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情報:農業と環境 No.77 (2006.9)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介209: 増補改訂版 リスク学事典、 日本リスク研究学会 編、 阪急コミュニケーションズ (2006) ISBN4-484-06211-9 C3501

高度技術の開発によって人間活動はより豊かなものになってきた。一方、技術開発や産業発展に伴って新たなリスクも発生しているし、自然災害による生命や財産の安全に対するリスクの回避策を構築することも重要な課題である。近年、地球的規模での環境問題も顕在化し、社会生活を取り巻く多種多様なリスクについて科学的に認知、解析、評価、管理することが求められている。しかし、リスク学研究の歴史はきわめて浅く、学問的に確立したものではなかった。そのため、日本リスク研究学会は、リスク学の専門用語を学問的、体系的に整理した分野別項目事典として「リスク学事典」を2000年に出版した。

初版の「リスク学事典」では、リスクを「人間の生命や経済活動にとって、望ましくない事象の発生の不確実さの程度およびその結果の大きさの程度」と定義し、各種リスクの発生や拡大状況とそのメカニズム、対策と問題点などを分かりやすく説明している。環境研究を実施するに当たって、本書はリスクという新たな概念を理解し研究の方向性を探るうえで多くの有益な知見を与えてくれた。

BSEや食品偽装の問題、高齢化による社会保障問題、地震や水害などの自然災害、犯罪の増加など、国際的、国内的にも新たなリスクへの関心が高まっている。安全・安心を求める国民の声も大きく、コミュニケーションの構築も必須になっている。このような状況において、リスク学への期待が一層大きくなっているとの判断から、このたび、増補改訂版が刊行された。

本書では、初版全体が見直されるとともに、「第9章リスク対応の新潮流」が新たに追加された。この章では、2003年以降、国内で問題になっているBSE、高病原性鳥インフルエンザを対象に、食品安全におけるリスクアナリシスのあり方、化学物質のリスク評価と管理、遺伝子組み換え体やIT技術など新技術によるリスクなど、それぞれの問題点を整理しリスク軽減に向けた方法を提示している。とくに、新たに発生するリスクの多くは、国際的基準や連携のもとに管理する必要性が高まっており、国際的な視野が求められる。また、国内的にも、国民の相互理解を図るリスクコミュニケーションが位置づけられ、行政的にも多くの省庁の連携なしにリスク管理はできないことが特筆されている。

さらに、社会が成熟し価値観や倫理観が変わってきた段階でのリスクマネジメントや、安全・安心とゼロリスク認知の関係についても解説され、「社会の構成員が精神的現実として安心を獲得することと、専門家が物理的現実をもとにおこなうリスクアセスメントとの調和が求められている」と結論している。本書は学問的にも高度で、最近発生しているリスクを正確に捉え、その解決方策を導く上で的確な指針を提示しており、「リスク研究」の参考書として大いに活用されるものと願っている。

目次

増補改訂版の刊行にあたって

刊行にあたって

執筆者一覧

編集方針

目次

第1章 リスク学の領域と方法

[概説] リスク学の領域と方法−リスクと賢くつきあう社会の知恵−

不確実性・不安そしてリスク/安全とリスクの違い/健康と環境−リスク学とのかかわりにおいて/技術リスクの社会的規制/予防原則と世代間倫理/化学物質汚染−公害から環境リスクへ/リスク対策と産業の発展と化学技術の振興−化学の新しい潮流/国際機関のリスク研究/ゼロリスクの理念−リスク管理のクライテリア/リスク学の基礎学と関連学問領域/日本リスク研究学会小史/引用・参考文献

第2章 健康被害と環境リスクへの対応

[概説] 健康被害、健康リスク、環境リスク

[概説]環境リスクの概念の変化と次世代・グローバルリスクの登場

労働現場の有害因子と健康障害/労働災害補償および労働者災害の現況/労働衛生管理/放射線の健康リスク/電磁波の健康リスク/重金属曝露に伴う健康へのリスク/農薬の健康リスク/バイオ技術のリスク/新たな感染症のリスク/生態リスク/廃棄物処理で得られるもの、失うもの/ダイオキシンと健康リスク/環境ホルモンのリスク評価−in vitro, in vivo assay の確立−/環境基準とサーベイランス/新規化学物質のリスク評価/循環型社会におけるリスクの制御/内分泌攪乱物質のリスクアセスメント/引用・参考文献

第3章 自然災害と都市災害への対応

[概説]自然災害のリスクマネジメント

[概説]まれな災害に備えつつ、暮らしの豊かさを求める−まちづくりとのかかわり

都市型産業災害/都市災害とパークシステム/都市地震火災/日常的な交通事故/洪水の水災害/社会的背景の下での渇水被害/日本の土砂災害対策/地震による災害/都市直下型地震とライフライン/緊急支援、災害復旧と生活復興/巨大な自然災害と防災工学/高圧ガス保安におけるリスク思想/引用・参考文献

