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情報:農業と環境 No.17 2001.9.1
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No.17
・独立行政法人評価委員・専門委員の農林研究団地の視察
・第1回有機化学物質研究会:
・外来の植物,動物,微生物の侵入が経済と環境へ及ぼす脅威
・本の紹介 55:農業における環境教育,
・本の紹介 56:生ごみ・堆肥・リサイクル,岩田進午・松崎敏英著,
・本の紹介 57:レスター・ブラウンの環境革命:
・本の紹介 58:農から環境を考える−21世紀の地球のために−,
・本の紹介 59:内分泌かく乱物質問題 36のQ&A,
・報告書の紹介:2001年環境のシグナル
独立行政法人評価委員・専門委員の農林研究団地の視察
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平成13年8月3日午後,農林水産省独立行政法人評価委員会農業技術分科会の委員10人の先生方が当所を訪問された。これにともなって,7人の農林水産省の関係部局の方々が随行された。参加委員と随行者は,以下の通りである。
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◇参加委員 |
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分科会長 |
小林 正彦 |
(東京大学大学院農学生命科学研究科教授) |
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委 員 |
梶川 融 |
(太陽監査法人代表社員) |
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畑江 敬子 |
(お茶の水女子大学人間文化研究科教授) |
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山野井昭雄 |
(味の素(株)技術特別顧問) |
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専門委員 |
田畑 哲之 |
((財)かずさDNA研究所植物遺伝子研究部長) |
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西澤 直子 |
(東京大学大学院農学生命科学研究科教授) |
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原 洋之介 |
(東京大学東洋文化研究所長) |
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矢澤 進 |
(京都大学大学院農学研究科教授) |
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矢野 秀雄 |
(京都大学大学院農学研究科教授) |
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山元 大輔 |
(早稲田大学人間科学部教授) |
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◇随 行 者 |
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西尾 健 |
(農林水産技術会議事務局研究総務官) |
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石毛 光男 |
(農林水産技術会議事務局首席研究開発企画官) |
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中川 泰治 |
(農林水産技術会議事務局研究開発企画官) |
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有江 渉 |
(大臣官房文書課法人第1係長) |
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原口 暢朗 |
(農林水産技術会議事務局研究調査官) |
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白井 正人 |
(農林水産技術会議事務局技術政策課課長補佐) |
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中村美日子 |
(農林水産技術会議事務局技術政策課評価第2係) |
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当研究所の要覧(和・英),出版物目録,研究トピックの小冊子,Annual Reportなどの資料を紹介し,当所の研究内容を説明した。説明資料の一部をここに紹介する。
1.はじめに
近年,「農業と環境」をめぐる問題は国内外においてますます重要になってきた。まず,グローバリゼーションの問題がある。WTOやOECDなどで,農産物貿易や農業政策の論議において環境保全が重視されている。さらに,IPCCの温暖化防止など地球規模の環境変動と農業の問題が重要となってきた。その中でも農業と地球の相互の関わりについては,避けて通れない現実がある。
次に,われわれ人類が造りだした「モノ」による環境への影響がある。20世紀以降に急速に発達した鉱工業や,革新的技術を用いた集約農業により発生した有害重金属による農地の汚染,環境ホルモンなど微量化学物質の食物連鎖を通した生物相における汚染などがその例である。また,遺伝子組換え作物の生態系への影響も今後ますます重要な問題となるであろう。さらには,農業生産の集約化・規模拡大や耕作放棄地の拡大などにともなう農業環境資源の劣化と農業生態系における多面的機能の低下も大きな問題となっている。
一方,人口の増加,食料の不足,生産性の低下などにともなって,土・水・大気・微生物・植生といった農業環境資源が悪化・枯渇しつつある。これらの資源は次世代に継承されなければならない。現世代は,来るべき世代の生存可能性に対して責任がある。すなわち,世代間倫理の問題がある。地球の生態系は開いた宇宙ではなくて,閉じた世界なのである。
