4.採種と人工孵化法

1.採種の方法と留意点
 1)発蛾前の準備作業
   普通、上葉後3日で吐糸を終了し、6日目には蛹になる(化蛹)。また、化蛹後12〜16日で発蛾する。品種によって差があり、全部が発蛾するまでに3〜4日間を要する場合もある。種繭保護中の光条件は、発蛾時間に影響を与えるので前項で述べたように、午前6時点灯、午後6時消灯としておくと採種作業時間との関係が好都合である。また、発蛾後の蛾と繭(蛹)を分離しやすくして作業能率を高めるため、発蛾予定日の前日に、せん孔紙(窓紙:種繭(蛹)保護容器全面を覆う大きさのやや厚手の紙に、直径2cm程度の孔を上下左右9cm間隔に開けたもので、市販品がある)をかける。こうしておくと蛾は窓紙の上に出て来るので、窓紙をまとめて振り落とすことができる。

 2)採種用具とその準備
  採種作業は極めて高密度な作業手順となる。特に原原蚕種の製造にあっては品種数も多く、作業も忙しいため間違いを起こしやすいが、間違いは絶対に許されないので、慎重の上にも慎重な作業が必要である。そのため必要な資材器具類は、あらかじめ十分に準備し、点検しておかなければならない。

 ○ 準備すべき資材および器具
 (1)交尾蛾輪: 交尾中の雌雄の蛾を入れて保護するのに使用する。
 (2)産卵蛾輪: 雌蛾を入れ産卵範囲を制限するのに使用する。
 (3)産卵台紙: 産卵をさせるための台紙で製造者名、枠形などが印刷されている。
 (4)種繭容器: 発蛾までの種繭の保護に使用する。
 (5)蛹収容箱: 裸蛹を保護するのに使用する。
 (6)雄蛾保護箱(冷蔵箱): 雄蛾の冷蔵に使用する。
 (7)母蛾収蛾箱: 産卵後の母蛾を母蛾検査用にとっておくのに使用する。
 (8)ピロシート: 種繭容器に敷いて使用する。
 (9)ジャバラ紙: 蛹収容箱に敷いて使用する。
 (10)窓  紙: 種繭容器を覆う穴のあいた紙。
 (11)種さし枠: 枠採り蚕種(産卵台紙)を収納する容器。
  なお、産卵台紙と産卵蛾輪のサイズ、形式を一致させておくことも重要である。また、出来る限り規格を統一し、各種の規格、サイズのものを用いるようなことは避けるのが望ましい。

 3)蛾拾いとかけ合わせ(交尾)
  発蛾してきた蛾を拾い集める作業であるが、原原蚕種製造の場合には、雌雄が一緒に収容されているため、発蛾後時間が経過するにつれて交尾しているものが多くなる。
 交尾している蛾はそのまま別の容器に集め、未交尾の蛾は別の容器に入れ交尾するのを待ち、1時間位後に交尾したものを拾う。なお、未交尾蛾は雌雄を対にして交尾蛾輪に入れ、後で点検する。雄蛾が残った場合は、雄蛾を保護箱に入れ7〜10℃の貯蔵庫に収納する。交尾時間は初交の場合は1〜1.5時間でよいが、作業手順の関係から2〜3時間交尾させる場合が多い。また、交雑原種.交雑種を製造する場合は、雌雄の品種が違うのでかけ合わせ(交尾)等取扱いには特段の注意を要する。

 4)割愛(かつあい)
  所定の交尾時間を過ぎれば、交尾中の雌と雄を引き難し、産卵させなければならない。この作業を割愛という。割愛は、蛾の生殖器を損傷させないよう手作業で行う。
  なお、雄蛾が少なく、再度交尾(再交)させる必要がある場合には、雄蛾を保護箱に収容し、1〜2時間冷所で休ませてから用いるとよい。
  交雑種を製造する場合には、あらかじめエオシシ又は紅を希釈して噴霧し、雄蛾を赤く染色しておくと便利である。

