飼料作物病害図鑑
雪腐小粒菌核病
リスク評価スコア2.7 (2,3,3)
病徴:積雪下で進行する代表的な寒地型病害で、株枯れを引き起こし、主に北海道、東北北部および北陸地方で発生する重要病害。病徴は融雪直後から現れ、茎葉は水浸状になり、ゆでたように軟化して、乾くと灰褐色に変色する。茎、葉、根などの枯死植物体上に、暗褐色〜黒色(黒色小粒菌核病)または赤褐色〜褐色(褐色小粒菌核病)、球形〜不整形、直径0.5-1mm程度の菌核を多数形成する。
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子座(黒色小粒、ライグラス) | 拡大(T. ishikariensis) | 子座(褐色小粒、ライグラス) | 拡大(T. incarnata) |
病原菌:Typhula ishikariensis S. Imai(雪腐黒色小粒菌核病菌)
Typhula incarnata Lasch(雪腐褐色小粒菌核病菌)、担子菌
上記2種が発生するが、特にT. ishikariensis(和名:イシカリガマノホタケ)は、1930年に石狩地方で世界で初めて記載されるなど(今井 1930)、特に北海道で被害の大きい病害である。もう1種のT. incarnata(和名:フユガレガマノホタケ)は比較的腐生性が強く、T. ishikariensisの侵入後に感染することが多い(松本・佐藤 1982b)。また、T. incarnataは下位葉から上位葉に移行し、真冬以降に積雪下で蔓延するとされる(松本・荒木 1982c)。いずれも担子菌で、菌核が発芽して「がまの穂」状の棍棒形キノコを形成し、ここから担子胞子を飛散して蔓延する。T. ishikariensisは菌交配の有無で類別される生物型A〜Cにより分類され、海外の分類群との比較検証が行われた(松本ら 1982a, 松本・Tronsmo 1993)。T. ishikariensisはアルファルファやアカクローバなどの双子葉植物にも強い病原性を示し、オーチャードグラス、チモシーなどの単子葉植物には生物型Bは強い病原性を示すが、生物型Aの病原性は比較的弱い(松本 1989b)。オーチャードグラス上では病原性の強い生物型BおよびCは、病原性の比較的弱い生物型AおよびT. incarnataに比べ競争力は低いとされる(松本・佐藤 1983d, 松本・但見 1984a, Matsumoto 1992)。生物型Bは凍結地帯の菌核のサイズが積雪地帯に比べて小型であり、より病原性が強い(Matsumoto and Tajimi 1990)。ミトコンドリアDNAで高度耐凍性の菌群を識別できる(松本 1999, 2002)。個体群構造を菌叢和合性で解析した場合、種および生物型により最大多数を占める個体群の検出頻度が異なる(松本・但見 1990a)。T. ishikariensis生物型Aについては、同じクローンではないが、菌糸融合により容易に混ざり合う菌叢和合性群(MCG)があり、特に道東では一つのMCGが広く分布していることが明らかになり、スーパーMCGと呼ばれている(松本ら 2000)。フィンガープリント解析によりこのクローンの年齢が推定された(星野ら 2004)。菌糸をプロトプラスト化するとモノカリオンとダイカリオンが得られる(松本・但見 1986a)。
生理・生態:積雪下は暗黒過湿であり、宿主は休眠状態のため光合成が妨げられ、病害抵抗性が低下している。また、低温条件は拮抗微生物の活動低下をもたらし、その数や種類を減少させるため、低温耐性のある病原菌が活動でき、その結果根雪期間中に雪腐病が進行し、融雪と同時に被害が明らかになる(清水 2000)。雪腐病には積雪・凍結条件下でのみ発生する絶対的雪腐病菌と積雪下以外でも(夏季でも)発生する条件的雪腐病菌があり(表1、松本 2005、Matsumoto and Hoshino 2009)、前者には大粒・小粒菌核病および一部の褐色雪腐病菌が含まれ、積雪・凍結条件下でのみ発病する。T. ishikariensisの培地上の菌糸生育は0℃では10℃の約半分だが(Hoshino et al. 2001)、他の病原菌や拮抗菌に比べれば早く、拮抗微生物の存在する天然土壌中では0℃の菌糸生育は10℃を上回る(松本・但見 1993b)。T. ishikariensisは耐凍性タンパク質を産生するとともに(Hoshino et al. 2003)、感染した寒地型イネ科牧草の越冬に必要な多糖類フルクタンを大幅に減少させ、発病を激化させる(鶴見ら 1996)。チモシーはペレニアルライグラスよりも抵抗性が高い傾向があるが、全可溶性炭水化物含量は関与しない(松本・佐藤 1983a)。ライムギの抵抗性はコムギと同程度である(義平ら 1996)。T. ishikariensisのベントグラス葉への侵入過程(大志万 1995)および分離頻度の季節的消長が明らかにされた(大志万 1999)。マメ科牧草では、アルファルファでT. ishikariensisによる被害は積雪量が多いほどが大きくなり、土壌凍結により軽減され(小松ら 1983, 1984, 1986, 土谷ら 1983)、1番草だけでなく、2番草、3番草の減収も引き起こす(松村ら 2003)。
