T 家蚕の生殖器官

1 生殖腺の発生
 蚕の卵や精子の起原である生殖細胞は内胚葉から分化すると考えられたこともあるが、外山(1074)は、内胚葉ではなく中胚葉起原であるとし、中胚葉が2層になったときその内層(1902年の論文(1075)には外層に当るSomatic mesoblast から分化すると書いている)から分化することを記載した。これは胚に付属肢突起の形成され初めた時期に当る。しかしその後、川口・宮の報告(331)に続き、宮が多くの研究結果を発表し、生殖細胞の分化、出現はこれよりも遙に早いことを明にした。その結果を要約(561,562)すると次ぎの通りである。
 不越年性卵においては、後(Y)に述べるような発生経過を経て、産卵後16時間ぐらいで胚帯が形成される。このとき、外形は他の細胞と余り違わないが、核が幾分大きく、はっきりした大形の仁を有する細胞群が胚帯の一定の部分から部内に向って陥入する。これが初めて観察される生殖細胞の姿である。生殖細胞としての分化はこの陥入より以前に起っているものと考えられるが、形の上ではこのときまで区別ができない。
 陥入した生殖細胞は胚の内面に沿って前後に分散し、胚の頭部に沿うあたりまで分布するものもあるが、産卵後24時間目頃になると腹部に沿って分布しているものは再び胚帯の中に取込まれ、頭胸部に沿って分布するものは取込まれずに胚外に残る。これは所謂“だるま形”胚の時期である。次いで、胸部から中胚葉の陥入が始まり前後に進行するが、これに伴なって、腹部では、生殖細胞を取込んだ部分が生殖細胞を含んだまま中胚葉として陥入する。産卵後36時間ぐらいで中胚葉が体節状に分れ、39時間で付属肢原基が生じ、口陥が陥入し、神経溝によって各体節の中胚葉が左右に2分されるが、これに連れて、含まれている生殖細胞群も2分される。
 この頃から、それまで1層であった中胚葉組織が側端から2層になり初め、42時間で肛陥が始まり、顎節および胸節に付属肢が形成され、中胚葉の2層化も進行する。この2層の中胚葉の外層が体壁中胚葉、内層が内臓中胚葉であるが、生殖細胞は体壁中胚葉に包まれている。外山が初めに(1075)観察したのはこの頃の生殖細胞の状態ではないかと思われる。その後45時間目頃までの間に、中腸原基が現われ、肛陥の盲端に近くマルピーギ管が出現し、神経母細胞が分裂して神経球を作り、腹節の付属肢が形成され、気門も生じるが、生殖細胞には目立った変化がない。
 最初に陥入する生殖細胞の数は蚕の品種によっても異なるが、多くても30個内外で(第1表)、出現後暫らくの間は分裂することなく、生殖腺形成の始まる産卵後70時間目頃まではその数が増加しない。従って、越年性卵においては、生殖腺形成の始まるのが休眠終了後であるため、産卵後7日たっても生殖細胞の数に変化がない(第1表A)。

第1表 最初に現われた生殖細胞数(Miya)(561)
蚕品種 産卵後
の時間
調査した
胚の数
生殖細胞数 生殖細胞に
分裂の認め
られた胚の数
最少 最多 平均
p22   21時間
24 
36 
39 
42 


10

10
12
13

13
17
18
20
22
26
15
16
15
14
16




br2 36
48
20
15
21
19
37
36
31
29

SSY 48 17 11 32 24
g40 36
48
60
72
84
20
20
11
11
11
10
11
12
15
14
18
25
20
30
26
15
16
16
23
18




16


14
18
12
12

Aは越年性、その他は不越年性卵。平均値の小数点下省略

 昆虫の種類によっては、卵の特定の部分に特別の周辺細胞質があり、ここに入った分裂核だけが生殖細胞に分化するから(484)、そのようなものでは、生殖細胞が卵のどの部分で分化し、何個の原生殖細胞に由来しているかもはっきりわかるが、蚕卵の周辺細胞質には生殖細胞分化の場所として識別できる部分がなく、また胚帯から陥入してくるまでは生殖細胞を他の細胞から識別できないため、正常発生の観察によっては、上に述べた以上に生殖細胞の分化を追究することができない。
 そこで宮は卵の種々な部分を部分的に焼き殺し、残りの部分から発生する部分胚について生殖細胞の発生を研究した結果、卵の中で生殖細胞の分化する位置は分裂核が周辺細胞質に到達する以前に既に決定していることを明かにした。この生殖細胞の分化予定域は、卵の長軸(前極と後極とを連ねる線)上、後極から30%内外の位置において、腹面正中線を挾んで左右何れも卵周の2.5%の範囲内にあり、この部分の周辺細胞質に入った分裂核だけが生殖細胞に分化するのであって、この分化予定域を焼き殺すと、胚は形成されても生殖細胞は分化しないことがわかった。発生が進んで胚盤期になると、予定域の範囲は幾分縮まるようである。
 初めに陥入する生殖細胞の数は胚盤の完成までにきまるものと考えられる。川口(330)は、遠心力を作用させて作ったモザイク蚕の翌代を調べ、親の皮膚のモザイク状態と子供の表型との関係から考えて、原生殖細胞の数は最少限20個前後であろうと推定したが、その数が宮の観察した最初に陥入する生殖細胞の数とほぼ一致することは興味がある。
 陥入後、胚の内面に沿って分布した生殖細胞のうち、腹部に沿って分布するものだけが胚帯に取込まれることを先きに述べた。その後、中胚葉と共に再陥入するが、その分布範囲は胚の長さが増大するとそのまま引きのばされるだけで、胚の各部における分布割合には変化がない。
 産卵後60時間目頃から体腔嚢が破れ初め、やがてその腹壁が内方に伸び、その一部が生殖細胞群を取囲んで、胸腹部第6−9の各節毎に生殖隆起を作る。これが生殖腺形成の第一歩で、これと共に生殖細胞の分裂、増殖が始まる(第1表)。これは産卵後ほぼ70時間目頃であるが、その後、胚の発育に伴ない各節の生殖隆起は伸長し、前後互に連絡して体の腹面両側に索状の組織を作り、次ぎにこれが次第に第8節に向って前後から収縮し、78時間目の反転前期(Y2Be)には第7節の後端から第8節の範囲に縮まってくる。84時間で、生殖細胞とそれを包む上皮および後に紐体(第2、10図)を形成する細胞群が識別されるようになり、幼虫における生殖腺の形態がほぼととのうが、これが第8節背面に移動を終えるのは反転完了のときで、このときにはヘロルド腺も発生し(668)、紐体が第11乃至12節の腹面に連なる(1074)
 胚の生殖腺はその中に含まれる生殖細胞数が多いほど大きいが、含まれる生殖細胞数は種々な条件によって影響される。最初に陥入する生殖細胞の数が品種によって相違するのを(第1表)、宮は生殖細胞分化予定域の大きさの相違によるものと考えている。しかし、最初の生殖細胞数は同じでも、陥入後、腹部に分布したものだけが胚帯に取込まれ、更に第6−9節のものだけが生殖隆起に包まれて生殖腺形成に参加できるのであるから、かなりの数の生殖細胞が生殖腺形成から除外されることになる。正常の場合には、生殖細胞は第6−8節に最も多く分布するが、後方は第10節、前方は顎節の付近にまで分布するものがあり、宮は、全生殖細胞数の14%にも達する数が第6−9節以外に分布していた例をみている。この生殖細胞の分布はチャンスによって機械的にきまるものと考えられ、丁度陥入の起こる頃に卵の後極を焼くと前方(胸部)への分布が多くなると云う。更に、第6−9節に分布する生殖細胞も全部が生殖隆起に包含されるとは限らず、第6−9節に分布しながら、全数の36%もの生殖細胞が生殖隆起に含まれずに終った場合も観察されており、その原因の一つとしては、生殖隆起の形成に関与する中胚葉細胞の数が不十分で、総べての生殖細胞を包含し得ないことが考えられている。


第1図 完成胚の断面図(石渡(261)模写)
A:漿膜、B:外皮、C:生殖器、D:絹糸腺、E:胃壁
F:卵黄、G:マルピーギ管、H:小細胞部、I:大細胞部

 以上述べてきた生殖腺は未だ卵巣か睾丸かの区別のできない時期のものであるが、石渡(260,261262)によれば、完成した胚においては、胚の横断切片標本を作って生殖腺の中央部を通る断面をみると(第1図)、左右の生殖腺の相対した側に小細胞(被膜細胞)、反対側に大細胞(生殖細胞)の集合しているものは睾丸、相対する側に大細胞、反計側に小細胞の集まっているのは卵巣であり、またヘロルド腺(第10図)のあるものは雄であるから、胚においても雌雄が識別できると云う。小細胞の集合している部分は紐体の付着点であるから、幼虫における紐体付着点の位置(第2、10図)から考え、順次にさかのぼって観察すればこのような結論になる訳であるが、生殖腺の形、大きさ、位置、紐体の付着点などは幼虫においてもかなり変異のあることからみて、一般的には上のように云えるとしても、個々の場合にはこの標準で正確な判別ができるか否か疑問がある。その上、固定切片にして調べるのであるから、卵を孵化させてその判別の当否を直接に確かめることもできなかった。現在は限性黒卵品種があるので、これを用い、予め雌雄を分けた卵を切片にして調べれば、上記の方法でどの程度に雌雄鑑別ができるかを確かめることができる筈である。
 町田(490)は、孵化当初の幼虫においても、1)卵巣は睾丸より小さい; 2)紐体の付着点が睾丸では左右相対する側にあり、卵巣では反対側にある; 3)睾丸小胞の中央部には生殖細胞が殆ど存在しない; 4)卵巣小胞の先端には尖端細胞があるが、睾丸小胞にはこれが認められないなどの一般的標準では、卵巣と睾丸とを個々の場合に正確に識別しかねる場合の多いことを述べている。
 なお町田は、卵巣においては尖端細胞が孵化当初既に認められるが、睾丸では孵化翌日になって初めてこれが現われ、卵巣におけるよりも顕著であると云う。しかし、宮(562)は尖端細胞と考えられる細胞を孵化直前の生殖腺で記載し、しかもこの生殖腺は紐体の付着点から考えて睾丸であろうとしているから、尖端細胞のあるなしも正確な雌雄鑑別の基準には用いられない。生殖細胞の数は孵化を境にして急激に増加する(第2表)。

