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農業と環境 No.132 (2011年4月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 商業栽培15年、強まる飼料作物の組換え依存

2011年2月23日、国際アグリバイオ事業団 (ISAAA) から、この時期恒例となった 「世界の組換え作物商業栽培の実態、2010年版」 が発表された。栽培面積は前年より1400万ヘクタール(ha)増え(伸び率 10.5%)、約1億4800万haとなり、商業栽培開始の1996年以来、14年連続して右肩上がりの上昇となった。栽培面積がはじめて1億haを超えた2006年には日本でも大きく報道されたが、最近はとくに目新しい作物や形質の登場もないため、組換え作物への関心は低い。しかし、15年間のデータを見ると、日本を含め世界全体で、飼料用・食品原料用としての組換えダイズ・トウモロコシへの依存度が年々高まっていることを示している。2月から3月にかけて、ヨーロッパでは相変わらず、組換え作物の輸入や栽培をめぐって政治的論争が続いた。最大の課題は南米・北米からの飼料用ダイズ・トウモロコシの安定確保である。とくに輸入ダイズなしではヨーロッパの畜産や酪農が成り立たない現実の中で、反対姿勢の強かったフランスやアイルランド政府も態度を変えざるを得なくなった。

ブラジルのダイズ、パキスタンのワタ

今回の ISAAA 報告で注目されたのは、パキスタンでBtワタの栽培が開始されたことだ。昨年までは公式には商業栽培ゼロであったが、2010年初登場で240万ha、世界8位の栽培面積となった。これは2003年にブラジルの除草剤耐性ダイズが初登場で300万haを記録したのに次ぐ数値だ。パキスタンでは数年前から隣国のインド経由で不法に種子が入り、数十万ha規模で栽培されており、Btトキシン発現レベルの低い不良種子の横行が懸念されていた(農業と環境120号)。純度の低いBtワタを広範囲で使い続けると、ワタ害虫のオオタバコガやワタアカミムシはBtトキシンに対し抵抗性を発達させやすくなる。ミャンマーでもはじめてBtワタの商業栽培が始まり(30万ha)、ベトナムでも近くBtワタの商業栽培が予定されている。いずれの国にも共通するが、殺虫剤散布を減らせるというBtワタ最大のメリットを長期間、持続させるために、不良種子をいかに排除するかが最大の課題となるだろう。一方、世界一のBtワタ栽培国(940万ha)であるインドでは、2011年からBtワタに続いて除草剤耐性ワタの栽培も始まる予定だ。人件費の安い国では、除草剤のコストより、人手による除草作業の方が有利と考えられていた。しかし、インドでも都市近郊では労働力不足、人件費高騰で、除草剤使用量が3年間で倍増していると、除草剤耐性ワタ登場の背景をロイター通信(2011年2月24日)は報じている。

ISAAA 報告でもう一つ注目されたのは、ブラジルのダイズ、トウモロコシの栽培増だ。栽培面積の国別順位(上位5国)は、米国、ブラジル、アルゼンチン、インド、カナダで前年と同じだが、ブラジルは前年比400万ha増で、米国、アルゼンチンの倍近く増加した。米国、アルゼンチンは組換え作物を導入する農地がすでに限界に達しているのに対し、ブラジルはまだ未開の土地が多く、さらに組換えダイズやトウモロコシの栽培面積は増加するだろうと予測している。熱帯林を伐採して、穀物畑に換えることは、地球温暖化の観点から欧米の環境団体に批判されており、ブラジル国内でも規制の動きが出ているので、今後もダイズやトウモロコシの栽培が今のペースで増加し続けるかは分からない。しかし、除草剤耐性ダイズの導入で、不耕起(保全耕起)栽培が可能になり、南米各国で大規模なダイズ栽培が可能になったのは事実である。FAO(国連食糧農業機関)の統計によると、1996年から2007年の12年間で、ダイズの生産量は、ブラジルで2.2倍(2695万トン → 5395万トン)、アルゼンチンで3.6倍(1406万トン → 4142万トン)と大幅に増えている。米国の伸びは1.4倍(7085万トン → 8058万トン)であり、ダイズの最大生産地域は北米(米国、カナダ)から南米(パラグアイ、ウルグアイ、ボリビアを含む)に移行した。日本のダイズは現在も北米からの輸入割合が高いが、ヨーロッパや中近東、南アジアでは南米産ダイズの輸入割合が年々増加している。

表1 組換え作物の商業栽培の推移

データ: ISAAA 報告 No.42 (2011)
  栽培面積(万ヘクタール) 世界全体での
組換え品種の割合
 
おもな栽培国・地域
  1996 2000 2005 2010
ダイズ5025805440733081%南米、北米
トウモロコシ3010302120460029%北米、南米、南アフリカ
ワタ80530980210064%インド、中国、米国
カノーラ1028046070023%カナダ、オーストラリア
1704420900014730  

