Z 越年蚕種の保護・取扱い

 春になれば、自然温度にまかせたままの越年蚕種でも、それぞれの地方の桑の発芽とかなりよく歩調を合わせて胚が発育し、孵化するから(94,520)、自分の畑の桑と手持ちの蚕種とで蚕を飼うだけならば、自然放任で間に合う揚合もあるが、これでは、採種時期が異なり、産他の異なる(92)蚕種を予定の時期に掃立てることは不可能である。
 活性化程度の異なる蚕種は、催青の段階でいくら手をつくしても、揃えて孵化させることはむずかしいから、活性化を揃えるために、産卵直談から、夏、秋、冬を通しての蚕種保護が大切で、この準備を抜きにして催青を考えることはできない。
 蚕種保護の方法は採種時期によって違えなければならないが、これは貯蔵期間の長短、気温の高低なでに応じて、蚕種の休眠と健康とをどのように管理するかによるものであるから、貯蔵期間が最も長く、その間の気候の変化の最も激しい春採りの場合について委しく説明し、その他の時期に採種するものについては、その相違点だけを記述する。これまでに述べてきた基礎研究の成果をどのように実際の場面に適用するかがその主題である。

1 春採り蚕種
 A 産卵から休眠の完成まで
 蚕種保護と云えば収蛾後の問題のように考えられ勝ちであるが、実際には産卵中から始まる。高温、低温その他の外因に対して蚕種の抵抗力の最も弱いのは産卵後2時間目頃であるが(Y3Da)、この時期は母蛾に産卵させている間に経過するのが普通で、産卵中の不良環境のために死卵や不受精卵の生ずることがある(Y5Aa)。産卵中の保護温度は23℃を下らず25℃を超えない範囲に保つのがよい。これは蚕種保護のための必要を満たすと共に産卵能率を高め、ひいては人工孵化の成績を上げることにもなる。収蛾の頃の卵には所謂蚕卵抵抗力曲線の第2降下点前後のものが多いから、取扱いを丁寧にし、物理的な衝撃、例えば台紙の裏を強く叩いて蛾を払うようなことも避けなければならない。
 再出卵の出るおそれのある場合には、産卵後12時間以内に15℃に移して5日間おけばこれを防止できると云うことが、殆ど常識的に云われているが、これはそのときどきの条件によって必らずしも効果が一定しない。また再出卵そのものの解釈も様々で、上記のような処置では全然防止できない再出卵のあることも考えなければならない。
 産卵直後の15℃保護によって防止できるのは、親の代の越年性管理が不十分なために、越年性の不安定な蚕種ができ、着色卵として産み出されながら2週間以内ぐらいで孵化する特殊な再出卵(渡辺型)であるから(V3Bc)、その正しい防止法は親の代の越年性管理を十分にすることで、産卵後の15℃保護は云わば補助手段に過ぎない。越年性管理を完全にして、このような処置の必要でない蚕種を作るのが本来の蚕種保護法である。
 15℃で保護したものは、その後の高温保護に注意して、蚕種を軟性(X2A)にしないように管理しなければならない。
 産卵後の高温期間の不足なために生じた軟性卵は、産卵後1カ月以上もたってから不時発生を起こすことがある。これも再出卵と呼ばれている。この型(軟性卵型)の再出卵は、越年性の不十分な蚕種と云う点では渡辺型と同じであるが、親の代の越年性管理とは無関係に、産卵後の休眠完成の不完全な場合に、一般的に発生するもので、産卵直後の15℃ 保護によっては防止できない。
 なお、軟性卵と云われているものの中には、親の代の越年性管理の不十分が原因で、渡辺型の再出卵にまではならないが、生まれながら軟性卵になっているものが含まれている。このようなものに発生する再出卵は渡辺型の延長に過ぎないから、防止法は渡辺型の場合と同様である。
 越年性卵が翌春の正常孵化以前に発蛾するものを、原因の如何に拘らず、総べて再出卵とする考え方もある。例えば、洗落しの刺戟による不時発生がこれである(1118)
 河合は十数篇に上る百出卵の研究を発表しているが(337-342,344,347,349-358)、その大部分は、洗落し後の越年蚕種を、胚の発育し得る温度で保護した場合の不時発蛾に関するもので、洗落しの刺戟による活性化の促進が原因になっている。このような再出卵は、産卵後を低温に保護しても(349)、産卵後25℃に35日間保護して硬性卵にしておいても(351)防止することはできない。
 河合は、再出卵の発現を3・ヒドロキシキヌレニンの母体から卵内への移行、および卵内における漿膜色素形成のためのその消費の面から研究しているが、その結果からみても、産卵後2週間内外で孵化する種類の再出卵は、産卵直後に進行する越年性確定の生理作用が阻害されるために発現するものであるから、普通の品種に対しては、産卵直後の15℃、5日間の低温保護がその発現防止に有効である。
 卵管各部の3・ヒドロキシキヌレニン量を測定すると、基部に多く先端部に少ない。再出卵は1蛾の卵のうちでもこの先端で作られたもの、換言すればおそく産み出されるものに多いと云われているが(636)、実際に産卵を調べてみると、必らずしもそうとは云われない成績も出ている(4,5)
 洗落しによる再出卵の研究からわかるように、物理的な刺戟によって越年性卵が活性化することが多いが、刺戟の弱い場合には再出卵にまではならずに、胚が臨界期頃まで発育して死んでいる場合も少なくない。これらは原因不明の死卵として方付けられがちであるが、原因は洗落しによる再出卵と同じであるから、保護中、特に越年性の不安定な産卵後10日以内は取扱いに注意し、振動、摩擦、異常な温度変化、その他総べての刺戟を避けることが大切である。これは卵ばかりでなく、蛹の時期についても同様である(X1Ac)。
 産卵直後からの多湿は高温および低温と相俟って蚕卵に生理的障害を与える。沓掛(第107表)および勝又(318)の成績からみて、産卵後、休眠完成までの保護温湿度は25℃、75%前後が適当と考えられる。
 高島・神田(963)は、温度25℃で、産卵後40日までの間の保護湿度を比較し、40−90%の範囲内では翌年の孵化に大差はないが、どちらかと云えば90%がよかったと云い、足立ら(7,8)の成績によれば、7月下句から9月まで45日間の試験において、65−95%の範囲では85%(温度25℃内外)がよかった。
 沓掛は孵化歩合ばかりでなく、孵化した蟻蚕の飼育試験も行ない、高温多湿の影響は稚蚕の減蚕歩合にも大きな影響をおよぼすが、壮蚕においては稚蚕におけるほど大きな影響がなく、繭質への影響は更に少なかったと云っている。ただ、沓掛の成績は高温30℃、低温20℃ と組合わせて多湿98%の影響を調べたもので、かなり極端な場合の影響を示すものである。    `
 多湿には、卵の生理障害ばかりでなく、黴が生えたり、不受精卵や受精後間もない死卵が潰れずに残って、比重選や風選によって除き難い所謂赤死卵(]TBa)を多くするなどの害もある。蚕種保護室を地下や半地下に設けると、温度の変化は少ないが、湿度の高いために赤死卵の多くなる気味がある。
 勝又(318)の成績では湿度37%でも50%に劣ることのない孵化歩合を示しているが、漿膜または漿膜クチクラ完成前(Y2Ba)の卵が乾燥に弱いことは確かであるから、即浸前冷蔵の際などは注意を要する。直冷式の冷蔵庫は設計が悪いと非常に乾燥する。実験用に電気冷蔵庫を用いて蚕種を冷蔵する場合には、特にこの点の注意が大切である。
 休眠完成のための最適温度は25℃、休眠完成に要する日数は約30日(X1Ba)と考えられるが、原種においては、同時にこれが障害を来さない25℃日数の安全限界でもある。交雑種においてはこの安全限界は50−60日と考えられる。高温保護(25℃)日数はこの限度内において、蚕種の貯蔵予定期間に応じて調節するのであるが、翌年5月掃立て用蚕種ならば限度一杯の高温保護をする。貯蔵期間が長いから、十分に休眠させて、その期間を貯蔵に利用するのである。
 春採り蚕種の夏秋期保護は自然温度で行なわれることが多いが、自然温度は同一地方においても年によってかなり相違し、それが蚕種の休眠完成、従って活性化の遅速に影響することが大きいから注意を要する。
 第113表は新庄原蚕種製造所における7月から翌年1月前半までの蚕種庫内温度と、その蚕種庫内に保護した蚕種の1月15日の孵化歩合とを、3カ年に亘って調査したものである。

第113表 採種後の保護温度と越年蚕種の活性化(大貫・難波ら)(768)
蚕種庫内温度(新庄)                                                         
年度 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月
後期 前期 後期 前期 後期 前期 後期 前期 後期 前期 後期 前期

