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情報:農業と環境 No.66 (2005.10)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 184: 化学物質リスクの評価と管理 ―環境リスクという新しい概念―、 独立行政法人産業技術総合研究所 化学物質リスク管理研究センター 中西準子・東野晴行 編、 丸善株式会社(2005) ISBN4-621-07510-1

近年、「リスクの評価・管理」が研究課題や行政施策として取り上げられることが多くなった。しかし、「環境リスク」や「生態リスク」という基本的概念もまだ十分に理解されていないのが現状であり、さらに、リスク研究の方法論も確立されているとは言い難い。独立行政法人産業技術総合研究所は、平成13年度から開始された第1期中期計画で「化学物質リスク管理研究センター」を設置し、リスク評価の方法やリスク評価のためのツールの開発を通じてリスク研究の意義を社会に発信してきた。本書は、産総研におけるリスク研究の成果と、今後の研究の方向性を整理したものである。

本来、すべてのものに一定のリスクがあり、人間が生きていくためにはリスクをゼロにはできない。だから、これらのリスクをどこまで減らせるか、あるいはどこまで我慢できるかを数字で示すこと、そして、よりリスクの少ない社会を構築することが重要であるとしている。化学物質でいえばそのリスクとベネフィット(便益)のバランスを十分に把握することによって、もっとも上手に化学物質を使えることになる。「環境を媒介にしたリスク」を「環境リスク」としており、環境中に存在する違った種類のリスクを同じ尺度で評価し比較できる評価手法の開発が研究目標になっている。さらに、「生態リスク」を評価するために、生態系に存在する化学物質、生物相、開発に伴う経済的・社会的要因、資源問題など複雑な要因を認識し、生態に与えるリスクの共通尺度として「絶滅リスク」を提案している。

化学物質のリスク評価は、(1)暴露レベルの評価、(2)有害性の評価、(3)それらを統合してリスクとして推定するプロセスから成り立っている。本書では、リスクと便益とのトレードオフを論じるには、科学的な「リスクの定量的な推定」が必要であることが強調され、それを可能にするために、化学物質による有害影響を科学的に解明することが重要であると述べられている。また、化学物質のリスク評価を行う場合、「物質の製造・使用から、環境中での挙動、ヒトや生態系での暴露、有害影響の発現」まで、総合的に問題を整理し、それらについて横断的な研究課題を設定する必要性や取り組みかたが示されている。

さらに、化学物質のリスク評価のために開発した各種モデルを紹介し、環境中における有害化学物質の挙動や暴露濃度を予測している。本書は、わが国のリスク研究を牽(けん)引する産総研における研究成果を取りまとめたものであり、リスク研究のあり方を理解する上での問題点を整理し、わかりやすく説明している。今後、当所で実施する各種環境リスクの研究に対し、リスク評価の考え方や、研究成果に基づく有効な知見が提供されたものと思う。

目次

第1章 環境リスク概論−異種のリスクを相対的に評価する

第2章 リスク評価の方法−リスク管理のための定量的評価技術

2・1 はじめに

2・2 発生源の推定

2・3 有害性評価−毒とは

2・4 ヒト健康リスクの相互比較

2・5 社会経済分析の方法

2・6 生態リスク評価:個体群レベルの評価

2・7 多種の生物を考慮した生態リスク評価手法

第3章 リスク評価のためのツール−環境の読み書きそろばん

3・1 はじめに

3・2 大気モデル

3・3 海域モデル

3・4 水系暴露解析モデル

3・5 教育用リスク評価ツール(Risk Learning)

第4章 日本のリスク管理研究の現状と将来−米国型か欧州型か、日本の進むべき方向は?

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