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農業と環境 No.178 (2015年2月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 選択に異質性を持たせることが薬剤抵抗性の発達を遅らせる

Heterogeneity of selection and the evolution of resistance
REX Consortium
Trends in Ecology & Evolution, 28(2), 110-118 (2013)

化学農薬に対する抵抗性発達の管理は、古くから害虫防除の一大テーマとなってきましたが、ここ10年、かつてないほどその重要性が増しています。多くの農薬の開発から数十年が過ぎ、主要な殺虫成分の登録が軒並み失効している一方、新薬の開発には多くのコストと時間がかかるようになっているため、実質的に使用できる有効成分の種類が激減しているからです。もちろんこれまで、薬剤抵抗性管理に関する理論的・実験的なアプローチが数限りなく行われてきましたが、個々の知見が蓄積されていく一方で、どのような管理手法がどのような影響を持つのか、総合的かつ合理的な共通認識が得られてこなかったのは驚くべき事態です。少ない有効成分をどのように組み合わせれば抵抗性発達を可能な限り遅らせることができるか、最適な管理技術を構築する上での理論フレームワークが求められています。

人工化合物(Xenobiotics)に対する抵抗性を考える団体である REX Consortium は、複数の薬剤を効果的に組み合わせるための戦略を構築するために、斬新なアプローチで取り組んでいます。彼らは、殺虫剤・殺菌剤に対する抵抗性発達を扱った、これまでの学術論文を網羅的に精査し、信頼に足る内容を持ち、比較に使えそうな理論研究(29件)と実証研究(17件)を選んで、それぞれで複数薬剤の施用戦略の比較を行いました。検討したのは、2剤を同時に施用する「混合施用」、2剤を交互に施用する「ローテーション(ローテ)」、空間的に2つに分けたエリアにそれぞれ異なる剤の施用を継続させる「モザイク」、1剤を抵抗性が発達するまで使ってから次の剤に切り替える「使い捨て」の4つです。使い捨ては、殺虫・殺菌効果の高い薬剤の使用を継続し、抵抗性が発達するまえに次の新薬が開発されることを期待する、現在の状況を想定しています。

結果を表1に示しました。理論研究を全体的に評価すると、混合施用がもっとも効果が高く、ローテーションモザイクがこれに次ぎます。使い捨ては予想通り、抵抗性発達をもっとも助長する結果となっています。一方、実証研究では、混合施用ローテーションよりやや有利ですが、はっきりした優劣をつけがたく、どちらも使い捨てよりも効果が高いことが見て取れます。実証研究ではモザイクの優劣は判然としませんでした。実証研究の中でモザイクが検討された件数が少なかったことが原因かもしれません。全体的な傾向としては、混合施用の効果が一般的に高いと結論できそうです。

表1 4つの戦略の優劣 (抵抗性発達を遅らせるのに、より効果があった文献数をカウント)
戦略の比較 (1 vs. 2) 理論研究 実証研究
12 n1 > 2 1 = 21 < 2 ? n1 > 2 1 = 21 < 2
混合施用使い捨て141100310820
混合施用ローテ16140118251
混合施用モザイク750111100
ローテ使い捨て734009720
ローテモザイク1123513201
モザイク使い捨て321002101

この比較で注意しなくてはならないのは、対象病害虫生物の世代の長さと施用のタイミングです。対象生物の世代が長ければ、薬剤を交互に施用してもローテーションにはならず、混合施用と同じ効果を持つことになります。同時に散布しても、別々でも、対象病害虫の一世代の中に異なる選抜を入れることが、抵抗性発達に効果が高いと想定されるわけです。一方、世代をまたいで別の選抜の過程を入れる作業が、ローテーションになると考えられます。

どうして混合施用が全体的にいい成績であったのでしょうか? 別の剤を交互に使ったほうが、理論的にも使用期限を節約して長続きしそうにも思えます。

その理由は、多くの抵抗性発達の想定において抵抗性の初期頻度が非常に小さく、多くの生物は2倍体生物であり、抵抗性個体は抵抗性遺伝子をホモで持っていなくてはならない、という生物学的な理由によります。この想定のもとでは、抵抗性遺伝子を持っている個体の大多数は、野生型と抵抗性型の遺伝子を同時に持つヘテロとなります。このヘテロ個体は、薬剤に対して劣性となり選抜されてしまいます。さらに、2剤を同時に散布した場合、両方の剤への抵抗性をホモに持っている個体のみが生き残ることができますが、その出現頻度は、天文学的に小さいはずです。つまり、2剤を散布することでほぼすべての個体を除去できるので、抵抗性発達は効果的に抑制できます。一方、2剤を交互に使うローテーションでは、一つの薬剤選抜の後に息抜き期間を与えることで、その剤に対する野生型が復活する効果を期待することができます。この効果が有効に働くためには、抵抗性を持つ個体が野生型に比べて、競争力や繁殖力の面で、大きく劣っている必要があります。

今回紹介した REX Consortium による先行研究の比較は、薬剤抵抗性の過程が持つ一般的な特徴を際立たせる重要な意味があると思われます。とくに、世代内の選抜方法を複数の異質なものにすることが、抵抗性発達を遅らせる有効な方法であること、さらに世代間の選抜方法にも異質性を組み込むことで、相乗効果をねらうことも可能かもしれません。もちろん、前提条件の異なる理論研究を横に並べて比較することにも、異なる生活史を持つ生物を使った実証実験を単純に比較することにも、方法論として大きな問題を抱えています。しかし、重要な先行研究の発見を一般化し、その生物学的意味を読み解いた今回の研究は、より合理的な抵抗性管理技術の構築に、大きな意味を持つといえるでしょう。

山中 武彦 (農業環境インベントリーセンター)

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