前の記事 | 目次 | 研究所 | 次の記事 2000年5月からの訪問者数
情報:農業と環境 No.101 (2008年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

第5回環境毒性化学会世界大会 (2008年8月、オーストラリア(シドニー)) 参加報告

2008年8月3日から7日まで、5th SETAC World Congress (第5回環境毒性化学会世界大会) がオーストラリアのシドニーで開催されました。今回の会場であるシドニーコンベンションセンターは、シドニー中心部ダーリングハーバーの非常に美しい町並みの中に位置しています (写真1)。次のセッションの開始を、銅鑼 (どら) を鳴らして知らせるという、シドニーらしい (?) 大会でした。

写真1

写真1 会場があるダーリングハーバーではボートの展示販売が行われていた
左手奥に見えるのが会場であるシドニーコンベンションセンター。

SETAC (Society of Environmental Toxicology and Chemistry) は、化学物質 (農薬、POPs、医薬品、重金属そしてナノ物質) の環境動態や生態毒性、環境リスク評価などのトピックをメインに扱う国際学会であり、約80か国、5,000 人の会員で構成されています。毎年、年会が北米・欧州や環太平洋地域で開催されていますが、 4、5年に一度、今回のような世界大会が開催されています。農業環境技術研究所からは7人が参加し、農薬の生態リスク評価、植物による土壌中 POPs の生物有効性の評価法や植物を用いた土壌中 POPs の浄化技術について発表しました。

農薬の生態リスク評価については、各生物個体の生死を判定基準とする単一物質ごとの個体レベルのリスク評価から、さらに現実に近い高次のリスク評価手法の開発が大きな研究テーマとなっています。今回の大会でも、そこを視野に入れた発表が目立ちました。たとえば、さまざまな化学物質に同時に曝露 (ばくろ) された場合の生態毒性評価とそれをどのように解釈するか (1+1=2の結果になるか?) という研究、化学物質に対する感受性の生物種間差を確率分布で表現し影響度を定量化する生態リスク評価の事例研究、生態毒性と生物種の生活史などの性質をリンクさせた研究、生態毒性データ解析のための新たな統計学的手法の研究などが報告されていました。思いのほか豪華な講師陣で、非常に満足のいく内容でした。

写真2

写真2 ポスター会場にて

筆者 (永井) は、「Probabilistic ecological risk assessment of paddy herbicide in Japanese river waters using uncertainty analysis」というタイトルでポスター発表を行いました (写真2)。これは確率論的な手法を用いて水田用除草剤の生態リスクを定量化した事例研究です。従来のリスク評価は、『リスクの懸念がある』または『リスクの懸念がない』の、二者択一の結論を導くものでしたが、これでは、農薬の使用量を減らす、より安全な農薬に切り替える、農薬の流出対策をとるなどのリスク低減策をとった場合のリスク低減効果は評価できません。費用対効果の高い対策をとって確実にリスクを減らしていく、という効率的なリスク管理を行うためには、まずリスクの定量化が不可欠です。欧米で主流となっている農薬のリスク評価手法がコメの生産にはそのまま適用できないこともあり、コメが主要穀物であるアジア地域のリスク評価に興味を持つ欧米豪の研究者の注目を浴びました。さらに事例を積み重ねてほしいという要望が多く、われわれの研究の必要性を再確認できました。

写真3

写真3 この会議で一番の???
おみやげとして配られた ecotox(生態毒性)と書かれた毒毒しい色のグミキャンディー。黄色と赤色が多いのは、生物が危機にさらされているという意味なのだろうか。

一方、POPs については、現在 POPs として指定されている12の物質群以外に、いくつかの物質を POPs に追加することが議論されています。しかし、POPs としての性質に関するスクリーニング基準が、世界の各機関や国ごとに異なっているため、SETAC によるワークショップを数回開催し、2009年に科学的知見を基にしたガイドラインを発表する予定であるとの報告がされました。しかし、物質の長距離移動性については現時点でも明確な基準がなく、マルチメディアモデルによる解析やパッシブサンプリング法によるモニタリングを基本とした長距離移動性の指標化が必要であるとの議論がされました。さらに、土壌に蓄積した汚染物質の修復に関しては、カドミウム、鉛、銅、ヒ素などの重金属および POPs を対象とした発表が数多くありました。なかでも、時間経過とともに汚染物質が土壌に強く吸着する、いわゆる「エージング」現象が問題とされており、生物有効性の減少によって微生物あるいは植物による「浄化効果」が低下することが報告され、環境修復において生物有効性の評価が不可欠であるとの発表が印象に残りました。筆者 (清家) らが発表した内容は、まさにこのトレンドと合致しており、国際的にも通用する内容であることが認識できました。

順調に進行していた大会でしたが、最終日に予定されていたポスター発表のコアタイムがなくなってしまうというハプニングがありました。そもそも、閉会式の後にポスターセッションが予定されていたので、おかしい・・、とは思っていたのですが。そこで、コーヒーブレイクの場所がポスター会場だったので、「コーヒーブレイクの時間に待っています」と書いた紙を自分のポスターの横に掲示しておいたところ、多くの人がポスターを見に来てくれる結果となり、まさに「災い転じて福となす」で大会を終えることができました。

(有機化学物質研究領域 永井孝志 ・ 清家伸康)

前の記事 ページの先頭へ 次の記事