] 蚕種の調製および輸送
1 洗落し
A 洗落しの時期および水温
洗落し作業は蚕種に摩擦、振動、圧迫などの物理的刺戟を与えるので、これによって蚕種の活性化が促進される(394,1103,1118,1119)。
蚕種の活性化に対する洗落しの影響は、前休眠期や活性化の始まりかけた時期のものに大きいが、完全休眠期の蚕種においても再出卵を誘発する。この場合、再出卵として外観的に認められるのは活性化した卵の一部分で、多くのものは再出卵まで進み得ない不完全な活性卵で、発育が臨界期前後で止まり、外見ではわからないが、死卵になって蚕種の孵化歩合を低下させる。
活性化の難易と云う点だけから考えれば、休眠中に洗落す方が概して活性化しにくく、蚕種に対する悪影響が少ない筈であるが、蚕種の休眠中は気温の高い時期であるため、活性化したものが発育して、上記のように再出卵や死卵になるので、却って結果が悪い。
洗落しの適期は気温が水温より低下し初める頃とされているのは、この頃になると、自然の活性化が初まりかけていて、洗落しによってこれが一層促進されるが、気温の低いために不完全活性卵の発育が抑えられるか、自然では抑えられなくても、直ちに5℃に冷蔵して差支えない時期になっていて、人工的に発育管理を行なうことができるためである。もし。洗落し後の保護温度が高いと活性化が進んでいるだけに、胚の発育が早く、蚕種保護に悪い影響をおよぼす。洗落しによる活性化刺戟は個々の場合によって異なるが、5℃冷蔵20日間に匹敵するぐらいの活性化促進作用があるとも云われている。
河合が多くの研究を発表した洗落しによる再出卵は、洗落しの刺戟による一種の人工孵化と考えられるものであるが(Z1A)、注目されるのは、それらの研究の総てを通して、洗落し水温の低いほど再出卵の発現が多いから、水温15℃または20℃で洗落すのがよいと主張されていることである。
河合(337,338)が、12月2日を第1回として4月15日までの間に12回、毎回5℃、10℃および15℃の水温で洗落した後、自然温度で保護した蚕種(支118号)を4月15日から催青した結果によると、12月2日と15日との洗落しにおいては洗落し水温による孵化の差は殆ど認められなかった。その後、15℃による洗落しの成績がよくなったが、2月15日から4月15日までは再び水温による孵化の差が縮まった。しかし、全般的に15℃区の孵化が勝り、再出卵(洗落し後4月15日までの間に自然に孵化した卵)は5℃区に最も多かった。河合はこの結果を、5℃の水で洗落す場合には、それ迄に蚕種が3.6−6.4℃の平均気温に接触した日数が多いほど総孵化歩合および最多2日孵化歩合が低く、特に3.5℃以下の日数が30日未満で、3.6−6.4℃に接触した日数の最も多い時期に洗落したものの孵化が悪く、その後、3.5℃以下の温度に接する日数が増加するに連れて両孵化歩合ともに良くなると説明したが、これはただ、このときの孵化成績を気温に結び付けて説明したに過きず、結び付けの必然性、およびそれが卵の生理にどのように影響したのかについては検討が加えられていない。
これが活性化の促進だけに原因があるのであれば、洗落し後、直ちに冷蔵して、活性化した胚の発育を抑えれば被害はない筈であるが、支122号を水温2.5℃と20℃とで洗落し、2.5℃と5℃とに冷蔵した別の試験の結果をみても、矢張り20℃の水で洗落したものの孵化がよかった(342,343)。また、2.5℃で洗落した蚕種の活性化が早く、冷蔵中に早く活力が低下するのであれば、5℃よりも2.5℃に冷蔵した方が結果がよい筈であるが、冷蔵温度の影響は殆どなく、寧ろ5℃に冷蔵したものの良い場合さえあった(第170表)。
洗落し水 温(℃) |
冷蔵温 度(℃) |
孵化歩合 の区別 |
洗落し月日(%) | ||||||