昭和34年
   35年
   36年
   ℃
 22.1
 25.5
 24.9
   ℃
 21.9
 25.8
 25.0
   ℃
 23.8
 23.6
 25.2
   ℃
 21.8
 22.0
 24.4
   ℃
 21.4
 20.0
 21.3
   ℃
 18.3
 16.5
 18.4
   ℃
 17.2
 13.5
 15.7
   ℃
 13.5
 11.5
 11.9
   ℃
  9.7
  9.5
  9.3
   ℃
  7.7
  5.5
  6.5
   ℃
  2.1
  4.1
  3.7
   ℃
  1.5
  1.9
  3.4

1月15日出庫蚕種の孵化歩合(新庄)
 年 度  日122号
(%)
日124号
(%)
日125号
(%)
 瑞 光
(%) 
支25号
(%)
支122号
(太)(%)
支124号
(%)
 銀 白 
(%)
昭和34年
   35年
   36年
56
 6
 8
21
 2
 3
40
 5
 9
95
50
72
76
36
63
94
67
77
93
92
93
69
32
31

 年による孵化の遅速(活性化の遅速)が夏期保護温度の高低だけによると云う根拠はないが、温度と孵化歩合とを対比すると、34年の夏期の低温が同年の活性化の旱かった原因の一つであろうと云うことが十分に考えられる。もし温度がこの原因であるとすると、34年の9月以降は35年および36年よりも温度の下り方が遅く、この時期の温度が活性化を促進したとは考えられない。また8月後期および9月前期の温度も35年と相違がなく、差の大きいのは7月後期から8月前期にかけての温度であるから、この時期の低温が休眠の完成に影響したものと考えられ、休眠の完成には産卵後1カ月間の温度管理の大切なことがうかがわれる。
 最近、夏期の高温による蚕種の被害を防止するために、蚕種庫に自動調節式のクーラーが使用されるようになったが、この使用を誤まったためと考えられる蚕種の障害が注目され初めている。これは蚕保護上重要な問題であるが、冷蔵庫の管理とも共通する問題であるから、Z1Cにおいて述べる。

 B 休眠完成から初冬期まで
 春採り蚕種の休眠が完成するのは7月下旬乃至8月下旬で、最も暑い時期に当るから、そのまま自然温度におくと、25℃ 以上の期間が加算されて孵化が悪くなる。高梨(954)は、6月上旬に採種した蚕種を9月20日まで25℃に保護する区と7月下旬から9月下旬にかけての平均温度が25℃を超える自然温度に保護する区とに分けて、翌春の孵化歩合を比較し、明かに後者の劣ることを示している。蚕種保護法の試験において、25℃、1カ月で自然温度に移したと云うような記載をみることがあるが、これでは25℃の恒温が1カ月であったと云うだけで、その蚕種が実際に接触した25℃以上の温度は、自然温度の分も加えると1カ月とは限らず2カ月であったかも知れない訳で、試験の条件としては極めて不明確である。
 高温期間が長いと、品種によっては(支127号、銀白など)白ハゼ卵の多発することもある(1028)。                   しかし、休眠完成後、直ちに次ぎ次ぎと保護温度を下げて行くと、活性化が早く、冬期の取扱いに困ることになるから、蚕卵の生理をそこなわず、また活性化を促進することもない23℃−20℃に保護し、蚕種庫の平均温度が20℃以下に下がるのを待って自然温度に移す(940)。20℃は夏期保護温度の中間温度と云うことができる。
 10月初旬になっても平均温度が20℃以下に下らないような地方では、人工的に徐々に温度を下げて、12月中・下旬に5℃になるように管理するのがよい。
 昭和32年度地方蚕業試験場協力試験として、越年種の秋期保護に関する試験が、全国17蚕業試験場の協力によって行なわれた。この試験の設計は第114表の通りで、試験結果から次ぎのように結論されている。

第114表 越年種の秋期保護に関する試験設計(地方蚕試)(74)
試験区 保護日数 冷蔵時期
および
方法
出庫時期
および
方法
25℃ 15℃ 5℃ 産卵から
冷蔵まで
a区 産卵から 60日 25℃
60日後  60日
15℃
60日後  30−60日
150−
 180日
低温に対する
抵抗力の最も
強い甲胚子に
なった時に冷
蔵する。



各場所の春蚕掃立
期に孵化するように
出庫し、従来の各場
所慣行の方法で催青
し(各区同一方法)、
孵化調査をする。


b区   同   90日 25℃
90日後  60日
15℃
60日後  30−60日
180−
 210日
c区   同  120日 25℃
120日後 60日
15℃
60日後  30−60日
210−
 240日
対照区 産卵から12月末まで各場所の慣行保護温度で保護する 180−
 240日
25℃は恒温の意味ではなく、最低22−23℃、最高27−28℃の範囲。                     
15℃     〃    〃      12−13℃、 〃 17−18℃  〃                      
 5℃     〃    〃           3℃、 〃      7℃  〃                       
冷蔵は複式の形式をとり、2.5−0℃に冷蔵、催青前の適期に10−15℃に出して胚を丙Aまたは丙Bに進め、
再び2.5℃に冷蔵するか、または単式冷蔵により、胚が丙Aまたは丙Bになったとき2.5℃に冷蔵する。     

 全孵化歩合および最多2日孵化歩合は、殆ど何れの場所においても対照区が比較的良好であるが、a区より劣る場合もある。a区はb区に勝り、一般にb区はc区に勝る傾向が認められるが、愛知と鹿児島とにおいてはこれと正反対の傾向を示した。長野、愛媛、熊本においては一定の傾向がなく、各区間に大差がなかった。
 この結論は、結局、高温期間の長いのは悪いと云うことであろうが、各場所における実際の保護温度(設計通りには行なわれていないから)とその成績との関係の吟味、25℃から直ちに15℃に移して夏秋期を保護するような取扱いが活性化の早晩や冷蔵抵抗力にどのような影響をおよぼしたか、などの分析が行なわれていないために、試験結果を実際の上に生かすことのできないのは遺憾である。
 11月から冬中にかけての保護湿度については、山口・清水の成績(第108表)においては90%の場合の孵化が最もよかったが、勝又(318)によれば26−90の範囲では90%が最も悪く、その他の区間には大差がないが、50−60%がよいように見受けられる。このように正反対ともみられるような成績の出ていることは、湿度以外の条件が大きく影響しているためで、湿度そのものの影響は比較的小さいことを示すものであろう。休眠完成までと同様、75%内外で差支えなく、特別に調節をする必要もないものと思われる。
 11月下句から12月初句にかけて、バラ種別のものは洗落し(]1A)、乾き次第、気温が5℃以上の地方では5℃に移す。洗落しの刺戟によって活性化の進んだ蚕種は、5℃以上の温度にあうと発育するおそれがある。
 1蛾採りの蚕種は2%ホルムアルデヒド液に30分ぐらい浸漬して卵面消毒を行ない、水洗いし、乾かして5℃に移す。以前は寒中に種洗いをする習慣があったが、人工低温によって活性化を進める場合に、汚れたままの蚕種を冷蔵庫に持込むのは好ましくないから、洗落しと同じ時期に洗っておくのがよい。