防除法:抵抗性には品種間差異があり、幼苗検定によってオーチャードグラスでは小粒菌核病抵抗性と越冬性に正の相関があることが示された(阿部・松本 1980, 1981, 阿部 1986, 中山・阿部 1994, 中山ら 1997)。供試植物の苗齢および接種環境などオーチャードグラスの抵抗性検定手法が確立された(荒木 1985)。イタリアンライグラスでも各種雪腐病に対する抵抗性選抜が行われた(石黒ら 1982a, 1982b, 1983, 1984)。イミノクタジン酢酸塩の散布により雪腐大粒菌核病および紅色雪腐病菌を排除し、メドウフェスクにおける雪腐小粒菌核病抵抗性を評価する手法が開発された(高井ら 2004)。被害を軽減するためには越冬前に寒地型牧草が十分な多糖類(フルクタン)を蓄積できるような肥培管理および刈取時期の調整が重要である(眞田 2019)。低温性腐生菌Typhula spp.による生物防除が提案され、雪腐病の種類によっては融雪後の再生が良くなり、牧草収量も増加する(松本・但見 1986, 1990b, 1992b, 1992c, 1992d)。芝草ではT. phacorrhizaによる生物防除が提案された(澤田ら 2006)。牧草葉や休眠菌核等から分離される蛍光性Pseudomonas属細菌の一部は、Typhula属菌に対して強い拮抗性を示し(松本・但見 1987, 1987a)、芝地でも防除用素材として提案されている(大志万ら 1992, 1993, 1996, 1998, 2007)。土中に埋めた菌核からは多種の糸状菌が分離されるが(松本・但見 1985b)、晩秋のT. ishikariensis生物型Aの菌核不発芽には、Cladosporiumなどの糸状菌の寄生が関与している可能性がある(松本・但見 1984b, 松本 2008)。薬剤防除については、イネ科牧草・芝草で農薬登録のあるチオファネートメチル水和剤等の根雪前散布が可能だが、小粒菌核病には効果が期待できるが、褐色雪腐病には効果が低いため、草地や芝地で発生している病害の的確な診断が必要である(福屋・太田 1982, 山下・武田 1995)。アルファルファでも薬剤による防除効果が確認され(丸山ら 1984a, 1984b)、品種間でも抵抗性差異がある(内山ら 2000, 廣井ら 2002)。
総論:松本(1989b, 1992a, 1992c, 1998, 2004, 2005, 2009a, 2009b, 2009c, 2010a, 2010b, 2010c, 2010d, 2012, 2015)
表1.日本の牧草・芝草に発生する雪腐病菌*
*: 日本植物病名目録準拠、a: 発生報告あり、b: Pythium graminicola, P. paddicum, P. vanterpoolii, P. volutumの4種
雪腐黒色小粒菌核病 | T. ishikariensis | 絶対的雪腐病菌 | |||||||
雪腐褐色小粒菌核病 | T. incarnata | ||||||||
雪腐大粒菌核病 | Myriosclerotinia borealis | ||||||||
褐色雪腐病 | Pythium iwayamai | ||||||||
紅色雪腐病 | Monographella nivalis | 条件的雪腐病菌 | |||||||
褐色雪腐病 | Pythium spp.b |
![]() 図1. 各種雪腐病菌の生存戦略 |
雪腐病の発病を左右する要因としては積雪期間が最も重要であり、黒色小粒菌核病は根雪期間を150日以上を要するが、褐色小粒菌核病は90日以上、紅色雪腐病は60-90日で発病するとされる。雪腐大粒菌核病は土壌凍結が発病条件となる(左図、Matsumoto and Hoshino 2009)。また、T. incarnataは積雪の多寡に関わらず北海道、東北、北陸など広範に分布するが、T. ishikariensisは積雪条件に応じて多様な菌群を分化させている(松本 1992, 松本・阿部 1994a)。両者はともに低温ストレスに耐性をもつが、措抗ストレスに対する菌核形成および土壌中の菌核の生存率の違いがあるため生態的差異がある(松本・但見 1993b)。T. incarnataでは積雪地帯で採集した菌核はより早く発芽することから、積雪量等の気候条件に適応した生存戦略があると推定されている(Matsumoto et al. 1995)。T. incarnataでは夏季の休眠中に菌核のほとんどが拮抗微生物等により死滅するが、T. ishikariensis生物型Aは多くが生き残った(Matsumoto and Tajimi 2011)。 |
![]() 図2. 北海道でのT. ishikariensis生物型の分布 |
黒色小粒菌核菌の北海道での分布について、菌交配の有無により類別される生物型(バイオタイプ)は、A型は腐生性がより強く、積雪期間が長い内陸部に分布し、B型は病原性が強く、土壌凍結期間の長い沿岸部に分布する(左図、松本ら 1982a, 1983c, 1984a)。それぞれの生物型群内の交配は2対の不和合性因子により支配されており(松本ら 1983b, 松本・但見 1989a, 1989c, 1993a)、生物型BとCは不和合性因子を共有することから、両者は積雪条件に適応した連続変異を示す一つの生物種と推定されている(松本・但見 1993c)。土壌凍結が発生条件となる大粒菌核病菌もB型と同様の分布を示し、C型の分布は道内ではランダムである。しかし、温暖化が進んだ現在では分布は変化している可能性がある。 |
畜産研究部門(那須研究拠点)所蔵標本 なし
(月星隆雄,畜産研究部門,畜産飼料作研究領域,2021)
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