「生物多様性を保全し、生態系の再生に取り組むことは、私たちの世代に課せられた大きな学術的課題である」との認識のもとに、著者らは「生物多様性を保全し、生態系を再生するためには」「俯瞰(ふかん)的で統合的な視点」に立ち、「生態系機能や生物間相互作用といった生態現象の本質を、ランドスケープから遺伝子までさまざまなスケールで見つめ直す必要がある」と主張する。本書は、そうした著者らのこれまでの取り組みの成果であり、「大きな学術的課題」への著者らの現時点での解答である。
「生物の生息とその環境における「関係性」を普遍性と特異性の両面から把握」することによって生態系の理解は深められると考える著者らは、自然科学の原理を踏襲した旧来の生態学とは異なるアプローチをとる。それは、フィールドを核とした専門家が協働するフィールド科学の重視であり、問題解決のための旧来の段階的アプローチから現象解明と問題解決を同時に追求する同時的アプローチへの変更であり、問題解決への強い意思表明であり、さらには、研究者と市民、行政、企業の参加と協働を基本とすることである。
生態系に向けるこうした著者らのまなざしは、本書の目次を一瞥するだけでも分かるように、生態系についての旧来のとらえ方に見直しを迫るものであるが、本書の読者は、ふと目を向けるそこにある生態系にたいして、本書を手に取る前とは異なるまなざしを向けている自分自身に気づくことであろう。本書が依拠する東京大学21世紀COEプログラム「生物多様性・生態系再生研究拠点」の研究活動が、本書で展開される生態系のとらえ方を基礎にすえる新たな学を創造することを期待したい。
目次
まえがき
第1部 今なぜ生態系か
序章−生物多様性と生態系
第1章−生態系へのまなざしの変遷
1 生態学と生態系
2 ダイナミックな生態系
3 生態系をとらえ直す
第2章−生物多様性と生態系の危機
1 もう一つのキーワード―――生物多様性
2 現代の生物多様性の危機とは
第3章−求められる生態系の科学
1 問題解明のための科学
2 問題解決の科学
3 参加と協働の科学
第2部 ランドスケープ――生態系を俯瞰する
第4章−ランドスケープと生態系
1 ランドスケープエコロジーの見方
2 時空間スケールで生態系をとらえる
3 攪乱がもたらす生態系の多様性
第5章−生態系を支えるランドスケープ構造
1 ランドスケープレベルの生態系の多様性
2 生態学的コリドーの評価
3 適度な攪乱が生態系を守る
第6章−地域の生態系再生
1 ビオトープ保全と生態系再生
2 都市圏の生態系再生
3 日本でも始まった都市の生態系再生
第3部 生物多様性――生態系と遺伝子をつなぐ
第7章−生物多様性と生態系の包み合う関係
1 生態系の不健全化と対環境戦略
2 なぜ生物多様性なのか
3 生態系の健全性と生物多様性
4 生態系の不健全化
5 不健全化からの脱却
第8章−再生事業からみた遺伝子・個体群・生態系
1 失われた移行帯
2 不健全化した湖の現状
3 土壌シードバンクからの植生再生
第9章−侵略的外来種の影響と対策
1 セイヨウオオマルハナバチの生態リスク
2 外来緑化植物がもたらす災禍
第4部 遺伝子――多様性のみなもと
第10章−遺伝子多様性のもつ意味
1 遺伝子からの見方
2 生物多様性の起源と遺伝子
3 遺伝子と生命史
4 遺伝子の多様性がもつ意味
第11章−遺伝的変異と生物多様性
1 遺伝的変異
2 集団における遺伝現象
3 小集団内で起こること
第12章−保全をめざす遺伝学
1 なにを保全単位とすべきか
2 集団の保全と再生
3 保全遺伝学の展望
第5部 生態系の保全と再生に向けて
第13章−生物多様性の保全
1 絶滅危惧種の保全・回復
2 外来種対策
3 生物多様性保全のための研究
第14章−生態系の再生
1 生態系規模の実験
2 生態学的な植生再生のために
3 健全な農林水産業のための生態系管理