今年 (注:2011年) は6月後半から猛暑が続いています。昨年も全国各地で猛暑日や熱帯夜の日数が記録を更新し、2007年には、埼玉県熊谷市、岐阜県多治見市で国内観測史上最高気温40.9℃を記録しています。温暖化時代の到来がにわかに現実味を帯びてきました。
温暖化は、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガス濃度の上昇によって進行すると考えられ、現在380ppm程度であるCO2濃度は今世紀末には540〜970ppm、平均気温は1.1〜6.4℃上昇すると予測されています。こんなに高いCO2濃度と高温で、お米はいったいどうなるのでしょうか。
植物は光合成を行ってCO2をエサとしますから、CO2濃度が上昇すればイネの生育は良くなり収量は増えます。一方高温は、生育期間の短縮・呼吸の増大などを通じて収量を減らすと考えられています。ならば、将来のお米の収量は高CO2濃度による増収効果と高温による減収効果の差し引きで決まるのかというと、実はそれほど単純ではないことがわかってきました。
高CO2濃度の水田 FACE
高CO2濃度によるイネの生育や収量への影響を調べるには、従来、環境制御室やガラス温室などでポット植えのイネを用いて実験が行われてきましたが、風の吹き方、日射の波長成分、湿度といった気象条件、根圏の土壌条件などが屋外の水田と異なります。そこで開発されたのが FACE(Free Air CO2 Enrichment、開放系大気CO2増加)実験です。FACEは屋外条件で高CO2濃度を実現するもので、普通の水田に差し渡し17mの正八角形状にチューブを設置し、風向きに応じてCO2を放出します。写真は2010年から茨城県つくばみらい市で実施されている FACE 実験圃場です。田植えからイネの成熟期まで、正八角形内のCO2濃度を外気より約200ppm高く制御(高CO2濃度区)、これは今から約50年後に想定されるCO2濃度にあたります。FACE 実験は1998年から5年間、岩手県雫石町で実施しましたが、より温暖なつくばみらい市で実験を行い比較することで、高CO2濃度と高温によるイネの生育や収量への影響についてデータが得られると考えています。
FACE 実験施設(茨城県つくばみらい市)。右上はCO2ガスを供給するための液化CO2タンク
昨年の FACE で50年後を予測
昨年 (注:2010年) の日本の夏(6〜8月)の平均気温は観測史上最高を記録し、つくばみらい FACE での実験期間中の日平均気温は平年より1.8℃高く推移しました。高CO2濃度区では、現在のCO2濃度区と比べて収量は16%増加しました。一方、品質にとって重要な指標である整粒率は高CO2濃度区で17%低下し、多数の白未熟粒が発生しました。これは冷涼な雫石町での FACE 実験では認められなかった現象です。 整粒率は窒素が少ない施肥条件でも低下しました。特に、高CO2濃度区では光合成が盛んになり、炭素化合物の蓄積が促進される一方、窒素の吸収の促進は大きくないため、玄米のタンパク質含有率が低下し窒素栄養が不足したことが、整粒率低下のおもな原因と考えられます。これまで高温条件がお米の外観品質を低下させることは知られていましたが、高CO2濃度が高温障害をさらに悪化させることがわかったのです。
高CO2濃度でイネの温度はもっと上がる
植物は、葉の表面にあいた穴、気孔を通じて水蒸気を放出しています。これを蒸散といい、人間の体温が汗の蒸発によって下がるのと同様に、植物の温度は蒸散により幾分下がっています。ところが、高CO2濃度下では、植物はCO2吸収のために気孔を大きく開ける必要がないため、気孔は閉じ気味になり、蒸散による群落冷却効果が低下します。つくばみらいFACEでもその影響が顕著に現れ、登熟期間中の高CO2濃度区の群落内の最高気温は、現CO2濃度区に比べて約0.5℃高く推移しました。つまり、将来イネが感受する温度は、高温に加えて、高CO2濃度でさらに高くなることがわかりました。昨年の結果では、玄米タンパク質含有率が同じならば、高CO2濃度区の整粒率がやや低く、群落温度の上昇が品質をさらに低下させた可能性があります。
このように、FACE は未来の水田環境を作り出すユニークな実験です。私たちは今後も FACE 実験を行い、お米の収量や高温障害への影響を明らかにするとともに、未来の稲作において心配される高温による被害を軽減できるよう、栽培管理技術や高温耐性品種の開発に貢献していきたいと考えています。
大気環境研究領域 吉本真由美
農業環境技術研究所は、農業関係の読者向けに技術を紹介する記事 「明日の元気な農業へ注目の技術」 を、18回にわたって日本農民新聞に連載しました。上の記事は、平成23年(2011年)7月25日の掲載記事を日本農民新聞社の許可を得て転載したものです。
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