第2部 事例報告ー2−(3)

蚕から布までの手仕事
筋誡珠実(繭の芽 STUDIO)

 それでは、始めさせていただきます。
 皆様ご承知のように、「小石丸」という品種は江戸時代に名前がつけられて、明治時代に盛んに飼育された品種ですが、このような品種は、又昔ですとか大草、伊達錦、青熟、赤熟など、ほかにもいろいろあります。
 大正時代に入ってからは、2種類の品種を掛け合わせることで蚕が丈夫になって繭が大きくなり、糸量がふえるということがわかって、日本の品種に中国の品種を掛け合わせた1代交雑種が多く飼育されるようになりまして、昭和20年代以降は4種類の蚕を掛け合わせた四元交雑種が飼育されるようになって、今私たちが手にする繭や絹糸のほとんどはこの四元交雑種のものです。

これは、一番向こう側の、向かって右の繭が現行品種、四元交雑です。これはちょっと小さいんですけれども、これが1粒3グラムぐらいです。その隣が「支21号」という中国種です。こちらの左側の2つが日本種で、真ん中がくびれているんですけど、左側が「天竜青白」、隣が「種ケ島」で、真ん中のものは「種ケ島」と「支21号」の掛け合わせ交雑したものです。

 これは、左側の上から、「青熟一の宮」、次が「小石丸」です。「種ヶ島」、「天竜青白」、右の上が、琉球多蚕繭の、上の3つが玉繭です。下が単繭になります。
 こちらは綿に蚕と書いて綿蚕です。これはぼかぼかの繭というか、下が現行品種で、先ほど言ったように繭1粒は3グラムですけれども、綿蚕は大きいけれどもこれで大体1粒1グラムぐらいのものです。これは生糸には引けないので、ずり出しのような形で手で引き出しています。
 こういったいろんな品種の糸を使ってみたいので、もともと私は織物なんですけれども、自分で蚕を飼って、糸を作って織るということをしています。
 仕事場の写真をちょっと見ていただきたいんですけれども、蚕を飼うといってもいきなりというわけではなくて、東京でずっと私は蚕とか農業とか縁のない環境にいましたので、糸を最初に引いたのが今から10年ほど前に、東京都の蚕糸指導所で多条繰糸機を使って生糸を引いたのが初めてです。同じ時期に八王子の養蚕農家へ行くようになりまして、それから4年間ぐらいは蚕がいる時期には頻繁に通っていました。このときはまだ絹という素材を知りたいということだけで、自分で蚕を飼うというつもりはなかったんですけれども、少しずつお手伝いをしながら、養蚕の作業の流れとか、蚕の病気の予防とか、桑の手入れとか、そういうことを少しずつ教えていただきました。
あと、東京都の蚕糸指導所が閉鎖になる前に、蚕糸業がなくなるということを前提にして、蚕の交配と種とり、あと人工孵化について講習が実施されましたので、この講習を約3年にわたって受けています。そんなことをいろいろやっているうちに、神奈川県の相模湖の近くに住んでいる友人が、うちの近所なら使われていない桑畑があるし、古い養蚕の道具も探せばきっと見つかるよと言ってくれたので、飼育できる場所を探してもらいました。

こちらの写真が、最初に借りた桑畑です。ここは民家も近くて便利な場所なんですけれども、桑は長い間手入れされていなかったものですから葉っぱも余りよくなくて、肥料をやったり耕運機を入れたりしてもなかなかいい葉っぱが取れませんでした。大分枯れてきているのもあるんですけれども……。

 次の写真は、山の上で、こういった栗の木を自分で切り倒すんだったら桑畑としても使っていいと大家さんが言ってくれたものですから、次の写真の、これは同じ場所で反対側から撮ったものですが、今これをチェンソーで切り倒しているところなんです。ここを、あと耕運機を入れまして桑を120本ぐらい苗を植えました。

次の写真が、これは植えて2年目だと思います。まだ細いんですけど、2年目でこの程度で、やっと養蚕に使える。木が若いので葉っぱはかなりみずみずしい、いい葉が取れるようになりました。

次は、これは飼育場の中です。こういう蚕箔を使って、あと飼育台も入れますけど、この蚕箔も、地元の民家の屋根裏でほこりをかぶっていたものを川で洗って使って……。かなり傷んでいます。この後、おととしですか、新しいものが欲しくて職人さんを探したんですけど、あちこち当たりまして、やっと80歳を過ぎた竹かご職人さんが作り方をまだ覚えているということでつくってもらいました。こういうものもだんだんなくなっていくようです。

