前の記事 目次 研究所 次の記事 (since 2000.05.01)
情報:農業と環境 No.90 (2007.10)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 除草剤耐性作物 商業栽培10年を振り返る

毎年1月に発表される ISAAA (国際アグリバイオ事業団) の報告によると、2006年に世界で商業栽培された組換え作物の面積は約1億200万ヘクタールである。うちダイズとセイヨウナタネ (カノーラ) はすべて除草剤耐性品種であり、トウモロコシとワタは害虫抵抗性、除草剤耐性、および両方の形質を持った品種が栽培されている。ダイズ (5860万ヘクタール)、カノーラ (480万ヘクタール) の栽培面積と、トウモロコシ、ワタで除草剤耐性の形質を持つ品種の面積を合わせると、8300万ヘクタールで、世界で栽培されている組換え作物の81.4%が除草剤耐性品種である。

除草剤耐性作物は、特定の除草剤を散布しても作物自体は枯れず、作物以外の多くの雑草種を枯らすことができる。また、使用される除草剤は、広い殺草範囲を持つ非選択性の特徴を持つ。このような除草剤は道路ばたや公園など非農耕地での雑草防除に利用されたり、作物ほ場内で使用する場合は、使用の時期や方法などの制約のもとに利用されてきた。非選択性の除草剤を時期の制約なしに散布できる除草剤耐性作物は、除草作業を大幅に効率化し、作業に要する費用も減らした。このほかにも、除草剤耐性作物の飛躍的な普及の理由として、耕起回数の減少(不耕起栽培)による土壌流亡や水分損失の抑制、トータルで見た除草剤の環境中への流失量の減少、除草に用いるトラクターの化石エネルギー使用量の減少などがあげられる。しかし、生産者のアンケート調査では、「雑草防除手段の単純化・効率化」を第一にあげる例が多い。

いずれにしろ、除草剤耐性作物には多くのメリットがある。しかし、問題がないわけではない。それは現在除草剤耐性作物に利用できる除草剤の種類が限られていることである。カノーラではグリホサート、グルホシネート、ブロモキシニルを散布できる系統が商業化され、トウモロコシとワタではグリホサートとグルホシネート耐性系統がある。しかし、もっとも栽培面積の多いダイズはグリホサート耐性のみである。トウモロコシ、ワタ、カノーラでは、組換え作物にどの除草剤が利用されているかを示す公式な統計データはないが、これらの3作物でも、グリホサートを使用している割合はかなり高いと推定される。

1996年に米国、カナダ、アルゼンチンで除草剤耐性作物の栽培が開始されてから10年が経ち、2006年には、いくつかの総説が専門学術誌に掲載された。それぞれ異なる視点からレビューしており、組換え作物推進派や開発企業側から出される情報では触れられていない指摘も見られる。

Cerdeira (ブラジル農牧研究公社) と Duke (米国農務省) は255本の文献を引用して、「グリホサート耐性作物の現状と環境への影響」 をレビューした。彼らはメリットとして、1) グリホサートはそれまで使用されていた除草剤と比較して、土壌、水、大気など環境への負荷が小さい、2) 食品や飼料としての安全性に関するリスクは報告されていない、3) 不耕起栽培や耕起回数の減少によって、米国とアルゼンチンのダイズ、ワタ、トウモロコシ作は環境面で大きな利益を得た、4) ダイズ、カノーラでは収穫物中の異物(雑草種子)混入割合が減少した ―― などをあげている。これらは組換え作物推進の研究者や団体から発信される情報とほぼ一致している。しかし、今後の問題点として、1) 組換え作物圃場内で少なくとも3種の雑草(ブタクサ、オオホナガアオゲイトウ、ケナシヒメムカシヨモギ)にグリホサート抵抗性の発達が確認された、2) グリホサートではもともと枯れにくい雑草種(ツユクサ類やスギナ類など)がほ場内で優占化する傾向が見られる、3) グリホサートの連用散布によって、圃場内外に自生するボランティア雑草が増えている ―― などを指摘している。また、カナダのカノーラでは交雑によって組換え作物から近縁野生種への遺伝子流動 (遺伝子浸透) が確認されているが、グリホサート耐性遺伝子が野生植物集団に浸透しても、集団の適合度に有利に働く可能性は低いとしている。しかし、将来、除草剤抵抗性遺伝子とともに害虫抵抗性遺伝子を導入した組換えカノーラが栽培された場合は、遺伝子流動が野生植物集団に有意な影響を及ぼす恐れがあり、交雑を防止するための安全装置の開発が必要であるとしている。