12月27日 | 1月11日 | 1月21日 | 2月1日 | 2月11日 | 2月27日 | 3月11日 | |||
2.5 | 2.5 | 総孵化 最多2日 |
25 22 |
31 24 |
49 44 |
42 38 |
34 28 |
62 53 |
58 53 |
5 | 総孵化 最多2日 |
28 23 |
36 28 |
43 36 |
57 49 |
40 35 |
73 66 |
68 58 |
|
20 | 2.5 | 総孵化 最多2日 |
59 50 |
81 76 |
92 91 |
88 83 |
80 73 |
90 83 |
84 79 |
5 | 総孵化 最多2日 |
80 70 |
81 78 |
95 94 |
92 90 |
90 84 |
86 80 |
79 73 |
|
洗落さな いもの |
対照 | 総孵化 最多2日 |
92 81 |
89 71 |
95 90 |
91 87 |
87 82 |
92 86 |
84 81 |
洗落し の日か ら催青 |
総孵化 | 85 | 94 | 98 | 95 | 92 | 89 | 86 |
この成績で注目されるのは、普通の洗落しでは考えられないほど孵化歩合の低下すること、および12月27日に既に孵化歩合85.5を%示すほど活性化した蚕種が材料であったことである。河合は、12月27日洗落しのものの孵化が特に悪いことから、洗落しの時期、従って活性化の程度が洗落しの結果に影響するものと考えてはいるが、洗落しと同時に、洗落さないものを同様に冷蔵した成績、および冬期に洗落したものをそのまま直ちに催青した成績がないので、十分な検討を加えることができない。
別の品種について、12月26日から3月11日までの間に6回、水温2.5℃20℃との水で洗落した蚕種を2.5℃に40日間および110日間冷蔵する試験も行なわれたが(345)、やはり20℃での洗落しがよく、冷蔵40日間では1月末から2月末までの洗落しが悪く、最長期を過きていたと云う3月11日の洗落しがこれらの時期の洗落しに勝る場合があった。冷蔵110日間では洗落し時期のおそいほど悪かった。
このように、12月〜1月の洗落し成績が悪いので、支122号および日122号を用い、12月10日と1月12日とに水温15℃で洗落し、2.5℃゜と5℃とに冷蔵しておき、5月7日に出庫、催青したものと、12月10日と1月12日とから、洗落さずに2.5℃および5℃に冷蔵し、5月8日に出庫して15℃の水で洗落し後、直ちに催青したものとの孵化を比較した処、催青直前に洗落したものの孵化が明かによかったが、冷蔵温度は、前の試験とは異なり、洗落し時期と無関係に大部分のもので5℃よりも2.5℃がよかった。
これらの結果は、個々の試験に関する限り、統計的な要因分析が行なわれているが、それらの試験結果相互の関係には問題点が残っている。例えば、ある試験においては冷蔵温度の影響が認められるが、他の同じような試験においてはこれの認められないのは何故であろうか。また、第170表において特に孵化の悪い12月27日および1月11日が、第117表において孵化の悪かった時期とぼほ一致しているのをみると、その場合に述べたようなことをも含めて、洗落し水温以外にも何らかの条件がこの成績に関係しているのではないか、と云うことも一応考えてみる必要がある。
河合の試験によって明かにされたことは、低温の水で洗落すと蚕種の活性化が速いこと、低温の水で洗落した蚕種をそのまま自然温度で保護すると、洗落し時期の如何に拘らず孵化の悪いこと、および上記のように活性化の進んだ蚕種を低温の水で洗落すと、自然温度保護ばかりでなく冷蔵してもし孵化の悪いことである。
一方、普通に行なわれている11月下旬から12月上旬にかけての洗落しは、