21世紀に予想される様々な環境問題は実に人口問題の解決をぬきにしては考えられない。人口問題は即ち食料問題であるし,食料問題はまさに農業問題である。したがって,環境問題はとりもなおさず農業問題なのである。いうなれば,21世紀は農業の時代なのである。さらに61億人を超えて増えつつある世界の人口のもとで,大地と水と大気と生物に悪影響をあたえないようにしながら食料を供給するためには,農業生態系の持つ自然循環機能を活用し,健全な食料を生産することがきわめて重要な課題である。
以上のような国内外の社会の流れの中で,「農業と環境」にかかわる研究はなにをめざすべきか。世界と国内の環境に係わる動向,これまでの農業環境研究の流れと成果などを見つめ,新体制下における組織と農業環境研究のめざすものを紹介する。
2.環境問題にかかわる世界の動向
世界の環境問題は,1962年に発行されたレーチェル・カーソンの著書「沈黙の春」に始まる。この本は,環境問題について世界のひとびとの意識を一変させた。その後,OECDの環境委員会(1970)や国連環境計画(1972)が設立され,1982年の国連環境計画管理理事会特別会合では,世界環境の保全と改善を訴えた「ナイロビ宣言」が採択された。また,オゾン層保護のための「ウィーン条約」が1985年に出された。1989年には,有害廃棄物の国境を越える移動および処分の規制に関する「バーゼル条約」ができた。さらに1990年には,気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が第1次報告書を作成し,地球温暖化の問題を提起した。また,1993年には,OECDで「農業と環境」合同専門部会が設置された。このような状況の中で,農業が環境問題と密接に関わっていることが世界のひとびとに広く認識されるようになった。
また,1992年の「環境と開発に関する国連会議」(地球サミット)を契機として,「持続可能な開発」が世界のキーワードになった。地球サミットでは持続可能な開発に向けた行動計画であるアジェンダ21が採択されるとともに,気候変動枠組み条約,生物多様性保全条約および森林原則声明が採択された。そして,カーソンの志を継いだシーア・コルボーン達が1996年に「奪われし未来」を発表した。ここでは,われわれが造った化学物質そのものが食べ物や食物連鎖を通してわれわれの体を蝕み,さらにはその影響が世代を越える環境問題に発展していることを警告している。ひとびとは,環境問題が農業問題をぬきにしては考えられないことを認識するようになった。
3.環境問題にかかわる国内の動向
国内では,大気汚染防止法が1968年に,1970年には水質汚濁防止法,海洋汚染防止法および農用地汚染防止法が制定された。その後,光化学スモッグの事件が頻発したり,BHCやDDTの販売が禁止されるなど,農業と環境に関わる問題が数多く発生した。このような背景のもとに,農業環境技術研究所が1983年に発足した。わが国で初めての環境という名のつく研究所であった。1986年にはチェルノブイリ原子力発電所の事故が発生し,緊急の放射能汚染調査が開始された。当研究所は,長年にわたる主体的な調査結果に基づいて事故影響の安全性確保の実証に努めた。
また,地球環境計画が1990年に,環境基本計画が1994年に策定され,国内でも環境問題への盛り上がりが見られた。このころ,遺伝子組換え体の問題が新たに浮上した。1998年には地球温暖化対策推進法が策定された。また,食料・農業・農村基本法が1999年に公布され,この基本法に関連して環境3法が公布された。この年,ダイオキシンによる作物汚染が所沢で,ウラン加工施設(JCO)での臨界事故による作物汚染問題が東海村で発生した。国内においても農業と環境問題が密接に関係している。
4.農業環境研究の流れと成果
このような内外の環境問題の動向に即応しながら,農業環境技術研究所では,以下の範疇の様々な研究が行われてきた。
●国土保全機能:国土保全および農業生態系の持つ環境保全機能に関する研究。
●環境と貿易:国土保全機能研究の流れで,OECDで検討されている農業環境指標のための研究。
●生物・生態機能:生物や生態のもつ機能を解明し,これを利活用する研究。
●持続的農業:環境を保全しつつ持続的な農業を営むための物質循環に関わる研究。
●環境保全型有害生物管理:生物管理に関する研究。
●遺伝子組換え体の安全性:組換え体の野外環境での安全性に関する研究。
●環境保全型の資源・資材管理:土壌および水質の汚染,またその原因となる家畜尿汚水,汚泥,微量元素など環境に影響を及ぼす物質の管理に関する研究。
●環境ホルモン:時空を越えた新たな環境汚染物質,内分泌かく乱物質の研究。
●重金属汚染:内分泌かく乱物質およびCODEXに関係する重金属の研究。
●地球温暖化:温暖化に影響を及ぼす物質の基礎的な研究,および温暖化が農業生産に及ぼす影響に関する研究。
●砂漠化・オゾン層破壊・酸性雨など地球環境問題。
●計測情報・リモセン:農業と環境に関わるリモートセンシングの研究。
●原子力・放射能:アイソトープ利用や放射能追跡のための研究。
●食料生産予測:不測時の食料生産変動の予測に関する研究。
なお,これらの成果については,研究ジャーナル,23, No.10, 13-16 (2000)を参照されたい。
5.研究の重点化方向
新農業環境技術研究所の研究の重点化方向の検討にあたっては,上記の研究を踏まえながら,農業環境研究の任務や領域を明確にし,農政と国民の期待に応えていくことを最重要視した。また,農水省所管特定独立行政法人の枠組みの中での独自な領域の明確化,環境研究に関係する他省庁所管特定独立行政法人との違いの明確化,さらには,農業環境研究の総合性や学際性にも配慮した。
その結果,新農業環境技術研究所は,「食料・農業・農村基本法」およびその理念や施策の基本方向を具体化した「食料・農業・農村基本計画」ならびに「農林水産研究基本目標」に示された研究開発を推進するため,(1)農業生態系の持つ自然循環機能に基づいた食料と環境の安全性の確保,(2)地球的規模での環境変化と農業生態系の相互作用の解明,(3)生態学・環境科学を支える基盤技術,に関する研究を重点的に推進することになった。