Sandermann (ドイツ国立研究センター) は導入当初には予期されなかった生態的影響として、1) グリホサート抵抗性雑草のバイオタイプが各地で確認されていること、および、2) グリホサートの分解代謝物(アミノメチルリン酸、AMPA)が確認されたことをあげている。AMPA については、当初グリホサートは植物体に散布され、吸収後に他の代謝産物には分解されないと考えられていた。AMPA が土壌、水質、非標的生物種などに有害な影響を示すとした報告は現時点ではないが、Sandermann は「いったんグリホサート耐性作物が商業栽培されたら、栽培面積およびグリホサート使用量は飛躍的に増加するだろう。問題は質的 (急性、直接的) な影響より、総使用量である。ヨーロッパは、北米、南米の10年間の事例を教訓として、除草剤耐性作物の導入を進めるべきである」 と述べている。

Young (南イリノイ大学) も、1) 2000年頃から北米各地でグリホサートに抵抗性を発達させたケナシヒメムカシヨモギのバイオタイプが確認されている、2) グリホサートの散布時期を作物栽培後半にずらすことによって、選択圧の結果、つる性の難防除雑草(アメリカアサガオ)がほ場で優占化する傾向が見られる ―― などの問題点をあげている。さらに、彼はダイズやワタでは雑草防除に使用する除草剤の種類が減り、グリホサートに過度に偏重していることに強い危機感を示した。

ダイズでのグリホサート使用量は1994年までは上位5位に入っていなかったが、1996年に3位 (全体の25%)、1998年に1位 (47%) となって以来、その寡占化(かせんか)が進んでいる (2002年のシェアは79%)。ワタでもグリホサートは1998年に3位 (30%) に登場し、2001年に1位 (57%) となっている。一方、トウモロコシではイネ科植物に耐性を示すアトラジン系除草剤が2002年現在、1位 (シェア62%) を維持しており、グリホサートは上位5位までに入っていない。

「殺草作用の異なる複数の除草剤を利用し、選択肢の1つとしてグリホサートを組み込むことが除草剤抵抗性雑草を発達させないための適切な管理法である。しかし、多くの生産者がこれを放棄し、グリホサートのみに過度に依存している」 としてグリホサートの偏重(へんちょう)、濫用(らんよう)に警鐘を鳴らしている。Young は触れていないが、グリホサート寡占状態は新たな除草剤の研究開発に対するメーカーの投資意欲にも影響するのではないかという指摘もある。

3つの論文に共通するのは、いずれも除草剤耐性作物による影響というより、グリホサート (商品名ラウンドアップ) のみに依存した除草剤散布 (雑草防除) 体系の拡大に対する懸念である。これは開発企業 (モンサント社) の責任ではなく、他のメーカーが新商品の開発に遅れをとったことが原因であろう。デュポン社は現在、米国で殺草作用の異なる新たな除草剤耐性ダイズ系統 (スルホニル尿素系除草剤のアセト乳酸合成酵素阻害剤に耐性を示す) の栽培認可を申請している。ダウ・アグロサイエンス社も2007年8月、フェノキシ酸系除草剤に耐性を示す組換えトウモロコシとダイズを5〜7年以内に商業化する予定と発表した。一方、モンサント社は2007年8月、米国とカナダで、今までのグリホサート耐性ダイズ(MON40−3−2、商品名 Roundup Ready) に代わって、基礎収量が7〜11%多い、新たなグリホサート耐性系統(MON89788、商品名 Roundup RReady 2 Yield)の栽培承認を得た。日本など輸出先での安全性審査を経て、2009年から新系統の販売が予定されている。グリホサート1剤への偏重は好ましいことではないが、抵抗性雑草問題がよほど深刻化しない限り、北米のダイズ生産者の多くは高収量を得られる新タイプのグリホサート耐性ダイズを選択するのではないかと予想される。

なお、日本では食品安全性と飼料安全性の審査を受け、さらに 「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」 (通称 カルタヘナ法) によって、野外での栽培が認可された組換え作物は、形式上は一般のほ場での栽培が可能である。しかし、除草剤耐性作物を商業栽培する場合、グリホサートやグルホシネートを作物ほ場内に散布するためには、対象作物ごとに農薬登録を行う必要がある (農薬取締法第二条 「農薬の登録」)。現在、カルタヘナ法によって野外栽培が認められたダイズ、トウモロコシ、カノーラなどの除草剤耐性組換え作物に対する除草剤の登録申請は行われていない。商業栽培が始まらない限り、グリホサート抵抗性雑草の出現や、近縁植物との交雑 (遺伝子流動) が国内で問題となることはないであろう。

おもな参考情報

Cerdeira A.L. & S.O. Duke (2006) The current status and environmental impacts of Glyphosate-resistant crops, A review. Journal of Environmental Quality 35(5): 1633-1658.

Sandermann H. (2006) Plant biotechnology: ecological case studies on herbicide resistance. Trends in Plant Science 11(7): 324-328.

Young B.G. (2006) Changes in herbicide use patters and production practices resulting from Glyphosate-resistant crops. Weed Technology 20(2): 301-307.

前の記事 ページの先頭へ 次の記事