飼料作物病害図鑑

イネ科牧草 麦角病 リスク評価スコア2.7 (3,2,3)

病徴(蜜滴(接種)、ライグラス) 病原菌(蜜滴内分生子、ライグラス) 病徴(麦角、ライグラス)
病徴(麦角、フェスク) 同左(拡大) 病徴(麦角、オーチャードグラス)
病徴(麦角、チモシー) 病徴(麦角、リードカナリーグラス) 同左(激発)

病徴:穂に麦角(菌核)を形成し、これが家畜毒性を持つ。開花直後から穂にあめ色の蜜滴を形成し始め、蜜滴内に含まれる多量の胞子(分生子)が風雨で飛散して伝播する。感染した穂には種子のかわりに表面白色、その下は黒紫色、牛の角状で、長さ2〜18mm、幅0.6〜2.4mmの麦角を形成する。麦角は地上に落ち、翌年に発芽して伝染源となる。病原菌は寄主範囲が広いが、宿主によっては寄生性が分化していることがある。麦角中のアルカロイドはエルゴバリンなど毒性の強いものであり、家畜の流産などを引き起こす。

病原菌:Claviceps purpurea var. agropyri Tanda(ホイートグラス菌)
Claviceps purpurea var. dactylidis Tanda(オーチャードグラス菌)
Claviceps purpurea var. phalaridis Tanda(リードカナリーグラス菌)
Claviceps purpurea var. purpurea (Fr.) Tul.(ライグラス、フェスク、チモシー、トールオートグラス等の菌)
寒地型(C3型)イネ科牧草の麦角病菌として、日本では形態的に異なる上記4変種が知られているが(丹田 1978a, 1978b, 1979, 1980, 1981a, 1981b, 1981c)、宿主範囲は相互に重なり、明瞭な寄生性の分化が認められないことも多い。丹田(1978a)はチモシー菌としてvar. alopeculi(スズメノテッポウ菌)も報告している。研究の歴史は古く、チモシーでは1887 年以前に釧路白糠で、野草のヤマカモジグサ類では1892年に東京で採集されている(農林水産研究文献解題〜チモシーの病害, 月星ら 2007a)。Claviceps purpureaは、海外の研究で分子系統的に幾つかの潜在種に分類されるが(Pazoutova et al. 2014)、これに従えば日本の菌はvar. purpureaClaviceps purpurea s.str.に、var. alopeculi, dactylidisおよびphalaridisC. humidiphilaに相当すると考えられている(田中 2008, 田中・棚田 2018, 棚田 2016)。暖地型(C4型)イネ科牧野草・芝草の麦角病として、日本ではパスパルム、ノシバ(C. yanagawaensis)、ススキ等で発生が報告されているが、これらの麦角病菌は概ね植物属に対応した独立種となっている。


生理・生態:C. purpureaの産生アルカロイドはエルゴタミン、エルゴメトリン、エルゴクリスチン、エルゴバリンなどがあり、いずれも3種以上のアミノ酸が集まった環状構造のペプチド型アルカロイドである。麦角アルカロイドには動物の血管収縮作用があるため、家畜の流産や四肢の壊死を引き起こす(山中 2013)。日本の麦角病菌の麦角アルカロイド産生量については、チモシーで麦角総重量の0.01-0.03%(丹田 1978a)、オーチャードグラスで0.01-0.03%(丹田 1981a)、ライムギで0.06-0.09%(丹田 1980)の麦角アルカロイドが検出されているが、いずれの草種でも個体差が大きく、産地や植物種の違いによる明瞭な差異は認められていない。麦角は穂から落下して土壌中で生存し、翌年春に適当な温湿度条件下で発芽して形成した子座から子のう胞子を飛散して伝染源となる。麦角の土中での埋没深度が30-50mmになると子座形成が大幅に悪化するとされる(丹田 1981b)。