 C 人工温度について
 蚕種保護室の温度調節は、室の構造や使用法からみても、飼育室に比べて遙かに容易である。殊に最近は新らしい調節装置ができて、この点の心配は殆どないように考えられがちであるが、実際には必らずしもそうではなく、新らしい装置を採用したための問題も起こっている。工学的な問題はその方面の専門家にまかせるとしても、装置に対する希望条件を出し、選択し、使用して行く上での蚕種技術者の責任は、従来に増して重くなっていることを考えなければならない。
 例えば、風穴を利用していた頃には、自然温度をそのまま利用するのであるから、適当な場所を選ぶことに問題はあるが、場所がきまってしまえば、それを用いて行ない得る蚕種保護には限度があって、自然に頼ることが多く、蚕種技術者の責任範囲は比較的狭かった。氷庫を使う場合には、氷で設定することのできる温度の範囲はきまっていた。
 アンモニア式冷蔵庫を使用するようになると、保護温度をどのように設定するかは完全に蚕種技術者の責任になり、温度調節の可能範囲が拡まっただけに、温度の選択、組合わせを技術者の責任において決定しなければならなくなった。
 フレオンによる自動調節では、機械の操作は確かに容易になったが、アンモニア式の場合よりも遙かに低温の空気が室内を流れるから、平均は5℃であっても、冷蔵庫の構造や冷却パイプの配置などが適切でないと、目的温度以下のつめたい空気が頻繁に触れるようなことも起こる。
 気温30℃のときに室温を25℃に保つために、25℃の空気を作って室内に送り込めば問題はないが、それでは経費がかさむので、普通には非常につめたい空気で冷やしている。人間の場合には衣服を調節するとか 居場所を変えるとかして不快さを避けることができるが、それでも体の調子をそこねることがある。飼育室の場合には、1日に何回か給桑のために出入りするから、寒暖計ばかりではなく、食桑状態、蚕の動きなどの生物的な反応を通しても、環境の適否に早く気付くことができるが、蚕種はこのような反応をそのときどきに示すことがないために、寒暖計だけが頼りである。
 長い保護期間に亘って、特定の場所に設置した寒暖計によって機械的に観測を続けているうちには、細かい注意のなおざりになることもあろうが、それよりも、設定した温度の蚕種に対する適否、および寒暖計が蚕種の接触する温度を正しく示すように配置されているか否かが問題で、装置そのものよりも蚕種技術者の責任に属する問題が多い。
 自然温度の平均25℃と28℃との場合には、何れも上下に巾のある温度で、かなりの部分で互に重なり合っているから、適温が何れの側にあるにしても、保護温度に対する蚕種の反応は連続的な変化として両区の成績に現われるが、恒温の25℃と28℃との間にはこの重なり合いが少ないか、あるいは全くないために、両区の成績の違いがはっきり出る。平均気温はかなり違っていても、自然温度での蚕種の活性化時期に毎年極端な違いのないのは、この重なり合いのあるためと考えられる。これに対し、人工温度によって比較すると、2℃−3℃の温度差も明瞭な結果の違いになって現われることが多い。正確な温度調節ができるようになればなるほど、ごまかしがきかなくなって、技術者の責任が重くなる。
 活性化について云えば、5℃でも7℃でも、あるいは3℃でもあまり遅速なく活性化する品種もあれば、5℃より低いと目立って活性化のおくれる品種もある。支124号は前者、日124号は後者の例であるが、このような違いは珍らしいことではない(685,742,769,936)。日129号および支129号の温度別活性化速度を第115表に示す。

第115表 日129号と支129号との活性化の相違(蚕種・原蚕種)(801)
蚕品種  冷蔵日数 
(日)
 催青2週間孵化歩合(%) 
5℃ 7.5℃
日129号 40
60
90
 0
 0
30
 0
 2
75
支129号 40
60
90
 0
 1
53
 0
11
91
日129号×支129号 40
60
90
 0
 0
80
 0
 2
87
  支129号×日129号   40
60
90
 0
 0
39
 0
 6
92
産卵後60日間25℃で保護して休眠を完成させた後、20℃、15℃、10℃各
1週間を経て5℃および7.5℃に冷蔵した。出庫後15℃に3日おいた後、
温度23−25℃、湿度80%、16時間明を目標に催青した(新庄)。      

 冷蔵車内の上部と下部とで2℃−3℃の温度差のあることは珍らしくないが、同一品種でも、上段のものと下段のものとで活性化に遅速の生じ得ることはこの表によって明らかであろう。
 催青室で蚕種の積みかえを行なうように、毎日の必要はないが、室内温度の分布によっては、冷蔵庫内の蚕種もときどき積みかえを行なえば、活性化を揃えるのに有効である。
 人工的に温度を調節する場合の蚕種庫や冷蔵車内の温度分布は、外温の高低によっても、室内に物を入れた場合と空の場合とでも相違するから、棚の配置、蚕種の収容量などを予め考慮して設計しておかないと、装置が出来てから不備に気付くことがある。
 蚕種庫の冷房を誤まったための蚕種の障害には、温度分布についての不注意、休眠完成後の温度の下げ方が早過ぎたこと、目的温度のきめ方を誤まったこと、などが原因になっている場合が多い。
 人工温度を設定する場合の基礎資料として、恒温と変温(平均は恒温と同じで上下に変動のある温度)との蚕種におよぼす影響を明かにしてお<必要がある。例えば、夏期高温の地方においての、休眠完成後の人工温度を東北あるいは長野の温度にならって設定しようと考えた場合に、これらの地方の月平均あるいは旬平均をそのま恒温に直して適用しても、果してこれらの地方における成績と同じ結果が期待できるかどうかと云うことである。完全な恒温を作ることは実用上できないから、恒温と云い変温と云っても程度の問題に過ぎないが、正確な温度調節ができるようになるほど、重要な問題になってくる。現在、この点についての信頼のできる成績は殆どない(200,235,236)。蚕種保護に限らず、平均温度によって簡単に結果が比較されがちであるが、平均によって比較してもよいのはどの程度の変温までかと云うことが明かでない。催青温度についての恒亘温と変温とを比較した平山の成績(\2A)なども、この点から一層の検討が望ましい。恒温と変温とに対する蚕種の反応は、休眠完成、活性化、催青など、それぞれの場合によって異なるのではないかと考えられる。
 一般に、建設関係者は、冷蔵庫と云えば魚類や野菜の冷蔵庫、冷暖房と云えば自己防衛の可能な人間の場合の経験によって設計しがちで、これに予算の問題も関係して、蚕種技術者の希望の容れられない場合が多いが、正しい要求の主旨を理解させてゆくことも蚕種技術者の責任である。フレオンによる直冷式に改めたために、冷蔵庫が乾燥して使用できなかったと云うような実例は、建設費の節約によって湿度に対する希望の無視された例と云えよう。

 D 越冬期
 越冬期の保護法は 単式冷蔵、中間手入れ式冷蔵、および複式冷蔵の三つに大別することができる。中間手入れ式は複式冷蔵と原理が同じなので複式冷蔵と呼ばれることも多いが(第114表)、元来の複式冷蔵とは取扱いも目的もかなり相違しているからこれを同じ名前で呼ぶのはまぎらわしい。
  a 単式冷蔵法
 本来の単式冷蔵は、越年蚕種を蚕種庫内の自然温度で保護し、胚が丙A−丙Bに発育したとき2.5℃に冷蔵し、催青着手までおく方法で、寒地においては普通に行なわれている。胚が丙Bを過ぎると冷蔵に耐える力が低下するから(第119表)、丙Bを過ぎないように、丙A−丙Bで冷蔵する。東京付近の気候では、例年、2月下旬から3月上旬にこの時期になる。洗落し後も5℃以上の気温が続くような場合には、5℃の冷蔵車に移して胚の不時発育を防止する。不時発育を始めた卵は春までの間に死卵になることが多い。
 暖地においては、蚕種の活性化がおそいものと考えられがちであるが、一部の卵は案外早く不完全な活性状態になり(335)、蚕種全体としての活性化が不揃いである。早く活性化したものは気温が高いと徐々に発育を始めるが、春の催青までに活力が低下して孵化不良の原因になる。暖地の蚕種の孵化が悪いのは、夏秋期の高温の害と共に活性化の不揃いが主な原因であるから、このような地方においては、夏秋期の温度管理を行なうと共に、洗落し後は直ちに蚕種を5℃に保護し、活性化の揃ったときに(中間手入れ式の項参照)2.5℃に冷蔵する。
 渡辺(1151)は、伊豆の松崎の自然温度で保護中の蚕種の一部を種々な時期に東京へ送って、東京の自然温度で保護したものと松崎に残したものとの4月になっての孵化歩合を比較した。それによると、総孵化歩合には差がなかったが、最多2日孵化歩合には、1月1日以前に東京へ送ったものは高く、その後急に低下することが認められた(第116表)。東京から松崎へ送って松崎の自然温度で保護した卵は、これと反対に、1月1日以前に送ったものの最多2日孵化歩合が劣り、以後急に高まった。

第116表 松崎から東京へ送った越年蚕種の孵化(渡辺)(1151)
蚕品種 発送月日
(月・日)
松崎から東京へ送った卵 松崎に残した卵
総孵化歩合
(%)
最多2日孵化
歩合(%)
総孵化歩合
(%)
最多2日孵化
歩合(%)
支108号
(6月9日産卵)
 9・5
10・1
11・1
12・1
 1・1
 2・1
 3・1
 4・1
91
91
89
89
90
91
93
92
90
89
87
84
63
73
72
71
91
90
85
85
90
91
90
89
46
60
45
57
57
56
52
63
支108号
(8月29日産卵)
 9・1
10・1
11・1
12・1
 1・1
 2・1
 3・1
 4・1
97
98
98
97
97
94
97
97
93
98
97
96
71
75
78
62
93
96
96
96
97
95
95
95
65
68
56
46
57
54
60
57
1蛾をそれぞれ3分し、3分の1は東京へ送り、3分の1は松崎に残し、残り3分の1は固定
した。毎回3分の1蛾あて5片を送った。催青着手は4月15日。小数点下省略。      