 5)採種
  割愛した雌蛾は、吸着紙を敷いた蛾箱又はカルトンに移し、軽い振動(指でトントンとたたく程度)を与えて放尿させる。放尿させないまま産卵台紙に乗せると台紙上で放尿し、その上に産卵することになり、台紙から卵が脱落し易くなる。放尿の終わった蛾は産卵台紙にのせ産卵蛾輪をかける。
  なお、産卵台紙には14、20、24、28蛾採りなどの種類があるが、極力規格を統一することによって作業の効率化を図ること、及び微粒子病の母蛾検査との関係(集団検査で万一、微粒子又は疑似胞子が発見されれば1台紙分を廃棄しなければならない)を考慮し、台紙を選択する。バラ種を製造するには、あらかじめ糊を付けたバラ種台紙に、数多くの雌蛾をおき製造する方法である。なお、産卵は割愛直後から始まる品種もあるが、大部分は割愛後4時間位でピークに達し、翌朝までにはほとんど終了する。

 6)収蛾
  微粒子病検査のため、産卵が終わった母蛾を集める作業である。この作業は不越年種(即浸種)、不越年種(冷浸種)の場合には翌日の午前中に行う。
  また、越年種の場合は、産卵台紙に母蛾を移してから2日目に行う。
  母蛾検査の方法は、1蛾ごとに行う方法と、集団として行う方法とがあるが、検査方法によって収蛾の方法も異なってくる。産卵蛾輪を取り除いたところで少数産卵、不産卵、重積卵等をチェックし、台紙に印を付けてその母蛾を捨てる。残った母蛾については、検査方法に合わせ1蛾検査を行う場合は母蛾と卵の対応関係が、又集団の場合は、母蛾の集団と産卵台紙の対応関係が明らかになるように注意し、収蛾箱に収集し保管する。収蛾後は収蛾箱ごと乾燥機で乾燥(70℃、6時間)し、母蛾検査まで保管する。

 7)蚕種の整理
  収蛾の終わった蚕種(蚕卵)は不越年種(即浸種)(冷浸種)に分けて所定の処置をするが、冷蔵する場合は蛾数を計数して冷蔵適期に5℃に冷蔵する。また、越年種については、計数後産卵台紙毎収納できる種押しに入れて25℃の部屋で保護し、蚕種保護で述べる方法に従う。

 8)交雑種製造上の留意点
  交雑種を製造する場合は、両原種の催青着手から発蛾までの日数を比較して、発蛾期を一致させるようにしているが、やむを得ない場合は、蛹及び蛾で冷蔵する。
  蛹を冷蔵する場合には、上蔟後6〜7日目か、発蛾の前日に5℃に冷蔵する。蛾の場合は5〜7.5℃に2〜3日はよいが、雌蛾の冷蔵はなるべくさけるようにする。

2.人工孵化法
 1)人工孵化法の種類と目的
   わが国で利用している蚕は、一般に1〜2化性の品種であって、孵化は年1〜2回に限られており、いつでも孵化する訳ではない。そこで、採種した蚕種を必要とする時期に、孵化させるための方法が開発されており、この方法を人工孵化法という。蚕卵の人工孵化法は、希釈した塩酸水溶液に蚕卵を浸潰して処理するための浸酸法、浸酸処理などと呼ばれており、いろいろな方法がある。
   すなわち、産下後30日以内に卵を孵化させるための処理方法としては、即時浸酸法(即浸法)があり、この方法には、加温浸酸法と常温浸酸法がある。加温と常温では、用いる塩酸液の濃度、浸漬時間が異なる。
   また、産下後40〜100日目に孵化させるための処理方法としては、冷蔵浸酸法(冷浸法)があり、この方法には普通冷蔵浸酸法と短期冷蔵浸酸法がある。

