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情報:農業と環境 No.101 (2008年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 257: 土壌資源の今日的役割と課題−土壌資源の現状と維持・保全のあり方に関する研究会報告書− (大日本農会叢書7)、 大日本農会 編、 大日本農会 (2008)

本書は、今日的視点に立った土壌資源の維持・保全のための今後の方向を明らかにすることを目的に開催された研究会の報告書として、取りまとめられたものである。研究会は、わが国における土壌資源の維持・保全のあり方と、そのために必要な施策について整理することをねらいとし、土壌資源がもつ機能と役割の今日的評価を全体像として整理することと、アメリカ、EU等の主要国で行われている土壌資源保全対策の内容を把握することの2つをポイントとしたという。

土壌は食料や木材生産の場として、古来人類にとって重要な役割を果たしてきた。わが国では作物生産力としての土壌の 「地力」 に重点がおかれ、そのための研究が実施され、改善策、保全策がとられてきた。しかし近年、循環型社会の形成、地球温暖化や生物多様性など地球規模の問題への対応が求められており、そうした問題解決のために、土壌のもっている地力以外の機能、すなわち物質循環機能、炭素貯留機能、生物多様性保全機能などが注目されるようになってきている。これまでその重要性が必ずしも十分に認識されてこなかった、土壌のこれらの機能を明確にし、土壌を新しいニーズにこたえる多様な役割を果たす 「土壌資源」 として位置づけ、幅広い国民の理解のもとに施策を推進する必要があるとする。

以下、本書の中から、主要な論点をいくつか紹介する。

土壌資源の保全のためには、全国の土壌の調査と分類が前提となる。わが国では、1878年 (明治11年) に内務省地理局内に地質課が創設され、地質鉱物調査と並行して土性調査が行われることになった。1882年 (明治15年) 11月には、ドイツから招聘 (しょうへい) されたマックス・フェスカが調査を担当する地質調査所の土性係長として、事業の指導を開始している。その後1905年以来、農事試験場土性部がこの事業を引き継ぎ、旧国別に10万分の1の土性図とその解説書を発表し、終戦後の1947年 (昭和22年) に完了している。この土性図およびその解説書の大部分は、農業環境技術研究所が所蔵しており、希望があれば閲覧可能である。この土性図では、土壌はその名の通り土性 (土を構成する粒の大きさ) で分類されており、地質学的な性格の強いものであった。

日本における土壌型に基づく農耕地土壌の調査は、鴨下寛による。鴨下寛の父親は、フェスカと共同して土性図を作成した鴨下松次郎であり、日本の土壌調査・分類は鴨下親子の2代にわたる貢献によるところが大きい。(くわしい経緯は、「情報:農業と環境 No.23」 を参照されたい。)

終戦後、食料 (コメ) 不足の解消と、引揚げ者が入植した耕作不適地への対応の必要性から、収量の低い耕地を対象に、収量を阻害している原因の解明を目的とした低位生産地調査 (1947〜1969年) が行われた。相前後して1959〜1979年には、土壌の地力、浸食状況、地力対策実施状況などを調査して改良対策を提案することを目的とした 「地力保全基本調査」 が実施され、全国の5万分の1縮尺の土壌図が作られている。その後、地力保全基本調査の結果を踏まえ、土壌管理が土壌に及ぼす影響を長期にわたって調べることを目的とした、「土壌環境基礎調査」(1979〜1999)が実施されている。

土壌調査事業は都道府県の農業試験場が担ってきたが、当初2万地点で実施された土壌環境基礎調査は 5,000 箇所に縮小した。予算的にも土壌調査補助事業という補助金はなくなり、県によってはすでに調査を止めたところもあり、土壌調査のできる専門家も少なくなるなど、心もとない状況にある。

また、地力保全基本調査、土壌環境基礎調査とも、得られた膨大なデータは十分整理され、活用されているとは言い難い状況にある。しかし、それらの解析から、この間のわが国の農耕地土壌の変化が明らかになってきている。さらに、地球温暖化との関係で現在注目されている農耕地土壌の炭素貯留の可能性の検討においても、これら調査のデータが基礎となっている。