第2表 孵化前後における生殖細胞数の変化
(Kobayashi)(405)
時  期 調査した
生殖細胞
1生殖腺当りの生殖細胞数
最少 最多 平均
孵化2日前
  1日前
  当日
  1日後
17
28
11
15
29
37
82
102
57
79
162
236
47
59
119
171
睾丸と卵巣との区別はつかなかった。生殖腺内の隔壁は
孵化前日には認められず、孵化当日には認められた。
平均値の小数点下省略。

2 雌の生殖器官
 A 卵巣
  a 幼虫

 幼虫の卵巣は第8節の背面、星状絞のある部分の皮下に、背脈管を挾んで左右に1対ある。孵化当時は睾丸との識別が困難であるが、日のたつに連れて、
前節で述べた種々な特徴によって識別できるようになり、3令起蚕においては、卵巣はほぼ3角形を呈し、3角形の底辺で左右のものが相対している(第2図)。これに対し、睾丸は腎臓形で丸味があり、その凹面で相対し(第10図)、紐体の付着点も相違している。


第2図 幼虫卵巣の位置模式
a:卵巣、b:紐体、c:紐体末端、d:石渡前腺の位置
(背面からみたもので、田中(1035)によって描いた)

 孵化当初の幼虫の卵巣には内部の区画が明瞭でないがやがて隔壁が発違して、普通4個の小胞状の区画に分れ、日を経るに連れてこれが伸長して小管状となり、更に伸長を続けそのままでは共同被膜内に納まらず、3令2日目頃から屈曲し初める。
 蚕令に伴なう卵巣の大きさおよび卵巣小管(卵管)の長さの増大は第3図によっても明かであるが、町田(491)が小石丸品種について測定した結果を曲線で表わすと第4図のようになる。この場合、1令期間は切片標本による測定であり、2令以後は生体のまま解剖して測ったのであるから、同一に扱うことのできない測定値の接ぎ合わせであるが、便宜上1本の曲線で示した。日々の変動がかなり大きいが、これは測定数が少ないので重要視することはできない。全体の傾向として、卵巣の長さおよび幅の成長は、初めは徐々に、後次第に速く、5令期には更に速くなる。これに対し、卵管(卵管柄をも含めて測定した)は5令の終りまでは徐々に伸び、上蔟後急激な伸長を示し、化蛹2日目に共同被膜が破れて腹腔内に出た。その後も卵管の伸長はますます著しく、遂には腹腔内に充満する。


第3図 各令卵巣の大きさの比較(田中(1035)模写)
A:3令起蚕、B:4令起蚕、C:5令起蚕


第4図 卵巣の成長曲線
(町田(491)の数字によって描いた)

 卵巣の外形がこのような変化をする間に、その内容にも重要な変化が起こる。孵化当時の卵巣小胞内には生殖細胞とそれに混って若干の包卵細胞があるだけである。生殖細胞(卵原細胞)は卵管の先端部で分裂、増殖を続けるが、順次に分裂を止め、次第に卵管内を下降して、卵母細胞と栄養細胞とに分化する。この場合、分裂を止めるものは、最後の分裂の3回前から、分裂した細胞同志が一団となって離れず、結局、8個ずつが1集団となり、そのうちの1個が卵母細胞、残りの7個が栄養細胞に分化するのである。分化の認められるのは4令2日目頃からで、栄養細胞に分化したものは生殖細胞としての機能を失い、卵母細胞に栄養を供結する役目を特つことになる。次いで、これらの細胞集団内で、卵母細胞と栄養細胞との位置的関係がきまり、4令中期には、卵母細胞が下部にきて、その上部に7個の栄養細胞の付着した一定の配列のものが現われてくる(第5図)。


第5図 配列のきまった卵母細胞(町田(500)
nc:栄養細胞、oc:卵母細胞

 これに包卵細胞が加わって(第6図)、卵管内に、基部から先端に向い1列に珠数玉状にならぶのであるが、珠数玉の一つ一つに当る細胞集団は、上部に、栄養細胞の納まった栄養室、下部に、卵母細胞の納まった卵室を形成する。従って、卵管全体としてみれば、栄養室と卵室とが交互にならんでいるので、交互栄養型(多栄養型)卵管と呼ばれる。5令の初期には卵管の基部にこの交互栄養型の特徴が現われてくる。


第6図 卵室、栄養室の形成初期(町田(500)
fc:包卵細胞、nc:栄養細胞、oc:卵母細胞

 卵母細胞と栄養細胞との間にこのような配列がきまっても卵の完成にはなお遠いが、卵は卵管の下方から順次上方へ成熟してゆき、産卵もその順序で行なわれるのであるから、卵母細胞と栄養細胞との位置的関係のきまった細胞集団の数を基部から先端に向って数えると、将来完成*あるいは成熟する卵、または産み出される卵の数が何時頃に準備されるかを知ることができる。この点を調べたのが第3表である。

厳密な意味での完成卵は第二成熟分裂(Y2A)の終った成熟卵であるが、卵殻が完成し、産み出されるものと外観的に同様な形態に発育した卵を、包卵被膜から離脱する(T2Ac)と否とに拘らず完成卵と呼ぶことが多い。普通に造卵数と云われているのはこの意味の完成卵数(産卵したものがあればそれを含めて)のことである。

第3表 卵管内の平均卵数(町田)(491)
5    令 上  蔟 化  蛹
3日 4日 5日 6日 7日 8日 9日 熟蚕 2日 3日 4日 1日 2日 3日 4日 5日
1卵管当り 17 23 40 42 49 46 48 66 68 74 81 87 118 131 128 131
1個体当り 139 187 318 332 395 371 381 527 545 592 651 698 944 1046 1022 1046
調査個体数 3 3 2 1 2 2 6 5 4 6 5 7 2 5 3 3
完成卵ではない(本文参照)。

 この調査の場合、化蛾したもの10頭について調べた造卵数は、最少546個、最多675個、平均618個であったから、この表によれば、それだけの数は既に化蛹の頃にきまっており、その後に増加した分は発育の過程で退化するか、または未発育に終ったことが明かである。化蛹5日日の卵数は1,049個となっているが、これは卵管鞘の外側からはっきり確認のでぎたものだけで、卵管のこれより上方には、分化はしても配列の未だはっきりしない卵母細胞が多数にあるから、これをも加えると、退化または未発育で終る卵母細胞の数は極めて多いことになる。これは造卵数の問題を考える場合に考慮しなければならない重要なことがらである。
 永井(630)は、栄養細胞と卵母細胞との分化の明かになったものから卵殼の完成したものまでを含めた、数え得られる卵母細胞の数は、蛹期間の40−50%を経過したときに最大に達し、その後、化蛾までには大きな増減はなく、蛾になったときの完成卵数は全卵数の約80%であったと云っており、その完成卵歩合は第3表および第4表の場合に比べて著しく大きい。原因は明でないが、おそらく、分化した卵母細胞の基準が違うのであろう。
 卵母細胞が分化すると卵黄形成が始まるが、これについては次項で述べる。
  b 蛹
   i 卵巣の発育および造卵数
 蛹期における卵巣の発育は造卵数との関連上特に注目される。
 蚕の産卵数は造卵数と造卵数のうちのどれだけが産み出されるかによってきまるから、造卵数の多いことが直ちに産卵数の多いことにはならないが、これが産卵数を決定する第一の要因であることには間違いない。卵母細胞は既に述べたような過程を径て分化し、発育するのであるが、蛹期間の中頃までの卵母細胞の数は、蚕の品種が異なっても飼育条件が相違しても大差がなく、また産卵数または造卵数と平行するものでもないらしい。例えば、長谷川(154)が日106号および支101号について調べた結果によれば(第4表)、日106号の化蛹5日目の卵母細胞数は第3表に示した小石丸の場合と同じであり、支101号はこれに比べて幾分多いが、ほぼ近似した数である。処が、総完成卵数は、小石丸が平均546個であったのに対して、日106号は688(86×8)個、支101号は560(70×8)個で、卵母細胞数の多かったものほど完成卵数が多いと云う訳ではない。