 2)浸酸処理の準備
  浸酸処理に必要な器具は、あらかじめ浸酸室に準備し、点検しておかなければならない。
 ○必要な用具は次の通りである。
 (ア)浸酸容器: 塩酸を使用するため合成樹脂製の水槽がよい。必要な濃度に希釈した塩酸水溶液を入れておき、この中に蚕卵を浸潰する。
 (イ)恒温器または恒温槽: 恒温器は浸酸容器の液温の調節に使用する。浸酸室は塩酸液やホルマリン液をおくので、保管場所は別の所がよい。そのため、恒温器と恒温槽は分離できるのが望ましく、恒温槽の水温を目的温度より1〜2℃高目に調節し、その中に浸酸容器を入れ浸酸温度を保つ。
 (ウ)浸酸わく: 産卵台紙を支える枠で耐酸性の資材で作られたものがよい。
 (エ)柄杓: 塩酸水溶液を撹件するのに使用する。
 (オ)ろ斗: 浸酸中に脱落した蚕卵を取り除くための浸酸液のろ過に使用する。
 (カ)温度計: 浸酸用浮温度計又は棒状温度計。
 (キ)比重計: 浸酸液の比重の測定・調整に使用する。
 (ク)メスシリンダー: 液量の調整に使用する。
 (ケ)塩酸: 浸酸液の調整に使用する。
 (コ)ホルマリン: 浸酸前に蚕卵が台紙から脱落するのを防ぐために使用する。
   その他: ストップウオッチ、ゴム手袋、ゴム前掛け及び長靴。

  (1)浸酸法の選択
 浸酸液は、即浸法によるか冷浸法によるかによって異なり、即浸法の場合でも加温浸酸法と常温浸酸法(無加温法)によって、浸酸液の比重が違うので留意する必要がある。また、孵化予定日との関係で、いずれの処理法を選ぶかを決めなければならない。
 浸酸法と孵化予定日との関係、浸酸法別の濃度及び処理時間の関係は次の通りである。

第3表 浸酸法と孵化予定日との関係

 産下後孵化予定日までの日数 

 対応する処理法 

30〜40日以内

 即時浸酸法(即浸) 

40〜100日以内

 冷蔵浸酸法(冷浸) 

100〜200日

人工越冬法

越年種

別掲



第4表 浸酸法別の処理時間と塩酸濃度及び処理時間

浸酸法

処理時間

塩酸濃度又は比重

処理時間

 即浸

常温浸酸法

産卵後15〜20時間

1.110

25℃−60分 30℃−50分

加温浸酸法

産卵後20時間

1.075

46℃−4〜7分

冷蔵浸酸法(冷浸)

産卵後40〜50時間目に5℃に冷蔵

1.100

48℃−4〜7分

                  注1:比重は15℃基準
                  注2:冷蔵浸酸法の場合の浸酸時期は冷蔵開始から30日目以降の蚕卵であるが、
                     できれば40日の期間が望ましいl
 

  ()浸酸液の作り方
 浸酸液は浸酸を行う数日前に作っておくとよい。普通、塩酸は濃度40%内外、比重1.20位のものが市販されている。そこで、この濃度を基準に目的濃度に近い塩酸水溶液を作り、比重計を用いて調整する。

(ア)比重によって目的比重の塩酸液100リットルを作る場合の原液の量(X)は次の式によって求めることができる。
         X=(目的比重−1)×100/(原液の比重−1)
  すなわち、比重1.195の原液を用いて1.075の希釈液を作るには
         X=(1.075−1)×100/(1.195−1)=38.46
  で原液38.5リットルに対し、水61.5リットルを加えて100リットルとすればよい。
(イ)濃度35%の塩酸を用いて所定比重の浸酸液100リットルを調整する場合、次表の上段の原液に下段に示した量の水を加えるとよい。

第5表 浸酸液調整早見表

比  重 1.075 1.100 1.110

原  液

38リットル

50リットル

55リットル

62リットル

50リットル

45リットル



(ウ)比重計を用いた塩酸濃度の調節
 (ア)、(イ)の方法で調整した塩酸液の濃度を調整する場合には、温度によって、比重が変化するため第6表を利用するとよい。
 すなわち、即浸用浸酸液の比重は液温15℃で、1.0750であるが20℃では1.0732となるので液温に合わせて補正しなければならない。
 なお、浸酸液の調整に当たって、新しい塩酸に使用済みの古い塩酸液を混合して調整することが、習慣的に行われているところもあるが特に古い塩酸を混合する必要はなく、新しい塩酸を用いるのがよい。
 新しい塩酸を初めて使用するときは、あらかじめ少量の蚕種で、試験的に浸酸を行い、有毒な含有物の有無を調べておくとよい。

