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情報:農業と環境 No.94 (2008.2)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 野生種と家畜化された近縁種の間での交雑を検知するための統計解析手法

Detecting hybridization between wild species and their domesticated relatives
Ettore Randi, Molecular Ecology 17, 285-293 (2008)

家畜とその原種である野生動物、外来種と在来種などの間の交雑は、種の適応度(生存力)を低下させる恐れや、その独自性を喪失させてしまう危険性があると指摘されており、遺伝的な生物多様性の保護という観点から、さまざまな研究が行われている。農業環境技術研究所においても、外来のタンポポと在来種の間の交雑や、遺伝子組換え作物と非組換え作物や野生種との交雑の状況を調べ、その影響を評価する研究を行っている。だが、交雑が目に見える変化(表現型の変化)を伴うとは限らず、交雑が予想される種の、親個体群と交雑個体群が区別できていない場合や、交雑がめったに起きない場合には、交雑による遺伝子流動を正確に検出することが難しかった。ここでは、そのような場合でも適用可能な、遺伝情報を用いた、効率的な統計解析手法に関する研究を紹介する。

この論文は、イヌとオオカミの間、イエネコとヤマネコの間の種内の交雑、および、狩猟対象種として、欧州各国で放飼されているウズラの仲間であるイワシャコとアカアシイワシャコとの種間の交雑についてのケーススタディの結果をまとめたものである。これまでの研究で北米やイタリアのオオカミの中に、イヌにしか見られない表現型(後肢に親指の痕跡がある、毛皮が黒いなど)を持つ個体がいることが知られていた。しかし交雑個体の表現型に常に違いが現れるわけではないため、その交雑の程度を評価することは難しかった。またハンガリーやスコットランドでは経験的にヤマネコとそれを原種とするイエネコの野生化個体との交雑があることが知られていたが、家畜化の過程で表現型にほとんど変化がなかったため、原種個体群の同定は非常に困難であった。

著者らは、個体から摂取したDNA情報の違いを、ベイズモデルによる新たな統計解析ソフトウェアで解析した。その手順は、簡単には次の3つのステップからなっている。(1) サンプルのDNA情報をもとに、分類手法の一つであるクラスター分析を用いて、もっともデータの説明がつきやすいカテゴリー数を推定する。(2) サンプルの遺伝情報から考えられる交雑個体のもつDNA情報のパターンを推定する。(3) サンプルがそれぞれどのグループ(クラスター)に属するかを推定する。なお、使われた統計解析ソフトウェアや、より詳しい手順については、下の「統計解析の手順」をご覧いただきたい。

解析の結果、欧州のオオカミとイヌの間では、比較的、交配隔離が強く遺伝子流動は起きにくいこと、イエネコとヤマネコの間では、地域によって遺伝子流動の程度が大きく異なること、イワシャコ、アカアシイワシャコは放飼された個体と交雑しており、適応度の低下の危険性があること、などが明らかになった。

この方法では、限られたDNA上の指標(マーカー)を用いて、交雑個体、原種との戻し交雑個体の遺伝情報をシミュレートすることにより、交雑検知のための労力を軽減することを可能にしている。交雑の監視は長期間の活動が必要となるため、これは非常に重要なポイントとなる。また今回示した手法をマニュアル化することで原種と交雑個体群を区別し、その結果を地図上にマッピングして、(1)保護すべき個体群の特定、(2)狩猟対象種の放飼に関する管理規制などの政策を実行する上での判断材料を提示することができる。

交雑による遺伝子流動頻度の推定においてはさまざまな困難が伴うが、今回紹介した手法は、外来種と在来種、組換え作物と非組換え作物との交雑などの交雑頻度を遺伝的情報から推定する時に、一つの枠組みとなりうると思われる。

統計解析の手順

親個体と交雑個体が混じったサンプルから得たDNA情報(マイクロサテライトマーカー)をもとに、STRUCTURE (Pritchard et al. 2000; http://pritch.bsd.uchicago.edu/structure.html) (ベイジアンクラスタリングを行うソフトウェア)を用いて、サンプルをグループに分け(クラスター化)、最適なクラスター数を推定する。

STRUCTURE 2.1 (Falush et al. 2003) を用いて、マーカー同士の独立性を表す、連鎖不均衡をベイズ推定する (事前分布は仮定せず、純粋に遺伝子情報のみを利用)。

得られた連鎖不均衡を用いて HYBRIDLAB (Nielsen et al. 2001; http://www.difres.dk/ffi/uk/populationgenetics/hybridlab) (サンプルから仮想的に交雑個体の持つ遺伝子情報を推定するソフトウェア)で、それぞれの分布頻度に応じたランダムな交雑を仮定して親個体群、交雑第1代個体群(F1)、交雑第2代個体群(F2)、戻し交雑個体群それぞれの遺伝情報、ならびに交雑個体群の遺伝領域の由来割合を推定する。

各クラスターの平均的な遺伝子型を決定した上で、すべてのサンプル個体がどのクラスターに当てはまるかを推定し、多変量解析手法の一つである対応分析(factorial correspondence analysis)を用いてクラスター間の関係性を可視化する。

なお、この研究では20以下のマイクロサテライトマーカーを用いているが、20以上のマーカーを使用することが望ましい。

(生態系計測研究領域 大東健太郎

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