長い実際上の経験からみて、特別に蚕種の故障の原因にはならないのであるから、この普通の時期に普通の取扱いをする蚕種の洗落しの場合にも、気温と同じぐらいの温度の水は悪いのか、悪くはないが15℃または20℃の水の方がよいのか、は実用上極めて関心の深い問題である。もし20℃の水を使うのがよいのであれば、湯を沸かしてでも水温を上がるべきであろうか、と云うような疑問が蚕種業者の間で話されたこともあるから、この点の究明が望まれる。ただ現在の処では、実際上の問題点と河合の研究の問題点とが少しくずれており普通の洗落しの場合に、湯を沸かしてまで15℃または20℃の水を用いなければならないと云うだけの試験結果は出ていないのである。
催青着手時期になっての洗落しは、実際に行なっている業者もあって、これがよいか否かについては技術上の問題よりも、経営上の問題として検討すべきことが多い。十万・岸本(300)の成績によれば、日122号改×支122号良を12月19日に洗落し、12月20日 4.6℃、1月1日 2.6℃、 3月12−14日に中間手入れを行ない、以後2.5℃に冷蔵して4月16日に出庫したものと、洗落さずにこれと同じ冷蔵を行ない、出庫後に洗落したものとは、孵化歩合が94%、98%、1−3令減蚕歩合3.0%、2.8%、全令減蚕歩合11.6%、9.3%と、出庫後に洗落したものが何れも幾分勝っていたが、繭質および収繭量は冷蔵前の洗落しが幾分よかったと云う。両者に差がなかったと見るべきであろう。洗落しの水温は15℃目標であった。水温を規定しない戸谷ら(1070a)の結果においても差がなかった。
実用上の問題ではないが、普通台紙に産ませてある越年種をバラ種にするためには、2、3月頃に比重1.10、液温100゚F(37.8℃)の塩酸液に15−20分間浸漬した後、水中で洗落し乾燥後40゚F(4.4℃)に冷蔵しておくのがよく、孵化歩合は対照と差がないと云う(欧18号×支16号)(69)。 また、比重1.075−1.100の塩酸液に自然温度で20分内外浸漬してから洗落してもよい。
B 比重選
蚕卵は卵殻の構造の細隙に空気を含んでいるから、正しい比重を測定することはむずかしい。塩水選の場合に比重と云うのは、用いた塩水の比重である。
普通には、比重1.09−1.10(重比重)の塩水で沈む蚕種を除き、次ぎにこれを比重1.05
− 1.06(軽比重)の塩水に移して浮いたものを除き、残りを水洗、脱塩するか、または軽比重の塩水を用いずに、重比重で洗んだものと水に浮いたものとを除去するのであるが、塩水比重の階級を細かくして、階級別に卵の分布を調べると、品種により、作柄により、また蛾区によっても相違があり、1蛾の卵で中心価が二つ以上のことも珍らしくない(1128)。
比重で分けた卵の内容についての勝又(318)の調査によれは(第171表)、水に浮くものには正常卵は極めて少なく、その中の正常卵だけを選び出しても孵化歩合が劣ったが、比重1.09の塩水で沈んだものの半数以上は正常卵で、その孵比歩合も正常であった。しかし、重比重で沈む卵および軽比重または水で浮く卵の内容は試料によって著しく相違しており、河野(446)、牛込・服部(1128)らの成績によれば、比重の特に大きいものおよび小さいものは共に孵化が悪く、減蚕も多かった。来海・門脇(469)は豊光×新玉の越年種を比重で区分して飼育したが、比重1.04−1.09
の間においては飼育成績に大差がなかった。これより比重の大きいものは概して不良であった。健卵歩合は1.08−1.09の卵において高かった。
交雑種の比重はほぼ母体品種に等しい(592)。
C 蚕種の膠着防止