第6表 塩酸温度と比重との関係

 温 度    比    重  
  即浸用     冷浸用     常温用  
15 1.0750 1.1000 1.1100
16
17
18
19
20
1.0746
1.0743
1.0739
1.0736
1.0732
1.0995
1.0990
1.0986
1.0982
1.0977
1.1095
1.1090
1.1086
1.1081
1.1076
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
1.0729
1.0725
1.0722
1.0718
1.0715
1.0711
1.0708
1.0704
1.0701
1.0697
1.0973
1.0968
1.0964
1.0959
1.0955
1.0950
1.0946
1.0941
1.0937
1.0932
1.1071
1.1066
1.1062
1.1057
1.1052
1.1047
1.1042
1.1038
1.1033
1.1028
31
32
33
34
35
1.0691
1.0690
1.0687
1.0683
1.0680
1.0928
1.0924
1.0920
1.0915
1.0910
1.1023
1.1018
1.1014
1.1009
1.1004
36
37
38
39
40
1.0676
1.0673
1.0670
1.0666
1.0663
1.0906
1.0901
1.0897
1.0892
1.0888
1.0999
1.0995
1.0990
1.0985
1.0981
41
42
43
44
45
1.0659
1.0656
1.0652
1.0649
1.0645
1.0883
1.0879
1.0875
1.0870
1.0866
1.0976
1.0971
1.0966
1.0962
1.0957
46
47
48
49
50
1.0642
1.0638
1.0635
1.0632
1.0628
1.0861
1.0857
1.0853
1.0848
1.0844
1.0952
1.0948
1.0943
1.0938
1.0934

(エ)浸酸前の処理
 浸酸中に産卵台紙から脱卵するのを防ぐためには、2%ホルマリン液に2分間浸漬した後、風乾することによって、卵を台紙に固着させることができる。
 この場合、風乾後は浸酸わくに産卵台紙をはめ、直ちに浸酸処理を行うことになる。

3)即時浸酸法(即浸法)
  即浸法は、産卵後30日以内に孵化させるための処理法であって、加温浸酸法と常温浸酸法がある。
  加温浸酸法は、液温46℃の比較的低濃度の浸酸液(15℃基準,比重1.075)を用いて、比較的短時間(4〜7分)で処理を行う方法であり、常温浸酸法は、常温(室温)で比較的高濃度(比重1110)の浸酸液に50〜60分(温度、30℃又は25)浸潰するものである。
 
()加温浸酸法による人工孵化
 
(ア)加温浸酸法
  この方法は産卵後30日以内に孵化させようとする場合に用いるもので、産卵後25で保護した蚕卵を、産下後20時間目に浸潰処理する。

第7表 加温浸酸法の浸酸条件

処理時間 産下後20時間
浸酸液の温度 46℃±0.5℃
浸酸液の濃度 比重 1.075(46℃、1.064)
浸酸時間 日本種 5〜6分
中国種 4〜5分
欧州種 6〜7分

 この表は加温浸酸の基準を示したものであり、品種ごとに指定時に公表される「蚕の新品種」(農蚕園芸局技術資料)に、原種の性状として浸酸時間が記載されるので、これを参照することが大切である。
 また、産下後の温度によって胚子の発育速度が異なるため、産下後の保護温度を極カー定に保つよう努め、採種室の温度が25に設定されている場合でも、±の差があるのは普通であるから、産下後の保護温度が高目に推移した場合には、1〜2時間早めて浸酸を行うなどの配慮が必要である。
 すなわち、産卵中心時刻を午後8時(午後から割愛し、産卵台紙に移し、蛾輪をかける)とした場合、翌日の午後4時が即時浸酸の適期となる。もし採種室の温度が高目に推移した場合には、午後の2〜3時に浸酸するとよい。
 なお、多量に浸酸する場合、卵と卵の間の気泡を除き、卵の全面を浸酸液に接触させるようにすることが重要である。浸酸に必要な時間はストップウオッチで計り、必要時間を経過したら直ちに引き上げ、浸酸液の適下と放熱を待って(約30秒)脱酸を行う。