このため,当所の運営委員会やレビュー委員会において,将来積極的に研究を推進するよう指摘されていた「多面的機能」及び「環境保全型農業」に関する研究は,農水省所管の各独立行政法人の研究領域の明確化に従って,今後それぞれ「農業工学研究所」及び「農業技術研究機構」で行われることになった。
6.組織
新組織の主な特徴は次のとおりである。
(1) 研究目標,運営方針に即した研究所の運営の円滑化を図るため,総務部の係等の見直しを行い,企画調整部門の体制を強化した。
(2) 研究部を,地球環境問題,生物環境問題,化学環境問題に取り組む三つの部に再編した。
(3) 農業環境インベントリーセンターを設置し,農業環境に関わるさまざまな情報を利用・提供できるセンターをめざす。
(4) 環境化学分析センターを設置し,さまざまな化学物質・放射性同位体等の分析に関わる共同研究センターをめざす。
(5) 重点的・機動的な研究の推進のため,研究室制による固定的な組織を改め,部にグループ及びチームを導入した。グループ内には研究リーダーを中心とするユニットをおき,機動的な研究推進を可能にした。
新農業環境技術研究所の組織および各研究部の研究内容を以下に示す。
理事長,理事,監事
企画調整部
研究企画科,研究交流科,研究情報システム科,情報資料課,業務科
総 務 部
庶務課,会計課
地球環境部
農業が地球規模の環境変動に及ぼす影響の解明,地球規模の環境変動が農業に及ぼす影響の予測,及びそれらの影響緩和のための技術シーズの開発に関する調査及び研究を行う。
気象研究グループ
(気候資源ユニット,生態系影響ユニット,大気保全ユニット)
地球規模の気候変動と農業生態系の関連性を解明するため,気候資源,生態系影響,大気保全等に関する基礎的な調査及び研究を行う。
生態システム研究グループ
(環境計測ユニット,環境統計ユニット,物質循環ユニット,生態管理ユニット,リモートセンシングユニット)
モデリング,環境計測,環境統計等の手法により農業環境に関わる生態システムに関する基礎的な調査及び研究を行う。
温室効果ガスチーム
農業活動に伴う温室効果ガス等による地球規模の環境変動への影響解明・評価及び影響低減についての調査及び研究を行う。
食料生産予測チーム
地球規模の環境変動に伴う食料生産の予測,人間活動による土地荒廃等土地資源変動の予測及びその対策技術についての調査及び研究を行う。
フラックス変動評価チーム
農業生態系及び周辺の生態系におけるCO2,CH4等の広域でのフラックス変動,及び水・エネルギー収支の評価についての調査及び研究を行う。
生物環境安全部
農業生態系における生物群集の構造と動態の解明,導入・侵入生物の環境影響評価,遺伝子組換え作物の生態系安全評価等のための調査及び研究を行う。
植生研究グループ
(植生生態ユニット,景観生態ユニット,化学生態ユニット)
農業生産活動による植生への影響等について,植生生態,景観保全,化学生態等に関する基礎的な調査及び研究を行う。
昆虫研究グループ
(導入昆虫影響ユニット,個体群動態ユニット,昆虫生態ユニット)
農業生産活動による昆虫相への影響等について,導入昆虫影響,個体群動態,昆虫生態等に関する基礎的な調査及び研究を行う。
微生物・小動物研究グループ
(微生物評価研究官,微生物生態ユニット,微生物機能ユニット,線虫・小動物ユニット)
農業生態系における微生物生態,微生物機能,小動物生態等について基礎的な調査及び研究を行う。
組換え体チーム
遺伝子組換え作物の栽培による農業生態系への影響の解明と評価についての調査及び研究を行う。
化学環境部
農業生態系における化学物質の動態解明,影響評価,化学物質等の環境負荷軽減,農業環境資源の動態モニタリング,健全性の保全技術及び修復技術開発のための調査及び研究を行う。
有機化学物質研究グループ
(農薬動態評価ユニット,農薬影響軽減ユニット,土壌微生物利用ユニット)
農薬等の有機化学物質を対象としたリスク評価や環境浄化等のため,農薬動態評価,農薬影響軽減,土壌微生物利用等に関する基礎的な調査及び研究を行う。
重金属研究グループ
(重金属評価研究官,重金属動態ユニット,土壌化学ユニット,土壌生化学ユニット)
カドミウム等の無機化学物質の生態系への影響について,微量元素,土壌化学等に関する基礎的な調査及び研究を行う。
栄養塩類研究グループ
(土壌物理ユニット,養分動態ユニット,水動態ユニット,水質保全ユニット)
硝酸性窒素等の栄養塩類の動態について,土壌物理,水動態,水質保全等に関する基礎的な調査及び研究を行う。
ダイオキシンチーム
ダイオキシン類の動態解明及び制御技術の開発のための調査及び研究を行う。
農業環境インベントリーセンター
農業環境資源及び農業生態系に生息する生物の調査・分類及びインベントリー構築のための調査及び研究を行う。
土壌分類研究室
土壌の分類・機能の評価及び土・水インベントリーの構築についての基礎的な調査及び研究を行う。
昆虫分類研究室
農業生態系に生息する昆虫の分類・同定及び昆虫インベントリーの構築についての基礎的な調査及び研究を行う。
微生物分類研究室
農業生態系に生息する微生物の分類・同定及び特性解明と微生物インベントリーの構築についての基礎的な調査及び研究を行う。
環境化学分析センター
共同研究センター2号棟及びRI施設を管理し,農林水産省所管の研究機関等との共同利用を行うとともに,内分泌かく乱物質等有害化学物質並びに放射性同位体に関する調査及び研究を行う。
環境化学物質分析研究室
ダイオキシン類・内分泌かく乱物質等の超微量・簡易・迅速分析法の開発についての基礎的な調査及び研究を行う。
放射性同位体分析研究室
放射性核種の動態解明及び同位体元素を利用した物質動態についての基礎的な調査及び研究を行う。
7.今後の展望
新しい農業環境技術研究所では以下のような研究の展開を図る。
地球環境部では,IPCCなどで問題となっている地球温暖化等の環境変化による農業生産への影響を解明し,その適応策を検討する。また,農耕地から発生する温室効果ガスの削減手法を開発し,COP6などで議論されている温暖化防止対策への貢献を行う。
生物環境安全部では,遺伝子組換え作物の環境影響評価法を深化させるとともに,新たに侵入・導入する生物が生態系に与える影響を解明する。また,世界的にも問題となっている生物多様性と農業との関わりを明らかにしていく。