洗落したあとで卵が付着し合うのは累積(重積)卵の場合を除けば、卵の膠着物が水で柔かくなり、これが付着し合って固まるのであるから(W5Bc)、洗落しの際に3%ホルムアルデヒドに30−40分間浸漬して、膠着物が水で柔かくならないように固める方法もあるが、確実なのはクライトの200倍(0.5%)液に浸漬して膠着物を除去する方法である。
クライトを使用すると卵殻が溶けて卵に被害があると云われるのは、濃度が高過ぎたか、処理時間が長過ぎたか、または液温の高かった場合で、200倍、10℃、10分間ならば被害のないのが普通である。浸酸の場合と同様に、濃度、液温、浸酸時間に注意して処理すべきものである。クライトは作った溶液を長くおいたり、何回も使用すると効果が落ちる。このような液を用いて効果がなかったからと云うので、新らしい液の濃度座を高めたり、浸酸時間を長くすると被害を受けるから、必要な最少量の液を作って浸漬し、1回ずつで液を更新すると効果が一定する。
クライトには卵面消毒の効果もあるが(XI2)、卵の色が変わると云ってきらわれることもある。
累積卵は、膠着物を固めるホルマリン処理では離すことができない。累積卵の特に多い場合には、篩で分けて15℃比重1.075の塩酸液に自然温度で10-20分間浸漬した後、水中で軽く揉むか、または90゚F(32.2℃)の温湯中に10−20分浸漬し、軽く揉めば離すことができると云うが、水に長時間浸漬して処理することも行なわれている。
洗落しのすんだ卵は水を切り、寒冷紗などの上に薄く拡げて乾かし、付着し合っているものを軽く揉んで離すのであるが、この代りに、水を切った蚕種を、よく乾かした麦に混ぜ、袋に入れて振る方法も行なわれている。麦が水分を吸って早く乾き、同時に麦とのぶつかり合いによって卵が離れ、揉む代りをするのであるが、衝撃が強過きると蚕種に害を与える。
蚕種は洗落すときの掻落し器による衝撃のほか、各種の衝撃によって障害を蒙るから、麦との混合、選り分けなどの操作の間にも、蚕種に対しては、麦粒に対するのとは違った配慮をする必要がある。
第172表に示すのは、小さなボール紙製の筒に越年種を容れて、73 cm の高さから床の上に落とした場合の蚕種の被害であるが、2回落としたものは明かに孵化がおくれ、3回落とすと孵化も悪くなった。
孵化 | 落下回数とその時の孵化歩合(%) | |||||
0 | 2 | 3 | 4 | 5 | 10 | |
初発日 2日目 3日目 総孵化歩合 |
39( 41) 90( 94) 94( 98) 96(100) |
10( 13) 83( 89) 89( 95) 94(100) |
5( 6) 67( 74) 86( 94) 91(100) |
10( 16) 55( 66) 76( 84) 83(100) |
3( 4) 43( 58) 63( 84) 75(100) |
1( 1) 29( 42) 56( 81) 69(100) |
この場合には、自然温度で孵化させて、孵化までに21日もかかったため、被害を受けた蚕種の発育のおくれが大きく拡大されているのであって(第150表)、25℃催青ならば、この差は見逃す程度に縮まっている筈ではあるが、被害を受けることは確かであるから注意しなければならない。この被害は、容器の中で蚕種が撥ねて容器の内壁に衝突すると大きくなるもののようで、容器に蚕種を充満させると、少量の蚕種を入れた場合に比べて落下の影響が少なく、ブリキ罐(写真フィルムの罐)に入れて落とすと、容器自身もはずむので、ボール紙容器の場合よりも被害が大きかった。この点では、寒冷紗張りのバラ種容器は落下による蚕種の被害が少ない。
また蚕種をバラ種のまま落とし、フリキ罐に受けても孵化のおくれや孵化歩合の低下がみられた(第173表)。風選の場合などには注意する必要がある。
孵化 | 落下回数とその時の孵化歩合(%) | ||||
0 | 1 | 3 | 5 | 10 | |