 (イ)浸酸前冷蔵
 即浸の場合、採種作業を進めながら一方で浸酸処理を行うことになるので、浸酸する蚕種量をある程度まとめる必要がある。
 すなわち、浸酸量が少ない場合には、翌日の浸酸分と併せ浸酸する方が能率的である。このような場合には、前日に割愛した雌蛾から産下された卵を午後2時頃に5℃に冷蔵し、2〜3日分をまとめて浸酸することができる。このような冷蔵を浸酸前冷蔵と云うが、5でも胚子の発育は進行するので長期間の冷蔵は避け、3日程度にとどめるのがよい。また、冷蔵卵は浸酸2時間前に出庫し、15に30分〜1時間置いた後、25に移し、浸酸準備を進めるとよい。

 (ウ)浸酸後の処理
  a.脱酸
  浸酸の終わった蚕種は水道蛇口に接続し、流水状態にした水槽に入れて手早く水洗する。二つの水槽を利用する場合には、浸酸液から出した蚕種を手前の水槽に入れ、その後もう一方に移すようにすれば脱酸が早くなる。水温15〜25℃で水流があれば20〜30分で十分脱酸できる。脱酸出来たか否かを判別したい場合には台紙に舌先で触れてみて酸味を感じなければ脱酸出来ているものとみてよい。
  b.乾燥
  脱酸の終わった卵は室温25〜27℃の部屋に洗濯ロープを張り、洗濯鋏で台紙をつり下げて乾燥させる。この場合、扇風機で風を当てるようにすれば2時間位で乾燥する。

 (エ)脱酸,乾燥後の処理
  a.直ちに掃立てる場合
  乾燥後25℃の催青室に移せば10日後に孵化し、掃立てることができる。
  b.産卵後15日以降に掃立てる場合
  この場合には即浸種を冷蔵することになる。浸酸後冷蔵する場合には脱酸・乾燥の終わった卵を25℃に18時間保護した後5に冷蔵する。この時期の胚の発育段階は“こけし形期”であるが、一般には“だるま形冷蔵”と呼ばれている。この冷蔵期間は20日以内にとどめなければならない。
  また、冷蔵後は15℃の中間温度で1日保護した後、25℃の催青室に移せば10日目に孵化し、掃立てることができる。


 
()常温浸酸孵化法による人工孵化
 (ア)
常温浸酸法(無加温法)
  この方法は室温の塩酸水溶液を用いて浸酸するもので、浸酸時期及び時間の許容範囲が広く、失敗が少ない。
  しかし、浸酸時間が長く、そのために時間を忘れるとか産卵台紙からの脱卵が多くなり易いなどの欠点もあるので、注意することが必要である。

 (イ)浸酸時期と方法
 産下後25で15〜20時間経過した蚕卵がよく、加温法に比べ若い卵齢の方がよい。したがって、割愛した日の翌日午前11時頃が適期となる。
 浸酸液の比重は1100〜1120がよく、一般には1.110が用いられている。液温は室温によって変化するが、25前後であれば浸酸時間は60分となり、30℃前後であれば50分が安全である。

第8表 常温浸酸法の浸酸時期と条件

 浸酸時期  産下後 25℃の場合 15〜20時間目 
 浸酸温度 室温(25〜30℃)
 浸酸液の濃度  比重 1110 (25℃、1105)
 浸酸時間 50〜60分

 (ウ)浸酸後の処理
 浸酸終了後は前記加温浸酸法の場合に準ずる。

4)冷蔵浸酸孵化法(冷浸法)
(1)冷浸法の特徴と目的
  産卵後40日以上、100日目までに孵化させようとする場合に用いられる方法で、産卵後25℃で40〜50時間を経過した蚕卵を5に冷蔵し、低温に接触させた後、浸酸処理して孵化させる方法である。
  この冷蔵浸酸孵化法には、浸酸前の冷蔵期間が40日未満の短期冷蔵浸酸法と、40日以上の冷蔵期間をおく普通冷蔵浸酸法とがある。
  なお、この冷蔵浸酸法は冷蔵法に工夫を加えれば300日近くまで孵化時期を調整することができる。

