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情報:農業と環境 No.77 (2006.9)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介208: 環境ホルモン ―水産生物に対する影響実態と作用機構―、 「環境ホルモン―水産生物に対する影響実態と作用機構」編集委員会 編、 恒星社厚生閣 (2006) ISBN4-7699-1042-8 C3045

「Our Stolen Future(日本語訳:奪われし未来)」が1996年に米国のシーア・コルボーンらによって出版された。これを契機に、環境中の化学物質による生態系、さらには人への影響が危惧(きぐ)され、社会的に大きな関心事となった。DDTやダイオキシン類など有機塩素系化学物質が生物の体内に蓄積する現象は、以前から野生生物で確認されていたが、コルボーンらが提起した問題は、雌雄同体、卵孵化率の低下、繁殖阻害など、生殖内分泌系への影響を示唆するものであった。

わが国では、このような内分泌かく乱物質を「環境ホルモン」と呼び、野生生物で観察されている形態異常や生態系のかく乱などとの関係を解明するため、各種の調査研究が企画・推進された。1998年、環境庁(当時)は、本問題に対する方針を「SPEED'98」として取りまとめた。その中で、内分泌かく乱物質は「動物体内に取り込まれた場合に、本来、その生体内で営まれている正常なホルモン作用に影響を与える外因性の物質」と定義され、危惧される物質がリストアップされた。社会的に大きく取り上げられた理由は、人工の化学物質が生殖内分泌系を阻害し、人の生存に将来危害を及ぼすのではないかという懸念の一方で、内分泌かく乱作用の評価法や超微量での試験方法など、新たな問題に対する研究蓄積があまりにも少なかったことに起因する。

このような背景から、農林水産省はプロジェクト研究「農林水産業における内分泌かく乱物質の動態解明と作用機構に関する総合研究」(1999〜2002年)を推進し、内分泌かく乱作用が疑われる化学物質を対象に、水生(産)生物、陸域生物、家畜への影響と作用機構、農作物、食品への移行や蓄積など動態の解明、さらに、環境中における汚染化学物質の分解除去技術の開発など、広範囲の研究を実施した(成果は「農林水産省農林水産技術会議事務局研究成果433」として公表)。このプロジェクト研究の中で、水産生物についてはイボニシ、コイなどで内分泌かく乱作用を示唆する報告がすでにあり、その影響実態と作用機構の解明に関する研究が進められていた。そのため、他の分野をリードする形で成果の蓄積が加速された。

本書は、上記のプロジェクト研究の中で水産研究分野によって明らかにされた成果をもとに、内分泌かく乱物質に関わる科学的知見を集約し、残された課題や問題点などを整理して、今後の研究推進方向を明確にすることを目的に出版された。水域環境には、ホルモン作用を正に制御するエストロゲン様物質(天然の女性ホルモン、経口避妊薬、アルキルフェノールなど)、男性ホルモン類似物質、ホルモン作用を負に制御するDDE(DDTの代謝産物)など、多種多様な化学物質が分布し、水生生物に影響を及ぼしている。これらの化学物質による水域環境の汚染と影響の実態、影響の評価手法、内分泌かく乱作用機構などに関する研究の現状が要領よくまとめられており、内分泌かく乱研究の動向を探る上で貴重な情報を提供している。農林水産省でのプロジェクト研究の成果を、多くの研究者や水産業の関係者が利用できるように、1冊の成書として出版されたことに敬意を表したい。

目次

まえがき

 I. 環境ホルモン問題の経緯

1. 汚染実態と水生生物影響の概要

§1. 問題の経緯

§2. 内分泌かく乱物質の作用機構の概略

§3. わが国における汚染の実態

§4. 内分泌かく乱物質の魚類に対する影響の概要

§5. まとめ

II. 水域汚染の実態と水域環境における動態

2. エストロゲン様内分泌かく乱物質の分布・動態―東京湾

§1.東京湾と流入河川、下水処理水中における分布

§2.東京湾のEDCs汚染の歴史

§3.エストロゲン活性へ寄与している物質の特定

§4.ウォーターフロントのノニルフェノールのホットスポット汚染

§5.魚貝類への内分泌かく乱物質の蓄積

3. 培養細胞を用いたスクリーニング

§1.方法

§2.結果および考察

§3.まとめと今後の課題

III. 水産生物に対する影響実態と評価

4. ビテロジェニンによる影響評価

§1.沿岸域の影響評価

§2.内水面における影響実態

§3.内湾干潟域における影響実態

5. コリオジェニンによる影響評価

§1.コリオジェニンとは

§2.コリオジェニン定量法の開発

§3.エストロゲンによるコリオジェニンの産生誘導

§4.マコガレイの血中コリオジェニン濃度の季節変化

§5.東京湾におけるマコガレイの影響実態

§6.今後の課題

6. アサリの性の変異による影響実態の解明

§1.アサリの生殖異常の把握手法

§2.構築した影響実態評価手法の有効性の確認

§3.影響実態の評価

IV. 水産生物に対する影響と作用機構

7. 動物プランクトンに対する影響と作用機構

§1.各種化学物質の急性毒性

§2.カイアシ類

§3.ミジンコ類の生殖特性に与える影響

§4.ワムシ類に対する作用

8. 魚類の生殖内分泌系における作用機構

§1.魚類の生殖内分泌機構

§2.内分泌機構に及ぼす影響

§ おわりに

9. 魚類の産卵・回遊行動に及ぼす影響と作用機構

§1.サケ科魚類の回遊行動に対する影響の解明

§2.サクラマスの河川遡上行動へのエストロゲンの関与

§3.河川遡上行動への芳香化酵素阻害剤とエストロゲン様EDCsの効果

§4.サケ科魚類の雄の性行動に対する影響の解明

§5.サクラマスの雄の性行動を統御する性ホルモン

§6.サクラマスの雄の性行動に与えるエストロゲン様EDCsの影響

§7.まとめ

10. 魚類の性分化と内分泌かく乱物質

§1.魚類性分化の形態的特徴

§2.性分化の生理機構

§3.EDCsの魚類性分化に及ぼす影響

§4.EDCsの性分化に及ぼす複合影響

V. 今後の研究のために

11. 研究のまとめと今後の課題

§1.研究のまとめ

§2.今後の課題

索引

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