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情報:農業と環境 No.94 (2008.2)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 248: 照葉樹林文化とは何か ―東アジアの森が生み出した文明、 佐々木高明 著、 中央公論社(2007) ISBN978-4-12-101921-9

中尾佐助氏が「栽培植物と農耕の起源」の中で照葉樹林文化論にふれてから40年、「照葉樹林」という言葉は今や一般的に使われている。照葉樹林文化は雑穀・根栽型の焼き畑農業、モチ種作物の開発と利用、ナットウや麹酒、飲茶、桑を食べない蚕、漆と竹細工、天の羽衣その他の類似した昔話や神話で特徴づけられる。「照葉樹林文化」に対する関心が一般市民の間にも広まっていった背景には、世界のグローバル化の流れの中で、日本人が自らのアイデンティティーに関心を抱くようになったこと、それと、環境問題、自然保護運動の高まりがあるという。

本書は3部構成で、第一部「照葉樹林文化とは」では、照葉樹林文化の特色を、写真や資料などを多く用いて詳しく解説している。

第二部の「照葉樹林文化の成立・展開と日本文化の形成」では、照葉樹林文化論の展開、照葉樹林文化と稲作文化の関係、日本の基層文化の形成プロセスと照葉樹林文化の伝来と定着の意義を説明し、照葉樹林文化論の役割について考える。

第三部「照葉樹林文化と稲作文化をめぐって」は、東アジアにおける農耕文化の形成と展開にかかわる重要な問題をめぐって、植物学者の堀田満氏、環境考古学者の安田喜憲氏、植物遺伝学者の佐藤洋一郎氏、それに民族学者である著者の4名の討論の記録である。そこでは、稲作とその文化について、最新の知見をもとに起源と発展について論じており、稲作文化と照葉樹林文化の関係や長江文明の興亡などが取り上げられている。イネについては、以前はアッサム・雲南が起源とする説が有力であったが、ジャポニカ系統のイネとインディカ系統のイネは野生の段階から異なる遺伝的特徴を備えており、別々の起源であるとする説が唱えられている(多起源説)。そうした前提の下で、長江中・下流起源論に学説が移っている。イネの栽培化の過程で起こったであろう、栄養繁殖から種子繁殖への変異と選抜、15,000年前ころから始まる温暖期と11,500年前ころに起こった突然の寒の戻り、そうした気候変動がイネの栽培化に大きく影響したと考えられている。

「照葉樹林文化論の決定版」と銘打っているが、とくに稲作との関係、稲作(文化)の歴史に関しては、新しい知見に基づいて説が展開されており、読者の関心を強く引くことは間違いない。モンスーンアジアの農業や食糧問題、環境問題、そして何よりも日本の文化の起源を考える上で、有益な一冊と言えよう。

目次

第一部 照葉樹林文化とは 目で見る照葉樹林文化

1章 照葉樹林帯とその生業

(1) 焼畑と森の幸の利用

(2) 稲作の起源とその展開

2章 照葉樹林帯の食文化

(1) モチ種の開発とその利用

(2) 発酵食品のさまざま

3章 さまざまな文化の共通性

(1) 照葉樹林帯を特色づける技術と文化

(2) 習俗と信仰の世界

(3) 照葉樹林文化のセンター

第二部 照葉樹林文化論の成立・展開と日本文化の形成

4章 照葉樹林文化論の成立 ―――その背後にあるもの

(1) 照葉樹林文化論を生み出したもの

(2) 照葉樹林文化論の提唱と日本文化起源論への接近

5章 照葉樹林文化論の展開

(1) 照葉樹林文化論の枠組の形成

(2) 照葉樹林文化論の充実 ―――フィールド・ワークと成果の蓄積

(3) その後の照葉樹林文化論

6章 照葉樹林文化と稲作文化

(1) 照葉樹林文化と稲作文化の関係の再検討

(2) 『稲作文化』で論じたこと

(3) 稲作文化の独自性はどこにあるか

7章 日本文化の形成と照葉樹林文化

(1) 二つの日本文化起源論 ―――岡正雄と柳田邦男

(2) いくつかの日本文化形成論と照葉樹林文化

(3) 照葉樹林文化の伝来と定着

第三部 討論 照葉樹林文化と稲作文化をめぐって

照葉樹林文化論と稲作文化 ―――問題提起に代えて

イネを生み出した前提条件はなにか

栽培稲の誕生

長江中流域か下流域か

照葉樹林文化と稲作文化の位置づけ

長江文明の稲作の実態

照葉樹林文化論の検証

あとがき

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