化学環境部では,ダイオキシン等の内分泌かく乱物質,カドミウムなどの動態を明らかにし,農耕地や作物の化学的汚染を防止あるいは浄化する技術を開発していく。
環境化学分析センターは,外部に開かれた共同分析センターとして化学環境部の研究を支える超微量化学物質の分析法を開発する。また,1999年のJCO事故のような緊急事態に対応できる基礎的なデータの蓄積を行っていく。
農業環境インベントリーセンターでは,さまざまな農業環境に関するデータやサンプルをデータベース化し,農業環境の過去・現状・未来を表示できるシステムを構築する。このシステムから提供されるデータは,利用者がさらに加工することによって成長し,再びインベントリーに戻され,内容の充実にむけて自己増殖を続けていく。またここでは,冒頭に記した環境資源の次世代への継承という倫理の問題が含まれている。
新農業環境技術研究所では上記のような研究を推進し,環境と調和した持続的な農業の展開とともに,農業活動が国民と社会に安心と安全を提供することを目指す。
8.独立行政法人の運営三原則
独立行政法人に問われる原則に,公共性,自主性および透明性がある。これらに対する当所の具体的な計画を示す。
(1)公共性:
●研究所のホームページで,「情報:農業と環境」を継続的に公開する。
●農林水産省関連の環境に関係する研究所(森林総合研究所・水産総合研究所・農業環境技術研究所)の間で連絡会を設立し,共同研究や共催の研究会などを開催する。
●各省関連の環境に関係する研究所(国立環境研究所・気象研究所・防災研究所・土木研究所・旧資源環境総合研究所・森林総合研究所・農業環境技術研究所など)の間で連絡会を設立し,共同研究や共催の研究会などを開催する。
(2)自主性:
●当所が主催する独自の国際会議を年間2回程度開催する。
●国際研究集会に年間40人程度の職員を出席させる。
●所内独自のプロジェクト制度を設ける。
(3)透明性:
●中期目標,中期計画,年次計画,業務方法書,主要成果などをホームページに公開する。
第1回有機化学物質研究会
農業に係わる内分泌かく乱物質(環境ホルモン)
研究の現状と課題
−分布実態と生物影響を中心に−
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標記の研究会(主催:農業環境技術研究所,共催:森林総合研究所・瀬戸内海区水産研究所)が,9月6日(木)に農業環境技術研究所で開催される。講演の要約を事前に紹介する。
環境中の化学物質が人や野生生物の内分泌作用をかく乱し,最終的に生物の生存を脅かす恐れのあることが,コルボーンらの「奪われし未来」で紹介され大きな反響を与えた。内分泌かく乱作用が疑われるとしてリストアップされた化学物質には,ダイオキシン類,農薬,農業用の被覆資材中のフタル酸エステル,食品容器中のビスフェノールAなど,農業に深く係わっているものも多い。これらの化学物質の問題に対応するため,現在,農水省ミレニアムプロジェクト研究「環境ホルモン」において,内分泌かく乱作用の検定方法の開発,農作物への移行性,環境生物に対する影響,環境中における動態の解明や汚染物質の低減化に向けた分解・除去に関する基礎研究が実施されている。
本研究会では,新「科学技術基本計画」で示された「人の健康や生態系に有害な化学物質のリスクを極小化する技術及び評価・管理する技術」に関連する研究推進に向け,内分泌かく乱作用が疑われる化学物質の分布実態と生物への影響に関するこれまでの研究成果を整理し,問題点を摘出して,今後の試験研究の方向を展望する。
1.農業環境におけるダイオキシン類の分布実態(桑原雅彦:独立行政法人・農業環境技術研究所)
ダイオキシン類は,主として有機塩素系化学物質とその化学製品の製造・燃焼過程,および有機物の燃焼過程等で生成し,様々な経路を経てその一部が環境中に蓄積される。燃焼起源のダイオキシン類には,総じて全ての異性体が含まれ,特に6及び7塩化物等の高塩素化物の生成が比較的多い。燃焼過程で生成したダイオキシン類は大気降下物と共に降下し,汚染負荷物質として都市,山間地および農業環境に到達する。
農業生態系の土壌中には,かつて使用された有機塩素系農薬に不純物として含まれていたダイオキシン類が残留している。とりわけ,主要水田除草剤として使用された PCP からは,高塩素化異性体である7および8塩素化物 PCDDs/Fs が,CNP からは低塩素化異性体である 1,3,6,8-,1,3,7,9-TCDDs および 2,4,6,8-TCDF が,高濃度で検出される。すなわち,水田土壌はこの二種の除草剤由来のダイオキシン類と,低濃度ながら燃焼由来の異性体との複合的な影響を受けていることがうかがわれる。一方,畑土壌中のダイオキシン類濃度は通常,水田土壌中よりもかなり低い。
農作物中でのダイオキシン類の実態調査が実施されている。これまでの結果から,大部分の主要作物の可食部からは,ダイオキシン類はほとんど検出されず,食品としての安全性は高いと思われる。しかし,可食部以外の部位やマイナー作物の大多数についてはほとんど検討されていない。水稲の栽培試験では,玄米からダイオキシン類はほとんど検出されないが,葉ともみがらからかなりの濃度のダイオキシン類が検出されている。さらに,稲体各部位のダイオキシン類異性体組成は互いに類似しており,土壌中濃度として最も低かったCo-PCBs の濃度が各部位で顕著に高く,また,低塩素化物ほど蓄積量が多いことを明らかにした。なお,ダイオキシン類の農作物への侵入経路,作物体内での移行経路や蓄積等に関する知見はほとんど得られていないのが実状であり,今後の課題である。
環境中へのダイオキシン類の移入を防止し,既に蓄積した濃度を低減させ環境修復を図るためには,環境動態の解明が不可欠である。各種の調査から,湖沼底質中には 100年以上も前からダイオキシン類が蓄積していること,湖沼や河川底質ならびに水田土壌中のダイオキシン類の濃度および異性体組成は,1950年代後半と 1970年代初め頃に大きく変化していることが明らかにされている。しかし,1つの地域の各環境相(土,水,大気および生物)を詳細に調査し,環境全体としてダイオキシン類の挙動や収支を明らかにした事例は極めて少なく,環境動態についてのより詳細な知見の集積が望まれる。