 渡辺は、松綺で保護して1月以降に東京へ送ったものの孵化が不斉になるのは、暖い松崎に1月以後まで保護すると、活性化に必要な5℃以下の温度に接触する日数が不足するためであると考え、更に、全国各地の蚕業試験場における、冬期間5℃以下の温度に接触する日数と越年蚕種の孵比の斉否との関係を調査した結果、1月以後に平均5℃以下の温度に接触する日数が、大約24.5日以内の地方においては孵化が甚しく不斉であり、25−50日の地方においては孵化の斉一な場合と不斉な場合とがあり、50日以上の地方においては孵化の斉一な場合の多いのが普通であると結論した。
 河合(336)も新潟から東京へ蚕種を送って同様な試験を行ない、渡辺と同じ結果を得たと報告しているが、河合の成績の中には、渡辺の説明だけによっては理解し難い問題が含まれているように思われる。
 渡辺の成績においては(第116表)、最多2日孵化歩合の悪くなる境目と云われる1月1日送付の分の最多2日孵化歩合が、その前後の分に比べて特に落ちているが、この低下は総孵化歩合にはみられず、また東京から松崎へ送ったものにも認められなかった。処が、河合の成績においてはこの現象が極めて明瞭で、総孵化歩合にも、新潟に残した分にもはっきり現われている(第117表)。河合はこのほかに支115号の夏採り蚕種の送付をも行なっているが、これにも同様な現象が認められる。

第117表 新潟から東京へ送った越年蚕種の孵化(河合)(336)
発送月日
(月・日)
東京へ送った卵 新潟に残した卵
総孵化歩合
(%)
最多2日孵化
歩合(%)
総孵化歩合
(%)
最多2日孵化
歩合(%)
 9・ 1
 9・25
10・25
11・25
12・25
 1・10
 1・25
 2・10
 2・25
 3・10
 3・25
 4・10
 4・25
64
85
78
82
64
51
69
79
63
86
84
92
96
62
72
61
67
63
49
65
73
55
83
70
79
91
95
93
96
96
98
91
90
88
96
98
91
97
93
93
93
95
96
95
89
90
87
93
95
90
96
93
春採り満月。小数点下省略。           

 松崎の場合だけならは偶然と考見られたのてあるが、活性化の十分でなかった筈の10月、11月よりも、寒い新潟においては活性化の進んだ筈の12月、1月、2月の蚕種を送った成績の方が悪かったと云う河合の結果を考え合わせると、単なる偶然として方付けることはできない。しかも新潟に残したものにも同じ影響が現われているのである。
 前もって蚕種庫内で切分けておいた台紙片を、送付のたびに取出したのか、送るたびに蚕種を実験室に持ち出して切分けたのかは記載されていないが、もし後者であるとすると、蚕種庫からの出し入れの間に、送った分と残した分とに共通なある原因が働き、送った分には、その影響を更に強めるような条件が加わったものと考えなければならない。
 推測の範囲を出ないが、この点に最も関係が深いと考えられるのは、冬期間に蚕種を不時高温に接触させた場合の障害である(419)。越年蚕種に対する不時高温の害の最も大きいのは越冬期であることを考えると、上記の成績はこの点から再検討を加える必要がある。松崎と違って新潟は冬期の気温が低く、実験室にも郵便局にも、また輸送中の車内にも暖房のあることが考えられるから、蚕種庫からの出し入れによる温度較差に郵送中の暖房の影響が加重すれば、東京へ送ったものの障害は新潟に残したものにおけるよりも大きい筈である。
 河合は同じ論文の中で、自然温度で保護中の蚕種を、種々な時期に10日間25℃に接触させた後、再び自然温度に戻しておくと、春になっての孵化歩合は、12月25日から3月25日頃までの間に高温にあわせた区が悪かったが、5日間の接触では影響がなかったと云う実験結果を述べている。活性卵を5日、10日と云うような長い期間高温にあわせると発育が進むから、これを低い自然温度に戻すと、胚の発育段階別の冷蔵抵抗力にも関係し、不時高温とは別の問題が加わってくる。谷口(1038)は11月20日から12月20日まで1カ月間の25℃接触を試験している。
 普通に冬期間の不時高温の害と云うのは、高温接触1日内外の短時間の場合か多く、接触期間が長いと却って被害の軽減するらしい傾回さえみられる。その原因は明かでないが、臨界期になると不時高温の被害が減少するから、休眠が終って発育の始まろうとする前には、冷蔵浸酸種の再冷蔵による白ハゼ卵の発現時期にもみられるように、何か生理的に不安定な状態が存在するのであろうと思われる。
 寒地の自然温度においては、蚕種は揃って早く活性化すると云われてはいるが、品種により、採種時期によって(高温期間が異なる)、同一品種の間にもかなりの活性化の遅速がある(第118表)。

第118表 活性化初期の越年蚕種の孵化歩合(雨宮・堤)(43)
採種
時期
蚕品種 11月15日 11月30日 12月15日
孵化歩合
(%)
孵化期間
(日)
孵化歩合
(%)
孵化期間
(日)
孵化歩合
(%)
孵化期間
(日)
日112号
日122号
支110号
支108号(旧)
 0
 0
27
17


14
17
64
 5
79
77
18
 6
22
20
75
49
83
81
17
14
15
15
日112号
日122号
支110号
支108号(旧)
 0
 0
 0
 2



 4
 5
 3
93
89
 5
 9
16
17
47
47
82
93
15
14
15
16
小淵沢の自然温度で保護した蚕種、毎回各品種7分の1蛾5片宛を催青。
孵化期間は初発蟻からの日数で、この日数で孵化が終息した。      

 寒地の蚕種は、活性化はしても、冬中寒さのために発育を抑えられている状態であって、形態的にはおそくまで丙Bにならないが、早く活性化しているため、長い越冬中に冷蔵に耐える生理的限度を超えてしまい、孵化歩合の低下していることがある。このような胚は春になって気温が上ると忽ち丙Bになるが、このときになって冷蔵してみても、一旦低下した孵化歩合はもとには戻らない。先きに(Y2Bd)胚の形態と生理状態とのずれとして述べたのはこのことであって、胚の形態ばかりを頼りにすることはできない。
 この例は第113表に示した支25号にみられる。この品種は冷蔵に耐える期間が短かいように考えられるが、特に夏期の保護濃度の低かった昭和34年には、冬期の蚕種庫内温度が、1月前期15℃、後期−0.4℃、 2月前期1.2℃、後期2.0℃、3月前期3℃、後期3.9℃、4月前期5.3℃ と、かなり低かったにも拘らす、孵化歩合が最高を示したのは3月15日出庫の99%で、以後低下し、4月30日の出庫では45%に落ちていた。しかも胚の形態は+乙Bに留まっていた。寒地の蚕種保護には心配がないと云われているが、冬の長い地方においては、これに似た傾向が他の品種にも認められることが少なくない。このような傾向のある地方では、夏秋期の濃度管理によって活性化をおくらせるとか、活性化したら直ぐ0℃に冷蔵するとか、中間手入れ式または複式冷蔵法を採用するとかの対策を講ずる必要がある。
 単式で蚕種を長期間冷蔵するために、1月頃から0℃に近い温度に冷蔵する方法が以前は行なわれた。秋採りの支101号をこの方法によって翌年の秋蚕用に冷蔵すると、他の品種に比べて孵化歩合の悪いことが、大正9年頃に問題になったが、調査の結果、これは支101号の冷蔵抵抗力が弱いためではなく、この品種の胚が早く発育を始めるため、他の品種と同じ扱いをすると、冷蔵時期のおそ過ぎることになるのが原因であると報告されている。渡辺(1138)によれば、1月25日には共に休眠期(甲胚子の意味)であったが、2月25日には、支101号においては最長期末期まで発育しており、日106号においては、休眠期よりは幾分長いが、最長期には達しない状態に止まっていた。これらの卵を33゚F(0.6℃)に冷蔵し、7月10日に出庫、催青した処、孵化歩合は5蛾平均において、1月25日冷蔵のものは支101号92.7%、日106号95.8%、2月25日冷蔵のものは支101号81.0%、日106号95.3%であった。
 1月から40゚F(4.4℃)に保護してそのまま4月までおく方法、1月は40゚F(4.4℃)2月は38゚F(3.3℃)、3月40゚F(4.4℃)、4月45゚F(7.2℃)と変化させる方法なでも行なわれたことがあるが現在では用いられていない。
 鈴木(893)の測定した冬期間の蚕種の炭酸ガス排出量を用い、先きに述べた方法(Y3Ba)によって、冬期間の越年種の所要空気量を、室賀は蚕種1kg当り15.19g(5℃の場合)と計算した。しかし、荒木ら(49)が、容積1gのブリキ罐に350蛾分の蚕種を容れ、パラフィンで密封したものは、湿度が37゚F(2.8℃)以下の場合には2月から8月まで貯蔵しても害がなかったと云う結果から1蛾の卵量を0.3gとして計算すると、所要空気量は蚕種1kgにつき全期間9.9gで足りることになり、東畑が、冷蔵は1gに蚕種4.5g以下としているのから計算すると、冷蔵期間中を通じて蚕種1kg当り22.2gの所要空気量になると云う。計算値は、不越年種について述べたように、十分に余裕のある量と考えられる。冷蔵中の蚕種貯蔵罐は銹びていても害がない。

  b 中間手入れ式冷蔵法
 冷蔵に耐える期間の限度に近付いた蚕種を冷蔵庫から出して、胚の発育をある程度進めると、その蚕種は再び冷蔵に耐えるようになる(Z1Dc)。この性質を利用し、蚕種の貯蔵期間を延長すると共に、その後の取扱いを便利にするために、冷蔵期間の途中で蚕種を一度出庫し、胚を丙A−丙Bまで発育させた後、再び冷蔵するのが中間手入れ式冷蔵法てある。例えば、第28図の例において、2.5℃区の卵に4月6日から11日まで10−15℃で中間手入れを施し、90%の胚を丙A−丙Bに進めた後、2.5℃に再冷蔵したものと中間手入れを施さずに2.5℃に冷蔵し続けたものとの9月1日出庫の孵化歩合は、初発3日孵化歩合が2.5℃連続区71%、手入れ区87%、催青2週間孵化歩合が前者84%、後者90%であった。
 中間手入れ式冷蔵は 1)低温保護、2)冷蔵、3)中間子入れ、4)再冷蔵の4段階の処理によるものである(第29図)。


