前の記事 | 目次 | 研究所 | 次の記事 2000年5月からの訪問者数(画像)
農業と環境 No.162 (2013年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: コメ中のメチル化ヒ素:地理的な変異、起源、吸収機構

Methylated Arsenic Species in Rice: Geographical Variation, Origin, and Uptake Mechanisms
Fang-Jie Zhao, Yong-Guan Zhu and Andrew A. Meharg
Environmental Science & Technology, 47, 3957-3966 (2013)

日本国内で食品から摂取されるヒ素のうち8割以上が魚介類、海藻に由来し、農産物ではコメからの摂取の寄与が比較的大きいことがわかっている 1),2)。食品に含まれるヒ素には毒性の異なるさまざまな化学形態の化合物が存在する。コメについては、総ヒ素含有量とそれに占める無機ヒ素(亜ヒ酸、ヒ酸)とメチル化ヒ素(おもにジメチルアルシン酸)の割合は、栽培地域、イネ品種、栽培方法などによって異なることが知られているが、その原因が何に由来するかはわかっていなかった 3)。この論文はコメ中のメチル化ヒ素に関する研究をレビューしたものである。

コメ中の主なヒ素化合物

バングラデシュ、インド、アメリカにおいて、市場流通するコメに含まれるヒ素の化学形態別の存在割合が調査された。バングラデシュ、インドにおける調査ではコメ中の無機ヒ素の割合が80%程度と高いのに対し、アメリカにおける調査では無機ヒ素の割合が40%程度と低く、相対的にジメチルアルシン酸の割合が高かった。

コメ中のジメチルアルシン酸については、それが、稲体内で無機ヒ素がメチル化されたものに由来するのか、または土壌から吸収されたものに由来するのかについて、これまで議論されてきたが、以下の研究から、コメ中のジメチルアルシン酸は、土壌から吸収されたものに由来することが明らかとなってきた。イネの水耕栽培で水耕液に無機ヒ素、モノメチルアルシン酸を添加するとコメにジメチルアルシン酸が蓄積するが、水耕液中にもジメチルアルシン酸が検出された。抗生物質を水耕液に添加すると水耕液中のジメチルアルシン酸は劇的に減少した 4)。イネを無菌栽培した場合、無機ヒ素やモノメチルアルシン酸を培地に添加しても稲体にジメチルアルシン酸は検出されなかった 5)。イネを無菌栽培し、無機ヒ素・モノメチルアルシン酸・ジメチルアルシン酸を培地に添加してもトリメチルアルシンの揮散は認められなかった 6)

ジメチルアルシン酸の根での吸収は無機ヒ素に比べて遅いが、コメへの転流は無機ヒ素に比べて早い。この理由は不明であるが、無機ヒ素はファイトケラチンなどと複合体を作り液胞に隔離されることで植物組織中の移動がジメチルアルシン酸と比べて遅いことなどが考えられる。コメ中のヒ素の化学形態別割合には品種による違いが報告されているが、これはジメチルアルシン酸の根での吸収能の違いや、稲体内での転流しやすさの違いによって起こると考えられる。

多くの微生物(細菌、糸状菌、藻類など)はヒ素をメチル化することができるが、イネゲノム中には微生物のメチル基転移酵素である ArsM に似た遺伝子が見つからないことも稲体内で無機ヒ素がメチル化されないことを支持する。しかし、土壌ヒ素メチル化の中心になる微生物の種類やメチル化活性の制御についてはほとんどわかっていない。たん水条件下でイネを栽培した場合、落水条件下と比べコメ中のジメチルアルシン酸の濃度および総ヒ素に占める割合が増加するが、これはたん水条件で土壌溶液中のジメチルアルシン酸が増加することから説明できる。

これらのことから、地域によりコメ中ヒ素の化学形態別の割合が異なる原因は、おもに環境要因であると考えられる。

現在、ヒ素の摂取がヒトの健康に及ぼす影響については、無機ヒ素に対する評価が先行し、ジメチルアルシン酸の摂取がヒトの健康に及ぼす影響については、その毒性に関する情報が乏しいことから、詳細はまだ明らかになっていない。コメ中のジメチルアルシン酸のヒ素は酸化数が +5(V価)であり、ヒトの体内でより毒性の高いとされる酸化数 +3(III価)のヒ素を含むジメチルアルシン酸に代謝される可能性等も含め、今後その毒性をさらに詳細に研究する必要がある。

今後は、(1)土壌中ヒ素のメチル化の中心になる微生物、(2)土壌中ヒ素のメチル化に与える環境要因、(3)水田環境におけるヒ素の揮散、(4)コメ中ヒ素の化学形態別割合に与える遺伝的要因およびその環境要因との交互作用、(5)メチル化ヒ素がコメへ転流しやすい理由 などに関する研究が重要である。

参考文献

1) 優先的にリスク管理を実施する必要のある危害要因 ヒ素(PDF)
http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/priority/pdf/150126_as.pdf (ページのURLが変更されました。2015年5月)

2) 渡邉敬浩、食品を介したダイオキシン類等有害物質摂取量の評価とその手法開発に関する研究 平成23年度 総括・分担研究報告書, p32-33
厚生労働科学研究成果データベース(http://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIST00.do)からダウンロード可能

3) ヒ素に関する第72回JECFA報告と農業環境技術研究所の研究
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/123/mgzn12306.html

4) Arao, T. et al. Effects of arsenic compound amendment on arsenic speciation in rice grain. Environ. Sci. Technol. 2011, 45 (4), 1291-1297

5) Lomax, C. et al. Methylated arsenic species in plants originate from soil microorganisms. New Phytol. 2012, 193, 665-672

6) Jia, Y. et al. Pathways and relative contributions to arsenic volatilization from rice plants and paddy soil. Environ. Sci. Technol. 2012, 46 (15), 8090-8096

農業環境技術研究所では、科研費・基盤研究(B) 「土壌微生物-植物を介した形態別ヒ素輸送システムの解明(平成23-25年)」、および農林水産省委託プロジェクト・食品の安全性と動物衛生の向上のためのプロジェクト-フードチェーンのリスク低減に向けた基盤技術の開発「水稲におけるヒ素のリスクを低減する栽培管理技術の開発(平成25-29年)」に取り組んでいる。

荒尾知人 (土壌環境研究領域長)

前の記事 ページの先頭へ 次の記事