2.生態系におけるダイオキシン類等化学物質の濃縮実態(山田文雄・安田雅俊:独立行政法人・森林総合研究所)
野生動物の絶滅要因として,生息地の破壊,外来種の影響,環境汚染,狩猟・採集などがあげられる。さらに,極微量の化学物質のホルモン様作用による免疫異常,生殖機能異常,さらに次世代への影響などがあり,新たな絶滅要因として位置づけられる。しかし,陸生哺乳類における内分泌かく乱化学物質の研究例は少なく,特に濃縮機構を解明するための食物連鎖,栄養段階に応じた化学物質の移行・蓄積・影響に関する研究はほとんどない。現在,「農林水産業における内分泌かく乱物質の動態解明と作用機構に関する総合研究」の中で「野生鳥獣における蓄積と生物濃縮」を担当しており,ここで,DDT類とダイオキシン類の陸域生態系での蓄積や濃縮の実態解明研究を紹介し,問題点と今後の課題を述べる。
調査地として,DDT類調査は茨城県稲敷郡と茨城県筑波山麓を,ダイオキシン類調査は茨城県岩井市の利根川支流に位置する沼周辺を対象とした。分析材料は,土壌に加えて,ミミズは消化管内容物を除く全身,それ以外の動物は肝臓を分析に供した。
DDTの濃度レベル(単位ng/g-fat:括弧内は生物濃縮度)は次の通りである。土壌:0.8-19ng/g乾物,土壌地下生活者で上位捕食者のアズマモグラ:2800-14000(1500-12000倍),その餌動物のミミズ:18-84(23-44倍),陸上動物の上位捕食者で食肉類のイタチ5700:(3000倍),雑食動物の食肉類ハクビシン:7000(3700倍),雑食性の食肉類(ノネコ,タヌキ):55-168(30-90倍),それらの餌動物で植物食性の強いアカネズミ:80-110(44-60倍),草食獣のノウサギ及びイノシシ:16(8-9倍),鳥類で上位捕食者である魚食性のゴイサギ:6100(32000倍),肉食性の猛禽類ハイタカ:16000(8500倍),昆虫食オオコノハズク:3200(1700倍),雑食性のハシブトガラス:1000-3500(550-1800倍)。異性体別にみると,土壌動物のモグラでDDTが,食肉性哺乳類でDDEが,陸系・水系生態系における高次捕食性鳥類でDDEが高く,生物種により蓄積される異性体割合に違いが認められた。
ダイオキシン類の濃度レベル(pgTEQ/g-fat)は次の通りである。土壌39pg:TEQ/g,アズマモグラ:3400,その主要な餌のミミズ:120,陸上動物のイタチ:2600,キツネ:2500,それらの餌動物のアカガエル:210およびキジ卵86。異性体組成比率をみると,地中及び地上ではいずれの対象物でもO8CDDが最大であり,また,Co-PCBsではP5CB#118が多くを占めた。食物連鎖による生物濃縮としては,アズマモグラでPCDD/DFsの低塩素異性体の濃縮率(110-180倍)が高く,さらに,Co-PCBsのうちではP5CB#126が300倍と最大値を示した。陸上では,イタチやキツネでPCDD/DFsの低塩素異性体の濃縮率(100-200倍)が高く,また高塩素異性体の濃縮(30-50倍)も認められた。アカネズミでも同レベルの結果であった。なお,Co-PCBsの濃縮性は,イタチでH6CB#157が1300倍,キツネでH7CB#189が300倍,アカネズミで5CB#126が750倍と高かった。
以上の結果から,陸生野生動物の生態系栄養段階におけるDDT類とダイオキシン類の濃縮実態は,栄養段階が1段階上るごとに蓄積量は1けたのオーダーで上昇し,高次捕食者ではかなりの量の化学物質が蓄積されていることが明らかになった。なお,内分泌かく乱物質による陸生哺乳類への影響を直接野外で検証することは,個体数や分布の変動情報などの不足により困難なことが多い。このため,影響把握の方法開発や,有害物質(例えばPOPs)の個体あたりの総量の検討,異なる生態系を対象とした比較研究なども必要と考えられる。
3.内分泌泌かく乱作用の検定法(堀尾 剛:独立行政法人・農業環境技術研究所)
内分泌かく乱作用については,これまで持ってきた「ものさし」で測定することが困難あるいは不可能であるため,従来の検定法を改良するか,新しい検定法を開発する必要が生じている。ここでは,一般に用いられている試験法,国レベルの機関でオーソライズされている(されつつある)試験法について紹介する。
ヒトの健康影響の評価に適用される試験方法として,酵母にコアクチベーターとホルモンレセプターの遺伝子を組み込み,同時に組み込んだレポーター遺伝子の発現により活性を測定する酵母ハイブリッド法,性ホルモンに支配されている副生殖腺(子宮,前立腺,精嚢,精巣上体)への影響から重量増加などを引き起こすことを検出する子宮肥大試験およびハーシュバーガー試験などがある。
一方,環境生物に対する生態影響試験では,様々な生物種,方法,エンドポイントが考えられている。試験対象生物としては,水環境で化学物質による暴露の機会が多いことや,水系で上位の生態的地位を占めることなどの理由から魚類を用いることが多い(とくに,わが国ではメダカが重用されている)。なお,OECDはポジティブ及びネガティブ現象のコントロールとなる標準物質を推奨している。
試験方法は,試験の目的・重要度等でそれぞれ2,3段階に分かれている。現段階では,エストロゲン様およびアンドロゲン様作用の評価が中心であり,甲状腺や神経系に対する影響を評価する手段は検討中である。下表は,我が国の「内分泌かく乱化学物質問題検討会」で了承された「魚類等への影響評価のための試験体系」にまとめられた試験方法である。
表 内分泌かく乱物質の魚類への影響評価のための試験 |
試験法 |
試験日数 |
エンドポイント |
●スクリーニング |
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・FLF・d-rRメダカを用いたEarly-life stage (ELS) 試験 |
約40日
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二次性徴,生殖腺組織
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・繁殖試験
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約14-21日
