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情報:農業と環境 No.112 (2009年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 273: 見えない巨大水脈 地下水の科学 −使えばすぐには戻らない「意外な希少資源」(ブルーバックス B-1639)、 日本地下水学会/井田徹治 著、 講談社(2009年5月) ISBN:978-4-06-257639-0

この本は、日本地下水学会の創立50周年を機に、地下水に関するさまざまな科学的知見を一般の読者に分かりやすく解説したものである。ここでは、多彩な内容の中から、とくに農業にかかわりの深い部分を紹介したい。

地下水の枯渇と世界の農業

日本の農業では表流水(河川や湖沼の水)が多く使われ、地下水の利用は数パーセントに過ぎないが、世界的に見ると、地下水に依存して初めて成立している農業地帯が多い。たとえば、米国のロッキー山脈の東側に広がる大平原は「グレートプレーンズ」と呼ばれる大穀倉地帯であるが、雨が少ないため、「オガララ帯水層」という地下水を含む地層から大量の水をくみ上げて灌漑(かんがい)に利用している。また、中国やインド、パキスタンなどの穀倉地帯の多くも地下水に依存している。

海外から多くの農作物や食品を輸入している日本は、その生産に使われた大量の水(バーチャルウォーター、仮想水)を輸入していると考えることもでき、そのほとんどが地下水である。グレートプレーンズをはじめとする世界各地の農業地域では地下水位の低下や地下水の枯渇が深刻化しており、日本を含む世界的な食料需給を左右する重要な問題である(第1章、第8章)。

地下水の窒素汚染

地下水の枯渇と並んで深刻なのが地下水の汚染である。地下水汚染の原因となる物質はさまざまであるが、日本では窒素汚染が大きな問題となっている。環境省が公表した19年度の調査結果では、調査対象井戸4631本のうち環境基準を超過した井戸は7%で、その半分以上が「硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素」によるものだった。

これらの窒素は、窒素肥料、家畜ふん尿、生活排水などから土壌中で生成される硝酸塩や亜硝酸塩の形で地下水中に含まれている。硝酸塩を多く摂取すると、乳児の場合はメトヘモグロビン血症を引き起こすことが知られており、大人でも体内で有機物と反応して発がん性のあるニトロソ化合物を生成することが報告されている。そのため日本では硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素について、窒素にして水1リットル中10ミリグラムが環境基準値として定められている。最近、化学肥料のかわりに堆肥(たいひ)などの有機肥料を使うことも多くなったが、過剰な有機肥料を使えば、化学肥料の場合と同様に地下水汚染の原因となる。地下水への窒素の流出をどうやって防ぐか、汚染された地下水をどうやってきれいにするかについても述べられている(第7章)。

この本の末尾には、付録として「名水百選ガイド」が掲載されている。1985年に環境庁(現在の環境省)が発表して話題になった「名水百選」のすべてについて、含まれている代表的な6種のイオンの濃度を図示したもので、一口に名水といってもその水質は多様であることが分かり、興味深い。

目次

はじめに

第1章 その価値は石油にも等しい

そもそも「地下水」って何?/地下水は地球にどれだけある?/地下水の「平均寿命」は600歳/石油と同じ「1回限りの資源」/世界の食糧事情を左右する地下水/日本が依存する「バーチャルウォーター」/発展途上国と地下水/日本の地下水依存度/地下水依存度の自治体ランキング/地下水文化の形成/地下水の新たな利用法

第2章 地下水を味わう

美しき湧水/なぜ地下水はきれいなのか/地下水の「味」/おいしい水の要件/名水百選/「味」をグラフで表す/「名水十傑」と「新・名水百選」/ミネラルウォーターと地下水/銘酒と名水/お茶の水

第3章 こんな場所にも地下水が

「広義の地下水」「狭義の地下水」/帯水層/鍾乳洞の水/化石になった水/最初の水/砂漠の地下水、南極の地下水/湧水/富士山の地下の水/地下水は海底にも/地下水のレンズ/温泉の科学

第4章 地下水、その多様な姿

圧力が違う/動く地下水/流速は1日平均1メートル/ダルシーの法則/流れを調べる/流れの可視化/炭素14でわかった地下水の年齢/短期間の年齢測定にはトリチウム/夏は冷たく、冬は温かい/消雪パイプ/江川の異常水温/高山の地下水は冷たいか

第5章 地下水を掘る、探る

旧約聖書の「地下水伝説」/井戸の起源/カタツムリ/垂直型の井戸の登場/「掘り抜き井戸」の登場と「上総掘り」/地下水路/近代の掘削技術/地下水の探し方/電流による探査/電磁波による探査/空からの探査

第6章 過剰なくみ上げ、沈む地盤

急増した地下水の利用量/地盤沈下のしくみと歴史/沈下地域は広がる一方/地域によって異なる被害/「地下水盆」という考え方/今後も必要な対策と監視

第7章 汚される地下水

地下水汚染のしくみ/ハイテク汚染/汚染源を探す/困難な汚染対策/生き物の力を利用する/分解菌/窒素肥料がもたらす環境への悪影響/硝酸性窒素による地下水汚染/汚染が起こるしくみ/汚染源の調べ方/深刻な窒素汚染/ノンポイント汚染

第8章 地下水と人間の未来

食糧問題と地下水/飲み水としての地下水の重要性/地下水と衛生問題/史上初の地下水条約/地下水と地球温暖化/変わる地下水環境/地下水を守り、育てる/地下水は誰のものか/「水循環」の考え方

あとがき

付録 名水百選ガイド

参考文献

さくいん