第29図 中間手入れ式単式冷蔵法模式
a:活性化を進めるための低温保護(5℃)、b:活性化した蚕種の冷蔵(2.5℃または0℃)
c:中間手入れ(10−15℃)、d:再冷蔵(2.5℃)

 第1段階の低温保護は蚕種の洗落し直後から始める。洗落さない蚕種についても同様に12月初、中旬から始める。温度は5℃である。
 中間手入れ式冷蔵の成績は、手入れを行なうときに蚕種が揃って完全に活性化しているか否かによってきまる。中間手入れを施した蚕種は孵化が揃うと云われているが、活性化が揃っていなければ中間手入れを行なうことができない。洗落した卵を直ちに5℃に保護するのは、洗落しの刺戟によって活性化した卵の不時発育を防ぐ意味もあるが、同時に、活性化の進んだものの発育を抑え、その間におくれたものの活性化を促進して、蚕種全体としての胚発育の歩調を揃えることに重要な意味がある。洗落さない蚕種についても5℃保護の意味は同様であって、中間手入れ式冷蔵における蚕種の低温保護は、単なる冷蔵ではない。この目的の低温保護には5℃が最も適している(X1Bb)。低温保護は、活性化させるのが目的であって、胚を発育させるためではない。胚が発育すると中間手入れの効果は減少する(Z1Dc)。寒地においては中間手入れの効果がないと云われることがある。これは、春蚕用のように冷蔵期間の余り長くない場合には、単式冷蔵によっても、普通の品種はよく孵化するので、差の明かでないことも一つの原因であるが、低温保護中に胚の発育の進むことも原因になっているものと考えられる。
 寒地において、第29図に示した公式をそのまま当てはめ、自然温度において既に活性化の初まった蚕種を12月初、中旬から5℃に移して1月下旬までおくと、胚の発育はかなり進む。これを更に3月下旬まで2.5℃に冷蔵した後、中間手入れを行なっても、単式冷蔵に比べて特に効果を期待することはできない。
 低温保護中に最も大切なのは、活性化が揃い次第第2段階の冷蔵に移して、この間に胚の発育を進めないように注意することである。低温保護の期間は、普通の場合、洗落さない蚕種に対しては60日、洗落した蚕種に対してはその刺戟による活性化促進を考慮して40日が限度で、これ以上5℃におくと、活性化の進んだ胚が発育し、結果が不良になると云われている。しかし、これは完全活性卵になっていない蚕種を冷蔵した場合のことて、未発育ではあっても完全に活性化したもの(甲)は、5℃では間もなく発育を始める(第102表)。
 活性化状態は孵化調査によって調べれば最も確実ではあるが、これには日数がかかり、その間にも活性化は進むから、調査の結果と現在の活性化状態との間にずれが起こる。
 卵を解剖して胚を調べても、発育を始めていない胚の活性化状態を形態によって判断することはむずかしいから、数日間催青して、活性化した胚を発育させた上で調べる方法が行なわれている。
 古和田(436,442)は、解剖する前に、蚕種を17.5℃に5日間保護した後に胚を調べ、保護中に、1日に水野の1階程ずつ発育が進んだものとみなし、5階程さかのぼって判定する方法を提唱している。また、比重1.10の塩酸で110゚F(43.3℃)、4分間の浸酸を施した後、17.5℃に5日間おいて調べると、発育するものとしないものとの開きが一層大きくなって、活性化の違いが正確に鑑別てきるとも云っている。
 沓掛・黒岩(479)は、15℃に3日間保護した卵を剖検し、水野の丁A以上に発育した胚の割合(%)を求め、丁A発育度と名付けた。この値はその蚕種の最多2日孵化歩合と強い相関があり、丁A発育度45を示す時期が蚕種を5℃から2.5℃に移す適期であるとしている。 12月中旬に洗落して5℃に保護した春採り蚕種は2月上旬、同じく初秋および中秋採りは2月中旬、晩秋採りは3月上旬にこの時期になるのが普通で、丁A発育度45のときの孵化歩合は70%内外であると云う。但し、春月×宝鐘およびその反交についての調査である。
採種時期による活性化の遅速は高温保護日数によって相違し、必ずしも上記の順序とは限らない。
 検知管を用いて蚕種の炭酸ガス排出量の簡易測定を行ない、その値によって活性化の程度を知ろうとする試みもあるが(872,943)、この場合にも出庫直後では殆ど信頼のできる結果は得られない。出庫後25℃に1日おくと、測定値と胚の発育との間にかなり高い相関が認められる。出庫後25℃、24時間の蚕種1gを100ccの容器内に1時間(25℃)収容したときに、容器内炭酸ガス濃度の増加が300−500ppmを示す場合には、その蚕種の催青3週間孵化歩合は80%以上であった。しかし、これは上記丁A発育度に比べて、活性化の測定としては一層間接的な方法である。
 その他、活性化に伴なう卵汁水素イオン濃度の変化(148,625,965)、胚細胞の核仁の変化(669,1066,1068)、卵黄細胞の核濃縮(972)などの現象の応用も考えられるが、実用には結び付いていない。
 結局、実用的な低温保護法としては、洗落した蚕種を乾き次第5℃に移し、40日(洗落さないものは60日)を限度に冷蔵するのであって、この間に胚を調べて、活性化の早いものは早く冷蔵する。
 冷蔵のための温度は、完全に活性化した蚕種ならば、2.5℃よりも0℃の方がよい。これは、2.5℃よりも0℃の方が活性化した胚の発育を抑える(第102表)と共に有効冷蔵期間も長い(第119表)からである。

第119表 越年蚕種の有効冷蔵期間(水野)(575)
胚の発生段階 冷蔵温度
−2.5℃ 0℃ +2.5℃ +5℃


乙 A
乙 B
丙 A
丙 B
丁 A
丁 B
    日
170
120
 70
 70
 60
 60
 30
    日
150
120
 70
100
 60
 60
 30
    日
150
 70
 70
 90
100
 80
 30
    日
120
 70
 70
 40
 30
 30
 30
大和錦。90%以上の孵化歩合が期待できる冷蔵日数。

 しかし、低温保護中に総べての卵が揃って活性化しているとは限らないから、2.5℃に冷蔵して、冷蔵と共におくれたものの活性化を補なうのが普通である。 2.5℃冷蔵の限度は60日で、それ以上の冷蔵を必要とする場合には0℃に移す。
 中間手入れは冷蔵しておいた蚕種を出庫して、胚を丙A−丙Bの段階まで進める燥作である。丙A−丙Bになった胚は冷蔵に耐える期間が長いから(第119表)、その範囲内では、中間手入れは何時行なってもよさそうに思われるが、実際の成績では催青着手の1カ月前ぐらいに行なった場合の孵化が最もよい。従って、5月の掃立てのためには、3月中・下旬に行なうのが普通である。
 胚を丙A−丙Bまで進めるのは次ぎのような理由によるものである。
 1)丙Bになると、はっきりした形態的特徴が現われて、胚の発育段階を見誤まることが少ない。
 2)胚を丙Bまで進めておくと、その後、孵化までの催青所要日数が10日余りで、品種による差も少ない(第154表)から、催青計画を樹てるのに都合がよい。
 3)冷蔵に耐える期間が長い(第119表)。
 丙Bに揃えようとすると丙Bを過ぎるものもできるから、丙Bを過ぎないように丙A−丙Bを目標に手入れをする。手入れの温度は10−15℃がよい。手入れをこのような低温で行なうのは、若い発育段階の胚は、進んだ段階のものに比べて、低温における発育が比較的速い(第103表)性質を利用して、胚の発育を揃えるのが主要な理由であるが、冷蔵温度との較差が少なく、生理的に安全である。また手入れの実施面からみても、低温の方が胚の発育がおそく、丙Bを超えさせる危険が少ない。甲から丙Bまでは15℃で4、5日、10℃ては10日ぐらいかかるのが普通であって、10℃以下での手入れは日数がかかり過ぎて実用にならない。
 手入れ中は胚の進み具合を毎日調べて(Z3A)、丙A−丙Bで2.5℃に再冷蔵する。丙A−丙B期の蚕種は2.5℃において有効冷蔵日数が最も長い(第119表)。再冷蔵中の温度が2.5℃以上に、ならないように注意する。