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産卵,受精,ふ化,ビテロゲニン(VTG)濃度,生殖腺組織,生殖腺体指数(GSI),肝指数(HIS) |
・Partial life-cycle (PLC) 試験
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約70日
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胚発生,ふ化,二次性徴,死亡,成長,生殖腺組織,VTG濃度 |
・ビテロゲニンアッセイ |
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VTG濃度 |
●確定試験 |
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・メダカを用いたFull life-cycle (FLC) 試験
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約160日
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[F0] 胚発生,ふ化,二次性徴,死亡,成長,生殖腺組織,VTG濃度,産卵,受精,GSI,HIS
[F1] 胚発生,ふ化,二次性徴,死亡,成長,生殖腺組織 |
●補完として行う試験 |
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・エストロゲンレセプター結合試験 |
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エストロゲンレセプター結合能力
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・遺伝子転写活性試験 |
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エストロゲンレセプター結合能力 |
各試験法に共通する点として,操作が簡便,短時間で多数の試料が扱えること,エンドポイントが的確で感度が高いことなどが条件になるが,生物種・個体の選抜,in vitroの結果と影響発現との関連性等の課題も残されており,試験法の完成レベルは様々である。
4.水生生物の成熟・再生産に及ぼす化学物質の影響(藤井一則:独立行政法人・水産総合研究センター・瀬戸内海区水産研究所)
諸外国では,化学物質による各種魚での成熟・再生産に対する悪影響を危惧させる報告がある。わが国では,コイ,マコガレイ,イボニシなどで断片的に報告されているが,影響実態の詳細は明らかではない。水生生物の性分化,生殖腺の発達,行動等に対する作用機構,再生産への影響も不明である。「農林水産業における内分泌かく乱物質の動態解明と作用機構に関する総合研究(環境ホルモン研究)」水域チームでは,(1)影響実態,(2)環境動態,(3)作用機構のチームを編成し研究を推進している。ここでは,水生生物の成熟・再生産に関連した影響を中心に,プロジェクト研究の成果を紹介する。
化学物質の女性ホルモン(エストロゲン)活性を評価するための手法として,卵黄の主成分である卵黄蛋白の前駆蛋白(Vitellogenin;以下Vg)がバイオマーカーとして注目されている。Vgの定量法には,放射免疫拡散法,ラジオイムノアッセイ,酵素免疫測定法(ELISA)および時間分解蛍光免疫測定法など,多くの測定法が報告されている。これまでにウグイ,コイ,トビハゼ,マハゼ,ボラ,シロギス,イシガレイ,メイタガレイ,マガレイ,コウライアカシタビラメのELISAによるVg測定系を確立した。また,コイやウグイ,トビハゼなど雄の血中Vg濃度が季節的に変化すること,魚種によってベースとなる雄の血中Vg濃度が異なることを明らかにしている。例えば,北海道のマハゼは100ng/ml,ウグイは10mg/ml以上を閾値とする提案をしている。さらに,卵膜を構成する主要蛋白の前駆蛋白(Choriogenin;以下Cg)もバイオマーカーとして有効であり,マコガレイにオクチルフェノール,エチニルエストラジオールを添加して血中Cg濃度が有意に上昇することを確認している。その他の評価手法として,ニジマス肝細胞質蛋白及びユーロピウム標識エストロゲン(E2)を用いたリセプターアッセイの開発により,化学物質のエストロゲン活性のin vitro評価系を確立した。
性行動に対する影響調査として,サクラマス去勢雄に各種ステロイドを投与した。その結果,去勢により抑制された性行動は男性ホルモンにより回復したが,E2では効果が認められず,投与化学物質の脳内での男性ホルモンに対するアンタゴニスト作用を示唆した。配偶子形成に関しては,生殖を支配している視床下部(生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン)−脳下垂体(生殖腺刺激ホルモン)−生殖腺(ステロイドホルモン)系への影響を調査し,精子形成は初期の段階で受ける影響の大きいことが明らかになった。さらに,性分化に対する影響は,雌生殖腺で雌への分化誘導,性分化期の全雌ティラピアへのアロマターゼ阻害剤投与による雄への転換,性分化期の雄アマゴの雌化誘導など化学物質が性分化期に特に大きな影響を与えることが明らかになった。
わが国では,ごく一部の雄魚でVgにやや高い値が見られているが,生殖腺の異常などは報告されていない。しかし,in vitroバイオアッセイなどで高いエストロゲン活性が見られている水域もあり,さらに詳細に調べる予定である。魚類には,年齢,水温などの物理環境,群の性比などで性転換する種があり,ほ乳類に比べ性が極めて不安定である。VgやCgについても魚種による差や水温などの物理環境による差などが明らかになっており,これらが検出された場合も,どこまでが許容範囲であるかを現時点で明言することは出来ない。今後は,早急に魚種別の閾値(Vg,Cg濃度など)を明らかにすると共に,影響実態を出来る限り調査し,異常が検出された場合には,その原因物質の究明に取り組む予定である。
5.家畜の繁殖機能等に及ぼす化学物質の影響とそのメカニズム(鈴木千恵,Idris M-K Anas,吉岡耕治,岩村祥吉:独立行政法人・農業技術研究機構・動物衛生研究所)