初発日 2日目 3日目 総孵化歩合 |
6( 6) 62( 63) 96( 98) 98(100) |
5( 5) 40( 43) 88( 95) 93(100) |
3( 3) 31( 33) 85( 90) 93(100) |
1( 1) 20( 22) 81( 87) 92(100) |
1( 1) 5( 9) 64( 81) 79(100) |
脱水のための遠心力の限度については[2Ac参照。
2 卵量と蟻量
産卵後の蚕種の減耗量は保護環境ばかりではなく品種によっても相違するから(Y3Db)、一率には云われないが(1128)、笠井(309)は、卵重から蟻量を算出する便宜のために、各種の資料に基ずいて蟻量百分率を求めた(第174、175表)。
蚕品種 | 産卵期 (%) |
10月末−11月 (%) |
催青着手期 (%) |
発蟻前日 (%) |
日本種 支那種 欧州種 平 均 |
70 67 66 68 |
75 72 70 72 |
79 75 74 76 |
89 86 84 86 |
蚕品種 | 産卵当 日(%) |
産卵翌 日(%) |
3日目 (%) |
5日目 (%) |
7日目 (%) |
9日目 (%) |
11日目 (%) |
12日目(%) (発蟻前日) |
日本種および日母体の雑種 支邦一化母体の一、二化雑種 支邦一、二化雑種母体の3元雑種 支那種および支母体の雑種 平 均 |
78 76 72 75 75 |
78 76 72 75 75 |
78 76 72 75 76 |
78 77 73 76 76 |
78 77 73 76 76 |
79 77 74 76 77 |
79 78 75 77 77 |
88 87 90 87 88 |
これは、それぞれの時期の卵量から、後日得られる蟻量の割合を示したもので、これを用いて、ある卵量からの蟻量は
蟻量=(蟻量百分率×卵量)/100
必要な蟻量を得るための卵量は
卵量=100×必要蟻量/蟻量百分率
によって計算することができると云うのである。
交雑種の減耗率は母体品種に等しいか、または僅かに少ないと云う(592)。最近の交雑種についての卵重減耗率は第100表参照。
牛込・服部(1128)によれば、発蟻当日の蟻量と出殼重量との割合は第176表の通りである。
蚕 品 種 | 蟻量(%) | 出殻(%) |
日1号 日1号×支4号 |
88 88 |
12 11 |
支4号 支4号×日1号 |
87 87 |
13 12 |
支7号 支7号×欧7号 |
86 86 |
13 13 |
欧7号 欧7号×支7号 |
85 85 |
14 14 |
支8号 (支4号×支101号)×日107号 |
85 87 |
14 12 |
但し、この調査においては、蟻量と出殻との合計を100とし、呼吸、蒸散などによる減耗を考えていないから、厳密には孵化前の卵重に対する割合とは一致せず、また、出殻は卵殻の一部を喰取られた残りであるから、その割合は完全卵殻の重量割合とも一致しない。
洗落し当時の蚕卵1g粒数については第13、14表参照。
3 蚕種の輸送
大量の蚕種輸送には、現在、専用の自動車が用いられているようであるから、輸送中の管理が容易で、事故の発生に注意することもできるが、少量の蚕種を公共の輸送機関によって送る場合には種々な問題がある。
三谷・金井(543)はDDT油剤で消毒した汽車または船舶で蚕種を輸送する場合の影響を考えて試験を行なった。直接DDT油剤に触れた蚕種は100%死卵(大部分催青死卵)になったが、100cm2の濾紙に1ccの油剤を撒布し、内容積990cm3の木箱の底に敷き、その面から3cm離して箱内に収容した蚕種(催青の各時期)は、撒布直後に収容しても、2−10時間の密閉では被害がなく、撒布後1昼夜たってからならば、撒布面に密接させて1昼夜おいても無害であった。蟻蚕を撒布面において密閉した場合には、撒布後14日たってからでも被害があった。
