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農業と環境 No.141 (2012年1月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 集約的農業と粗放的農業における土壌生物群集の構造と生物量

Soil biota community structure and abundance under agricultural intensification and extensification.
Postma-Blaauw, M.B., et al.
Ecology 91, 460-473 (2010)

土壌には多数の微生物や動物が生息している。たとえば、微生物では土壌1グラムあたり10 〜 1010個体が存在し、動物では、大型ミミズ類は生息密度が低いものの、線虫類は1平方メートルあたり10 〜 10個体、トビムシ類、ダニ類、ヒメミミズ類はそれぞれ数千〜数万個体が畑地に生息している。土壌微生物は培養できないものがほとんどを占めるため、同定して種数を推定するのは難しいが、動物では主要な分類群であるダニ類、トビムシ類、ミミズ類は、日本ではそれぞれ約2千種、360種、100種が現在までに確認されている。ほかにも土壌中にはさまざまな動物が生息しており、研究が進めばさらに種数が増えると考えられている。これら土壌生物は、植物の生育に欠かせない養分の循環や団粒形成等の土壌構造の改変など、重要なはたらきを土の中で担っている。現在、農薬や化学肥料に過度に依存しない、環境に優しい持続可能な農業が世界的に求められているが、その実現には、土壌生物のように農業に有用な生物の機能を高めることが不可欠である。

これまでの研究によって、耕起や作付体系が土壌生物の生息密度や群集構造に影響を及ぼすことが明らかになりつつある。しかし、これまでの研究の多くは、限られた分類群にのみ着目したものであった。さまざまな分類群を同時に調査することができれば、耕起や施肥などによる人為的な生態系のかく乱に対する各分類群の変動を一度に明らかにし、分類群間の比較や相互作用なども検討が可能である。また、耕作の継続などでかく乱を強めた場合や、畑地から草地へ転換するなどしてかく乱を弱めた場合に、生態系がどのような影響を受けるかを、生態系を構成する生物群集の構造変化としてとらえることが可能となる。

今回紹介する研究は、草地から畑地への転換といったかく乱と、畑地内でより集約的な管理を行うかく乱が、バクテリアやカビなどの微生物や、原生動物、線虫、捕食性ダニ、ヒメミミズ、ミミズなどの土壌動物といったさまざまな分類群に及ぼす影響を調べたものである。著者らは、50年以上の草地、永年草地を転換した畑地、約20年間耕作を行った畑地、この畑地を草地へ転換した草地の4か所で、生物相とその生物量を4年間継続して調査した。さらに、単作・輪作などの作付体系や化学肥料施肥が土壌生物に及ぼす影響を、畑地で調査した。対象とする分類群の幅広さだけでなく、4年間の継続調査によって、かく乱前後の変化ばかりでなく、かく乱の継続やかく乱後からの回復過程も評価が可能である点が、本論文が Ecology という一流の国際誌に掲載された理由であろう。

この研究では、施肥量や輪作・単作など作付体系については、栽培作物や調査年によって傾向が異なり、顕著な影響を見いだせなかった。一方で草地から畑地への転換が土壌生物群に及ぼす影響については、次のような結果が得られている。

(1) 草地から畑地への転換は、微生物の生物量(バイオマス)、土壌動物の個体数およびその食性や生活特性に基づいて分類した機能群の多様性を減少させた。

(2) 草地から畑地への転換は、原生動物、カビ、バクテリアなど体サイズの小さい生物群よりも、ミミズ、ヒメミミズ、小型節足動物、線虫など体サイズの比較的大きい生物群の個体数を顕著に減少させた。

(3) サイズの大きい生物群の個体数減少は、畑地へ転換した直後から認められたのに対し、サイズの小さい生物群の個体数は長期間の耕作継続により減少した。

(4) かく乱による多様性の低下は、線虫よりも、比較的大型の動物(ミミズ、捕食性ダニ)の方が著しかった。

また、かく乱からの生物群集の回復過程について、次のような結果が得られている。

(5) 畑地から草地に転換することで全体の生物量は増加したが、比較的大型の捕食性ダニの種数の回復は遅れた。

(3)、(4)、(5) で、より大型の動物がかく乱やその回復過程で強い負の影響を受けたが、この要因として、かく乱による住み場所やえさの消滅、そしてそれに伴う種の消滅を挙げている。

これらの結果をまとめると、土壌生物は、農作業のかく乱により個体数や群集構造が変化するが、体のサイズが小さい種よりも大きい種の方が影響を受けやすいということになる。欧米では、農作業の影響が土壌生物に及ぼす影響について比較的よく研究されているが、日本では研究が進んでいない。今回紹介した調査結果は、日本においても大きく変わらないと考えられるが、土壌のタイプ、気候や生物種が異なることで影響の程度が変化すると考えられる。それぞれの土壌生物は、持続的な農業生産に有用な機能を持っているため、農作業と土壌生物群集の関係を評価することは、持続的な農業生産を発展させていく上で重要なテーマである。

(生物生態機能研究領域 任期付研究員 金田 哲)

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