T.はじめに
有史以来人は生きて行くために多くの物を造りだして来ました。より楽により便利にと、そこに技術が生まれ、製品がつくられ、大量につくるため工場生産になり、また新しい技術で新しい製品が生まれてきました。固有の資源がそこにあるためそれを活用し、その国その地方独自の製品が生まれてきました。
絹は今から5000年前中国の黄河のほとりで始まったといわれております。我が国に養蚕技術が伝わったのはそれから後、弥生中期頃だそうです。なぜその養蚕技術や製糸技術が日本で発達し中国を凌いで世界一になったのだろうか、きめこまかい日本人、日本の風上と桑またその改良、蚕の品種改良に努力した結果であろう。
世界の中で、常に二番手として追いかけてきた我が国産業の中で、蚕を飼うことと糸を繰る技術のみが、常に糸の高品質を通じて世界をリードしてきました。
近年機能性に優れている化合繊や、生活様式の変化、また中国をはじめ諸外国からの絹製品攻勢により蚕糸情勢はまことにきびしい状況にあります。このような現象は蚕糸業だけでなく今や日本産業全体に言えることです。そこで各企業では製品の差別化と高品質の実現を通じて寄せてくる荒波に立ち向かっています。
生糸をつくることも今や諸外国との激烈な戦いです。特長ある高品質の糸をつくることが、勝ち技く唯一の手段ではないでしょうか。
良品質の使い易い糸をつくるためには、基本的に3ツの要素があります。
@ 原材料、すなわち原料繭の良否です。生産プロセスの源流の段階で高品質の繭を確保することです。
A 加工、製造工程の生産機械性能です。すなわち繭乾燥機から揚返仕上に至る機械です。
B 製造工程にたずさわる作業者の技術です。現在の自動製糸織は完全自動化にはほど遠く、作業者がプロセスに介在することが極めて多く、その技術が糸の良否に直接影響します。そこで重要なのが作業者の負担を軽くし、作業者の犯しやすいミスをいかに予防するかです。
本書はその意味から製糸作業者の基本的動作について述べてあります。生産作業あるいは運動にしてもゲームにしても必ず基本動作があります。長い間の経験からあみだされた無駄のない、負担の少ない正確な製品を造り出す必要な基本動作です。製糸とは何であるか理解でき、そのための動作を平易に書いてありますので参考にしていただければ幸いです。
本書の作成にあたり執筆いただいた、水出通男氏、大槻智氏、資料をいただいた渡辺敏彦氏にお礼申し上げます。
(財)大日本蚕糸会
蚕糸科学研究所
所長 勝野 盛夫