家畜における不妊症等の繁殖障害,胚の早期死滅,流死産,胎子奇形,生殖器の異常などの誘発や卵子の成熟率の抑制などに,飼料中に含まれる各種植物のアルカロイドや有機塩素系農薬などが関係していることが報告されている。
フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)は内分泌かく乱物質の一つで,合成樹脂の可塑剤や各種溶剤として使用されている。実験動物では,雄の生殖器で精巣の萎縮,前立腺重量の減少,精母細胞やセルトリ細胞の変性などを,雌の生殖器で卵胞サイズの縮小化,血中エストロジェン濃度の低下などから排卵の抑制や遅延,発情周期の延長を引き起こすとされている。DEHPは,体内でフタル酸モノ-2-エチルヘキシル(MEHP)に変換され毒性を発揮する。ラットではMEHPが顆粒層細胞に直接作用し,ステロイド合成系や細胞内代謝系に影響を及ぼすとされている。そこで,MEHPによる牛顆粒層細胞のステロイドホルモン産生,エストロジェン合成酵素の活性及び未成熟卵子の体外成熟に及ぼす影響について検討した。
と場由来牛卵巣の卵胞より採取した顆粒層細胞を培養し,エストラジオール-17b(E2)及びステロイド(プロジェステロン(P))産生に対するMEHPの影響を調査した。培養開始72時間後,MEHPの25μM添加によりE2産生量は1/2〜1/3 量に低下したが,P産生量には影響を認めなかった。一方,培養開始後96時間目にMEHPを200μM添加するとP 産生量は無添加と比較して有意に増加した。
アンドロジェンからエストロジェンへの変換に利用される酵素アロマターゼの活性に対するMEHPの影響は,10〜100mMの添加によりアロマターゼ活性を有意に低下した。
卵子の成熟過程に対するMEHPの影響に関しては,卵丘細胞の膨化の程度に影響を及ぼさないこと,卵丘卵子複合体での卵子の割合が有意に減少すること,裸化卵子では卵子成熟が強く抑制されること,MII期の卵子割合が有意に減少することなどの結果が得られた。
以上のことから,DEHPの代謝産物であるMEHPは,牛顆粒層細胞のE2産生を抑制することが明らかになった。本培養系では,ラット顆粒層細胞の培養系による報告に比べ,より低いMEHP濃度でE2産生が有意に低下することから,本培養系は内分泌かく乱作用が疑われる物質のモニタリングに有用であるかもしれない。また,MEHPは牛卵子の成熟過程へ影響を及ぼすことが分かった。一般に,内分泌かく乱物質の流産や催奇形性への影響の調査に比べ,胚の早期死滅への影響は未解明な点が多い。牛体外成熟,体外受精,体外発生系は技術的にかなり確立されているので,内分泌かく乱物質が,卵子の成熟−胚の初期発生に及ぼす影響を解析するためのよい手段となりうると考えられる。今後MEHPが胚の初期発生に及ぼす影響についても解析を進める予定である。
6.食品用容器包装高分子素材に由来する内分泌かく乱化学物質の分析と影響評価(中澤裕之:星薬科大学)
内分泌かく乱物質といわれる化学物質の多くはエストロゲン様活性で内分泌系に作用し,連動する生殖系,免疫系,神経系等に対して複雑多岐にわたる影響を及ぼすと言われている。化学物質の安全性やヒトへの暴露量評価において,これまでホルモン様作用の視点から化学物質の生体影響を検証したケースは少なかったといえる。最新の研究でも,内分泌かく乱作用がどの濃度レベルで発現されるのか,用量−作用(反応)関係が明らかにされておらず,ヒトに対する危険度評価が導き出せない状況にある。
食品用容器包装材料の他に,玩具,化粧品,建材等の日常生活用品・資材,理化学器材,医療用具等のような製品の中には,多くの高分子素材が用いられ,これらから溶出する可塑剤,モノマー,重金属類等の中には内分泌かく乱作用を有する化学物質が含まれている。
食品容器包装材料で問題になるのは,哺乳瓶,学校給食の食器等に使用されているポリカーボネート樹脂中のビスフェノールAの溶出,手袋等塩ビ製品の可塑剤として使用したフタル酸エステル類の食品への移行,ラップフイルム中のノニルフェノールの溶出等が挙げられる。特に,アルキルフェノール類(主としてノニルフェノール)は,繊維工場等で使用される工業用洗剤の界面活性剤原料,プラスチックの酸化防止剤原料,殺菌剤やその補助剤(起泡剤)の原料として広く使用されている。ノニルフェノールのメダカを用いた飼育実験で,オスの精巣に卵のもとになる細胞の発生が認められ,生物に影響の与えない濃度が0.6μg/Lと算定された。細胞内受容体への結合強度はヒトと比較して約100倍強いと報告されている(環境省発表:平成13年8月3日)。
食品,環境試料中における化学物質の存在量は,微量での作用が問題になる内分泌かく乱化学物質の場合,超高感度でかつ精度の高い(信頼性の高い)分析法が要求される。特にヒトなど生体試料(母乳,血液,尿等)を分析するには,試料調製から分析装置に供するまで煩雑な操作(試料から目的化学物質の抽出,共存物質との分離,濃縮)とハイブリッドな分析機器を必要とする。また,存在レベル(あるいは残留レベル)が微量であればあるほど,分析値のバラツキは大きくなるのが一般的である。分析値の信頼性を確保することは,内分泌かく乱化学物質の存在が社会的にも関心が高く,その影響も大きいことから,大変重要な課題である。さらに,データだけが一人歩きする風潮にあり,成果の公表には慎重な対応が望まれる。今後,最新機器分析を駆使した高感度分析法の開発のみならず,分析を担当する技術者の育成,信頼性を保証する制度(システム)の構築も急務である。
内分泌かく乱化学物質の問題は,分析を担当する研究者にとっても分析化学的な盲点をつくような予想もしなかった困難に直面している。また,本当に内分泌かく乱化学物質が私達に影響を及ぼしているのか,生体試料の測定結果と臨床データとの照合,疫学的な調査等,学際的な研究が必須である。その目的を遂行するに不可欠な分析技術は,日進月歩で発展し続けているが,最新分析技術に振り回されることなく,信頼性のあるデータの取得,実験の再現性,得られたデータの解析,保存,公表等,研究者個人の的確な判断力と解析能力が要求される。どのような化学物質が私達の生活環境の中で使用されているのか,その安全性はどのように確保されているのか,専門家でなくても関心をもって戴き,自らが科学的な情報で正確なリスク評価をすることが必要とされているのではないだろうか?