日収2.5ドルを超えると肉類・乳製品の消費量が急上昇

南米産ダイズの生産量が急増したのは需要があるからで、人口増よりも途上国・新興国の食生活の質の向上による影響が大きい。米国農務省経済調査局は2011年2月に 「途上国の収入増加は米国農産物の輸出を増やす」 というレポートを出した。途上国で農業生産性が上がり、主食作物の自給が達成されると、小麦、トウモロコシ、米など主食用穀物の輸出量は減る可能性がある。しかし、これらの国の収入増、生活の質の向上により、ワンランク上の食生活を求めるようになり、肉類・乳製品、野菜・果実、加工食品の需要が増える。主食作物は自給できても、飼料作物や油糧用作物の自給はできないから、今後10年間で米国の飼料作物・油糧作物や肉類の輸出は20〜30%増加するだろうというものだ。この予測は2008年に世界銀行がまとめた 「1990年から2005年までの世界146か国の収入と支出動向調査データ」 をもとにしている。世界銀行のデータでは、貧困層とは一日の収入が1.25ドル(約100円)以下で生活している人と定義し、収入と食の量と質の要求度を以下のように説明している。

日収が2.5ドルになると食生活の量的問題(飢え)が解消され、さらに収入が増えると肉類、乳製品、野菜、果実の消費量が増え、日収10ドルまでこの傾向が続く。10ドル以上になると肉類・乳製品の消費量は落ち着き、より高品質・高価な食品を求めるようになり、15ドル以上では質的要求も大きく変化しないという。つまり、日収2.5ドルが転換点となり、10ドルに達するまで肉類、乳製品の消費量が伸び続けることになる。2005年時点で、中国の人口の約30%(4億人)、インドの人口の約80%(9.4億人)は一日2ドル以下の生活であり、今後の所得上昇で2.5ドルラインを超えると肉類、乳製品の消費量が大幅に増えることになる。しかし、東アジアは世界の人口の31%を占めるが農耕地面積では15%、インドなど南アジアも人口比22%に対し、耕地面積比は15%で、アジアはもともと人口に見合うだけの農地が不足している。主食作物の自給も困難な地域では、収入増、食生活の向上に見合う飼料作物・油糧作物の自給は不可能で、輸入に頼らざるを得ない。この15年間は人口に比べて広い農地を持つ南米、北米、豪州が比較的安価な飼料作物や油糧作物を安定して供給できたので、所得の向上したアジアの国々の飼料作物・油糧作物の海外依存度は年々高まったといえる。安価で安定して供給される海外産作物への依存度が高いのは途上国・新興国だけではない。先進国のヨーロッパや日本も同じである。

混迷続くヨーロッパ、フランス、アイルランドも態度変更

2月から3月にかけて、EU(欧州連合)ではEUの行政府である欧州委員会が昨年提案した2つの議題をめぐって政治的論争が続いた。一つはEUで安全性審査が済んでいない組換え作物品種(系統)が輸入品に微量混入していた場合の取り扱いであり、もう一つはEUが栽培を認めた組換え作物を各国が独自に栽培禁止とする際の根拠である(農業と環境129号)。昨年7月、欧州委員会は飼料用の組換え作物に限り、EU未承認でも、輸出国側で安全性承認済みであれば、0.1%までの混入を認める案を提示した。現在はごく微量でも未承認系統がトウモロコシやダイズの積み荷から検出されると、ゼロトレランス制(許容設定値なし,0%)のため、輸入禁止となる。この影響を受け家畜飼料価格は高騰し、音をあげた畜産・酪農業界は審査手続きの迅速化とゼロトレランス制の見直しを要求していた。トウモロコシはともかく、深刻なのはダイズであり、ヨーロッパは南米、北米から年間約3300万トンの飼料用ダイズを輸入し、EU域内の畜産がおこなわれている。欧州委員会の提案に反対だったフランスやアイルランドも今年になって態度を変え、2月22日の専門家会合で、賛成19,反対7、棄権1で加盟27国の3分の2(18票)を超え、ようやく承認された。この後、EU農相閣僚会議、欧州議会での承認作業が控えており、最終決定はまだ先だが、建て前論や原則反対論が交わされた後、承認されることになるだろう。