第4表 1卵管当りの卵母細胞数および完成卵数(長谷川)(154)
蛹  令 卵母細胞数 卵管本部の完成卵数(a) 卵管柄に下降した完成卵数(b) 総完成卵数(a+b)
日106号 支101号 日106号 支101号 日106号 支101号 日106号 支101号
化蛹当日
  2日目
  3日目
  4日目
  5日目
  6日目
  7日目
  8日目
  9日目
  10日目
  11日目
  12日目
  13日目
102
98
111
134
131
131
163
164
1681)
1612)


153
159
158
175
179
183
208
1813)
211












68
49
27
14*








65
40
*










13
31
54
72*








10
30
63*










81
80
81
86*








75
71
70*

        1) 9個体中3個体の卵管柄に1卵管1〜3粒の下降卵あり。                      
2) 11個体中4個体に退化卵あり。                              
3) 9個体中2個体の卵管柄に1卵管2粒の下降卵あり、また2個体に退化卵あり。 
* 蛾                                                 
数値の誤差省略                                      

 また、5令3日目(熟蚕の3日前)に緑蚕上蔟させた日106号についてみると、蛾の1卵管当り完成卵数は対照区83±1.8個に対し緑蚕区52±1.1個で明かに緑蚕区が少なかったが、化蛹7日目における卵母細胞数は対照区165±3.6個、緑蚕区144±3.6個で大差がなかった。即ちこのときの緑蚕区の卵母細胞数は対照区化蛾後の完成卵数の2倍近くもあったのであるが、その後退化して、完成卵になったものは上記のように少なかった。退化卵の現われ初めるのは対照区では化蛾の3日前(13日目に化蛾)であったが、緑蚕区では4日前(12日目化蛾)であった。蛹の中期頃までの卵母細胞数はまた取扱いを著しく違えた区間でも大差がなかった。
 蛹期における卵巣の重量は(第6表)初めは徐々に増加するが、蛹期間のほぼ60%を経過した頃から急増し、末期には殆ど変化がなく、大きく分けて3段の成長をする(154,295,317,665)。初めは卵巣重の絶対値が小さく、蛹重に対する割合が小さいため、第5表の例では、蛹体重と卵巣重との相関係数を求めても、日106号の化蛹8日目、支101号の化蛹7日目までは負価を示すことが縷々あって一定しなかったが、日106号は9日目で+0.526±0.229、以後は+0.501〜+0.825、支101号は8日目で+0.649±0.183、以後は+0.504〜+0.720となり、卵巣重が蛹重の30%ぐらいに達すると正の相関を示すようになっている。

第5表 蛹重に対する卵巣重の割合
(長谷川)(154)
蛹  令 日106号 支101号
化蛹当日 
  2日目
  3日目
  4日目
  5日目
  6日目
  7日目
  8日目
  9日目
 10日目
 11日目
 12日目
 13日目
  0.3%
  0.5
  1.0
  2.7
  5.5
 10.9
 16.4
 24.5
 29.4
 30.6
 32.7
 32.3
 48.4(蛾)
  0.5%
  0.7
  1.3
  2.8
  8.0
 17.8
 27.8
 32.7
 32.5
 32.2
 52.1(蛾)

小数点下2位および誤差省略。

 清水(840,841)は初め、5令蚕児の第8節における左右の気門の大きさとそれぞれの側の卵巣または睾丸の大きさとの間に正の相関のあることを認め、もし異個体間にもこのような関係があれば、外観によって卵巣の大小がわかり、実用上役立つであろうと考えたが、幼虫期の気門の大きさと化蛾後のその側の卵巣の造卵数との間には相関がなかった。中曾根(665)は、5令起蚕で、体の片側の気門(第3気門以下全部)を閉鎖するとその側の卵巣の発育の劣ることをみている。
 造部数との関係で興味のあるのは片側の卵巣を摘出した実験結果である。橋
(175)は、5令期に片側の卵巣を摘出すると、残された卵巣の完成卵数がふえ、卵の形も大きくなることを認めた。吉川(369)は、5令初期の蚕から取出した卵巣を1個、同じ発育程度の他の蚕に移植すると、移植卵巣も宿主の卵巣も共に発育が阻害されるが、移植卵巣の発育が悪いと宿主の卵巣はほぼ正常に発育し、移植卵巣がよく発育すると宿主卵巣の発育が妨げられ、結局、卵巣の数は1個多くなっても、その宿主体内で形成される完成卵の総数は宿主本来の完成卵数に近い数に止まると報告した。これらの結果は、蚕の体内で完成卵を作るのに必要な栄養物質の量が一定しているために、これを消費して発育する卵巣の数が多ければ、発育を許される1卵巣当りの卵数が減少することを示しているものと考えられる。
 摘出した残りの卵巣の重量増加を第6表に示す。この場合、摘出区の蛹重は、手術の影響によって、化蛹当日には対照区に比べて約2.5g(対10頭)も軽く、従って卵巣重も軽かったが、化蛹5日目から摘出区の卵巣重が急に増加し、対照区よりも重くなった。余分な栄養物質の影響が、先きに述べた卵巣重の急増期になって初めて現われ、それまでの発育不良とは無関係な重量増加を示していることは、造卵数が蛹中期頃までの卵母細胞数と平行しないことと考え合わせて注目される。残存卵巣のカクラーゼ作用には変化がないと云う(663)

第6表 片側卵巣摘出蚕における残存卵巣の重量成長(伊与田・米山(295)
蛹   令 摘 出 区 対 照 区
化蛹当日
  2日目
  3日目
  4日目
  5日目
  6日目
  7日目
  8日目
  9日目(蛾)
  0.04g  
  0.06
  0.12
  0.42
  1.06
  1.85
  2.03
  1.93
  1.93
  0.05g  
  0.09
  0.21
  0.71
  1.28
  1.62
  1.71
  1.89
  1.90
支101号、5令4日目に手術。10卵巣の重量。
小数点下3位を4捨5入               

 長谷川(154)の実験によれば、5令3日目の日106号から片側卵巣を摘出すると、残った卵巣の卵管が対照区のものより長くなり、化蛹7日目の卵数は1卵管当り140±4.0個で対照(第4表)に比べて寧ろ少ないぐらいであったのに、化蛹13日目に化蛾したものの1卵管当り完成卵数は100±2.0個で対照よりも多く、退化卵の出現も1日おそかった(化蛾2日前)。これは、片側卵巣の摘出によって栄養物質の量に余裕が生じ、退化卵となるべきものが完成卵に発育したことを示すものであろう。
 第Y連関群に属する異常生殖腺蚕遺伝子(Gd)を持つ蚕の造卵数もこの点に関して興味がある。この遺伝子はホモ致死であるが、ヘテロで卵箇数を多くする。市川(270,271)がこの蚕の造卵数を調べた結果によると、5令期の毎日の絹糸腺重も繭質も同蛾区の正常姉妹蚕と異ならないのに、1蛾当りの造卵数は626±8.98粒で、正常姉妹の589±4.13粒に比べて多かった(α=1%で有意)。しかし、100mgの卵数は異常生殖腺蚕184±0.37粒、正常姉妹165±0.47で前者が多かったから(α=1%で有意)、1蛾当りの造卵量にすれば、異常生殖腺蚕341mg、正常姉妹356mgで,異常生殖腺蚕の方が却って少ない計算になる。これならば、母体の他の器官の生産または消費に影響することなく十分に生産がまかなえる筈である。このことから、問題は卵の数ではなく、母体と生産卵との量の関係であることがわかる。市川は異常生殖腺蚕の系統に大卵遺伝子(Ge)を入れても、大卵で造卵数の多い系統を作ることのできなかった理由をこの関係によって解釈している。
 これらの結果から考えると、飼育や取扱いによる造卵数増加の問題は、結局、
 1)母体内諸器官への素材の配分率を変更することができるか否か
 2)配分率が一定の場合には、
  a 素材の絶対量を増加することができるか否か(例えば、母体を大きくする、あるいは必要な栄養素の量だけを増加する)
  b 卵の数と量との関係を変更することができるか否か(例えば、上記異常生殖腺養のように)
に帰着するものと思われる。アラタ体を摘出すると造卵数が減る(1175)、 エクディゾンその他の昆虫ホルモンを与えると造卵数がふえた(402,403,404)と云うような成績も、ただ造卵数だけの調査では不十分で、上に述べたような関係を考慮して吟味する必要がある。
 退化卵がどのような機構で生じるのかは明かでないが、それが初めて出現する位置は、卵管内で必らず完成卵に近く、相当に発育した卵が退化し、これより卵管の盲端に近い若い卵の退化はおくれると云うから(155)、未熟卵の発育が全体的に停止するのではなく、発育の旺盛な卵、あるいは発育のある臨界期に達した卵に起こる何らかの栄養物質の不足が原因であろうと考えられる。
 退化卵においては、ニンヒドリン陽性物質、燐、グリコーゲンなどが減少または消失するが、化蛹初期にグリコーゲンや燐を注射しても退化卵は発現する(155)る。 赤尾(31,37)によれば、蚕体内諸組織に含まれていた亜鉛が化蛹時に体液中に出て卵巣に集積する。卵巣を摘出しておくと、集積する組織がないため、化蛾前の蛹の体液中に合まれる亜鉛の量が対照の4倍にも増加し、マンガンも亦卵巣摘出によって体液中に著しく増加すると云うが、長谷川(156)の実験によれば、亜鉛、マンガン、鉄、銅などの金属イオンを蛹に注射しても退化卵の発現を防止できなかった。1令から5令まで毎日1回、亜鉛またはマンガンを添食すると熟蚕の卵巣が大きくなり、産卵数および卵重が増加したと云う報告もあるが(969,970,978)、産卵数についてはなお検討する必要があるように思われる。
 ある物質が卵母細胞の発育と時期を同じくして蛹体内で著しい消長を示す例は、亜鉛やマンガンに限らず、ビタミンB2にもみられる(89)。雌の体液中のビタミンB2含量は蛹期の初めに急増するが、中期頃を境に激減し、これと同時に卵巣内の含量が急増する(第7図)。雄にはこのような蛹初期の急増も中期以後の激減もみられず、雌においても、卵巣を摘出しておくと中期以後に体液中のビタミンB2の減少は起らず、対照蚕の4倍以上もの量が蛾の体液中に含まれていた。また片側の卵巣を除去すると残った卵巣における卵数、卵重が増加し、卵内のビタミンB2含量も増加した。