(
)短期冷蔵浸酸孵化法
 (ア)
冷蔵期間と孵化時期
 掃立予定日が産卵後40日目までの場合は、前述の即時浸酸法で対応する。すなわち、12〜38日目に掃立てる場合は即浸法を用い、必要に応じて即浸卵を冷蔵する方法によって調整できる。また、催青卵冷蔵を加えれば産下後40日目までの掃立てに対応できる。しかし、即浸種がなく、産卵後40〜50日までの範囲で掃立てようとする時には、短期冷蔵浸酸法を用いる。この方法は産下後25℃で40〜50時間経過した後、5℃に冷蔵しておいた蚕卵を冷蔵期間30〜40日で浸酸するもので、冷蔵期間40日未満の卵は休眠中であり、普通冷蔵浸酸法より難しい。

 (イ)短期冷蔵浸酸の方法
 この場合の蚕卵は、産下後25℃で40〜50時間保護した後、5に冷蔵されている。掃立て予定日から逆算して、その12〜13日前に出庫し、15℃の中間温度に1〜3時間おいた後ホルマリン液で脱卵防止処理(2%ホルマリン液に2分間浸漬)を施し、液温48℃、比重1100(15基準)の希釈塩酸水溶液に5〜7分間浸潰する。冷蔵期間が30日未満の場合には液温を47℃にし、浸潰時間8〜9分とする。
 短期冷蔵浸酸法の場合、特に品種による浸酸効果の差が大きいので注意する必要がある。

()普通冷蔵浸酸孵化法
 (ア)
冷蔵期間と孵化時期
 蚕卵は普通、25℃で保護すると産下後40〜50時間で休眠化が進行し始める。通常産下後48時間目に5℃に冷蔵するが、冷蔵中にも休眠化は進行し、さらに冷蔵期間が長くなると休眠が打破され活性化し、冷蔵期間が40日を過ぎると孵化機能を持つようになる。このような蚕卵に浸酸処理を行うと、完全に活性化し浸酸後25℃で催青すれば12日目に一斉に孵化する。
 したがって、掃立て予定日から逆算して13日前に出庫し、15℃の中間温度に2時間おいた後25℃に1〜2時間おき浸酸する。なお、この場合15℃の中間温度におくと白ハゼ卵の多発を防ぐことができる。出庫後の中間温度は、冷蔵中の温度の急激な変化を緩和するためのものであって、温度差を10℃以内にとどめるようにするのが望ましい。

 (イ)浸酸までの卵の冷蔵と取扱い
 産卵後25℃で48〜50時間を経ると卵は淡い小豆色(胚子は“こけし形”)になるので、これを目安として5℃に冷蔵する。この時期は、蚕卵の保護温度によって多少変化するので、室温が高い場合には早目(48時間)に冷蔵する。また、冷蔵期間が60日以上に亘ることがあらかじめ明らかであれば、産下後50〜60時間経過した後5℃に冷蔵し、40日を過ぎたところで冷蔵温度を2.5℃に下げる。

 (ウ)普通冷蔵浸酸の方法
 冷蔵庫から蚕卵を取り出す場合、急激な温度変化を与えると“白ハゼ卵”が出やすいので2時間程度、中間温度におくのがよい。中間温度は温度差10以内になるように設定すればよい。
 すなわち、2.で冷蔵したものでは25℃から5℃に移し、2時間おいて15に移し、さらに2時間おいて25℃に移すようにする。また、5℃で冷蔵しておいた蚕卵では5℃から15℃に移して2時間おいて25℃に移す。
 なお、15℃で2時間経過後に産卵台紙からの脱卵を防止するため2%ホルマリン水溶液に2分間浸し、25℃に移して風乾する。
 浸酸液の温度は48℃、濃度は比重で1.100(48では10853となる)とする。また、浸酸時間は日本種6〜7分、中国種5〜6分、欧州種7〜8分とする。
 なお、冷蔵期間が短い場合には浸酸時間を長目にし、60日以上の冷蔵期間がある場合には浸酸時間を1〜2分短くする。この場合も原種の特性は技術資料(蚕の新品種、農蚕園芸局)に記載されるので、これを参照する。