次が、同じ飼育場所ですが、品種は3品種か4品種なので蚕箔のほうで飼ったり、飼育台を使ったり、場所が15畳ぐらいのスペースしかないものですから、全部合わせてフルに使っても1万頭ぐらいが限界です。

次の蔟(まぶし)なんですけれども、これも今は新しいものを使っていますが、最初は民家の屋根裏でほこりをかぶっていた、かなりぼろぼろのもので始めました。

 次の写真は、同じ場所です。狭いところで、品種が違うと少しずつ上蔟の時期がずれていきますので、片づけては蔟を吊り、片づけては蔟を吊りというような状況でやっています。

 次が、これは蛾の交配です。交尾をしているところです。

 次の、これが今、雌が卵を中で産んだところです。これも金属の蛾輪というものがあるんですけれどもそれが手に入らなかったものですから、水道管でしょうか、塩ビ管を輪切りにしたものをたくさん用意しまして、それを並べて、上にゴム板を……産んでいる最中は穴をあけたゴム板を置いています。これは、その後、金属製の蛾輪も手に入ったんですけど、実は周りに卵を産んでしまうと金属だと手入れが大変ですが、これだと簡単に落ちてくれるので、今はこのほうが便利で、こちらを使っています。

 これは座繰りを使って、生糸を引いているところです。それから、あとは自宅で織っているところの写真があります。もともと紬の着尺を織っていたので、左側が着尺機で、右側はやっぱり絹機なんですけれども広幅になっています。あとは、展示会の写真です。

 それから、事例報告の36ページのほうなんですが、「江戸、明治期の蚕品種セリシンの特質を生かした手織物の製作とその感性解明」というのが、これは平成15年にまとめた研究報告から一部要点を書き出したものです。ここで、最初の写真に出てきたのが「種ケ島」「天竜青白」という、これも江戸時代から明治時代にかけて盛んに飼育された品種です。それから「支21号」という中国種を1品種、それと「種ケ島×支21号」、これを飼育して、繭から糸を引いて撚糸してから、精練糸と未精練糸を緯糸にして織ったものの手触りを比較しています。

このときは経糸には現行品種の生糸を使いました。糸にしても布にしても手触りのやわらかさというのは、品種の違いではなくて繭糸の繊度によるのではないかとよく言われるんですけれども、繊度の細いものが必ずしもやわらかいとは限らないように思います。手触りというと基準がとてもはっきりしなくて、あいまいな表現なんですけれども、これまでに私が飼育した品種が原種と交雑種を合わせて15品種程度で、あと糸を自分で引いてみたものというのは、試験的に引いたものを含めて30品種ぐらいにはなると思いますけれども、その中での手触りということになります。
ここにある「支21号」という品種から派生したというか、同じ系列に「支25号」という品種があって、その糸は「支25号」が1.8デニールで細いんですけれども、「支21号」の2.2デニールあるものよりも硬いんです。蚕の研究者の方からは、この2つの品種は同じ系列なので糸質に違いがあるはずはないというふうに言われるんですけれども、これを同じ品種に掛け合わせた交雑種でも、やはり「支25号」を掛けたもののほうが硬いと私は感じています。手触りのやわらかさというか、同一品種では確かに繊度の細いもののほうがやわらかいんですけれども、私は、品種の違いのほうが大きいと感じています。
今、大体400種類程度の蚕が日本にあるわけですけれども、まだまだ私はほかにも糸質に特色のある品種があるはずだと思っておりまして、これからもこのように蚕を飼って糸を引いて、その糸で布を織るということを続けていきたいと思っています。
以上で報告は終わらせていただきます。