第7図 蛹の体液と卵巣とにおけるビタミンB2の消長(江口(89)
◎:体液中のB2(γ%)、○:卵巣中のB2(蛹1頭当りのγ)
●:1卵巣当りのB2(mg)、横軸は化蛹後の日数

 これは、一見、ビタミンB2が亜鉛その他と共に、卵の発育に必要な栄養物質の一つではないかと思わせる結果であるが、od油蚕(第T連関群の遺伝子)における結果と考え合わせると、問題がなお残っている。od油蚕の蛹期におけるビタミンB2の消長は、その曲線の形に関する限りは、第7図に示した正常蚕の場合と違わないが、最大値を示す蛹中期においても、体液中の含量は正常蚕の中期以後における激減した量と殆ど同じレベルであり(90)、卵における含量も正常の約半分である(66)。この場合、od蚕の造卵数、孵化歩合などについての記載はないが、普通、od蚕の造卵数および孵化歩合に特に顕著な欠陥のないことからみると、卵巣の発育および卵の造成に関するビタミンB2の役割を第7図の消長のままに受取ることはできない。
 3・ヒドロキシキヌレニンも、後に述べるように、蛹期における卵内への移行が顕著であるが、卵の造成には関係がない。中曾根(665)は卵巣のグリコーゲンが蛹の中期から激減することをみたが、山下・長谷川(1171,1172)はこのような減少を記載していない。土井良(87)は、体液蛋白の電気泳動像を調べ、雌に特異な泳動帯FLおよびFPの存在を示した。FL(幼虫型雌蛋白)は5令雌に限って存在し、FP(蛹型雌蛋白)は化蛹後に現われ、雌蛾においても痕跡的に認められると云うが、蛹の発育に伴なうその消長は明かにされていない。

   ii 卵黄および卵膜の形成 蚕卵の卵黄は脂肪性の顆粒と蛋白性の顆粒とに大別されるが(290,496,501)、町田(496,501)は脂肪性卵黄にa、bの2種を区別し、卵黄形成を次ぎのように考えた。
 脂肪性卵黄aは、生で生理食塩水中に取出すとブラウン運動をする微小顆粒で、卵母細胞、栄養細胞および包卵細胞中のゴルヂ体から生じ、卵母細胞が分化すると直ちに現われ初める。脂肪性卵黄bはaよりやや大きく、それ自身はブラウン運動をしない。栄養細胞核の仁が崩壊し、これが核膜を通り、細胞質中に出て卵母細胞に流入しb顆粒を作るもので、卵母細胞と栄養細胞との位置的関係がきまってから(T2Aa)現われる。蚕自性卵黄は、化蛹後、包卵細胞が卵母細胞を囲む1層の上皮組織を作ってから現われ、包卵細胞のミトコンドリアに由来するか、あるいはこれと何らか密接な関係を有するものであろう。
 これは従来最も信頼されている研究結果ではあるが,。細胞の微細構造およびその機能についての知見の乏しかった当時の研究であるから、新しい方法と考え方によって再検討し、補足すべき問題を含んでいる。
 宮およびその協力者は電子顕微鏡および組織化学的方法によって卵黄形成の研究を進めている。未だ詳細な結果は報告されていないが、栄養細胞から卵母細胞に供給される脂質は初期だけに限られ、大部分は包卵細胞から来るらしく、蚕自性卵黄も包卵細胞から流入する物質によって作られるらしい(558,559,563)。栄養細胞において、核膜を通しての核と細胞質との連絡は認められるが、核からの逸出物が脂肪性卵黄に転化する像は観察されなかった(557)
 大槻(774)は卵黄形成の種々な時期に蚕卵を遠心して卵の内容を分画し、その各層の量および組織化学的性質を調べる方法によって、正常卵と包卵被膜細胞の遺伝的に退化する系統の卵とにおける卵黄形成を比較した結果、栄養細胞から卵母細胞に流入する物質は、脂肪性のものも若干含んではいるが大部分は好塩基性蛋白質の反応を示す物質で、このground substance(基礎物質)に包卵細胞から来る物質が働いて蚕自性卵黄を形成するものと考えている。岩下(294)も、蛋白性卵黄は栄養細胞と包卵細胞とから流入する好塩基性物質によって形成されるらしいと云う。
 江口ら(91)は蛹卵巣の組織蛋白を蒸溜水で抽出し、その電気泳動像において、中期には殆ど観察されない1本のバンドが後期には明瞭に認められるようになることを報告した。上田(1090)によれば、卵巣のチトクローム・オキシダーゼは、ナジ反応によっては栄養細胞にだけ認められ、その卵巣生体重当りの活性度は蛹令と共に低下し、栄養細胞の機能と密接な関係かあるらしい。
 卵黄形成が終ると卵の外側に卵膜が形成される。蚕の成熟卵の卵膜は卵母細胞を直接に包む卵黄膜とその外側を覆っている卵殻とであるが(第23図)、町田(496,501)によれば、卵黄膜は卵母細胞の周辺細胞質から形成され、卵殻は包卵被膜細胞から分泌される。町田は卵殻を、3層からなる内卵殻と1層の外卵殻との4層に区分しているが、層の区分は研究者によってかなり相違している(27,28,29,30,524a,568,783,916)
 化蛾の3日ぐらい前になると、卵管下部の卵は包卵被膜から離脱して下降し初める(第4表)。

  c 蛾
 化蛾の前後には、卵の母体内での成熟最終段階である包卵被膜離脱が急速に進む(662,952)。清水・堀内(852)によると、その進み具合は蚕の品種によって特徴があり(第7表)、大造および輪月では化蛾前夜の離脱が非常に多いが、他の品種においてはそれ以前から徐々に離脱が起こっていて、化蛾前夜には少なかった。交尾蛾と末交尾蛾とを化蛾当日の午後4時に比べると、交尾蛾においても予期したほどには離脱が促進されていなかった。しかし、化蛾当日午後4時の末離脱卵歩合は品種間で大差がないことをみると(第7表)、このときの末離脱卵は卵形成に関する何らか共通的な原因によって特に成熟のおくれた卵であり、そのために交尾の影響が現われにくいのかも知れない。また、化蛾当日午後4時および化蛾翌日午前9時の調査において産卵の多かった蛾は、産卵の少なかったものに比べて離脱率が幾分高かったと云うが、これは卵の成熟の進んだ蛾が早く産卵すると云うことに外ならないと思われる。
 清水らによれば(852)、温度と包卵被膜離脱との関係は品種によって相違する。大造においては15℃での離脱が緩慢で、20℃、25℃、30℃と温度の上昇するに連れて直線的に離脱が進むのに対し、日115号においては、15℃でもかなり離脱は進むが、25℃で増加が止まり、30℃では25℃よりも却って離脱が少なくなって、これらの品種の消化率と温度との関係に似ていると云う。沓掛(471)は産卵歩合と包卵被膜離脱率との関係を調べている(W3Ca)。
 卵は、普通、卵母細胞第一成熟分裂の後期初期の状態で産み出される(814)

第7表 包卵皮膜からの卵の離脱(清水・堀内)(852)
調査年次 蚕品種 化蛾前日
午後4時
化蛾当日 化蛾翌日
午前9時
午前6時 午後4時
1937 欧18号
欧16号
小石丸
輪  月
  45%
  38
  29
  43
  41%
  28
  23
  21
  26%
  22
  16
  14
  14%
  11
   7
   8
1949 欧18号
日115号
支105号
支110号
大  造
輪  月
  43
  30
  35
  31
  61
  53
  25
  21
  32
  30
  37
  29
  27
  16
  20
  16
  19
  17
  18
   8
  13
   8
   6
   5
蛹および未交尾蛾についての調査。保護温度25℃
造卵数に対する未離脱卵の%。小数点下を省略

