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情報:農業と環境 No.112 (2009年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: ITの進展がもたらす新しい環境研究

eBird: A citizen-based bird observation network in the biological sciences
Sullivan, B.L., et al. Biological Conservation (2009)
doi:10.1016/j.biocon.2009.05.006

近年の情報技術 (IT) の急速な進展は、情報の収集や共有に、劇的な変化をもたらしている。たとえばネットワーク上の百科事典である 「WikiPedia」(ウィキペディア) は、「Wiki」(ウィキ) というソフトウェアの開発と、ユーザー参加型の情報収集という新しいモデルとの結合により生み出された。これは、だれにでも無料で自由に使えるネット上の資産であり、オープン・リソースとも呼ばれるものである。

このような流れはさまざまな分野で起きている。地理空間情報であれば Open Street Maps (http://www.openstreetmap.org/)、研究分野であれば GBIF (http://www.gbif.org/) などがその例としてあげられるだろう。

そのなかで、成功しているもの一つに eBird (http://ebird.org/) がある。eBird は、野鳥の愛好家が観察した情報を、インターネットを通じてネット上のデータベースに登録するシステムである。この eBird について紹介しているのが「eBird: A citizen-based bird observation network in the biological sciences」である。

この論文では、生物学の研究においてこのような市民参加の重要性が増していること、さらに、このようにして得られたデータが、他の科学的なデータベースと連動することにより、その意義をさらに増すことを指摘している。

次にシステムの設計について説明しているが、ここに注目すべき点がある。まず、市民参加型の調査では、得られるデータの質をどのように保証するかが常に問題になる。eBird では、種ごと、地域ごとにデータの許容範囲内を設定し、入力されたデータがその範囲に含まれているかどうかをチェックする。これが許容範囲内であればすぐに公開し、許容範囲外であれば専門家がチェックするという、二段階のチェック方式を採用して、データの精度を保証している。

さらに、eBird では市民や愛好者から多くのデータを集めるための工夫をしている。すなわち、これまで科学者が作るこのようなシステムは、「市民や愛好家が提供するデータが、研究にとって有効であるか」 を考える傾向が強かったが、この eBird では、「愛好家にとって、どの様な有益なツールを提供できるか」 を考慮したシステムを設計している。実際には、開発当初からではなく途中からこの様な方針に転換したようであるが、方針の転換後に利用者が増加したとのことである。このような、ユーザーの利益を十分に考慮したシステムの設計は、参加型のデータ収集システムの成功のためには、不可欠な視点であろう。

さて、ユーザーにとって有益な機能として、eBird のデータに基づき、分布地図、時空間変動を示すバーチャート、さらには地域的なデータの統計などの、データ可視化機能を有している。また、収集されたデータの利用例としては、分布の季節変化の解析、分布域の変化、渡りの時期の違い、種の保全にあたっての優先度の決定などの利用例を紹介している。

一方で、目撃しやすい種が報告されやすい点、観察者の技量によって種の同定に誤りがある点、調査方法ごとの位置情報の違いなどの、データの偏りを内包することも、指摘されている。

しかし、eBird の存在は、参加した愛好者を単なる観察者から、技能を持った科学者へと成長させることに成功したと指摘している。さらにこのようなユーザー参加型データベースの存在は、生物学的なデータの収集、蓄積、分析を変えていくことになるとの指摘も重要だろう。

これは、農業環境研究においても同様である。たとえば外来生物や、温暖化に伴う病害虫分布の変化などを評価・予測するためには、現場の情報を迅速に、そして大量に収集することが必要になる。さらに、これまでとは異なった性質を持つデータを、どのように分析するか、新たな手法の開発も必要になるだろう。

そうした視点で見ると、eBird の試みは、研究者であっても一般市民であっても、大きな意義を持つと思われる。

(生態系計測研究領域 岩崎亘典)

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