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水稲幼苗の高地温依存の低気温障害の原因は光合成電子伝達の遮断にある

[要約]

地上部だけ低温(10度C)に曝した水稲(あきたこまち)幼苗の葉が枯れる原因は、除草剤DCMUの作用部位、すなわち葉緑体内の光化学系IIのQAとQBの間の光合成電子伝達の遮断にある。

[キーワード]

イネ、気温・地温バランス、光合成電子伝達、除草剤、低温障害

[担当]

東北農業研究センター・生産基盤研究領域

[代表連絡先]

電話019-643-3462

[区分]

東北農業・生産環境(農業気象)、東北農業・稲(稲栽培)

[分類]

研究成果情報

[背景・ねらい]

寒冷地の水稲作では、育苗期、移植活着期あるいは直播栽培の苗立ち期に低温による生育障害がしばしば発生し、時には葉の萎凋や黄化、枯死に至ることもある。これらの低温障害と根の活性との密接な関係が示唆されているにも関わらずその関係は明らかでない。イネ(あきたこまち)幼苗では高地温に依存した低気温障害が起る(2007年度研究成果情報)。すなわち、根も葉も同時に低温にすると、たとえ一週間10°Cに曝しても可視的障害は現れない。しかし地上部のみを低温にすると、一日曝しただけでその後に著しい障害が現れ、光合成活性の高い葉が枯れる。そのしくみを光合成電子伝達系に着目し明らかにすることで、本研究では低気温障害と根の活性の関係解明の手掛かりを得る。

[成果の内容・特徴]

  1. あきたこまち(水耕栽培)の3葉期第3葉における光合成誘導期現象解析では、正常な葉のクロロフィル蛍光(QAの還元を反映)はQAから先の電子伝達の影響を受け、O-J とJ-Pの概ね二段階で増加し飽和に達する。しかし地上部のみ低温にした幼苗では、一段階でJの時点でほぼ飽和し、QAから先の電子伝達の影響が見られない(図1A)。一方、光化学系T(P700+)は光化学系IIからの電子が到達するはずの時間でも還元されない(図1B)。これらの特徴は電子伝達がQA-QB間で光照射前から完全に遮断されていることを示し、無処理葉の除草剤DCMU処理時の特徴と一致する。すなわちこの「QA-QB遮断」が葉を枯らす原因となる。またこの様な光合成低気温障害はこれまで報告がない。
  2. 地上部のみ低温に1日曝した幼苗の葉では、光化学系II(図2A)も光化学系I(図2B)も、光照射による電子伝達速度の上昇が20分経っても認められない。
  3. 上記に基づき障害発生のしくみは次のように説明できる(図3)。(1)QA-QB間の電子伝達が遮断されているため電子伝達が起らず、光化学系IIのQA側に過剰エネルギーが蓄積する。(2)光化学系IIから電子が供給されず、また光化学系Iの電子の枯渇で循環的電子伝達(光化学系IとIIの電子伝達速度の差に相当)も起らないため、(3)チラコイド膜内外に水素イオン濃度勾配(ΔpH)が形成されず(Suzuki et al. 2011)、(4)ΔpHに依存したゼアキサンチン生成も起らない(Suzuki et al. 2011)。(5)過剰エネルギーの熱放散や活性酸素の消去に必要なゼアキサンチンの欠乏が生体膜損傷や細胞破壊の原因となる。

[成果の活用面・留意点]

  1. 生育初期の低温障害を軽減する温度管理対策の参考となる。なお、この障害は「ムレ苗」とよく似た症状を示し、ムレ苗や苗立ち不良との関係も疑われる。
  2. 2005年4月下旬に盛岡の自然光ハウスで低気温(4度C〜14度C、10度C以下は約12時間/日)が2日続いた際、その2日後に地温18.5度C制御区でも障害が発生している。
  3. DCMU、アトラジン、トリアジン、シマジン等の除草剤は光化学系IIのQAからQBへの電子伝達を遮断し、それが葉を枯らす原因となるとされている。

[具体的データ]

(鈴木健策)

[その他]

研究課題名
高地温が助長するイネ幼苗の低温障害の発生機構の解明
予算区分
科研費
研究期間
2009-2011年度
研究担当者
鈴木健策
発表論文等
Suzuki, K. et al. (2011) Plant Cell Physiol. 52(9): 1697-1707