 B その他の器官
  a 内部生殖器官

 幼虫の生殖器官は第8節背面の皮膚下にある卵巣と、それから出て後方にのび、第10節後端の皮膚に付着する紐体(第2図)、第11節の石渡前腺および第12節の石渡後腺(第19図)とである。紐体は導管とも呼ばれるが、幼虫期には未だ管状構造ではないので、導管とは云い得ない。蛹になってから初めて管状となり、石渡前腺に由来する輸卵管と接合するが、紐体に由来する輸卵管枝と輸卵管との境が貫通するのは化蛾の前後である。石渡腺は、腺と云う名前はついているが分泌腺ではなく、前腺からは輸卵管、前庭、交尾嚢、受精嚢、交尾嚢導管、精子管および螺旋管(第8図)が形成せられ、後腺からは膣および粘液腺ができる(792,1096)


第8図 雌蛾の内部生殖器官(模式)(Omura(759)
bc:交尾嚢、db:交尾嚢導管、ds:精子管、dt:螺旋管、gr:受精嚢付属腺、gm:粘液腺
ip:後腸、od1:輸卵管支、od2:輸卵管、ov:卵管、rs:受精嚢、v:膣、vt:前庭

 交尾嚢導管(大村は初め(746)交尾嚢管と呼んだが、後(1117)、交尾嚢導管に変更した)は交尾の際に雄の陰茎の挿入される部分である。精莢(T3C)に包まれて交尾嚢内に射出された精子は、白身の運動と管壁の蠕動とによって精子管を通り、一旦膣に出た後、螺旋管を上って受精嚢に入る。螺旋管の内部には更に小さなキチン質の受精小管がある。精子は、受精の際には、この小管を通って自力で下降し、丁度下降して来る卵が前庭隆起に支えられて卵門を受精小管の開ロ部に向けたときに(第8図)、卵門を通って卵内に侵入する(746,747,759)
 卵管内の卵は卵門が上部に向くように形成されており、そのままの姿勢で輸卵管を下ってくるので、精子の侵入に都合がよい。1蛾採りの卵を調べると、卵が総べて蛾のいた中心部へ卵門を向けて産み着けられているるのはこのためであるが、稀に逆位のものがあり、逆位のものには不受精卵が多い(569,953)。このような不受精卵は、卵管を下り輸卵管を通る間に何らかの原因によって逆位になり、精子の侵入に不都合な姿勢で前庭を通過したものと考えられるが、実際に、藤本(97)は、遺伝的に卵管内での卵の逆転が起こり易く、そのために不受精卵の多発する系統のあることを報告している(T2C)。逆位卵は蛹(953)および蛾(99)の冷蔵によっても増加する。逆位の起こるのは卵が完成し、包卵被膜を脱いでから後が普通であるが、稀には包卵被膜から離脱する前に逆転するものがあると云う(997)
 逆位卵が不受精卵になり易いことからみて、精子が自身で運動し得る範囲は広くないように考えられるが、松永(522)は、産卵後自然死した雌蛾の体内から着色した卵を取出し、翌春まで保護した後孵化させ、飼育して、その幼虫およびそれの作る繭が、交配に用いた雄蛾からの性質を表わしていることを認め、また、交尾後に産卵孔を焼灼して産卵不能にした雌蛾を、自然死した後に解剖し、その卵管、輸卵管および膣内に受精卵のあることを確かめ、精子は卵管内に上って卵を受精させ得ることを明かにした。この場合、受精卵か否かは、飼育して遺伝形質の発現を調べて判定した。
 滝沢(998)も産卵孔焼灼実験を行なってこれを追認した。産卵孔を焼灼した蛾においては、膣が破裂して腹腔内に卵の出ていることが多いから、焼灼の衝撃または卵の下降する圧力によって精子が機械的に卵管内に押上げられたり、吸上げられる可能性も考えられないことはない。
 正常の産卵では5.3〜10.0秒に1個と云う速さで卵が産み出されるので(759)、逆位で前庭を通過する卵には精子の侵入する余裕がないが、時間をかければ精子は案外遠くまで運動し得るのかも知れない。長谷川(152)は、十分な時間交尾させた雌においては、最初に産み出される卵が未だ前庭まで下っていないときに既にその下部に精子が付着していること、およびこのような雌を産卵させた後に解剖して調べると、輸卵管まで上っている精子が産卵前のものにおけるよりも多いことなどを報告している。
 前庭を通過した卵は、膣に開口している粘液腺からの膠着物質を、主に卵の裏側(台紙に付着している側)にだけ付与されて産み出される(842,843,962)。粘液腺の細胞組織学的研究には鈴木、辻田ら(891,1081)、膠着性の遺伝については鈴木・平田(888)の報告がある。
 交尾した雌蛾が未交尾蛾に比べて早く産卵することからみて、交尾は産卵を誘発する刺戟になるものと考えられるが、大村(748)は、人工助精、去勢雄(精莢を射出するが、その中に精子を含んでいない)との交配、および三倍性雄(精子は受精嚢にまで達して盛んに運動しているが受精小管に下ることがないと云う)との交配など種々な場合の産卵状態を調べた結果から、精子のない場合の交配は勿論、精子があっても、それが受精嚢に入るまでの運動は産卵誘発刺戟として無効かあるいは不十分で、刺戟として有効なのは、受精嚢から受精小管を下って前庭に達する間の精子の行動であると結論した。しかし、長時間に亘って交尾している雌蛾を解剖して、前庭およびそれより下方にある卵を調べると、既に精子の侵入している卵があることからみて、精子の行動が直ちに産卵を誘発する訳ではなく、従って産卵を単なる反射運動と考えることはできないと云う。
 福田(107)は、生理食塩水中での卵管および輸卵管の蠕動の実験によって、産卵を起こさせる直接の要因は蠕動であるとし、精子が雌の生殖系統内のある部分に侵入すると、蠕動誘発物質(末交尾雌および雄蛾の体内にも若干ある)を増産するか、既存物質を賦活するか、あるいは精子の侵入によって起こるある種の体液変化が同様の働きをするか、または卵管の感受性を高めるなどのことが考えられるとしたが、川瀬(365,366)は、生理食塩水中に取出した卵管の蠕動を誘発する物質は特別なものではなく、Ca++イオンに外ならないと報告している。
 藤本(99)によれば、種々な品種の雌蛾を生理食塩水中で解剖し、液温5℃、7.5℃および10℃において観察すると、卵管の蠕動はこれらの品種の蛾の冷蔵中における産卵(W4A)と符合する動き方を示し、産卵の多い品種の卵管はよく動くと云う。
 室賀(612)は、腹部第4神径節を摘出すると、交尾しても産卵せず、脳とこの神経節との連絡を断つと受精しても産卵数の少ないことから、腹部第4神経節は産卵機能に直接関係し、脳は産卵に関する何らかの指令をこの神経節に与えているのであろうと考えた。山崎ら(676,677,678,1176,1177)も同様な実験を行ない、また明暗が産卵に影響する(W5A b)のは光が複眼を通して作用するのであるとし、雌蛾に産卵を起こさせる直接の原動力は頭部内神経節で、これが第4複節神経節と協同して働くのであると結論した。福田(113)も最終神経節(腹部第4神経節)が産卵に関係することを認め、上に述べた体液的要因と神経系の活動とが相まって盛んな産卵を誘発するものと考えている。蚕の産卵は暗いと促進されるが、脳または食道下神経節を摘出するとこの反応が正常でなくなると云う(428)

  b 外部生殖器官
 雌蛾の外部生殖器官を第9図によって説明すると(492,1036)次ぎの通りである。側唇は他の昆虫の産卵管に相当するもので、その腹端に産卵孔が開口する。交尾孔は交尾嚢導管(第8図)の開口部である。側唇の左右の鋸歯板との間の部分は嚢状に膨出して側胞となる部分で、雄を誘引する物資を出す。性誘引物質については竹田(971,972,974,976)の研究があるが、Butenandtらによって化学構造が決定された。家蚕の性誘引物質には桑蚕の雄蛾が反応し、桑蚕の性誘引物質には家蚕の雄も反応する(755,974)。その分泌は明るいと幾分抑止されるが、完全には停止しない(979)
 側唇は幼虫の尾脚、誘引腺は同第8腹節の後方約3/4と第9腹節の1部に亘る腹面(左右は気門下線まで)の範囲、産卵孔は同じく左右の尾脚間の皮膚からそれぞれ作られる(973,975,980,981)
 第8腹節腹板の後縁中央に彎入部があり、その左右には鋸歯状の切れ込みがある。この彎入部は、交尾の際に雄蛾の鈎器および竜骨(第13図)に挟まれて連結器の役目をする。


第9図 雌蛾の外部生殖器官(田中(1036))
a:肛門、ap:鋸歯板棒状突起、c:交尾孔、g:側胞として膨大突出すべき部分
l:側唇、o:産卵孔、[T:第8腹節背板、[S:同腹板