  c 複式冷蔵法
 蚕種を、産卵後1年以上貯蔵する目的に使われる冷蔵法である。長い高温期間を経過している春採りよりも、初秋採りの方が冷蔵に耐える。
 胚が未だ発育を始めない甲胚子の時期(普通1月中)に−2.5℃に冷蔵し、5月下旬に、一旦出庫して17.5℃に3−4日間おき、胚を丙A−丙Bに進めた後0℃に再冷蔵する(575,580)
 これは、甲および丙A−丙Bの有効冷蔵日数と最も有効な冷蔵温度とを組合わせて長期冷蔵を図るものであるから、種々な組合わせが考えられるが、上に挙けたのは最も成績のよかった組合わせの一つである。
 具体的に示すと水野(580)は、8月採りの二化性中巣に、翌年1月20日に甲胚子の状態での第一次冷蔵(−2.5℃)を行ない、中間手入れを施こして、5月20日に丙Aで第二次冷蔵(0℃)を行なった。結果は、次ぎの通りであった。
  7月20日出庫  孵化歩合 94.4%(0.54日)
  8月20日 〃     〃   92.4%(0.43日)
  9月20日 〃     〃   93.0%(0.63日)
      括弧内は孵化日数の平均偏差
 第二次冷蔵の温度を+2.5℃にしても成績はこれに劣らない。
 これに対して、同じときから第一次冷蔵を行なったが、ただ手入れの時期を1カ月おくらせて、6月20日に第二次冷蔵を行なったものは
  7月20日出庫  孵化歩合 62.1%(0.72日)
  8月20日 〃     〃   89.5%(0.55日)
  9月20日 〃     〃   90.1%(0.70日)
で、5月20日のものに比べて成績が悪かった。これは、手入れまでの第一次冷蔵(−2.5℃)期間が有効冷蔵日数の限度(第119表)に近付いたためで、限度を超えてから中間手入れを行ない、7月20日に第二次冷蔵を行なったものの孵化歩合は更に悪く、9月20日の出庫において79%であった。
 第一次冷蔵の温度を0℃またはそれ以上にすると、冷蔵温度の組合わせ効果が少なく、長期の冷蔵に耐えない。これは冷蔵温度が高いと冷蔵中に甲胚子が乙または丙Aなどに発育するためで、例えば乙に発育した胚に手入れを施して丙Aまたは丙Bに進めても、手入れ前後の胚の形態に大差がないために効果がないのであろうと説明されている。胚の形に大差がなけれは何故効果がないのか、釈然としない説明てはあるが、手入れの効果の挙がらないのは事実である。
 複式冷蔵法を利用し、2回以上手入れを繰返えして、蚕種を2カ年間貯蔵しようとする試験が行なわれたが、孵化歩合が著しく低く、実用にはならない(93,285,826)。これは、複式冷蔵の原理は、胚の発育段階別の耐冷蔵期間の組合わせであると云われていることから考えても当然の結果で、手入れを繰返えして胚の発育階程を進めれば進めるほど、有効冷蔵期間は短かくなるおそれさえある(第119表)。

2 初、晩秋および初冬採り蚕種
 A 初、晩秋採り蚕種

 8月下旬産卵の越年蚕種を翌年5月上旬に掃立てるためには、高温保護期間を春採りよりも短かくし、25℃期間を原種、交雑種ともに30日とする。その後は蚕種庫の温度によって、20℃を通し、または通さずに、自然温度に移す。以後の取扱いは春採りに準ずる。
 10月中旬採りの越年種を翌年5月上旬に掃立てる場合には、25℃期間を20−25日とし、その後は1週間に5℃ぐらいずつ温度を下げて自然温度に移す。以後の取扱いは春採りに準ずる。
 晩秋採りの蚕種は5℃に冷蔵して後、活性化の揃ったときに(春採り、中間手入れ式の項参照)2.5Cに冷蔵するだけで、中間手入れ式によらない場合が多いが、これは晩秋採りの活性化が春採りよりもおそく、2.5℃に冷蔵する時期が3月になるような場合の取扱いである。
 仲野・北田(661)は、11月下旬採りの蚕種について試験を行ない、4月下旬の孵化成績は、高温(75゚F=23.9℃)期間20日、中間温度(60゚F=15.6℃)2日で自然温度に移し、3月中旬から41゚F(5℃)に冷蔵したものが、高温30日および10日のもの、冷蔵温度36゚F(2.2℃)および45゚F(7.2℃)のものに比べて最もよかったと報告している。晩秋採りても、冬の長い地方では、高温期間が足りないと、冬中に孵化歩合の低下することがある。要は、活性化と有効冷蔵期間との兼ね合いである。
 古和田(441)は、10月採り蚕種の高温(25℃)保護終了後を、春採りのその時期以後と同じに取扱った場合、3月22日の出庫において、催青日数および催青積算温度(5℃以上)が春採りと全く同じになったのは高温30日の蚕種であったと云っているが、これは春採りの保護条件によっても相違する筈である。
 これらの例によってわかるように、晩秋採りの高温期間とは云っても、その後の取扱いおよび催青までの冷蔵期間によって結果が相違する。小池・飛山(412)は、10月採り蚕種の高温期間を、翌年4月以前に掃立てるためには10日、5月中の掃立てには15−20日、6月以後の掃立てには20−30日にするのがよいと考えている。
 梅原(1095)は、春蚕期に余った晩秋採り越年種を5℃に残しておき、初秋蚕に用いた処、孵化歩合は春採り即浸種に比べて3−6%ぐらい落ち、繭も軽目であったが、原種の保存、増殖には使用できると考えている。しかし、採種後どのような取扱いをした蚕種かを記載していない。

 B 初冬採り蚕種
 初冬採りの蚕種は増殖用の原種で、早春掃きに用いられることが多く、採種と掃立てとの間隔が60−150曰ぐらいの短期間であるため、普通の場合よりも産卵後の高温保護期間を長くした、特殊な冷蔵浸酸種として保護される場合が多い。特殊な用途であるため定法がなく、各自それぞれの見解によって行っている現状である。
 初冬採りの卵は小形で、浸酸刺戟に弱いと考えられるが、このような卵を長期間冷蔵した後浸酸してよく孵化させるためには、高温期間を何日にするのがよいかが主要な問題点になっている。
 緑川・近藤(528)は12月中旬採りの蚕種を用いて試験を行なったが、その結果から適当と考えられた高温保護期間は第120表の通りである。

第120表 初冬採り蚕種の高温(25℃)保護日数(緑川・近藤)(528)
出庫月日 冷蔵日数 蚕品種
支那種 日本種

3月10日
3月30日
4月20日
5℃  日 + 2.5℃  日    日
   30  +     40  = 70
   30  +     60  = 90
   30  +     80  =110
   日
  5
 5−7
 7−13
   日
 5−7
 5−9
 7−15
12月中旬産卵。品種名の下が高温日数。

 この場合は、所定日数の高温保護(25℃)の後、20℃、15℃、10℃各2日を経て5℃に移し、5℃30日で2.5℃に冷蔵したのであるが、別に行なった25℃で3−9日間保護した後、15℃1日を経て5℃に移し、5℃100日で2.5℃に冷蔵した試験成績は、これに比べて孵化がやや劣った。塩酸は比重1.10、液温は46.1℃(第121表)が47.8℃よりもよかった。47.8℃では刺戟が強すぎる。また出庫後、直ちに浸酸するよりも10℃、15℃各1日の中間温度を経て浸酸した方が成績がよかった。

第121表 初冬採り蚕種の冷蔵後の浸酸標準(緑川・近藤)(528)
出庫月日 冷蔵日数 蚕品種
支那種 日本種

3月1日
4月20日
5℃   日 + 2.5℃  日    日
    30  +     33  = 63
    30  +     84  =114
   分
4−5
 3
   分
 5−6
 3−4
塩酸比重1.100、液温46.1℃

