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情報:農業と環境 No.94 (2008.2)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 249: 異常気象は家庭から始まる ―脱温暖化のライフスタイル、 デイブ・レイ 著、 日向やよい 訳、 日本教文社 (2007) ISBN978-4-531-01552-8

温室効果ガスの排出が環境に及ぼす影響を研究していたデイブ・レイ (エディンバラ大学) (本書の著者) は、地球温暖化の深刻さを十分に理解していた。そのため、1997年に京都議定書が採択された時には、これで世界は温暖化対策に向けて何らかの行動がおこされるだろうと、一安心をしたのである。ところが、米国の議定書からの離脱を聞いて、「ちくしょう、どうなっているんだ」 と仕事も手につかなくなる。しかし、米大統領の悪口を言っても始まらないので、彼は、まずは自らの生活で二酸化炭素(CO)など温室効果ガスの排出がどうなっているのか、それを削減するために何ができるか、を考えることにした。こんな前書きから本書は始まる。

本書では、アメリカの典型的な中流家庭であるカーボン家という家族を想定して、われわれの日常の生活そのものが温室効果ガスの発生、すなわち地球温暖化の原因となっていること、そして、どのようにライフスタイルを変えると温室効果ガス排出を減らすことができるかを、温暖化によって予想される未来、時には進行しつつある温暖化の影響に言及しながら、くだけた口調で具体的に描いている。

普段の移動手段を自動車に頼る生活では、家庭から排出される温室効果ガスの4割が自動車であり、3−4割が家庭でのエネルギー消費(電化製品、冷暖房)、そして食品にも1−2割の責任があるという。とくに、飛行機は移動距離あたりのCO 排出量がもっとも大きいのである。たとえば、普段の生活でできるだけ自動車を使わずに排出削減に努めても、夏休みに海外へ旅行してしまうと、せっかくの削減の努力が帳消しになってしまう。

この本の著者は科学者であるが、科学者もやり玉にあげられている。「科学者にとって仕事の『役得』の一つが国際会議への出席である。・・・たてまえ上、私たちは懇親を兼ねた学究的な雰囲気のなかで最新の研究成果を発表し、学会に新しいアイデアを導入することになっている。・・・会議も本来の役目を果たし、いくつかの有益な議論が行われることもある。けれども、どちらかと言えば、・・・研究者の貧弱な給料と労働条件を埋め合わせるために納税者が金を出してくれる無料の休暇と、見なされる傾向がある。」(本書72−72ページ)。研究機関において、飛行機の利用が移動におけるCO排出で大きな割合を占めることは、国立環境研究所の2006年度環境報告書に貴重な(ショッキングな?)データがある *1

第4章では、家庭の食生活が温室効果ガスの発生源となっていることが述べられる。たとえば、穀類や野菜も、その生産のために肥料や農薬が使われ、トラックで運搬され、スーパーマーケットでの販売、家庭での冷蔵保存、さらに調理の過程で化石燃料が消費される。食べ残しの処理にもエネルギーが必要でCO の発生源となる。

とくに、肉の生産の過程でいかに温室効果ガスが排出されるか、つまり牛などの胃腸から出るメタンガスの影響が大きいことが指摘される。また、食品の長距離の輸送もやり玉にあげられる。最近は、フードマイレージ *2 として広く知られるようになってきたが、世界的に平均輸送距離はますます長くなっているという。著者は 「売れっ子シェフが目新しいめずらしい材料を使うたび、それらに対する需要がどっと高まり、その日のうちに空輸される。食品空輸の加熱ぶりは、もはやばかげているとしかいいようのない段階に達している」(124ページ)と言う。

農作物を生産する段階でも温室効果ガスは排出されているが、それらについて著者は、「消費者としてできることはほとんどない。世界中の政府が畑に施す窒素肥料の量を制限しようとしているし、稲作農家も水田の土を少しひんぱんに乾かして、メタンの発生を抑えるようにという指導を受けるようになっている」(116ページ)と述べている。著者は、温室効果ガスである亜酸化窒素の農業排水からの発生などの学術論文を発表しているので、こうした分野の研究動向に詳しいのだろう。なお、農業環境技術研究所では、水管理などによって水田からのメタンなど温室効果ガスの発生を抑制する技術の開発を進めている *3

第7章では、今世紀の初めにカーボン家に生を受けるルーシーが今世紀末に天寿をまっとうするまでのライフサイクルの中で、どれだけ温室効果ガスを排出するかが試算されている。ここでは、生まれた時から温暖化防止のためのライフスタイルをとるか、気候無視のライフスタイルをとるかで、温室効果ガス発生で約3倍の差が生じることが述べられている *4 。前者のライフスタイルは、小さな車を持ち、低フードマイルの食事をとるなど、現在の生活水準を著しく下げなくても実行できるものである。このことは、現在論議されている「今世紀半ばまでにCO 排出量を大幅削減」という政策目標は、決して荒唐無稽(こうとうむけい)ではないことを示すものである。

いずれにしろ、地球温暖化への対策は待ったなしである。再生可能エネルギーなどの革新的技術開発も進められているが、一つの技術でこの問題は解決できない。本書は、くだけた口調で書いてはあるが、普段の生活も含めて、個々人が温暖化防止に向けての行動をとらなければならないことを強く訴えている。

参考情報

*1 国立環境研究所 環境報告書2006 p.22
http://www.nies.go.jp/ereport/2006/index.html

*2 フードマイレージについては以下のサイトなどを参照。
http://www.maff.go.jp/j/heya/sodan/0907/05.html (該当するページが見つかりません。2014年12月) (農林水産省「消費者の部屋」)
http://www.food-mileage.com/ (大地を守る会(株式会社大地)「フードマイレージ・キャンペーン」)

*3 水田からの温暖化ガス発生を抑制する水管理技術については農業環境技術研究所の温室効果ガスRP(リサーチプロジェクト)で研究が進められている。
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/080/mgzn08004.html

*4 この試算は、本書の著者による以下の論文をもとにしている。
http://journals.royalsociety.org/content/3elkpcbcmd6kl9x0/fulltext.pdf (該当するファイルがみつかりません。2011年5月) (PDFファイル)

目次

謝辞

まえがき

第1章 ひとりひとりの力

第2章 あちこち移動する

第3章 まず、わが家から

第4章 空飛ぶイチゴ

第5章 わが家の裏庭で

第6章 どちらが得か

第7章 緑の遺産

第8章 灯りを消す

訳者あとがき

文献案内

参考資料

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