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情報:農業と環境 No.84 (2007.4)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 227: リスクってなんだ? 化学物質で考える、 花井 荘輔 著、 丸善株式会社 (2006) ISBN 4-621-07754-6

近年、あらゆる場面で 「リスク」 という言葉が使われるようになった。そして、「リスク評価」、「リスク管理」、さらに 「リスクコミュニケーション」 も一般化してきているが、リスクそのものの意味が曖昧(あいまい)であったり、使用される分野や立場の違いによって、とらえ方に差異も認められる。リスクの本来の意味は、都合の悪い単なる不利益や不安感ではなく、不利益の起こる可能性や確率である。また、社会全体に大きく影響するリスク情報(報道)によって不安感が増大される現象が多くみられ、1999年のダイオキシン報道による農産物への風評被害も一例である。

このようなリスク問題を取り巻く状況から、筆者はリスクを管理するためには 「リスクに基づく意思決定を重要」 とし、「リスクとはなにか、その定量的評価はどう進めるのか、その結果をどのように意思決定につなげるのか」 を平易にまとめることを本書の目的にしている。そのため、目次からわかるように、生活に親しみのあるテーマを取り上げて、読みやすさを求めた配慮がみられ、その中で、リスクの考え方、その評価や管理の方法について理論的に説明している。そして、本書は化学物質の安全管理の視点から、とくに、人間社会にマイナスの影響が起こる可能性についてのリスク評価に重点を置いている。

全体を通して、リスクの評価方法がていねいに整理され、さらにリスクの変動性や不確実性なども的確に記述されており、化学物質による人の健康、生態系への影響、爆発や火災の発生に対するリスクを評価する上での情報が満載されている。さらに、各章にコラムやポイントが設けられ、親切な説明が付されており、本書の目的の達成に大きく役立つものと評価したい。

著者は、「あとがき」 で 「どうもリスクという考え方は日本には馴染まないのではないかなという感じを禁じることができない」 と記しており、リスクの評価や管理に必要な科学的データや説得できる具体的な方法論の欠如(けつじょ)に問題点を提起している。化学物質のリスクが分かりやすくまとめられた良書として推薦したい。

目次

第1章 長生きするのも“リスク”? ・・リスクってなんだろう

身のまわりにあふれる“リスク”/化学物質のリスク/化学物質のリスクアセスメント/第1章のポイントとまとめ

★ コラム

化学物質/化学の広がり/リスクの定義/ヒトと人/環境生態系

第2章 青酸カリにも出番あり? ・・ハザード管理とリスク管理

ハザード ―良くない影響/ハザードの程度 ―急性毒性値 (LD50) の例/起こる可能性 ―暴露に至る道筋/ハザード管理からリスク管理へ/まとめ/第2章のポイントとまとめ

★ コラム

ハザード/急性毒性と慢性毒性/道筋と経路/環境媒体と暴露媒体

第3章 風が吹いたら桶屋が儲かる? ・・リスク評価のシナリオ

源から影響を受けるヒトまで ―シナリオ/シナリオとして確定すべき要因/評価シナリオの具体的内容/公表されたリスク評価におけるシナリオの例/いろいろなリスクアセスメント/まとめ/第3章のポイントとまとめ

★ コラム

消費者室内暴露シナリオ確定のための質問/一般的・平均的な評価 (generic) とその場に固有の評価 (site-specific)

第4章 この臭いの原因は,あれかな? ・・直接暴露

直接暴露と間接暴露/直接暴露 ―そこの“その”物質との関係/簡単な評価の例/数理モデルのいろいろ/まとめ/第4章のポイントとまとめ

★ コラム

レセプター/“直接”暴露と“間接”暴露/灯油/ACGH と TLV ―許容濃度/トリハロメタン/“場の管理”と“個人の管理”

第5章 ここはどこ? あなたはだれ? ・・間接暴露

間接暴露のプロセス/間接暴露のシナリオの例/発生源と発生量の推定/環境媒体中の挙動評価モデル/まとめ/第5章のポイントとまとめ

★ コラム

PRTR法と排出量データ/フガシティ (fugacity: 逃散度:f)

第6章 ミクロのツアー ・・摂取・吸収・体内動態

取り込み量の推定 ―経路/少し細かい議論 ―摂取と吸収/体内での動き ―標的へ/経皮吸収の問題/まとめ/第6章のポイントとまとめ

★ コラム

皮膚透過係数の予測/生物利用率 (bioavailability)/経皮リスク評価モデル: RISKOFDERM/暴露因子ハンドブック “Exposure Factors Handbook”

第7章 “リスク” は “クスリ” の逆!? ・・健康影響

影響のいろいろ/影響の量依存性/リスク評価での利用/外挿と不確実性係数:UF/まとめ/第7章のポイントとまとめ

★ コラム

dose-response assessment/systemic effect: 全身影響/NOAEL,BMD,LED10,POD/不確実性係数と不確実係数/ヒト安全量・無影響量・許容量・参照容量

第8章 メダカの学校のアスベスト? ・・環境生態影響

環境生態影響―なにを、なぜ、どう?/環境中の動植物の世界/一般的な初期リスク評価 ―環境省の例/米国EPAの詳細な環境生態リスク評価/まとめ/第8章のポイントとまとめ

★ コラム

ecology?/環境生態リスク?/生物ピラミッド

第9章 人生いろいろ,この世は不可解? ・・変動性と不確実性

変動性Vと不確実性U/まずV ― variability: 変動性/次いでU ― uncertainty: 不確実性/改良の方向 ―1点評価を超えて/まとめ/第9章のポイントとまとめ

★ コラム

不確実性?/デフォールト/パラメータの分布/モンテカルロ法

第10章 1より小さいと倒壊? ・・リスクの判定

リスクの指標/リスクの判定とクライテリア/リスク判定からリスク管理へ/リスクにもとづく意思決定/まとめ/第10章のポイントとまとめ

★ コラム

リスクの“判定”― risk characterization?/リスク―ベネフィット―コスト

第11章 ハラがへってはいくさができぬ ・・データベースとシステム

必要なデータ/データの入手法/各種のデータベース/リスク評価システム /まとめ/第11章のポイントとまとめ

★ コラム

化学物資の ID ― CAS 番号/定量的構造活性相関: QSAR

第12章 こんなんでどや? こうとちゃう? ほんならこれでいこか! ・・リスクを超えて合理的な意思決定にむけて

化学物質のリスクアセスメント/なにが必要?/触れることができなかった問題 ―の,ほんの一部/今、どうだろうか?/そしてこれから ―またまたないものねだりを/つけたし ―実りある対話のために ―リスク評価を超えて/第12章のポイントとまとめ

★ コラム

継続性と蓄積性/“正” “反” “合” を関西弁で

参考資料と引用資料

略語表

あとがき

索引

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