 C 雌生殖器官の異常
 畸形あるいは異常として報告されているものの形態は極めて雑多であり、また遠心力とか放射線とかを作用させて起こした異常を数えあげれば限りがない。ここでは蚕種製造に関連の深い畸形を3群に大別して、数例を述べる。
  a 正常型の個体変異
 解剖してみると、左右の卵巣の大きさや造卵数が相違している(219,840,841)とか、同じ第8節内ではあるが、左右の卵巣が正しく向き合わないで、位置がずれている(1004)と云うような変異はむしろ正常な姿である。
  b 遺伝的な異常
 遺伝学や発生学の研究材料に用いられている遺伝的畸形には種々なものがあるが、実用品種にはこのようなものの入らないように注意が払われている。しかし、時々問題になる場合があり、最近の例としては支115号の雌雄モザイクがこれである(184,185)。雌雄モザイクと云うのは、1頭の蚕の体に雌性の部分と雄性の部分とが混り合っているもので、その程度や発現部位によっても異なるが、交尾、産卵の正常に行なわれない場合が多い。遺伝的なものであるから、支115号の系統分離によって育成された晴と云う品種にもこれが発現した。但し、これらの系統の総べての個体がこの素質を持っていると云う訳ではなく、劣性の遺伝子を持つ個体が僅に含まれているために時々発現するのであるから、系統内に広く分布してはいるらしいが、実害は殆どないと云われている。これらの系統から無選択に採った雌にod油の雄を交配してFを調査した結果によれば、支115号2,707頭中に25頭、晴441頭中に6頭の雌雄モザイク蚕が発見された。od油は劣性の伴性遺伝子で、上記のように交配すると、異常がなければ、F雄は全部正常皮膚、F雌は全部油性を現わす筈であり、雌雄モザイク蚕は正常皮膚と油とのモザイクとして現われるから発見が容易である。遺伝学の材料として有名なモザイク遺伝子は勝木モザイクと呼ばれているものであるが、支115号の雌雄モザイクはこれとは異なる遺伝子によると云う。支115号からは三倍体個体の出ることも認められたが、その成因は根本的には雌雄モザイクの場合と異ならない。即ち、雌雄モザイクは、成熟分裂の異常によって卵内にZ染色体を持った核とW染色体を持った核との2個の卵核ができ、これが別々に受精してそれぞれに発育する結果、雌雄の性質の混り合った蚕ができるのであるが、三倍体は、上記の2卵核が別々でなく、一緒になって1個の精子により受精してできるものと考えられる。
 古い品種であるが、日110号に不産卵蛾が出て、解剖してみると、膣と輸卵管との連絡不完全、膣の縊れなどの欠陥があるため、卵巣には卵が形成されており、交尾もするが、産卵し得ないことがわかった。その原因としては、飼育環境や成虫盤の異常など種々な考察が行なわれた(497,886,955)。最近、坂之下(792)は、過剰半月紋を有する遺伝的に輸卵管と輸卵管支との結合しない系統の蚕について、紐体末端分枝の伸び方の異常がその欠陥の原因であると説明した。
 大宮(739)によれば、日122号、日124号、支122号(大)、支124号などの正常産卵蛾を、産卵後4−5日たってから解剖してみると、卵管内に配列の異常な卵や大形の未完成卵があったり、卵管と輸卵管との接合部に数個の卵が詰ったりしていて、それより上部の卵の下降を妨げているようにみえる場合や、卵管の1部が破れて卵が体腔内に出ている場合が非常に多かった(35頭中にこのような異常を示した蛾が28頭もあった例がある)。産卵後、日のたった蛾であるから、卵管が崩壊し初めたための異常を含んでいるとは考えられるが、このような異常個体においては、正常産卵蛾ではあっても、異常のないものに比べて体内残留卵歩合が高いと云うことは注目される。
 既に述べた藤本の不受精卵の多い系統(T2Ba)は支105号に由来するもので、逆位卵が生ずるのは卵管の蠕動が異常に激しいためと考えられている。
 遺伝学の材料になっている各種の畸形は実用に縁遠いもののように考えられ勝ちであるが、例えば、異常生殖腺蚕(T2Abi)の研究は造卵数の問題についての考察に重要な意味を持っている。直接の実用問題ではないが、市川(268)の発見したEと云う突然変異は卵巣の発生についての貴重な研究材料になった。Eホモの蚕は催青死卵になるが、その胚は第1〜10節の全部に胸肢様の付属肢を有し、正常の腹肢を欠いている。宮(562)の研究によれば、この胚の生殖細胞は正常に分化し、増殖するが、腹部に生殖隆起が形成されないため、生殖細胞かそれに包含されることもなく、体腔内に取残されて生殖腺を形成しない。即ち、生殖腺の形成には生殖細胞と生殖隆起との二つの要素が必要で、この何れが欠けても完全な卵巣あるいは睾丸はできないのである(T1)。
 包卵被膜異常の系統が卵黄形成の研究に役立っていることも頂に述べた(T2Abii)。
  c 偶発的な異常
 卵管数が正常の8本より少ない蚕、あるいは多い蚕が縷々発見される。卵管数の少ない個体は造卵数も少ないが、実害のあるほどの頻度ではなく、少数蚕卵蛾の発現とも関係はないと云う(745)。清水・堀内(853)は、このような蚕の出現は春蚕期よりも夏蚕期に多いから、人工孵化の塩酸刺戟の影響ではないかと考えている。ただ、遺伝的な素質のあるものは、種々な外因が作用すると異常を発現し易いから、ここで云う遺伝的か偶発的かの区別は便宜上のものに過ぎない。卵管の数が1卵巣に普通4本であると云うことは、発生の過程において、第6−9節に生じた生殖隆起が連絡、収縮して生殖腺を作ること(T1)と関係がありそうに思われるが、宮(562)はこの関係はないものと考えている。
 市川(269)は、第8節腹側に突起のある蚕を発見したが、この突起には腹肢と気門とが1対ずつついており、解剖してみると、その中に余分の遊離した小卵巣が含まれていた。これは生殖腺の異常と云うよりは重複胚の形成で、発生学的に興味がある。これに類似した異常の出易い系統も知られている。佐藤・田中(820)は人為単為発生によって過剰卵巣蚕の出現したことを報告した。三谷・渡会
は不産卵蛾を解剖して、内部生殖器官の種々な異常を記載している。

3 雄の生殖器官
 A 睾丸
  a 睾丸の発育および精子の形成

 幼虫の睾丸は、卵巣と同じく第8節背面、星状紋のある部分の皮膚下に、背脈管を挾んで左右に1対あるが、内令の卵巣に比べて大きく、丸みがあり、腎臓形を呈し、その凹面で相対している(第10図)。


第10図 幼虫睾丸の位置(模式)
a:睾丸、b:紐体、c:ヘロルド腺、[−XII環節
(背面からみた位置。田中(1035)によって描く)

 孵化当初には内部の区画が明瞭でないが、間もなく隔壁が発達して、普通、4個の精室に分かれる(第11図)。

    

第11図 幼虫睾丸の縦断(模式)(Omura(758)
cl:精巣被膜、dd:輸精管、de:小輸精管、l:精室
mc:共通膜、mb:基底膜、te:外膜、ti:内膜

 精室の頂端部には尖端細胞と呼ばれる大形の細胞がある。その起原や機能については古くから種々な見解があるが、最近では、宮(554)が、孵化直前の胚の生殖腺において尖端細胞と考えられる細胞を観察し、生殖細胞の変化したものであろうと考え、須貝(867)は、精巣被膜組織から分化するものとして、町田(490)の考えを支持している。尖端細胞は卵巣においては特別の機能を持たないものと考えられているが、睾丸では活溌な活動を示し、第1眠期頃になると、この細胞に回って多数の精原細胞が尾状の突起を出し、同心円状に配列するのがみられる(490,494,500)。須貝は、このときの尖端細胞に多糖類(グリコーゲンと考えられる)の反応を示す顆粒の蓄積が始まり、尖端細胞およびこれを取巻く精原細胞にアルカリ性および酸性フオスファターゼの活性が強いことを観察し、尖端細胞が精原細胞に対する栄養供給細胞であることを実証するものと考えている。
 須貝によると、尖端細胞を取囲むそれぞれの精原細胞が分裂して2個になると、一つは将来精母細胞として発達するもの、他はこれを取囲む皮嚢細胞に分化する。
 精母細胞に分化するものは、その後6回の分裂を行ない、26=64個になったときに分裂を止め、大きさを増し、第一次精母細胞に分化する。これが更に2回の成熟分裂を行なうので、1個の皮嚢内には256個の精子細胞ができ、これが1個の精子束になるものと計算される(334)。この間の精子形成の経過と蚕令との関係は、佐渡(776,779)によれば第8表の通りである。種々な時期の幼虫にH3-チミジンを注射し、標識された精子の形成を調べた結果から考えても、第一次精母細胞におけるDNA合成期の最後から精子完成までが18日、精原細胞期は約7日で、第8表とよく一致している(778)

第8表 精子形成の経過(Sado)(779)
孵化後の日数 蚕   令 最も発育の進んだ性細胞
    6日
  10−11
   16
  17−18
  18−19
   24
 U令    2日目
 V令    2日目
 W令    3日目
 4眠−X令1日目
 X令    2日目
 X令    6日目
 第一次精母細胞 合糸期
      〃     太糸期
      〃     収縮期および分散期
      〃     移動期および第一成熟分裂中期
 第二次精母細胞および若い精子細胞
 完成精子