第9表 普通冷蔵浸酸法の処方

浸酸液の濃度

浸酸液の温度
比重 1100
(48℃、1.0853)
48℃
       日本種
浸酸時間 中国種
       欧州種
6〜7分
5〜6分
7〜8分

 (エ)冷蔵浸酸種の浸酸後の処理と冷蔵
 浸酸が終わった後の脱酸(水洗)、乾燥は即浸法の場合に準じて行えばよい。脱酸し、風乾した後25℃の催青室に移せば12日後に孵化する。浸酸後に冷蔵することは極力避けるべきであるが、止むを得ず冷蔵する場合には、浸酸後25℃に保護し、12時間目に15℃の中間温度に移し、6時間経過した後5℃に冷蔵する。この場合、中間温度を必ず通すことが必要である。万一、12時間目に中間温度に移せなかった場合は、25℃の保護時間を48時間以上に延ばし、48〜110時間で12時間目の場合と同様に、15℃の中間温度(6時間)を経て5℃に冷蔵する。
 なお、12時間を過ぎて48時間までの卵を冷蔵すると、白ハゼ卵”が多発するので、この時間内の冷蔵浸酸卵の冷蔵は避けなければならない。
 また、浸酸後に冷蔵した蚕卵を催青する場合には、温度差10℃以内の中間温度(15℃)に5〜6時間おいた後、25℃の催青室に移すようにすると催青開始後12日目には孵化してくる。

5)その他の孵化法
  随時浸酸孵化法と人工越冬について、よく聞かれるので述べるが、この方法はすでに述べた方法と違い、安定した技術と高い孵化率は望めないので、紹介のみにとどめる。
 (ア)随時浸酸孵化法:休眠に人った蚕卵を、塩酸(1100)浸潰と冷蔵(5℃)あるいは、それの反復処理によって孵化させる方法である。
  休眠卵を48℃に加温した比重1110の塩酸に15分間浸潰する(第1次浸酸)。この浸酸が終了して24時間後に5℃に冷蔵する。相当期間冷蔵の後に出庫して、再び第1次浸酸と同一条件(第2次浸酸)を行うと、休眠卵でも孵化させることができる。しかし、現時点では、前述の即浸・冷浸のように高い孵化率が期待出来ない。
 (イ)人工越冬法:休眠性卵を、産卵後の適当な時期から、一定期間低温に接触させて、孵化させる方法である。すなわち、産卵後1〜3日に蚕卵を5℃に冷蔵し、40〜70日後に出庫して25℃に保護すると、ほとんどの卵が孵化してくる。しかし、斉一には孵化しない。このことから、孵化の時期が産卵後60〜90日後であれば、冷蔵浸酸法を用いるのが確実である。

6)浸酸処理効果の判定
  浸酸処理効果の判定を確認する方法としては処理後25℃で催青し、24時間以上経過したところで(2〜3日後がよい)胚子を取り出して判定する。
  また、卵色の変化や水引き(卵の中央部に生ずるくぼみ)の変化で判定することができる。この方法はある程度の経験が必要であるが、その判定基準を示せば次の通りである。

第10表 浸酸処理効果の判定基準

  浸酸が適正なとき 浸酸が適正でないとき
不十分なとき 強過ぎるとき
即時浸酸処理
24時間後の状
卵色は淡かっ色で、無処
理卵よりも着色がおそい。
卵の上面は水平か、わず
かにくぽんでいる程度の
水引きが認められる   
水引きの現れるの
が遅く、無処理卵
のように、卵の上
面がわずかに盛り
上がっている   
水引きがはっきり
認められる。上面
中央部が深くくぽ
み、極端なものは
着色しないままつ
ぶれて死卵となる
冷蔵浸酸処理
2〜3日後の状態
2日目に水引きがわずか
に認められる程度になる。
3日目には、上面の広い
範囲が一斉にくぽみ、水
引きの形成がはっきり認
められる          
水引きの現れるの
が遅く、3日目に
なっても上面のく
ぽみは浅くて狭い
卵の上面中央部が
著しく深くくぽみ、
異常な水引きが形
成される。極端な
ときはつれてかっ
色の死卵となる  

                                              (大槻)


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