米国やヨーロッパにおける土壌調査、土壌保全の状況は、日本とは大きく異なる。

米国では早くから、国力の維持のための土壌保全の重要性が認識されていた。1896年には、農民が各自の土地を適切に管理するのをサポートするために、土壌調査、土壌図作成の国家事業が進められている。1930年代には雨量の減少による大砂塵 (さじん)、土壌浸食が大問題となり、1935年に土壌浸食問題の解決を目的に土壌保全局 (Soil Conservation Service, SCS) が創立され、連邦政府管轄の下に土壌調査が行われている。1994年に、SCS は再編により自然資源保全局 (Natural Resources Conservation Services, NRCS) となり、業務の重点もそれまでの土壌保全のみから、土壌、水、大気、植物、動物の保全に広がった。調査で得られた情報は、インターネット、CD-ROM などで世界に広く提供されている。

ヨーロッパ (EU) では、土壌調査は肥沃度の増大と維持に重点がおかれていたが、1980年代中ごろになり、自給率の達成、余剰農産物の発生という状況に至り、土壌調査は軽視されてきたという。しかしその後、地球環境問題が深刻になるにつれ、土壌が生態系や人類の生存にとって重要な機能を発揮していることが認識されるようになり、EU の土壌研究機関である共同研究センター (JRC) によって、モニタリング計画が進められることになった。そして、EU の主要な国々では、土壌図だけでなく、土壌に関する各種の情報を提供する応用土壌図を各種レベルの縮尺で提供できる土壌地理データベースが実用の段階に入り、専門家だけでなく一般市民からも容易にアクセスできるサービスが提供されている。

日本においても土壌資源の今日的役割を認識し、保全のためのモニタリング体制や土壌情報の整備と提供が重要である。日本学術会議の土壌・肥料・植物栄養学研究連絡協議会が平成15年6月にまとめた提言、「土壌資源の保全を求めて−土壌資源情報センター設置についての提案−」 では、わが国の土壌資源情報整備に係る今後の課題として、5千分の1土壌図の新規作成と5万分の1および100万分の1土壌図の更新とともに、土壌調査結果の整理と情報化、新しい土壌調査法の開発と土壌環境モニタリングをあげ、土壌専門家の育成と土壌資源情報センターの設置を呼びかけている。

日本における土壌調査は、限られた専門家のみが行っていた傾向があり、土壌関係者の中でも連携の悪さは古くから指摘されていた。得られた情報も、限られた研究者や行政関係者が (狭く閉じた形で) 利用していたといえよう。地球環境問題が深刻化し、土壌の諸機能が注目されている今、土壌の重要性を専門家以外の人 (一般市民を含む) に理解してもらうことが重要である。そのためには土壌のデータを利用しやすい形で提供し、農業関係者だけでなく、土地所有者、マスコミ等広く国民に使ってもらうことがまずもって必要であろう。土壌の調査分類や情報に携わる研究者に問われているところは大きいとい えよう。

(なお、本書を購入するは、電話またはファックスで直接大日本農会へ連絡する必要がある)

目次

はじめに

土壌資源の現状と維持・保全のあり方に関する研究会について

第 I 章 総論 −土壌資源の意義と保全−

1 今、なぜ土壌資源か

2 欧米の土壌資源を巡る動き

3 我が国の土壌資源の現状と対応方向

第 II章 土壌資源を巡る諸問題

1 我が国の土壌資源の現状と課題

2 土壌調査の現状と課題

3 土壌資源の役割をめぐって

第III章 我が国の農業・農政の展開と土壌保全対策

1 戦後の農政改革と土壌保全対策

2 農業基本法農政の推進と土壌保全対策

3 食糧・農業・農村基本法農政と環境保全型農業の展開

第 IV章 欧米における土壌保全対策の現状と方向

1 米国における土壌保全対策の経緯と方向

2 EUにおける土壌保護対策の現状と方向

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