座長: どうもありがとうございました。会場の皆様からご質問などございましたらお願いしたいと思います。いかがでしょうか。
小瀬川: 生物研の小瀬川です。品種によってやわらかさが違うということなんですが、お調べになっている「種ケ島」とか「天竜青白」についてはちょっと忘れてしまったんですけれども、「小石丸」は非常に糸の断面の形が特徴的で、ほかの品種と全然違うんです。そういうような意味で「小石丸」をもしお試しになったことがあるようでしたら、「種ケ島」と「天竜青白」に比べていいのか悪いのかを教えていただきたいと思います。
筋誡: いいか悪いかというのは何を織るかによって変わってきますので、いい悪いという言い方はできないと思うんですけれども、「小石丸」に関してはセリシンが現行品種と同じぐらい硬いのが私は逆に特色だろうと思っているので……。ほかのその同時代の品種では、むしろかなりセリシンがやわらかいか少ないかなんですけれども、なぜか「小石丸」は非常に硬いです。
小瀬川: 「小石丸」を完全に精練しても硬いですか。
筋誡: いえ、それはそんなことはないです。だから、セリシンが硬いんだと思うんです。
小瀬川: 完全に精練すると余り差はなくなるんでしょうか。
筋誡: その辺が、平成15年度のときに「天竜青白」と「種ケ島」について、私は未精練糸の方が品種特性があると思っていたんですけれども、それが未精練で織り込んだものと精練して織り込んだものを比べてみると、手触りの違いというのはむしろ精練した糸のほうがわかりやすい。少しの差ですけれども、そちらのほうがわかりやすいと思いました。何か、糸を引くときにセリシンが少ないと繭糸が収束しないとか、そういうところも影響するのかなと思います。それが未精練糸だけではなく、セリシンを落とした状態でも差が出ますよね。
会場: 「小石丸」が蚕で一番いいような、流行語のような形で使われているんですが、「小石丸」というのはかなりバラエティーがありまして、本当に「小石丸」って、どれが「小石丸」なのか、そこをきちんと整理されてから「小石丸」の品質なり性状なりを明らかにしていただければと思うんです。よろしくお願いいたします。
座長: ほかにございますでしょうか。
会場: ちょっとお伺いいたしますけれども、セリシンのある糸を草木で染めるのと、セリシンを取ってしまった糸で染めるのと、同じ状態で染めていると非常にセリシンがある糸のほうがよく染まるんですね。それは科学的にどういう効果があったのか。
 それから、草木染めを何回も繰り返しているとやわらかくなりますよね。だから、草木染めでやる糸はいわゆる若練りというのかしら、完全に練ってしまうよりも少し若練りでなめたりするとちょうどいいぐあいになるということを聞いたり、自分も体験したりしているんですけれども、私ども素人でセリシンをどのくらいまで取るのかよくわからないんですけど、目安としてどうなんでしょうか。お伺いします。
筋誡: 科学的にとおっしゃるのは、私は手織りの染織作家として活動してきたので、研究者ではないので、それはちょっと私にはわからないんですけれども、セリシンをいつもどのくらい残していらっしゃるのか、現行品種の場合ですと、例えば全く未精練の状態で熱をかけると、かなりごわごわというか、ばりばりになってしまうと思います。その辺が、先ほどのような昔の品種はセリシンが少なくて、「種ケ島」ですとか「青熟」ですとかその辺の品種になると、なるべく熱は加えないように低温で染めてはいるんですけれども、現行品種のようにばりばりになってしまうということはないんです。どの程度セリシンを落とすかということになると、現行品種がもともと持っているセリシン量と、そういった「種ケ島」のようなものが持っているセリシン量は違うので、パーセンテージでいうとどの程度というのがちょっと……。そのときにどういうものを織るかで変わってくるんですけれども。
会場: 私なんか、ただ織ること、染めること、それだけで精いっぱいでやってきたので、ここへ来てから初めて……。もちろん素材が一番大事だ、素材で助けられることが非常に多いので、それはそれで感じてますけれども、地方におりますと情報も少ないし、ましてや主婦なんか余り出ないものですから情報が少ない。本当に今までいただいていた糸というのは糸屋さんからしか入ってこない。本当の先の先まで見れないから、高いからいいんだな、手触りがいいからいいんだなと、それで染めて織って、10年も20年もかけて織る。   幅広に染めるとか挑戦してみて、やれるようになったかなと思ったときに、初めて、はっと気がつくと、最初の原点の素材ということに目覚めて、皆さんが繭から作るとか、自分で畑から作るということをおっしゃっていたことが、私はそんなの、先がないわなんて思って初めから否定していたんですけれども、ああ、そうなんだ、彼女たちの言っていることはそういうことなんだなと、もう先が短くなって今ごろになって気がついて、じゃ少しでも自分の制作の範囲内にいい糸が手に入るツテというものは、どこへ行ったら、どういうふうにしたら手に入るのかということをすごくこのごろ切望しているんですけど、何か手だてがあったら教えていただきたいと思います。以上です。
筋誡: 残念ながらそのルートというのが今のところほとんどないものですから、結局それで自分で飼うということになってしまったわけです。
座長: これで終了したいと思います。筋誡さん、どうもありがとうございました。


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