揮発性の薬品、特に有機溶媒(シンナー、ベンヂン、クレオソート、 ク口口ホルムなど)のガスは非常に有害である。
輸送中に受ける影響のうちで最も普通なのは高温によるものである。冬期間は気温が低く、蚕種の輸送に安全な時期のように考えられがちであるが、この時期の輸送では不時高温(Z1Da)の害の外に、暖房の被害を受けることが縷々ある。寒いときには人の体が冷えているので、ストーブのそばに寄りそってもあまり熱く感じないが、温度を測定してみると、局部的には、真夏でも経験しないような高温に接していることが多い。
例えば、蚕糸試験場で原々種の郵送に用いている1蛾採り100蛾用ボール紙製孔あき箱内の各部に熱電対を取り付け、500Wの電熱器から20cmの位置に、箱の側面を熱源に向けておいてみると、室温14−15℃のときに、約2分間で熱源側の外側は約70℃、箱の内部の熱源側から3cm内方の部分は3分で約30℃、6分で約40℃を示した(862)。
従って、ストーブを真赤にしている室内なとでは、熱源の付近や高温になっている床の上などに不用意に蚕種をおくと、人体にはさほどに感じなくても蚕種は被害を蒙るおそれがあり、郵送中に、郵便局や郵便車の中でこのような状況におかれる場合のあることは十分考えられるが、実際にもこのような被害は縷々あり、実験的にもその状況を再現することができる。
蚕種の郵送箱には空気の流通をよくするために孔をあける習慣があるが、冬期間の蚕種には、呼吸の面からみてその必要がないばかりでなく(Y3B、Z1Da)、上記の結果から考えて、十分に包装するのが寧ろ安全であるが、次ぎの実験によってもこれを確かめることができた。
これは、上記100蛾用蚕種箱に普通のように蚕種を収めたものと、この箱を更に、各辺を2cm宛大きくしたボール紙製の外箱に入れ、内箱と外箱との間にはセロファン紙の細片を詰めた二重包装との比較試験である。
2月下旬から4月上旬までの間、5日毎に東京から明石へ蚕種を郵送し、明石ではこれを目然温度で保護して孵化を調べた。蚕種は東京で5℃に冷蔵してあるものをその都度出庫して用いた。結果(第177表)で注目されるのは、二重包装のものの孵化が普通包装のものに比べて1日あまり遅かったことである。これは、二重包装のものは、郵送中(速達便で送ったので、発送の翌日に明石に到着した)の暖房の影響を受けることが少なかったことを示すものである。おそく送ったものほど孵化日がおくれているのは、出庫日がおそいために外ならない。受取った蚕種を明石で冷蔵しておき、全部を同時に出庫して高温で催青したならば、催青日数が短縮するので(第150表)、孵化の遅速がこれほどはっきりとは確認できなかったであろうと思われる。
郵送 番号 |
包 装 | 孵化頭数(頭) | ||||
4月12日 | 4月13日 | 4月14日 | 4月15日 | 4月16日 | ||
1 | 普 通 二 重 |
2 0 |
50 1 |
481 226 |
7 178 |
0 16 |
2 | 普 通 二 重 |
0 0 |
45 4 |
478 424 |
2 37 |
0 1 |
3 | 普 通 二 重 |
5 0 |
86 4 |
365 427 |
9 86 |
0 5 |
4 | 普 通 二 重 |
4 0 |
40 0 |
476 370 |
8 111 |
2 17 |
5 | 普 通 二 重 |
25 0 |
62 0 |
445 342 |
5 260 |
0 6 |
6 | 普 通 二 重 |
12 0 |
23 0 |
449 177 |
4 296 |
0 13 |
7 | 普 通 二 重 |
0 0 |
12 0 |
