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情報:農業と環境 No.73 (2006.5)
独立行政法人農業環境技術研究所

日韓共同国際ワークショップ 「農業生態系における窒素負荷と河川・地下水への流出:モニタリングとモデルによる解析」 が開催された

農業環境技術研究所は、韓国農業科学技術院と締結したMOU(協定覚え書き)に基づいて、2003年度より「農業生態系における水質保全とその環境影響評価に関する国際共同研究」を実施しています。

2006年3月15日、つくば国際会議場において、上記プロジェクトに関連した日韓共同国際ワークショップを開催して、河川・湖沼の水質を改善するためのシナリオ作りの一環として、農業生態系における窒素負荷と河川・地下水への流出の問題を取り上げました。

当日の参加者数は合計112名で、その内訳は、海外から11名、地方自治体から22名、大学から23名、民間から3名、独立行政法人研究機関等から20名、そして当所からの33名でした。米国、オーストラリア、英国、中国からそれぞれ1名、韓国から5名、計9名の研究者を招聘(しょうへい)しました。

講演の内容

1. 基調講演:アメリカ中西部の農業流域における窒素の生物地球化学

Mark B. David 教授(イリノイ大学)から、アメリカ中西部の穀倉地帯における窒素損失と、ミシシッピー川からメキシコ湾北部へ至る窒素流出について、流域の窒素収支と水質データとの関係を解析した成果の紹介がありました。

2. 基調講演:東アジアの農業および食料消費からの窒素負荷が環境に及ぼす影響

波多野隆介 教授(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)から、日本と中国の地域センサス・データを用いて、窒素フローを循環、損失、持ち出し、浄化の4つに分解して解析した成果の紹介がありました。窒素損失を減らすために畑地比率、化学肥料、家畜を削減する必要があるとの結論でした。

3. 水田からのアンモニア揮散とその環境影響

Zucong Cai 教授(中国科学院南京土壌研究所)から、水田のアンモニア揮散に関するモニタリングに基づいて、窒素施肥がアンモニアの発生源となっていることを明らかにした成果の紹介がありました。

4. 窒素フローに関連して水稲栽培が韓国の水環境に及ぼす影響

Kee-An Roh 氏(韓国農業科学技術院)から、水田の水質浄化機能を養分収支・水収支に基づく単純モデルよって解析した成果の紹介がありました。

5. 地点から集水域へのスケールアップ: LEACHEM および GWLF モデルを用いた窒素負荷のシミュレーション

J. L. Hutson 教授(南オーストラリア・フリンダース大学)から、集水域を取り扱う場合に誰もが直面するスケールアップの問題を、化学物質溶脱推定モデル(LEACHEM)の出力を集水域負荷機能モデル(GWLF)へ入力する方法によって解決した成果の紹介がありました。

6. 農地下の不飽和帯及び浅層地下水帯を通じた水移動と硝酸塩の輸送

江口定夫 氏(農業環境技術研究所)から、当所の黒ボク土畑圃場(ほじょう)における水収支および浅層地下水位の観測結果に基づき、硝酸性窒素が浅層地下水へ到達する時間を解析した成果の紹介がありました。

7. 流域規模の水・窒素循環機構の解明:鹿児島県肝属川流域を事例として

久保田富次郎 氏(農業工学研究所)から、農業や畜産業が盛んなシラス台地における地下水の硝酸汚染の特徴を、水文・水質モニタリングと地質データベースに基づいて明らかにした成果の紹介がありました。

8. 面源負荷モデルを用いた農村小流域における面源汚染物の流出量の推定

Jin-Ho Kim 氏(韓国農業科学技術院)から、韓国の農村小流域における水質・水量のモニタリング・データに基づいて、面源汚染モデル(AvSWAT)を用いて窒素流出量を推定した成果の紹介がありました。

9. 政策支援を目的とした圃場・集水域規模での窒素損失のモデルによる解析

Paul S. Davison 氏(ADAS Research)から、「硝酸脆弱(ぜいじゃく)地帯の指定」と「軽減行動計画の策定」という2つの大きな政策を支援するために実施している、モニタリングとモデルによる解析の成果が示されました。

論議の内容

1. ポスターセッション

講演発表の合間に行われたポスターセッションでは、当所が招聘・招待した国内外の専門家19名が発表を行いました。わが国および韓国のさまざまな地域におけるモニタリングやモデルによる解析の成果を前にして、発表者と参加者との間で活発な議論が行われました。

2. 総合討論

国際ワークショップの委員長である齋藤雅典氏から、日本の地下水汚染の現状、流域規模での窒素流出の解析結果、湖沼環境保全制度の方向について紹介があった後、次の4つの論点について総合討論を行いました。最後に、David 教授から若い研究者に向けて、未解明の脱窒の研究に挑戦してほしい旨の発言がありました。

1) 窒素流出に関するスケールと時間遅れ

David 教授によれば、アメリカ中西部の穀倉地帯で余剰となった窒素がミシシッピー川へ流出するまでの間に、数年間の時間遅れがありました。一方、北海道の農業地帯で余剰になった窒素は短期間に海へ流出しました。なぜ、このような違いが生じるのかは不明ですが、気象条件、土壌条件、スケールの違いが大きいと考えられます。

2) 圃場で何が起きているか?

Cai 教授によれば、中国では食糧自給が最優先の課題であることから、水田の窒素施肥量はわが国の数倍に達しており、アンモニア揮散などによる窒素負荷が問題です。Roh 氏によれば、韓国では「おいしい米」への需要が高まった結果、窒素施肥量が徐々に減ってきて、逆に水田の水質浄化機能が注目されています。一方、わが国の野菜畑では肥料や家畜ふん堆肥が多量に施用されており、地下水の硝酸汚染が大きな問題になっています。

3) モデリングにおけるスケールアップ

Hutson 教授によれば、圃場規模の窒素流出を推定するモデルと集水域規模の水循環を計算するモデルを組み合わせることによって、スケールアップが可能だそうです。この方法を応用すると、地球規模の気候変動によって雨量が減少すると仮定した場合に、河川の水質がどのように変化するかを予測することができます。わが国でも、気候変動シナリオに基づいた水量・水質の将来予測が必要と考えられます。

4) 政策のためのモデリング

ヨーロッパ連合(EU)の水質に係わる規制の大きな柱は、「硝酸指令」と「水枠組み指令」です。現在、EU加盟国は硝酸指令に従って政策を実施する必要があり、違反すれば多額の違約金を支払うことになるそうです。英国では、「硝酸脆弱地帯の指定」と「軽減行動計画の策定」という2つの大きな政策を支援するため、窒素損失のモニタリングとモデルによる解析が重要な研究課題になっています。

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