 滝沢・玉沢(1010)によれば、成熟分裂は5令餉食後15時間目頃から始まり、精子束の現われ初めるのは餉食後21時間目頃であるが、1日のうちでO−3時と12−15時との2回、特に分裂の盛んな時刻がある。
 1睾丸内で作られる精子の数については町田(493)の調査がある。日107号につき、1睾丸内の完成精子の数をかぞえると、化蛹14日目に化蛾したものについて云えば、完成精子は熟蚕前日から一部の睾丸に現われ、熟蚕では総ての睾丸において認められ、以後増加を続け、化蛹9日目に最大数に達し、その後11日目までは殆ど増減がなかったが、12日目には減少を示し、以後は急激に減少し
た。化蛹9日目には、無核精子になるべきもの以外には未完成精子はなかった。 12日目には完成精子が睾丸から出初め、導管、貯精嚢などの中に精子が認められた。増減のなかった第9−11日目に観察された有核精子束数の平均を数学的に補正すると、補正に用いた定数Kの値のとり方によって、1睾丸内の精子束数は2,936.5−3,915.3個と計算される。
 30個の精子束につき、その中に含まれる精子数をかぞえると、川口の計算したような256個のものは唯1例だけで、他は211−251個の範囲の数を示し、平均は234.0個であったから、形成の途中で退化するものがあると考えられる。町田は、これらの精子束数平均および精子束内精子数平均から、1頭の雄の生産する有核精子数を1,400,000−2,000,000個と計算した。佐渡(777)も、1睾丸当りの精子束数を、上記に近い2,500個と計算している。
 卵巣の重量が蚕の発育に連れて増加するのとは異なり、睾丸の重量には発育時期によって増減がある。江竜(95)によれば、化蛹直後を100とする睾丸重量の指数は、熟蚕期51−50、化蛹前日91−97、蛹中期61−70、化蛾前日50−55、化蛾直後44−38で、化蛹直後が最も重い。この増減の原因は共通被膜内の脂肪の蓄積および消費、睾丸内からの分泌物の流出、精子の下降などによって説明されている。
  b 無核精子および精子の長さ
 無核精子と云うのは、他の鱗題目昆虫においても知られている受精機能を欠いた異常精子であるが、正常の有核精子に混って普通に形成される。町田(499)によれば、幼虫期に成熟分裂を完了する精母細胞は全部有核精子となり、蛹期の後半になってからの成熟分裂は全部無核精子を形成するもので、無核精子は精室の基部までは下降するが、そこで退化、消失して睾丸の外に出ることはない。大村も初めは(746)、無核精子は運動力がなく、睾丸から脱出し得ないと記載したが、その後、稀に輸精管膨大部内にも含まれることを観察し(758)、更に遺伝的精子欠乏症の蚕においては、交尾によって雌の受精嚢内に移行する無核精子のあることを認めた(890)。入来(247)は、無核精子は睾丸外に出るばかりでなく、射精によって交尾嚢に入り,、更に自力で受精嚢へ移行すると述べている。勝野(322)は、精爽腺の分泌物に原因があると考えられる“ちぢれ精子”が雌の交尾嚢内に移行していることを報告したが、その後、これは無核精子が精莢腺の分泌物によって縮れることがわかったと云う。しかし、精莢腺以外にも原因があるらしい(私信による)。
 無核精子の行動についての観察結果にこのような相違のあるのは、形態だけからみて無核精子と呼んでいるものに、性質の異なった異常精子が含まれているためかも知れない。
 無核粒子は、精子形成に必要な栄養に関して何らかの欠陥があるために生ずるものと考えられているが、睾丸移植実験の結果からは明確な結論を下すことができなかった(499)
 須貝(864,865,866,868,869)は、精子の形成過程を組織化学的に研究した結果から、精母細胞に対する栄養供給が不良になると、その程度に応じて、無核精子の形成、精母細胞あるいは精原細胞の退化がおこるのであろうと推論しているが、実際に絶食試験を行なってみると、5令起蚕に3回給桑した後に絶食させ、絶食時間が48時間以上になると精巣被膜組織中のグリコーゲンが著しく減少した。この減少は絶食を止めると回復するが、熟蚕期になって睾丸を調べてみると、異常形態を示す精子束(退化型精子束)が形成されており、正常の場合には幼虫期の睾丸には有核精子束のみが認められるのに対し、48時間絶食の後、更に極度の給桑制限を続けたものや絶食72時間(以後は正常に給桑)のものにおいては、僅かながら無核精子の形成も認められた。退化型精子束はRNAの染色性が無核精子に似ていると云う。
 無核精子については、この外に、有核精子束と無核精子束との数の比(有/無)が季節によって変化し、その値の大きい品種は有核精子束が長く、原種に比べて交雑種の値が大きく、暗所飼育よりも明所(普通)飼育において大きいが(U2Bb)、この場合の光の影響は単眼を通して作用するらしいこと、などの一巡の報告がある(195,197,198,248)。但し、これは化蛾直後のものの睾丸についての調査であって、精子は大半睾丸から出ている筈であるから、残ったものだけをみている訳で(T3Ba)、もし有核精子と無核精子とで睾丸脱出に相違があれば、それによっても比の値が違うのではないかと思われる。
 無核精子の多少が有核精子の長さに関係のあるらしいと云うことは、有核精子の長さが栄養条件によって変化することを示すように思われる。
 大村(750)は、内的または外的条件によって精子形成が影響を受けた場合の異常は、精子束の長さと精子の回旋とに現われると考えている。回旋と云うのは、精子が睾丸から出ると固有の螺旋形を呈することであって、睾丸からの脱出に件なう成熟によって現われる性質と考えられている。
 輸精管膨大部および貯精嚢からとった精子束の長さは蚕品種によって相違し、体の大形な品種、卵の大きな品種においては概して長いが、同一品種内においては、上記の予想に反して、栄養の良否や生殖器官の大きさなどによって影響せられず、卵の場合とは異なり、緑蚕上蔟や4令期の片側睾丸摘出などによっても長さには変化を生じなかったと云う(750)。また、支那種錫元から偶発した二眠蚕の精子束は80束平均705±2.6μ、同一蛾区の四眠蚕においては160束平均718±1.9μで、両者の間に大差がなかった。蛹を冷蔵すると精子束が短かくなるが(第9表)、マイエラ・ゼブラ×日本種のF1においては、化蛹2日、5日、10日目からそれぞれ5、10、15日間冷蔵したが、無冷蔵のものに比べて短くならなかった。但し、これが雑種強勢によるものか否かは不明である。

第9表 蛹の冷蔵と精子束の長さ(大村)(750)
蚕品種 冷  蔵 (5℃) 調査個体数 調査精子束数 精子束の長さ
赤   熟 無冷蔵
化蛹2日目から15日間
   10
    4
   190
    71
  687μ
  630
日106号 無冷蔵
化蛹2日目から15日間
    6
    7
   156
   377
  659
  602
精子束の長さの誤差省略

 大村の成績には、マイエラ・ゼブラに交配した日本種の測定値がないので、原種と雑種との精子束の長さの相違が明かでないが、雑種はマイエラ・ゼブラよりは遙に長かった。この点についての平野(196)の調査によれば(第10表)、交雑種は両親品種の何れよりも長く、四元雑種は交雑原種よりは短かいが原種よりは長く、興味のある結果を示している。栄養や緑蚕上蔟などによっては影響されることのないと云う精子束の長さが、原種と交雑種との聞でこのようにはっきり相違することは、交雑種の生殖生理を考える上から注目に値する。
竹内(995)は、睾丸およびアラタ体の移植実験の結果から、前胸腺ホルモンは精子形成を促進するが、アラタ体ホルモンはこれに抑止的な作用をおよぼすものと考えている。
 B その他の器官
  a 内部生殖器官

 幼虫の内部生殖器官は、第8節の睾丸と、これから出て後方に伸びる紐体および紐体末端の付着するヘロルド腺とからなる(第10図)。 ヘロルド腺は第12節前端腹中線に在ってその前端は少し第11節にかかっている(第19図)。紐体は幼虫期には紐状を呈し、管状になるのは蛹である。紐体からは蛾の輸精管(第12図)、ヘロルド腺からは同じく付属腺、貯精嚢、輸精管膨大部、射精管、交尾器などが形成される(237,1036,1111)


第12図 雄蛾の内部生殖器官(模式)(Omura(760)
add:輸精管膨大部、dd:輸精管、ga:射精管中部、gl:付属腺下部、gp:射精管下部(前位腺)
gpl:付属腺上部、gs:射精管上部(精莢腺)、p:陰茎、t:睾丸、vs:貯精嚢

