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農業と環境 No.177 (2015年1月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

第28回気象環境研究会 「生態系の微量ガス交換と大気浄化機能」 開催報告

2014年11月19日、つくば国際会議場 (茨城県つくば市) で、第28回気象環境研究会 「生態系の微量ガス交換と大気浄化機能」 を開催し、大学や研究機関などから、約60名に参加いただきました。


会場のようす(第28回気象環境研究会)

わが国で公害問題が顕在化した1960〜1970年代には、陸域生態系と大気との微量ガス交換の研究は、光化学オキシダントや硫黄酸化物、窒素酸化物などの大気汚染物質による植物被害に研究の重点が置かれていました。1980年代以降は、温室効果ガスなどの地球環境変動の原因物質としての微量ガスへの関心が高まり、それらのガスの生態系における挙動とフラックスの研究が進められ、その成果が将来の地球環境変動予測にも組み入れられつつあります。

近年、ガス分析技術の進歩により、生物起源揮発性有機化合物(BVOC)などの微量ガスについても、大気環境中で想定される低濃度域での定量分析が可能になり、それらの微量ガスの生態系での交換過程の研究が開始されました。また、二酸化炭素以外の温室効果ガスの野外での分析精度が向上し、微気象学的な手法によるフラックスの測定が普及しつつあります。しかし、微量ガスの研究では特定のガス成分に特化した分析機器を用いる場合が多く、研究者ごとに異なる微量ガスを対象として研究が進められているのが現状です。

そこで、生態系の大気浄化機能に関連する植物や土壌への大気成分の沈着現象 (注) に着目し、物理的な沈着や気孔を通した植物による吸収、土壌による吸収などのプロセスについて、ガス種の枠を越えた情報交換と議論を行うことを目的に、本研究会を開催しました。

研究会のプログラムは以下のとおりです。

大気成分の沈着現象の科学

 松田 和秀    (東京農工大学)

大気からの水銀の湿性・乾性沈着

 坂田 昌弘    (静岡県立大学)

広域スケールでの有機化学物質の移動と沈着

 小原 裕三((独)農業環境技術研究所)

植物による揮発性有機化合物の吸収

 谷   晃    (静岡県立大学)

植物によるハロゲン化合物の双方向交換

 斉藤 拓也((独)国立環境研究所)

森林土壌中のメタン酸化細菌によるメタン分解

 石塚 成宏((独)森林総合研究所)

生態系スケールでのメタンの吸収

 植山 雅仁    (大阪府立大学)

土壌によるガス吸収現象の統一的な理解に向けて

 米村正一郎((独)農業環境技術研究所)

長谷部亮理事の開会の挨拶に引き続き、まず松田先生から大気成分の沈着について総括的な講演をいただき、参加者が沈着現象の基本について理解を深めました。続いて、坂田先生と小原氏に、水銀および人為性有機化学物質(農薬)の広域移動と沈着の話題を提供していただきました。谷先生と斉藤氏には、植物へのガス吸収現象について、プロトン移動反応質量分析計(PTR-MS)や同位体手法を用いた研究成果をご紹介いただきました。石塚氏と植山先生には、土壌によるメタンの吸収の話題を提供していただき、最後の講演では、米村が各種のガスの土壌による沈着について統一的に理解する試みについて紹介しました。総合討論では、コメンテーターの横内陽子氏((独)国立環境研究所)、深山貴文氏((独)森林総合研究所)を交えて、沈着現象の各プロセスについて、ガス種の枠を越えて横断的な視点から議論を行いました。

現在、地球温暖化に対する社会的な関心がきわめて高いため、生態系でのガス交換の研究は温室効果ガスが中心とならざるを得ません。しかし、生態系と大気との間では、温室効果ガスだけではなく、さまざまな微量ガスの交換が活発に行われており、そのメカニズムや生態系としての意義などは不明の点が多いのが現状です。

本研究会では、温室効果ガスに限定せず、さまざまな微量ガスについて包括的に話題を提供し議論を行うことで、生態系におけるガス交換の本質に関わる事項を整理できました。とくに、微量ガスの沈着現象は、生成・放出現象に比べて、大気中の拡散、植物の気孔通導性、土壌のガス拡散の重要性が高いことが、それぞれの講演の随所で指摘されました。また、大気―生態系間の微量ガス交換の双方向性 (植物の光合成と呼吸による二酸化炭素の吸収・放出のように、同一の微量ガスの吸収と放出が並行して起こること) についても、植物葉(斉藤)や土壌(米村)での、あるいは生態系全体としての双方向交換(植山)など、さまざまな話題が提供されました。研究手法については、1990年代初頭に開発された簡易渦集積法(REA法)が、さまざまな微量ガスのフラックスの計測に利用されていることが、参加者に実感していただけたと思います。沈着降下物については、窒素酸化物(松田)、水銀(坂田)、農薬(小原)に関する話題提供がありましたが、それぞれの研究手法に異なる点があり、参加者にとっては興味深い点でした。

今回の講演と総合討論を通じて、農耕地の大気浄化機能という視点での微量ガスの沈着の研究は、まだこれからという印象を受けましたが、そうであるからこそ、農業環境技術研究所がこのような研究会を主催した意義は大きいとも言えます。生態系による大気成分の沈着現象をガス種の枠を越えて横断的に議論しようとする研究会は、主催者が知る限り、これまでなかったものです。本研究会のテーマが学際的であることから参加者数が懸念されましたが、本研究会の連携企画として11月20日、21日の両日に開催された「第4回生物起源微量ガスワークショップ」への参加者も含めて、予想を超える参加者数が得られ、主催者として安堵(あんど)しております。講師のみなさまと本研究会を後援していただいた(独)森林総合研究所(独)国立環境研究所、および JapanFluxAsiaFluxiLEAPS-Japan にお礼申し上げます。

注)沈着現象 大気科学分野では、大気中のガス状物質や粒子状物質が直接、または雨や雪に取り込まれて、地表(植物や土壌など)に吸着したり、吸収されたりする現象を総称して「沈着(deposition)」とよぶ。地表面でのプロセスを重視する場合には、吸収(absorption)、吸着(adsorption)、収着(sorption、吸収と吸着の総称)などの用語を用いる場合が多い。

米村正一郎・宮田 明 (大気環境研究領域)

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