 しかし、初冬採り蚕種の性質はそれぞれの場合によって相違するため上とは違う保護法も行なわれている。古和田(440)は12月10日採種の春玉を、産卵後24−25℃に3日間保護した後5℃に64日間おき、2月23日に出庫し、比重1.10の塩酸で45℃、12分間の浸酸を行ない、浸酸後15.5℃、2日間の中間温度を経て25℃で催青したが総孵化歩合97.9%、最多2日孵化歩合92.7%であった。
 小池・飛山(412)によれば、12月採り蚕種に対する地引氏の保護法は次ぎの通りである。
 翌年4、5月に掃立てる場合 産卵中から24−25℃(湿度80%)で保護し、産卵後満7−10日間をこの温度においた後、20、15、10℃各2−3日間の中間温度を径て5℃に移し、翌春3月中、下旬頃に活性化するのを待って2.5℃に冷蔵する。掃立ての14−15日前に出庫し、冷蔵浸酸同様の浸酸を行ない、13−15℃の中間温度に4−5日間おいた後、催青する。
 翌年2、3月に掃立てる場合 産卵中および産卵後を上と同じ温湿度で保護し、産卵後、2月掃きは満3昼夜、3月掃きは満4昼夜で5℃に移し、以後は冷蔵浸酸と同様に取扱う。
 翌年6月以後に掃立てる場合 産卵中および産卵後の保護温湿度は上に同じ。産卵後この条件で10−20日間保護し、中間温度を経て5℃に移し、胚が丙Aになったとき2.5℃に冷蔵する。
 初冬採り蚕種の保護法については、これまでに述べてきた越年性管理および後に述べる冷蔵浸酸の基本問題なとを考え合わせると、更に検討の余地があるように思われる。

3 蚕卵の簡易解剖法および孵化調査の注意
 A 蚕卵の簡易解剖法
  a 熱湯固定による方法

 胚の解剖法には種々あるが、最も普通に行なわれるのは熱湯で卵を固定して行なう方法である。
 1蛾採りの卵は台紙に着いたまま、バラ種はガーゼに包むか小さな金網の籠に入れて73−75℃の熱湯に3−5分間浸した後、水で冷やしてから乾かす。台紙が乾かないと、解剖のときに卵が台紙から離れ易く扱いにくい。バラ種は外面の水気を除いてから、スライドグラスの様なものの上にパラフィンを薄く塗った上にならべ、火の上にかざしてパラフィンをとかし、これに固着させる方法もあるが(723)、適当な堅さの紙片に糊を塗り、その上に揃べて乾かしてもよい。但し、固定した卵はあまり長時間乾かすと凹んてくるから、糊は乾き易いように濃いもの(ヤマト糊でよい)を薄く塗る。
 台紙や糊が乾いて卵が固着着したならば、解剖針(木綿針を竹箸の先きに固着させたものでよい)の先きをよく研いだもの、または解剖刀(安全剃刀の刃を細かく折って竹箸に固着させたものでよい)を用い、反転前の卵ならば背側、反転後ならば腹側(第23図)の正中線を浅く切り破り、卵殼の片面を取除く。反転の前後で切り破る側を変えるのは胚を傷つけないためである(第24図)。
 次ぎに、台紙または紙片を卵の付着したまま、シャーレまたは小皿に水を容れた中に沈め、スポイトで水を出し入れして煽ると、胚が卵殻および卵黄から離れて水中に出る。卵殻を切り破るとき漿膜が切れていないと胚が出ないから、最初の卵殻の切り方にも手加滅が必要である。深く切り過きると胚を損傷する。
 このとき胚が卵黄に包まれて離れないのは固定濃度が高過ぎたか、時間の長過ぎ場合であり、胚が軟かく、千切れ易いのは固定の不十分な場合である。胚がよく固定されていて、卵黄のかたまらないのが適度の固定である。漿膜から1部分出ていながら胚の離れないときには、無理に水を煽ると千切れるから、針を使って離すのがよい。腹面に付着した卵黄は離れ易いが、背面の卵黄をスポイト操作だけで除くことは無理であるから、ほどよく胚の出たときに、スポイトで胚を吸上げてスライドグラス上に移し、細い筆を使って卵黄を除去する。スポイトの使い方、筆の用い方にも要領がある。
 胚の発音階程の鑑別だけならば、慣れれば、卵黄をきれいに取去る必要はない。
 卵黄を除去した胚は、そのまま、またはメチレソブリュー(0.1%ぐらいの水溶液)を滴下して適当に染色し、余分の色素液を濾紙で吸取って鏡検する。
 水中に長くおくと胚が膨潤するから、スライドグラスに移してからは、30%アルコールを加えて、水と置き換える方がょい。メチレソブリューを30%アルコールに溶解しておき、染色と置換とを同時に行なうのも一つの方法である。しかし、アルコールは乾き易いから、長くおきたい場合にはグリセリンを1滴加えて、カバーグラスをかけておくと、透明になり、環節もよくみえ、数日間は保存できる。しかし、蚕種保護のために、発育段階を毎日調べる作業としては、簡単な解剖で即座に鑑別のできるように熟練することが必要である。このための顕微鏡は50倍以下の倍率がよく、慣れれば20−30倍ぐらいの低倍率の方が能率が上がる。
 固定した卵を、直ちに解剖せず、後日の調査用に保存するためには、30%アルコール中に入れておく。 30%以上のアルコールでは、胚が硬化してよくない。固定の度が過ぎたり、アルコール中で硬化して胚の脆くなった卵は、塩酸アルコール(30%アルコール100ccに塩酸1ccを加える)に数分間浸してから解剖すると、胚が柔軟になり、解剖し易い。
 発育段階を知るための胚の観察は抽出検査であるから、沢山の卵を乱暴に解剖して、その中から、きれいに取出せた少数のものだけを調べたのでは意味をなさない。材料にした卵は少数でも、30粒なら30粒全部の胚が検査できるように解剖しなければならない。卵の解剖は胚の発育段階によっても難易があるから、壊れないで残ったものだけによって判定すると、誤りを犯すことがある。
 卵殻を除去する方法としては、針や解剖刀で一々切除せず、次亜塩素酸ナトリウムや(1166,1167)、苛性カリ(253,910)などを用いる方法も行なわれている。これらの方法は卵殻を薬品によって溶かすもので、多数の卵を短時間に処理できるから、能率がよいように思われるが、胚の破損も多く、注意しないと抽出検査の主旨にそわないことがある。
 簡易解剖法、取出した胚を永久標本にする方法、卵全体を透明にして胚をみる方法などについては多くの文献がある(25,106,230,231,288,292,293,457,521,525,580,644,667,668,723,725,726,728,794,811,910,935,1054,1183)

  b 生体解剖法
 生体解剖法は普通には用いられないが、事故のあった卵の生死の鑑定や、死因の追究などには役立つ方法である(925,932)。また、卵黄細胞の遊離性や卵黄細胞内における脂肪性顆粒の集合、分散Y2Ba,b)なども生体解剖によらなければ観察しにくい。慣れると生体解剖によって胚の発育段階の識別もできる。
 生体のまま胚を取出すには、だるま形期(Stage5)以前のように胚が卵表の広い部分を覆っている時期には、卵の背側にそって、その中心線を切り開くのがよいが、それ以後の時期の卵においては、卵の中央、水引きの部分を通して長軸にそい、漿膜に達する深さで卵殻を切り破り、切りロの片側(楕円の半分)の卵殻を除去した後、生理食塩水(0.8%NaCl)中に沈め、解剖針の先きで漿膜に包まれた卵の内容をあやつるようにして卵殻から浮き出させる。次ぎに、浮き出た卵内容の漿膜の切り口に2本の針を入れて左右に開き、卵黄と胚とを漿膜から離す。体晩節においては、漿膜を開いても、その内面に卵黄に埋まった胚が付着していて、容易に離れないが、前休眠期および臨界期の卵においては、漿膜を切っただけで、こぼれるように卵黄細胞が出てきて、卵黄と胚とも離れ易い。卵黄細胞の遊離性と云うのはこれである。
 最初、卵殻を切り破るときに、同時に漿膜を破っておかないと、あとで漿膜を開く操作がむずかしくなり、胚を損傷することが多い。固定した卵と違い、生体では、胚に弾力がある上に、卵内で移動し得るため、針で胚を突いても案外損傷が少なく、だるま形期以後には思ったよりも容易に完全な形で胚が取出せる。
 卵黄核や分裂核を観察するには、このようにして取出した卵黄のかたまりをスポイトでスライドグラスの上に移し、0.05%ぐらいのメチレンブリュー(0.8%NaClに溶解)1滴を加え、カバーグラスをかけて観察する。卵黄細胞はカバーグラスの上から押さえると潰れるから、液を十分に加え、そっとかぶせただけで観察する。卵黄核をみる場合には卵黄細胞を潰した方がよい。
 生体による観察は、生理食塩水中での胚や卵黄細胞の変形、核内および核中での微小顆粒の動き、凝集、分散、染色性の変化などを通じて卵の生理状態を考えようとするのであるから、細かい注意と熟練とが必要である。染色には、必要に応じて、メチレンブリューの外、各種の生体染色用の色素を使用する。
 毛細管を用いて卵内から胚を吸出す方法もある(1161)

