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情報:農業と環境 No.77 (2006.9)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 下水汚泥を施用した土壌のカドミウム収着特性

Cadmium sorption in soils 25 years after amendment with sewage sludge
M. B. McBride, K. A. Barrett, B. Kim and B. Hale
Soil Science, 171, 21-28 (2006)

農業環境技術研究所では、汚泥肥料を安全に利用するため、汚泥肥料に含まれているカドミウム量を把握するとともに、作物に吸収されやすいカドミウムが汚泥施用土壌にどの程度含まれているかを評価する方法を検討している。作物に吸収されやすいカドミウムの量は、土壌の無機成分や有機物によるカドミウムの収着(内部への吸収、あるいは表面への吸着)と密接に関係している。ここでは、汚泥施用土壌の無機成分によるカドミウムの収着に関する論文を紹介する。

下水処理場で汚水を処理した後に残る下水汚泥は、窒素、リン酸を豊富に含むため、肥料として農地に施用することが行われている。だが、下水汚泥には微量の重金属が含まれていることが多く、多量に施用すると土壌中の重金属濃度が高まるリスクがある。そのため、わが国においては、肥料として利用される下水汚泥中の重金属濃度を規制することによって、農産物の安全を確保している。海外においても同様な規制があり、たとえば米国では、汚泥利用に関してリスク評価に基づいた規則が定められている。この規則では、下水汚泥中に含まれる鉱物や有機物には重金属を強く収着する性質があるため、下水汚泥を連用しても、土壌中の重金属濃度がある値に達するまでは、重金属はほとんど水に溶け出さないと想定している。しかし、下水汚泥中の鉱物や有機物が重金属を収着する特性は、実験室内の理想的な条件で検討されていることが多く、実際の圃場(ほじょう)条件での検討例は少なかった。

ここで紹介する論文では、鉄やアルミニウム鉱物が下水汚泥施用土壌の重金属を長期にわたり保持しているという説を検証するため、20年以上前に下水汚泥が施用された土壌のカドミウム収着特性が調べられた。調査の結果は、鉄およびアルミニウム鉱物は、下水汚泥施用土壌におけるカドミウムの収着にあまり寄与していないことを示唆するものであった。

分析には、1973年から1980年まで、3種類の下水汚泥(カルシウムを多く(159 g/kg)含むCa汚泥、鉄を多く(75 g/kg)含むFe汚泥、アルミニウムを多く(29 g/kg)含むAl汚泥)を連用した畑土壌が用いられた。

まず、土壌中のカドミウムの収着に寄与すると考えられる鉄の存在形態と濃度が、各種の抽出法を使って測定された。塩酸ヒドロキシルアミン抽出、CBD (citrate-bicarbonate-dithionite) 抽出、過酸化水素抽出による鉄濃度は、いずれも、Ca汚泥区や汚泥を施用しなかった対照区より、Fe汚泥区とAl汚泥区の土壌で高かった。このことは、鉄を多く含む汚泥を連用した場合、汚泥施用後20年以上を経ても、遊離の鉄酸化物などの反応性に富む鉄が土壌に保持されていることを示している。しかし、ピロリン酸ナトリウム抽出による鉄濃度は、どの汚泥施用区においても、対照区と同等か低い傾向にあった。これは、有機物と結合している鉄の濃度は、汚泥の施用によって高まっていないことを示している。

次に、土壌中のカドミウムの溶解性(水への溶け出しやすさ)が、各土壌におけるカドミウムの分配係数(土壌に水を加えた時に、土壌粒子と土壌溶液にカドミウムが分配される比率)から検討された。Fe汚泥区土壌の分配係数は対照区土壌とほぼ同じであり、Fe汚泥の施用はカドミウムの収着に寄与していないことが示唆された。Al汚泥区土壌の分配係数は対照区土壌とほぼ同じか小さく、Al汚泥の施用により、土壌のカドミウム収着量が減少する可能性が示された。Ca汚泥区土壌の分配係数は対照区土壌より顕著に高く、Ca汚泥施用土壌はカドミウムを強く収着することが示された。ただし、各種の抽出法によるCa汚泥区土壌の鉄濃度は無施用の対照区土壌と同程度か低いことから、汚泥に由来する鉄酸化物がカドミウムの収着に寄与しているのではなく、Ca汚泥区の土壌pHが高いことが土壌への分配係数を高めたおもな要因であると考えられた。

以上の分析結果から、著者らは、汚泥中の鉄とアルミニウムは、汚泥施用土壌のカドミウムの収着にあまり寄与しないと結論している。

汚泥施用土壌におけるカドミウムの挙動(水への溶け出しやすさなど)に関する試験はこれまでに多くなされているが、一定の傾向が認められていない。その理由として、用いた汚泥のカドミウム濃度が試験ごとに異なっていること、また、カドミウムの分配係数が用いた土壌によって異なっていること、そして、今回紹介した論文にあるように、汚泥に由来する鉄などの無機物の分配係数に対する寄与率が試験ごとに異なっていることなどが指摘されている。無機物がカドミウムの分配係数に寄与せず、カドミウムの土壌への吸着率が高まらない場合、汚泥施用を中止しても有機物の分解に伴い作物に吸収されやすいカドミウム濃度が上昇することも想定される。汚泥を長期間にわたって安全に利用するには、土壌および汚泥のカドミウム収着特性に関する情報をさらに蓄積していく必要があろう。

土壌環境研究領域 川崎 晃

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