3月14日の環境相閣僚会議では、各国が独自に栽培を禁止する際の合理的根拠について議論された。この日の会議では、日本の大地震、原発事故を受けて、EUの原子力発電所の再点検、今後の電力・エネルギー政策の見直しが緊急議題となった。当初からの議題である組換え作物の問題は、「EU域内のどこで栽培しても環境、健康に影響なし」 と判断して承認した系統を、さらに各国が独自に禁止にする際の根拠をどうひねりだすかというものだ。世界中で組換え作物によって重大な環境汚染や人の健康被害は今までに起こっていないので、緊急性のない緊張感に欠けた議題ともいえる。欧州委員会によるおもな提案は以下のとおりだ。

(1) 健康、環境へのリスクがないことはすでに審査済みなので、これらを栽培禁止の理由としてはならない。

(2) 禁止の理由、禁止措置がリスボン条約(EU憲法に相当)やEU域内の自由貿易の原則に反してはならない。

(3) 禁止理由や禁止措置がWTO(世界貿易機関)などEUが加盟している国際ルールに反してはならない。

(4) 市民の反対(栽培禁止請求など)、有機農業の保護、社会経済的影響は、栽培禁止の根拠として考慮される。

最後の理由も、単に市民団体が反対しているとか、有機農業者が経済的被害を受けるという訴えだけではだめで、具体的内容はこれから詰めることになった。国別承認案に対しては、人口の多い5大国 ( ドイツ、フランス、イギリス、イタリア、スペイン) がそろって反対している。今後、どのような修正案、妥協案が示されるのか分からないが、4月には (組換え作物栽培による) 社会経済的影響について検討会が開かれる予定だ。

飼料作物の依存には触れない反対運動

グリーンピースとともに組換え食品・作物反対運動の代表的団体である「地球の友(フレンドオブアース)」は、3月14日に 「組換え作物栽培による社会経済的影響、隠されたフードチェーンのコスト負担」 という小冊子を発表した。彼らの主張は次のようなものだ。

「輸入飼料で未承認品種による混入トラブルはごくわずか(件数で0.2%)であり、ゼロトレランス制を変更する必要はない」、「もし、EU域内で栽培を認めると、0.9%のEU表示基準値が守られているかを検査したり分別管理したりするために、農場から流通までのさまざまな段階で余計なコスト負担が生じる」、だから 「EU域内での栽培は認めるべきではない」。

確かに、輸入だけでなく、EU地域内で栽培し、流通することによって、組換え産品の存在頻度は増え、検査や分別管理のための新たなコスト負担が生じるだろう。一見、もっともらしい反対理由だが、畜産飼料(とくにダイズ)の多くを組換え品種の輸入に依存しているヨーロッパの現実やその対策には触れていない。肉類の消費を大幅に減らそうとか、どんなに高くても非組換えの飼料を使おうと主張するのなら筋が通っているが、そういった強い決意は見当たらない。ISAAA 報告に対しても、彼らは「栽培しているのは北米と南米が中心。それも家畜のえさとワタ(繊維原料)がほとんど。そんなものはヨーロッパで栽培する必要ない」 と酷評している。今の栽培実態はそのとおりだが、ワタはともかく、南米・北米で栽培されているダイズなしではヨーロッパの畜産業は成り立たない。この現実に背を向けて、「自国で栽培さえしなければそれで良い」 という反対運動。行政府や議会も巻き込んだこのような運動がいつまで続くのだろうか。

おもな参考情報

世界の組換え作物商業栽培面積(2010年)(バイテク情報普及会)
http://www.cbijapan.com/topic_results.php?topic_id=201000000333&freeword=&keyword=&pn=

農業と環境120号 GMO情報.「不正種子利用に潜む抵抗性発達の危険性」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/120/mgzn12008.html

「途上国の収入増は米国農産物の輸出増加をもたらす」(2011年2月、米国農務省経済調査局)
http://www.ers.usda.gov/AmberWaves/March11/Features/IncomeGrowth.htm (対応するページがみつかりません。2015年6月)

「世界の購買力パリティと実際支出、2005年国際比較調査」(2008年、世界銀行報告書)
http://siteresources.worldbank.org/ICPINT/Resources/icp-final.pdf

「EU環境閣僚会議、組換え作物栽培禁止根拠を議論」(EurActiv, 2011年3月15日)
http://www.euractiv.com/en/cap/ministers-discuss-banning-gm-crop-cultivation-news-503111

「組換え作物栽培による社会経済的影響、隠されたコスト負担の増加」(地球の友、2011年3月14日)
http://www.foeeurope.org/press/2011/Mar14_Full_economic_effects_of_GM_crops_revealed.html

農業と環境116号 GMO情報.「EUの誤算−ダイズに想定外の未承認トウモロコシ混入」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/116/mgzn11608.html

農業と環境129号 GMO情報「深まるヨーロッパの混迷:栽培や混入許容値の決定根拠の矛盾」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/129/mgzn12911.html

白井洋一(生物多様性研究領域)

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