517 58 |
6 431 |
0 25 |
8 | 普 通 二 重 |
1 0 |
65 0 |
492 5 |
3 416 |
1 59 |
堀口(216)は、輸送中の障害を考えて、どれぐらいの高温が何時間ぐらい続けば蚕種に害があるかを試験した。それによると、浸酸翌日から2.5℃に23日間冷蔵した青熟の即浸種を用い、鈴木ら(899,900,901)によって高温に対する抵抗力の最も強いと云われている催青4日目に、普通に考えられる範囲の種々な高温で処理したところ、対照区の孵化歩合が96.4%であったのに対して、試験区の孵化歩合は第178表の通りであった。
高温(℃) | 乾湿球の差(℃) | 接触時間(分) | 孵化歩合 |
50 | 10−11 | 15 45 |
約10%低下 孵化皆無 |
45 | 6.5−8 | 60 180 |
約10%低下 孵化歩合10%以下 |
41 | 4−6 | 120 | 約10%低下 |
38 | 5.5−8.5 | 240 360 |
6−7%低下 約10%低下 |
35 | 6−7 | 480 | 約10%低下 |
また、輸送用の円筒に蚕種を入れて地上5尺の炎天下におき、その影響を調べたところ、
38.5℃ 4時間で 孵化歩合の低下約5%
39.2℃ 6時間で 〃 約20%
であった。但し、温度は円筒の上部に設置した寒暖計によって測定した。
これらの試験において、高温に接触させた蚕種から孵化した蚕を飼育した結果によれは、41℃に接触させたものは孵化歩合の低いほど減蚕歩合(全令)が高かったが、40℃以下の温度に接触させたものでは、孵化歩合の低下と共に減蚕歩合の増加したものと、増加しなかったものとが相半ばしていた。
輸送中に、蚕種がこの程度の高温に接触する機会は少なくないと考えられるから、注意しなけれはならない。
飛行機でタト国へ蚕種を送る場合には、飛行機により、積載場所によって、高空を飛んでいる間は0℃近くまで下り、地上におりると40℃に近い亜熱帯の高温に接触することもあると云うから、これらのことを調べた上で、それに対応する荷造りの必要な場合がある。自動車も、構造によっては、排気管のそばに積込まれた蚕種が、その熱によって被害を受けた例があると云う。後に述べるように(XI1Bb)、60℃以下の温度に短時間接触して死んだ卵は、早斯死卵でありながら、催青しても潰れ卵にならず、孵化の間近かになって初めて気付くような場合もある。
人工孵化種および活性化した越年種は、輸送中に胚の発育が進み、受取った側でこれを勝手なときに冷蔵すると孵化を悪くすることがあるから、その点の連絡も必要である。冷蔵浸酸種の場合には白ハゼ卵防止の注意も大切である。
時差の関係で日付けが1日違うこと、途中の高温、高空を飛ぶための気圧の関係(Y3Dd)、それに、日本では、掃立てのときに全部孵化し切っているように、余裕をみて催青する習慣のあることなどが重なったためか、輸出した冷蔵浸酸種が予定の掃立て日よりも2−3日早く孵化して、大損害を受けたと云う苦情のきた実例もある。冷蔵浸酸種の孵化の揃い具合や、受取った蚕種の取扱いについての経験の浅い国への蚕種輸出には、このような点についての連絡や注意も必要である。
人工孵比種の荷造りには蚕種の呼吸も考えなければならないが、浸酸後2−3日の間は呼吸量が少なく、また段ボール箱などはガラス器とは違うから、呼吸量から計算した所要空気量そのままの容量の外装をする必要はない(Y3Ba)しかし、時期と場合とに応じて、内部に収める各蚕種容器の間には間隙を設け、空気の流通をはかり、蒸れを防ぐ必要がある。
自転車の荷台に蚕種や蟻蚕の入った容器をのせて運び、直射日光にさらすような不注意も避けなけれはならない。
産卵直後に郵送する程度の動揺は普通には孵化に影響がない(48)。