂出張所(下)


図22 蠶業試験場臺灣飼育所庁舎(左)と全景(右)  

                             (官報第2376号 昭和9年12月1日 土曜日)
農林省告示第四百五十號
大正三年六月農商務省告示第百八十號左ノ通改正ス
   昭和九年十二月一日              農林大臣  山崎達之輔
蠶業試驗場ノ位置並支場及出張所ノ位置及名稱左ノ通定ム
    名  稱                 位  置
蠶業試驗場               東京市杉並區高圓寺二丁目
蠶業試驗場福島支場         福島縣福島市
蠶業試驗場松本支場         長野縣松本市
蠶業試驗場熊本支場         熊本縣飽託郡健軍村
蠶業試驗場前橋支場         群馬縣前橋市
蠶業試験所綾部支場         京都府何鹿郡綾部町
蠶業試驗場明石支場         兵庫縣明石市
蠶業試驗場宮崎支場         宮崎縣宮崎市
蠶業試驗場福島支場新庄出張所  山形縣最上郡新庄町
蠶業試驗場福島支場飯坂出張所  福島縣信夫郡飯坂町及中野村地内
                             (官報第2376号 昭和9年12月1日 土曜日)
農林省告示第四百五十一號
昭和六年十二月農林省告示第三百七十二號左ノ通改正ス
   昭和九年十二月一日              農林大臣  山崎達之輔
    名  稱                位  置
蠶業試驗場小淵澤飼育所      山梨縣北巨摩郡小淵澤村
蠶業試驗場沖縄飼育所       沖縄縣島尻郡眞和志村
蠶業試驗場臺灣飼育所       臺灣新竹州大湖郡大湖庄
蠶業試驗場一宮桑園         愛知縣一宮市

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