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情報:農業と環境 No.118 (2010年2月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: ウイルス病抵抗性パパイヤ、承認までの長い道のり

昨年(2009年)7月、食品安全委員会は米国ハワイ州で栽培されているウイルス病抵抗性組換えパパイヤの食品安全性審査を行い、「人の健康を損なうおそれはない」 と判断した。このパパイヤはハワイ州では1999年から商業栽培が始まり、日本にも1999年10月に輸入のための申請が出されており、安全性確認までに10年を要したことになる。この間、日本では遺伝子組換え食品表示の法制化(2001年4月)、食品安全委員会の設立(2003年7月)など制度上の変更もあったが、公開されている審査会議事録を読むと、「遺伝子組換えでない元のパパイヤと比べて安全であることを証明すること」 の難しさや、安全性審査を申請する開発者側の習熟度の問題なども見え隠れする。組換えパパイヤにはさらに 「表示」 の問題が残っており、輸入承認・商業販売はまだ実現していない。

ウイルス病抵抗性パパイヤ

ハワイ州で栽培されている組換えパパイヤは、パパイヤリングスポットウイルス(PRSV)病に対して抵抗性を示す系統(55-1系統)で、PRSV 外皮タンパク(コートプロテイン)遺伝子を導入して、ウイルスに感染しても増殖を抑える。このウイルス病に感染すると、果実にリング状の斑点(スポット)ができ、糖度が低下するため軽度の感染でも商品価値がなくなる。ウイルスはアブラムシによって媒介されるため、発病すると短期間で広い範囲に拡大する。PRSV 病抵抗性の組換えパパイヤはハワイの 55-1 系統のほか、中国広東省(2008年承認)と米国フロリダ州(2009年承認)でも商業栽培されているが、同じ PRSV 病でも病原体(菌株)の種類が異なり導入する遺伝子も違うため、それぞれ別系統の組換え作物として扱われている。ハワイ州では1990年代前半に PRSV 病によってパパイヤ産業が大きな打撃を受けたが、1998年に組換えパパイヤを導入したことによって、生産が回復した。米国では1997年に食品安全性が認可され1999年から市場で販売され、カナダでも2003年に食品安全性が承認され、輸出されるようになった。現在、ハワイ州から日本向けに輸出されているパパイヤは、隔離された農場で栽培された非組換え品種であり、輸出前に分別管理・検査を行い、「遺伝子組換えではない」 という証明書が添付されている。ハワイ州で非組換え品種の栽培が可能になったのは、組換え品種を広域に導入してウイルス病をほぼ根絶できたためと言われている(Fuchs & Gonsalves, 2007)。

日本での承認までの道のり

1999年10月、ハワイの組換えパパイヤは厚生省に食品安全性審査を申請し、2003年6月までは厚生労働省の薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食品衛生バイオテクノロジー部会で数回審査されたが、遺伝子導入地図や導入された外皮タンパクの安全性データに不十分な点があったため追加データの提出を求められた。2003年7月に食品安全委員会が設立され、審査は委員会の 「遺伝子組換え食品等専門調査会」 の担当となった。食品安全委員会は2004年に 「遺伝子組換え食品(種子植物)の安全性評価基準」 を作成し、組換えパパイヤの安全性評価もこの基準に基づいて行われた。組換え食品の食品安全性評価は、(1)導入する遺伝子そのものの安全性、(2)導入された遺伝子によって作られるタンパク質の毒性、(3)アレルギー性を誘発する可能性、(4)元の(非組換え)作物以上に有害物質が増える可能性、 (5)元の作物と比較して栄養素成分が大きく変化する可能性などを中心に審査する。導入遺伝子や作物の種類・組合せによって、専門調査会は必要に応じて追加データの提出を要求して審査する。

新しい審査制度になって2年半後の2006年1月に開発者側から新たな申請データが提出され、食品安全委員会のもとで審査が開始された。2006年2月の調査会でさらなる追加データの要求が出され、次の審査会(2008年3月)に上がるまでに2年1ヵ月、さらに指摘が出され次の審査(2009年5月)までに1年2ヵ月を要した。3回目の審査では、2008年に完了したパパイヤ全ゲノム配列データも添付され、専門調査会からの指摘をすべてクリアした。パブリックコメントも賛成意見1通のみで、7月9日に食品安全委員会で 「組換えパパイヤは食べても人の健康に影響を及ぼすおそれはない」 という判断を得た。スタートから約10年、食品安全委員会の審査開始からでも約3年半かかったことになる。

