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情報:農業と環境 No.90 (2007.10)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 嫌気的環境でメタン酸化と脱窒を同時に行う微生物協同体

A Microbial Consortium Couples Anaerobic Methane Oxidation to Denitrification.
Ashna A. Raghoebarsing et al. Nature 440, 918-921 (2006)

現代の農業によって、炭素や窒素の循環が地球的規模で加速している。その一例として、農地で使われた肥料の窒素成分が硝酸塩となって流出し、周辺の河川や湖の富栄養化の一因となっていることがあげられる。また、農地周辺の水環境では、さまざまな微生物が炭素や窒素の循環に関わっている。河川や湖沼の嫌気的な底質では、メタン生成菌が有機物を分解してメタンを生成し、脱窒菌が硝酸塩を還元して窒素ガスを生成している。一方、酸素の多い水中では、メタン酸化菌が酸素を用いてメタンを酸化している。理論的には酸素の代わりに硝酸塩を還元してメタンを酸化することによってエネルギーを得るような反応経路が存在してもよいのだが、そのようなものは見つかっていなかった。ところが最近になって、嫌気的な環境でメタンの酸化分解と硝酸塩の還元 (脱窒) とを同時に行う微生物協同体 (2種以上の微生物が共生状態をとる集合体) の存在を確認した論文が発表された。

オランダの運河には、農業活動に起因する高濃度の硝酸塩が含まれており、その底質には高濃度のメタンが含まれている。著者らは、この底質の上層部を実験室に持ち帰り、エネルギー源としてメタンと硝酸塩あるいは亜硝酸塩だけを利用できる環境で、嫌気的に16か月間培養したところ、硝酸塩と亜硝酸塩を消費する微生物協同体を集積することに成功した。無機培地とメタンガスの供給を止めると、集積した微生物協同体によってメタンが徐々に消費され、窒素ガスが発生した。メタンの消費量と窒素ガスの発生量との間、硝酸塩・亜硝酸塩の消費量と窒素ガスの発生量との間に、それぞれ一定の関係が成り立つことから、嫌気的な環境でメタン酸化と脱窒とが同時に起こっていることが確認された。

この微生物協同体の膜脂質を分析したところ、古細菌のものと考えられる一つの脂質と、真性細菌のものと考えられるいくつかの脂質が検出された。そこで、安定同位体 ( 13C) で標識したメタンの添加後の、膜脂質の安定同位体比 (δ 13C) の変化を調べた結果、いずれの微生物でも膜脂質の安定同位体比が6日後には上昇したことが確認された。これは、実際にメタンの酸化が行われていること、また微生物がメタンに由来する炭素を取り込んでいることを示している。しかし、取り込みの程度は膜脂質の種類によって大きく異なり、膜脂質の生成時に取り込む炭素源の違いや微生物そのものの増殖速度、膜脂質の生成速度などの違いによるものと考えられる。メタンに由来する炭素がそれぞれの膜脂質に取り込まれる程度が、硫酸塩の還元と共役した嫌気的なメタン酸化を行う古細菌と真性細菌による微生物協同体とよく似ていることから、同様に、古細菌と真性細菌の協同体が脱窒と共役した嫌気的なメタン酸化を行っていると、著者らは推測している。

この微生物協同体の構成メンバーを系統学的に同定するため、集積培養した微生物協同体から染色体 DNA を分離し、古細菌と真性細菌に共通して存在する 16S rRNA の遺伝子ライブラリーを構築した。そのクローンの塩基配列を解析したところ、この微生物協同体に含まれる1つの優勢な真性細菌は、これまで知られているどの系統の真性細菌群からも離れた系統に属していることが明らかになった。一方、この微生物協同体に含まれる優勢な古細菌は、硫酸塩を利用してメタン酸化を行う微生物協同体に含まれる古細菌と遠縁にあたる系統であった。

それでは、この微生物協同体は炭素や窒素の循環にどの程度寄与しているのだろうか。著者らが新たな微生物協同体を発見したオランダの運河のように、窒素肥料や家畜ふん尿に由来する硝酸塩を含んだ嫌気的な土壌、河川・湖沼の底質、地下水系などでは、この微生物協同体が活動しうると考えられる。実際、今回発見された真性細菌とよく似た塩基配列を持つ 16S rRNA は、琵琶湖の底質の脱窒層や、米国の地下水からも検出されており、この微生物協同体が世界中に広く分布している可能性がある。人間活動によって炭素や窒素の循環が増大している現代の地球環境においては、このような微生物協同体がゆっくりと、だが無視できない割合で炭素や窒素の循環に関与しているのかもしれない。

(物質循環研究領域 中島泰弘

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