 B 孵化調査の注意
 孵化調査と云えば、卵を催青し、孵化が始まれば毎日、機械的にその数をかぞえ、後で型通りの計算を行なえばすむように思われがちであるが、実際には、試験の目的に応じて考えなければならない多くの問題がある。
 まず日常作業についての問題点から考える。試験用の催青は掃立て用の大量催青とは違い、狭い恒温室または恒温器の中で行なわれることが多い。温湿度の調節は狭い場所においても支障なく行なうことができるが、問題は照明である。狭い処に点燈すると器内の温度が上り過ぎる。この点を往々工夫しても、蚕種の量が多いと、台紙を1枚並べにすることができず、光のよく当ったものと蔭になったものとでは、孵化に数時間の遅速を生ずることがある。このような卵を取出して何気なく孵化卵をかぞえていると、最初に数えた区とあとでかぞえた区との孵化成績が非常に違う。また、調査中にも続々発蟻するものがあるが、これを羽箒で掃くために、孵化し損うものもできる。孵化歩合を集計してみて、最多2日孵化歩合の山のはっきりしていない場合の中には、活性化状態のほかに、このような不注意が原因になっていることもあるが、不慣れな臨時の補助者などにまかせ切りにしていると、毎日みていながら気付かないことが多い。孵化調査を始めるときには、その日に発蟻する分は全部出尽しているように条件を整える必要がある。
 大量の孵化調査に追われているような場合には、切角温湿度調節のしてある催青室から蚕種を持出して、半日近くも実験室に放置していることもない訳ではない。これを毎日繰返えしていると孵化に影響がある。点催青卵は漿膜がなくなっているので乾き易く、湿度が低いと孵化かおくれたり(Y3Db)、催青死卵がふえたりするが、このような被害は、一斉に孵化する場合よりも孵化の不斉な場合に、早く孵化するものよりもおくれて孵化するものに多いから、孵化を益々悪くすることになる。更に問題なのは死卵と不受精卵との区別である。これは色が着いていないものは不受精卵、色の着いているものは死卵と云うように簡単に割切れるものではなく(]T1 )、熟練者がみても完全には識別できないものである。
 このようにして得られた数字だけから、小数点下までの孵化歩合を計算し、僅かに1、2%の差で孵化の優劣をきめたり、統計的な有意性を論じたりすることは十分に注意しなければならない。
 また、学校や試験場の試験においては、例えば、一方の区の孵化歩合は70%であり、他方は80%で、統計的にも有意な差であったから後者がよい、と云うような結論をしているのを見かけることがあるが、これにも問題がある。学問としてはそれでよいのであるが、蚕種保護の実用の面からみれば、孵化歩合80%では物の役に立たないから、どちらの区も悪いと云わなけれはならない。対照区と比較して良し悪しを論ずる90%以上の場合の差でなければ、その結果に興味を待ち得ないのである。
 同じことは産卵数についても云える。産卵数増加のための飼育あるいは育成の結果が、基準以下の卵数の範囲で論じられても役に立たない。
 孵化の斉否は最多2日孵化歩合(実用孵化歩合)によって示されるのが普通であるが、これにも問題がある。中間手入れによって胚の発育程度の揃えてある蚕種においては、この最多2日の時期は孵化が始まってから2、3日のうちであることが予測できるが、活性化の初期から始めて、種々な時期の蚕種の日別孵化歩合を調べ、これを曲線に描くと、活性化の進み具合によって、逆L字型、S字型、J字型などの曲線が得られると云う市川・剣持(272)の調査からもわかるように、自然温度て保護した蚕種においては、ただ最多2日孵化歩合を示されただけでは、必らずしも最多2日孵化の時期を知ることができない。これは越年種に限らず、冷蔵浸酸種などについても同様で、孵化の不斉になりがちな蚕種については、最多2日が催青何日目であるかを明示することが、2夜包み、3夜包みの問題と関連して、実用上必要なことである。
 これらの点をどうするかは広く検討されなければならない問題であるが、実用に焦点を絞った孵化調査法として著者の試みているのが催青2週間孵化歩合、初発2日孵化歩合などである。
 完全に活性化している越年種ならは、甲胚子の時期から始めても催青2週間で孵化するものと考え、催青を始めてから2週間目の孵化歩合を調べて活性化状態を知ろうとするのが前者である。2週間目の調査によって活性化の不十分な場合には、催青3週間または4週間の調査を行なう。これは催青15日、20日、30日などとしても差支えない。
 初発2日孵化歩合は主として即時浸酸の場合に、最多2日孵化歩合の代りに用いる。即浸種は初発日とも2日間で大部分発蟻しなければ実用にならないと云う考えから、これによって浸酸処理の適否をみようとするものてある。催青を始めてから毎日蚕種の状態に注意し、初発蟻の出た日を確認して、その翌日に孵化調査をする。初発2日で孵化しなかった卵が死卵であるか否かをみるためには初発3日または5日の調査も行なうが、その必要のない場合には初発2日で火にあぶって未孵化卵を殺しておけば、その日の中に卵をかぞえなくてもよい。
 初発3日孵化歩合は冷蔵浸酸種および越年種の孵化調査に用いる。しかし、初発3日では、催青の面からみると3夜包みの蟻蚕が入ることになる。3夜包みの蟻蚕は実用上好ましくないので(\3C)、これらの蚕種についても、基準を初発2日に高めて、保護、取扱い法の改善に努める必要がある。初発4日以後の発蟻は実用上は無効発蟻と考えるべきものである。
 これらの方法では毎日の孵化調査に追われることがないので、余裕をもって催青条件や卵の状態に注意することができ、孵化してしまえばわからなくなるような点催青の僅かな遅速を記録したり、初め催青2週間と予定していた調査日を繰上げ、または繰下げるなどの臨機の処置を行なって、試験区間の違いを明確につかむこともできる。
 孵化卵数と廃蟻数とをかぞえ、その差を掃立て頭数とし、これを基準にしてその後の減蚕歩合を求めることは普通に行なわれるが、4令起蚕の頭数がこの掃立て回数より多くなっており、掃殼を再調査すると、最初の孵化卵数が間違いであったことの判明するような場合も絶無ではない。4令頭数が増加していた場合には再調査を行なうが、減少している場合には余程のことがなければ再調査は行なわないから、間違った掃立て蚕数がそのまま用いられていることがあるものと考えられる。これは、孵化卵にインクで印を付けてかぞえていた従来の方法の代わりに、蚕卵計数器(255)やこれを電気的な方法に改良した装置を使用すれば防止できるが、何時、何処ででも簡単に行なうことのできる従来の方法は今後も残るものと思われるから、卵数調査には注意が必要である。
 実用上の孵化歩合の基準を95%以上、または90%以上にとり、これに満たないものは失格とするような場合には、催青何日または初発何日と云う調査法を採用すれば、目的によっては、目測で孵化調査を行なうこともでき、本多(214)の死卵調査器のようなものも使える。
 台紙に産ませてある卵を試験区数に切り分けて用いる場合に、卵を傷つけると、付近の卵にその卵汁が付着して孵化を悪くするから注意を要する(65,834)。 従って、台紙は鋏で切るよりも引き裂く方がよいが、卵を強く摘まむと、潰れなくても孵化の悪いことがある。
 バラ種の孵化調査は、卵を紙に貼り付けて行なうのが普通であるが、糊が多過ぎると孵化に影響がある。最も簡単なのはセロハンテープに卵を貼る方法である(879)。バラ種をセロハンテープの巾よりやや狭い長方形に拡げ(長さは適宜)、セロハンテープの粘着面を下に向けて卵面にかぶせ、上からなぜると卵はテープに貼り付く。テープの両端に余裕を残しておき、この部分を反対に折り曲げ、卵を貼った面を上にして厚紙に貼り付け、粘着面にはタンポンか綿塊でタルクを打ち付けておく。タルクを忘れると、取扱いに不便なばかりでなく、発蟻の途中で蟻がテープに粘着して孵化し得ない。テープは巾の広いものが便利である。
 各蛾から切取った1片ずつを集めて1試験区とした場合に、その孵化歩合を1試験区全体の総卵数で出してあるのをみることがあるが、各片別に孵化歩合を求めて、統計的に処理するのがよい。なお、前記初発何日かの孵化歩合を求める場合には、各蛾別ではなく、その区のどの蛾区かに初発があれば、その日を初発日とする。
 2連制の成績は平均ばかりでなく、別々に比較してみることも大切である。例えば、一方が95%、他方が65%で平均80%の場合と、両方とも80%で平均が80%の場合とは、その意味が同じとは云われない。このようなことからも重要な問題に気付くことがある。


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