 大村(746,758,760)によれば、睾丸内の精子が小輸精管に出るのは単なる流出によるものではなく、自力で精室の基底膜を貫き、外鞘を精室内に残し、裸になって出るのであって、束のままで残るか束が崩れるかは、基底膜を通過するときの機械的な条件によってきまる。睾丸内で活溌に運動していた精子は基底膜を通過すると運動性を失なうが、これは小輸精管および輸精管の分泌物に運動を抑止する作用があるためと考えられる。
 輸精管膨大部(大村は初め貯精嚢と呼んだ)は精子を貯える部分で、その分泌液は輸精管のものに類似するが、あるいは精子に栄養を与えるものとも思われる。貯精嚢(古くから貯精嚢と呼ばれていたが、大村は初め射精嚢と名付けた)は1回分の射精量の精子を貯える部分で、その分泌液は輸精管膨大部のものに類似する。貯精嚢に連なる射精管上部(精莢腺)は精莢を作る透明、粘稠な物質を分泌する。射精管中部(白色部)の分泌物は顆粒状、白色不透明、射精管上部および下部の分泌物の接触を機械的に防止しているもののようで、射出後の精莢の先端に真珠色の小塊として付着している(第14図)。射精管下部(前位腺)の分泌液は透明、やや粘稠で、射精中の精子と混合してこれに運動性を与える。付属腺下部(乳白部)の分泌物は乳白色で、精子のあとから射出され、交尾嚢内の精子に栄養を与え、また粘稠な精液を稀釈して精子の運動を活溌にするものであろう。付属腺上部(透明部)の分泌液は透明、粘稠で、最後に射出され、交尾嚢導管内に充満凝固して交尾孔閉塞栓を形成する。
  大村は、日本種一化性×支那種二化性の交雑種につき、化蛾4日前(精子は未だ睾丸から全然出ていない)、化蛾直後および化蛾4日目のものの睾丸を秤量し、その重量比が100:53:15であり、化蛾4日目のものの睾丸には正常精子は殆ど残っていなかったことから、これらの睾丸内に含まれる精子の量は、ほぼ(100−15):(53−15):(15−15)≒85:38:1で表わせるものと考えた。これによれば、化蛾の際には精子の大半が睾丸から出ていることになる。従って、睾丸からの精子の下降と交尾との間には関係がない。睾丸からの精子の下降は蛾が死ぬまで停止せずに続いている。
 雄蛾は交尾しても直ちに射精するものではない。大村は、交尾すると直ぐ、相手の雌蛾を第7腹節で切断し、体内の諸組織を取除き切ロから交尾嚢を観察する方法によって、射精は交尾してから5−10分後に始まり、25−30分間継続することを確めた。
 しかし、射精が始まっても直ちに精子が射出されるのではなく、最初の5−10分間は精液(精漿)だけであり、次いで5−10分間精子が射出され、そのあと再び精液だけの射出が10分間ぐらい続いて1回の射精が終る。
 1回の射精が終ると貯精嚢、射精管、付属腺などは総べて内容を失い、幾分収縮するが、20分ぐらいたつと輸精管膨大部から貯精嚢へ乳白色の精液の流入するのがみられ、30−60分で殆ど充満する。射精管下部の分泌物も90分で殆ど回復するが、射精管中部は5時間、付無腺下部は10時間後になお肉眼的に認められる程度には回復せず、50時間後に第2回目の射精を行なわせたが、形成される精莢の壁は第1回のものに比べて逼かに薄かった。
 勝野(320)はトーマの血球計算器を用いて精子数をかぞえ、交尾嚢および受精嚢内の精子数の合計は、交尾後15分で約8万、20分で約10万、以後40−90分の間は変化がなく、90分で増加し始め、2時間で約14万に達すると報告した。この2時間目の数は、未交尾雄蛾の貯精嚢および輸精管膨大部(原著者はこれをそれぞれ射精嚢および貯精嚢と呼んでいる)内における精子数(約104万)の約13.5%に当ると云う。
 射精は60−90分の間隔で行なわれ(498,863)、射精には、上述のように、毎回約40分かかるから、第1回目の交尾(初交)は1時間で足り、引き続きその雄蛾を再交させる場合には2時間交尾させておけばよいことになる。
 第1回と第2回との射精における精子の量が等しいか否かは測定がむずかしいが、大村は射出された精莢を秤量して(第11表)、その値が貯精嚢に流入する精液量の近似値を示すものと考えている。

第11表 初交、再交と精莢の重量(Omura)(760)
試験 交 尾 前回の交尾
との間隔
調査
個体数
精莢の重量 雄蛾の状態
 1
 2
 3
 4
 5
 6
初 交
再 交
 〃
 〃
三 交
初 交
    −時間
    5
   10
   24
   24
    −
 30
  8
  8
  8
  6
  9
 0.0085g
 0.0031
 0.0030
 0.0049
 0.0036
 0.0132
100
 36
 35
 58
 42
化蛾後約20時間
試験1に用いたものの一部
     〃
     〃
試験1および2に用いたもの
約15℃で化蛾後約12日
支106号×日7号。交尾は毎回60分間(25℃)。精莢の重量は    
割愛後10分で交尾嚢と共に秤量し、0.0005gを控除したものである。

 町田・渡辺(498)によれば、再交の射精継続時間は初交より短く、初交では終了までに30分内外かかるが、再交においては17.6分(6例平均)であった。
 生理食塩水中に取出した精子の生存力からみると、貯精嚢および輸精管膨大部からとったままの非活動性の精子は、これに射精管下部の分泌液を加えて活動性にしたものに比べて冷蔵に耐え、化蛾後5℃に10日間冷蔵した蛾からの精子の生存力は化蛾当日のものからとった精子と異ならないが、20日間冷蔵した蛾の精子は生存力が劣ったと云う(751)
 精子の生理学的研究には見波(532)の報告もある。
  b 外部生殖器官
 雄蛾の外部生殖器官を第13図に示す。


第13図 雄蛾の外部生殖器官(模式)
A:第8腹節背板、B:第10腹節背板、C:補握器、D:竜骨
E:繋帯、F:陰茎、G:第8腹節腹板、H:肛門、I:鈎器

 捕握器(攫握器)は交尾の際に雌蛾の第8腹節腹板の鋸歯板内側に引かけて連結を確実にする器官である。鈎器と竜骨も同腹板後縁中央の彎入部を挟んで連結の役目をする。
 雄蛾の外部生殖器官の原基については竹田・田中(981)の研究があり、幼虫の腹部第8節腹面の後方約3/4と第9節の一部に亘る、腹線を中心とした部分の皮膚から陰茎と繋帯、左右の上腹線を中心とし基線を含む部分の皮膚から左右の捕握器、左右の尾脚から鈎器がそれぞれ形成されると云う。

 C 雄生殖器官の異常
 交配の実際問題にも関係して興味のあるのは梅谷・大村(1117)の異常精莢である。遺伝的な異常であるが、この系統の特異な点は、雄の初交において不受精卵が非常に多く、再交では受精率が高まると云う常識に反する結果を示すことである。射精の際に、射精管上部からの分泌液が精莢を形成し、精子はこれに包まれて交尾嚢内に射出されることを既に述べたが、正常の場合には、この精莢の頚部後端の開口が精子管の入口に近接していて(第14図)、精子が精莢から出て精子管に入り易いようになっている。


第14図 正常な精莢(模式)(Omura(760)
bc:交尾嚢、db:交尾嚢導管、ds:精子管、pb:真珠体(射精管中部からの分泌物)
phr:交尾孔閉塞栓、sph:精莢

 処が、この異常精莢系統の雄蛾の初交の場合には、精莢の頚部が非常に長く、交尾嚢導管の中に入り込み、甚しい場合には交尾孔の外にまで出ており(第15図A)、精子が精子管に移りにくい状態になっている。
 同じ雌蛾に同じ異常雄蛾を統けて再交すると、第2回目の交尾による精莢は初交のものに比べて柔軟で、頚部が内方へ押込められ、その開ロ部が精子管の入口に近い位置に来ているものが多かった(第15図B)。再交の受精率が高いのはこのためであろう。初交の場合でも、長時間交尾させておくと受精率の高まるのは、自然に離れて再交尾するものができるためと考えられる。同じ雌に違う初交の雄を統けて交尾させても受精率は改善されないが、この場合には、解剖してみると、2個の精莢の頚部が共に交尾嚢導管の中に入っていた。再交の精莢が柔軟になるのは前節(T3Ba)で述べたことによって理解される。


第15図 異常精莢(模式)(梅谷・大村(1117)
b:交尾嚢、d:交尾嚢導管、s:精子管
A:同じ雌に同じ雄を2回続けて交尾させた場合の第1回目の精莢
B:同第2回目の精莢                            

 鈴木・大村(890)は、産卵数が少なく受精率の非常に低い系統を調べ、雄蛾に原囚があって、精子が少なく、異常に縮れたものの多いことを認めた。この“ちぢれ精子”は無核精子であるが受精嚢にまで達している(T3Ab)。
 陰茎付属筋肉の退化によって不受精卵蛾の生ずる系統もある(1084,1122)。この異常の発現は蛹期の保護温度によって著しく影響される(V5A)。
 輸精管に突起または分枝の生ずる場合の多いことが報告されているが(96,760)、機能に障害があるか否かは記載されていない。
 体の片側で、第8節の睾丸に2精室しかなく、その代りに、第7節に1個余分の睾丸(1精室)のある畸形が報告されているが(267)、これは生殖腺の発生過程(T1)を考えれば成因が理解される。体側に瘤状の突起があり、その中に遊離した睾丸の含まれている畸形(493,494)は卵巣の畸形として記載されているものと(T2Cc)同じ性質の発生異常である。
 異常生殖腺蚕(T2Abi)は睾丸の精室数も多い。雌雄モザイクについては既に述べた(T2Cb)。


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