時計の紛失とヒヤリ・ハット
R4年11月 原田 一郎
私は少し前に、普段身につけている時計(スマートウォッチ)を一度紛失してしまいました。改めて考えてみたところ、バンドを遊革に固定するのが面倒で、ブラブラした状態で装着していた(図参照)ため、紛失するまでに何回か落としたり、外れかけたりしたことがあったな、と思い至りました。ヒヤリとした事態が数回あったにも関わらず、対策を取らず事故が発生した、という点で、農作業安全にも通じることと思いますので、今回はヒヤリ・ハットを取り上げてみたいと思います。
ヒヤリ・ハットで聞くのがハインリッヒの法則として知られる「1:29:300」の比で、1件の死亡・重傷災害の背後には29件の軽傷災害があり、300件のヒヤリ・ハットがある、というものです。この比率は労働災害を対象としたものですが、今回は一例として、時計の紛失を死亡・重傷事故に置き換えて考えてみました。
すると、紛失に至る以前のヒヤリ・ハットの数はせいぜい10回程度で、300回もなかったな、と素朴に思い、改めてハインリッヒらの著書の和訳版(※1)を参照したところ、「同一の人間に類似した災害が330回起こるとき、そのうち300回は傷害を伴わず、29回には軽い傷害が、1回には重い障害が伴うことを示している」とありました。そこから、本来は私一人について発生した類似の事象(時計に限らず)についての比を考えるべきという事が分かりました。
さらにこの分類に従って考えてみますと(※1の文献では、「300回」の部分は「傷害のない災害」となっていますが、ここではヒヤリ・ハットと同一と仮定します。これらが同一と言えるか、という点については次の機会に取り上げたいと思います)、時計に限らず「何か大事な物の紛失」を類似の災害とし、比率の「1」の部分である「重い障害を伴う災害」と見なせば、失くしかけた事例(後ろを歩いていた人が拾ってくれた等)が「軽い傷害を伴う災害」に相当する「29」の部分、何かを失くしそうで失くさなかったヒヤリ・ハットは「傷害のない災害」(外れかけた際に自分で気づいた等)が「300」の部分に相当するのではと思います。ちなみに今回の時計は一旦紛失したものの、最終的には戻ってきた(落とし物として見つかった)ので「29」の一つに当たるかと思います。
改めて自分の過去の「大事な物の紛失」について振り返ってみると、財布を紛失したこと、財布を落とした後に交番に届いて戻ってきたことが各1回ずつありますし、いろいろなケースを足し合わせてみると、こうした比率も大きな傾向としては近いものがあるかもしれない、と感じました(※注)。
さて、時計のバンドを固定して紛失を防ぐことは、農作業で言えばトラクタのシートベルトを着用して、転倒時の運転席からの投げ出されを防ぐことにも通じるかと思います。近年の農作業安全運動では、安全キャブ・フレームの装着と適切な利用に加え、シートベルトの着用の喚起にも力が入れられています。例えばシートベルトの着用により、転倒そのものは防げなくても、上述の「1」を「29」(転倒はしたが軽傷で済んだ)にはできます。なお、シートベルトについては弛み無く装着することも安全上重要な点ですので、その点にもご注意頂ければと思います。

図 ハインリッヒの法則に当てはめた筆者の時計紛失とシートベルト着用
※注:「1:29:300」については、※1の文献の「“同一種の災害が同一人に起こる”場合を示していて」という説明を考慮すると、一般的によく見かける使われ方においてはあまり当てになる数字とは考えず、1つの参考程度に用いるのが適切かと思います。厚生労働省のサイトにも「重要な事は比率の数字ではなく」との記述がされています。