表1 日本での組換えパパイヤ食品安全性審査の道のり

1999年10月29日厚生省へ食品安全性審査を申請
2002年10月申請者変更(パパイヤ管理委員会 →ハワイパパイヤ産業協会)
2003年7月1日食品安全委員会設立
2006年1月26日改めて厚生労働省に安全性審査を申請、食品安全委員会で審査開始
2006年2月27日審査(1回目)(第37回組換え食品専門調査会) 追加データの要求
2008年3月17日審査(2回目)(第60回組換え食品専門調査会) 表記、検定法などの指摘
2009年5月19日審査(3回目)(第70回組換え食品専門調査会) 承認
2009年5月28日第287回食品安全委員会(専門調査会座長から報告)
2009年5月28日〜6月26日 意見募集(パブリックコメント)(意見1通)
2009年7月9日第293回食品安全委員会(厚生労働大臣に通知)

今回のパパイヤの安全性審査の経緯を見ると、安全性を証明するデータの追加提出などが求められたが、時間を要したのは安全性の本質にかかわる問題よりも、提出書類の書き方などに申請者側の経験不足があったように思える。組換え食品の安全性は、作物ごとに導入される形質や遺伝子の種類によって、事例別(ケースバイケース)で審査されるため、まったく同じ前例は存在しない。それでも申請者が経験を積むことで、安全性を証明するデータや申請書の書き方をわかりやすくし、審査する科学者(専門調査会委員)が求めているような読みやすい文書にすることは可能だ。何度も書き直しや、掲載不許可の試練を経て、若手研究者が科学論文の作成技術を上達させていくのと通ずるところがある。

公開されている専門調査会での議事録を読むと、2006年2月の審査では,委員から「分析法が古すぎる」、「必要事項が順序だてて記述されていない」、「添付の英文と和訳が一致していない」 などの指摘があった。2008年3月の審査では冒頭に事務局から 「今回の内容でも多分クリアできないのではないかと・・・」 との発言があり、委員からも 「米国で10年の食経験があり健康問題は起こっていない。だから大丈夫という論拠ではだめ」、「多重比較の統計検定法が間違っている。初歩的なミス」、「前回の指摘に沿ってサザンブロット分析(特定の遺伝子がどの長さの DNA 断片に存在するかを調べる方法)データは新しくなっているが、(指摘しなかった)古いデータはそのままなので全体として一貫性を欠く」 などの意見が出されている。調査会の委員は大学や研究所に勤める研究者であり、パパイヤ1件ではなく毎回多くの申請案件の書類を検討し、会議は長時間に及ぶことが多い。わかりにくい表現や統計検定法の基本的ミスが多かったり、前回指摘した点が十分に修正されていなかったりすると、委員の心証を悪くし、さらに厳しい指摘に及ぶこともあるかもしれない。

組換え食品の安全性審査では、組換えでない元の植物の安全性の程度が評価され、それと比べて組換え食用作物の安全性が審査される。米国では1999年から、カナダでも2003年から多くの人が組換えパパイヤを生や調理して食べているが、今まで健康被害はまったく報告されていない。しかし、それだけでは他国での輸入許可は下りないのだ。アレルギー性についても、パパイヤはもともとパパインやベンジル・イソ・チオ・シアン酸(BITC)を含み、人によってはアレルギー源となるため、今回の評価でも慎重な審査が行われた。組換え食品でなければ、たとえ日本人の食経験が少ないトロピカルフルーツでも、「食べて大丈夫か? アレルギーを起こさないか?」 と輸入前に厳しく審査されることはない。組換え食品の安全性審査に求められるデータは年々増加する傾向にある。

安全性審査に要する期間とコスト

安全性審査に要する期間とコストが、小規模企業や大学・研究所にとって大きなハードルになることは米国の研究者からも指摘されている。コロラド州立大の Graff ら(2009)は、品質特性向上組換え作物の開発から商業栽培承認までの進行状況を調査した。1980年代後半から2008年までに世界で558系統の組換え作物が開発されたが、そのうち安全性承認申請の段階まで達したのは9系統で、実際に商業栽培の承認が下りたのは5系統に過ぎなかった。害虫抵抗性Bt作物や除草剤耐性作物の安全性審査も以前より時間がかかり、要求されるデータは増えているが、品質特性向上など栄養成分の改変を伴い、審査の前例のない作物についての承認のハードルはより高くなっている。また、新規系統の開発や野外試験に進む事例も減っている。このような傾向は1998年10月にヨーロッパで新規組換え食品・作物の栽培と輸入を禁止した 「モラトリアム」 の時期と一致しており、この状態は今も続いていると Graff らは分析している。