第4章 高度技術リスクと技術文明への対応

[概説] 技術リスクと高度技術社会への対応

巨大技術システムの事故/深層防護/人的因子/自動化の皮肉/組織事故/安全文化/事故調査/LPHCリスク/どれだけ安全なら十分に安全か/技術リスクの評価と管理/技術のリスク認知とコミュニケーション/バイオハザード/情報ネットワーク・リスク/技術の開発・利用と倫理問題/技術リスク論議における対立/引用・参考文献

第5章 社会経済的リスクとリスク対応社会

[概説]社会経済的リスクの分析とマネジメント

金融バブルの歴史と教訓/金融リスクとデリバティブ/保険史−過去・現在未来/不確実な資産の管理と選択/モラル・ハザードと逆選択/ゲーム理論と戦略リスク/環境リスク便益分析/迷惑施設の立地問題とリスク対策/日本的経営とリスクマネジメント/環境破壊による社会経済的なグローバルリスク/危機管理と保険によるリスク処理/環境の劣化に対する保険/環境監査とリスク/引用・参考文献

第6章 リスク評価の化学と方法

[概説]リスク評価の科学的手法

[概説]システムズアプローチによるリスクの構造的把握

プロセス安全とシナリオライティング/リスク評価の枠組みと定量化の手順/リスク評価に用いられるデータの信頼性、的確性、有用性の検討、評価プロセスの透明性と独立性/健康リスク評価における用量−反応評価/曝露評価とシミュレーション技法、生物学的モニタリング/不確実性と信頼性の評価/環境疫学/エコロジカル・リスク評価法/リスク評価の階層構造とシステムズアプローチ/国際機関等の健康・環境リスク評価の方法ガイド/リスク分析における確率と揺らぎ/システムの故障解析/事故統計と要因分析/決定理論によるリスク評価/リスク重篤度の比較/リスク評価のクライテリア/引用・参考文献

第7章 リスクの認知とコミュニケーション

[概説]リスク認知とリスクコミュニケーション

リスク認知と受け入れ可能なリスク/文化とリスク認知/市民のリスク認知/専門家のリスク認知/過大視されやすいリスク/リスク便益分析と社会的受容/リスクコミュニケーションのプロセスと送り手の信頼性/リスクコミュニケーションの戦略/リスクコミュニケーションとパブリックインボルブメント/情報提示の方法と送り手−受け手関係のバイアス/情報不足が生み出す不安/リスクコミュニケーションの情報支援システム/環境化学物質のリスクコミュニケーションガイド/医療上のリスクとインフォームドコンセント/PCBの元事務所での適正処理をめぐるリスクコミュニケーション/ジャーナリズムとリスクコミュニケーション/引用・参考文献

第8章 リスクマネジメントとリスク対策

[概要]リスク対応の戦略、政策、制度

緊急事態となるリスクと危機管理/リスク封じこめとリスク回避のマネジメント/比較リスクによるリスク削減戦略/予防原則と後悔しない政策/譲渡可能な排出許可証/資源管理と持続可能性へのマネジメント/リスク低減への規制と誘導/製造業者の責任と消費者の自己責任/環境規格とリスクマネジメント/情報公開とリスク選択への参加/遺伝子組換え食品への市民の対応/健康と環境のリスクを削減する国家戦略/環境法に組みこまれたリスク対応制度/公害健康被害補償法/リスクアセスメントはリスクマネジメントと切り離せない過程−環境基準設定の事例/環境アセスメントとリスク管理/リスク学の研究教育組織とリスク研究の学会/引用・参考文献

第9章 リスク対応の新潮流

[概説]近年のリスク学の動向−新規に浮上してきたリスク問題に対応するリスク学の構築に向けて−

食品安全とリスクアナリシス−BSE問題をきっかけに何が変わったか?/食品のトレーサビリティとリスク管理/高病原性鳥インフルエンザの流行/PRTR制度とリスク情報の共有/化学物質管理の新たな制度的枠組み/化学物質管理の最近の動向/第一種監視化学物質のリスク評価/欧州連合のイニシアティブから展開した予防原則/巨大災害をめぐる減災戦略/企業や組織の存続をかけたマネジメント/正念場を迎えたグローバルリスク対応−地球温暖化対策/頻発する技術リスクと技術管理の未来/安全・安心の科学技術基盤に要求されるリスク洞察力/安全と安心の心理と社会/コンセンサス会議/リスク管理のための人材養成プログラム−環境リスクを中心に/引用・参考文献

用語解説

リスク研究に関連するホームページ

増補改訂版 編集後記

事項索引

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