防除法:農産物規格規程において、麦類の麦角粒の混入率の上限は0.0%と規定されており(農林水産省リスク管理かび毒, 植物防疫所麦角混入取締要領)、これにより国内産乾草中に1粒でも麦角が認められる場合は、公式には家畜に給与できない。乾草中に麦角が含まれるかどうか検査する場合は、乾草をふるいにかけ、落ちてきた夾雑物から、固く表面が黒紫色で長さ数ミリの麦角を探す(月星・上垣 2013)。栽培時の防除法としては、以下の方法がある(西原 1962)。(1)無病の畑から採種した種子を用いる。麦角は20-30%の塩水選で水面に浮くため、選別可能である。(2)採草時に刈り遅れない。刈り遅れて麦角が発生した植物は除去する。(3)輪作を行う。イネ科以外の作物あるいはトウモロコシなどC. purpureaが寄生できないC4型のイネ科飼料作物を栽培する。休閑は麦角が土中で長期間生存するため、あまり効果がない。北海道のべレニアルライグラスでは開花始からベノミル剤あるいはチオファネート剤の4日間隔4回散布が高い防除効果をあげた事例があるが(農林水産研究文献解題〜ライグラスの病害)、牧草類では農薬登録がないため、使用できない。

総論:バッカクキン(日本薬学会)


畜産研究部門(那須研究拠点)所蔵標本

標本番号 宿主和名 宿主学名 症状 採集地 採集年月日 採集者
N26-60 イタリアンライグラス Lolium multiflorum Lam. 麦角病(C. purpurea) 草地試(栃木県西那須野町) 1972.9.13
N21-42 ペレニアルライグラス Lolium perenne L. 〃, 暈枯病 塩原日ノ出開拓 1972.10.12
N26-82 麦角病(C. purpurea) 草地試(栃木県西那須野町) 1972.11.13
N9-36 ライグラス Lolium sp. 山梨県農試八ヶ岳分場 1965.8.30 西原夏樹
N21-94 トールフェスク Festuca arundinacea Schreb. 大木須 1972.8.12
N26-63 草地試(栃木県西那須野町) 1972.9.13
N9-47 メドウフェスク Festuca pratensis Huds 小岩井農場 1965.8.13 西原夏樹
N9-46 レッドフェスク Festuca rubra L. 岩手種畜牧場(盛岡市) 1965.8.11
N9-35 オーチャードグラス Dacylis glomerata L.
N13-86 リードカナリーグラス Phalaris arundinacea L. 北海道浜頓別 天北農試 1975.10.10 西原夏樹
N9-43 チモシー Phleum pratense L. 道場? 1957.7.7
N01-44 ノシバ Zoysia japonica Steud. 麦角病(Claviceps sp.) 箱根 明神ヶ岳 1961.8.9 比留間実(丹田誠之助)
N17-17 キシュウスズメノヒエ Paspalum distichum L. 麦角病(C. paspali) 福山市西深津町中国農試 1970.10.20 福代和子
N15-17 スズメノチャヒキ(キツネガヤ) Bromus japonicus Thunb. 新潟県岩船郡山北町勝木(水田畦畔) 1972.7.29 丹田城之助
N9-33 スズメノヒエ Paspalum thunbergii Kunth 鹿児島県指宿市 1964.10.16 西原夏樹
N8-65 ダリスグラス Paspalum dilatatum Poir. 千葉県青葉町畜産試験場 1969.10.21
N14-6 〃, 麦角寄生菌 熊本県西合志町九州農試 1975.10.28
N22-17 麦角病(C. paspali) 千葉畜試 1972.10.3
N9-32 富里,千葉畜試 1963.11.11
N9-34 福岡県農試 1964.10.10 西原夏樹
N9-41 千葉県富里村七栄(千葉県総合種畜場) 1959.11.26

(月星隆雄,畜産研究部門,畜産飼料作研究領域,2021)


本図鑑の著作権は農研機構に帰属します。

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