現在、日本で組換え食品の安全性審査を申請しているのは大手バイテク企業6社であるが、これらの企業はトウモロコシ、ダイズ、ワタ、カノーラ(セイヨウナタネ)など多くの申請業務を経験しているため、申請のノウハウが蓄積され、提出文書も科学的に見て洗練されたものに改善されていく。ハワイパパイヤ産業協会の場合、今回のパパイヤ(55-1系統)の承認を得た後、食品安全委員会に新たな申請を出すことはないだろうから、苦労して得たノウハウを活用する機会はない。小企業や大学の研究所は、品質改良や栄養成分向上などを目的とした組換え作物・食品の開発をめざしている場合が多く、ほとんどは1つの組換え作物・食品の商業利用申請しか考えていない。初めて挑戦する食品や環境への安全性審査に多大な時間と経費を要し、そこで得たノウハウをさらに活用する機会がないとなると、商業化への意欲も低下し、ひいては研究・開発活動自体が停滞・縮小していく可能性もある。

組換えパパイヤの今後

2009年7月9日に組換えパパイヤは食品安全委員会(リスク評価機関)によって安全性が確認されたが、2010年1月末現在、商業販売の認可は下りていない。「審査継続中の遺伝子組換え食品と添加物」 の一覧表に入ったままだ。2010年1月に発行された食品安全委員会の広報誌によると、「日本で食品として許可するかどうかは、今後、表示の問題などを含め消費者庁、厚生労働省、農林水産省など(リスク管理機関)で検討されることになります」 とのこと。組換えパパイヤはまるごと100%組換えパパイヤであり、「全体の96%が非組換えで残りの4%が組換えパパイヤならば、5%以下だから『遺伝子組換え不使用』、『遺伝子組換えではない』と表示できる」といったケースは生じないはずだ。しかし、初の生食用組換え食品と言うことで、市場に出すにあたり新たに検討すべき課題があるのだろうか。まるごと生で食べても安全、人の健康を損なうおそれはないと判断された組換えパパイヤだ。消費者にきちんと理解され、「遺伝子組換え食品」 にマイナスイメージを与えることのない表示(標記)を期待したい。

おもな参考情報

「組換えパパイヤのリスク評価」(食品安全委員会季刊誌2−3ページ、2010年1月)
http://www.fsc.go.jp/sonota/21gou_1_8.pdf

食品安全委員会・遺伝子組換え食品等専門調査会議事録(第37回)(2006/2/27)
https://www.fsc.go.jp/fsciis/attachedFile/download?retrievalId=kai20060227id1&fileId=103 (最新のURLに修正しました。2015年4月)

食品安全委員会・遺伝子組換え食品等専門調査会議事録(第60回)(2008/3/17)
https://www.fsc.go.jp/fsciis/attachedFile/download?retrievalId=kai20080317id2&fileId=104 (最新のURLに修正しました。2015年4月)

食品安全委員会・遺伝子組換え食品等専門調査会議事録(第70回)(2009/5/19)
https://www.fsc.go.jp/fsciis/attachedFile/download?retrievalId=kai20090519id1&fileId=142 (最新のURLに修正しました。2015年4月)

食品安全委員会「組換えパパイヤの食品健康影響評価書」(2009/7/9)
http://www.fsc.go.jp/hyouka/hy/hy-tuuchi-papaya_55-1.pdf

「審査継続中の組換え食品・添加物一覧」(厚生労働省医薬食品局、2010/1/21現在)
http://www.mhlw.go.jp/topics/idenshi/dl/list2.pdf

Fuchs & Gonsalves (2007) Safety of virus-resistant transgenic plants two decades after their introduction: Lessons from realistic field risk assessment studies. Annual Review of Phytopathology 45:173-202.
(ウイルス病抵抗性組換え作物、導入20年間の安全性評価:実際の野外リスク評価研究からの教訓)

米国農務省、病害抵抗性パパイヤ(X17-2系統)承認(2009/9/2)
http://www.aphis.usda.gov/newsroom/content/2009/09/gepapaya.shtml (該当するページが見つかりません。2015年4月)

Graff et al.(2009) The contraction of agbiotech product quality innovation. Nature Biotechnology 27(8):702-704.
(品質向上バイテク作物の商業化の停滞)

(生物多様性研究領域 白井洋一)

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