7.内分泌かく乱物質の規制にかかわる国際的な取り組み状況(青山博昭:(財)残留農薬研究所)
化学物質の先進諸国における国際的規制は,これまでも経済開発協力機構(OECD)により安全性に関するデータの加盟国間相互受け入れが図られており,安全性データを得るための試験法(いわゆるガイドライン)も規定されている。したがって,内分泌かく乱物質の国際的な規制についても,化学物質の毒性に関する諸問題の一部として捉えられる限り,OECDの枠組みの中で議論されるべき問題であると認識される。OECDでは,1997年12月にRisk Assessment Advisory Body(RAAB)とNational Co-ordinators of the Test Guidelines Programmeが協力し,内分泌かく乱物質問題を解決するため,Endocrine Disrupters Testing and Assessment Working Group(EDTA WG)を設立することが決定された。1998年3月,第1回のEDTA WG会議が開催され,現在まで5回の会議が開催されている。
EDTA WGでの議論は,内分泌かく乱物質問題解決のための基本戦略として(1)優先順位付けから最終的なリスク評価に至るまでの一連の作業を階層法に沿って実施すること,(2)ヒトの健康(ほ乳類)と野生生物に及ぼす影響の両者を考慮すること,(3)既存のOECDガイドラインを有効に活用し,新たなガイドラインの策定をなるべく回避すること,および(4)EDSTAC(EPAのEndocrine Disruptor Screening and Testing Advisory Committee)の提案を考慮しつつin vivo試験を中心に枠組みを策定することなどが合意された。
この基本戦略に沿って,検査対象とすべき物質の優先順位,各種スクリーニングの実施により調べるべき作用の有無,試験方法の選定(ヒトへの試験法としてUterotrophic assay(子宮肥大試験)とHershberger assay(雄の副生殖器肥大試験),生体におけるステロイドホルモンの合成や代謝に拘わる酵素の活性を修飾することにより二次的にこれらのホルモン作動系に影響を及ぼす化合物や,甲状腺ホルモン作動系に影響を及ぼす化合物を対象とするスクリーニング法(検証試験の結果によっては確定試験法となりうる)として改良TG 407試験(28日間試験を補強した試験))などが検討されている。さらに,水棲生物については,魚類でのビテロゲニンアッセイの開発,確定試験の42日間生殖試験,100日間発生毒性試験および300日間暴露による生涯試験,両生類での変態試験などの開発あるいは既存ガイドラインの改良が提案され,それらの有効性の確認作業が実施される予定である。
EDTA WGの最終目標は,化学物質の内分泌かく乱作用を調べるために新たに開発した種々の試験法を,ガイドラインとして採用することにあり,現在,加盟各国の協力の下に一連の検証作業を実施中である。また,これらの作業を効率よく進めるため,EDTA WG内部にValidation Management Groupを設置して,検証作業が効率よく実施できる体制を確立した。検証作業とは,新たに考案された試験が,目的とする結果が適切かつ信頼性を伴って出せるかどうかを確認するものである。その手続きには,(1)試験プロトコールの開発または適正化,(2)対照物質の決定,(3)結果の解釈と位置付け(例えば,エストロゲン作用を検出するためのスクリーニングか,内分泌かく乱作用を評価するための確定試験であるかなど)の決定,(4)試験施設間におけるバリエーションの評価,および(5)試験を採用する際の制限の特定が挙げられる。現在,これらの作業が進行中である。
化学物質の規制に関しては,これらの物質が国境を越えて移動する限り,単一国家で独善的に規定したルールは実効上の意味を持たない。したがって,内分泌かく乱物質の規制に関しても,科学的根拠に基づいた評価法を確立するとともに,それらが国際的にも受け入れられるよう努力する必要がある。我が国においては,特に内分泌かく乱物質の野生生物に及ぼす影響について対応の遅れが否定できない状況にある。今後は,OECDを軸とした国際的枠組みの中で受け入れられる評価法の開発や確立に向けた研究の活発化を期待する。
研究会の問合せ先:農業環境技術研究所有機化学物質研究グループ 上路雅子 |
TEL:0298-38-8301; FAX:0298-38-8199; E-mail:zueji@niaes.affrc.go.jp |
外来の植物,動物,微生物の侵入が経済と環境へ及ぼす脅威
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Economic and environmental threats of alien plant, animal, and microbe invasions
D. Pimentel et al. Agriculture, Ecosystems and Environment 84: 1-20 (2001)
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農業環境技術研究所は,農業生態系における生物群集の構造と機能を明らかにして生態系機能を十分に発揮させるとともに,侵入・導入生物の生態系への影響を解明することによって,生態系のかく乱防止,生物多様性の保全など生物環境の安全を図っていくことを重要な目的の1つとしている。このため,農業生態系における生物環境の安全に関係する最新の文献情報を収集しているが,その一部を紹介する。
12万種以上の外来の植物,動物,微生物が,米国,英国,オーストラリア,南アフリカ,インド及びブラジルに侵入した。その多くは生態系の保全に悪影響を及ぼすだけでなく,農林業における大きな経済的損失を引き起こしている。トウモロコシ,小麦,米,プランテーション用樹木,ニワトリ,牛などのような一部の導入種は有益であり,世界の食糧供給の98%以上を提供している。生態学的に被害の大きい外来生物の一部についての正確な経済的コストは不明である。たとえば,ネコとブタは様々な動物種の絶滅の原因となったが,絶滅に追いやられた生物種の価値は金額には換算できない。
侵入生物がもたらす被害額の推定を,(1)作物,牧草地,森林別,(2)人や家畜の病気別,(3)環境被害や防除コストについて行い,同時に,生物グループごと,国ごとに分析した。6カ国における外来種による損害総額は,年間3,360億ドル以上と推定された。全世界のGNPは31兆ドルであり,侵入生物による被害はその約5%とみられる。さらに,生物種の絶滅,生物多様性の喪失,生態系の機能や美的価値の喪失に対しても金銭的な価値を当てはめるなら,有害な外来生物によるコストは上記の損害総額の何倍にも相当するだろう。
本の紹介 55:農業における環境教育
平成12年度環境保全型農業推進指導事業
全国農業協同組合連合会・全国農業協同組合中央会
家の光協会 (2001)
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昨年の2000年に,循環型社会形成推進基本法が成立し,あわせて循環に関係する法律の制定や改正があった。農業の場面でも,新たな農業基本法のもとで環境保全型農業をさらに推進するため,環境関連三法が制定された。本格的に環境の時代が到来した感がある。
これまで,全国農業協同組合連合会と全国農業協同組合中央会は,平成4年から農水省の補助を受けて,環境保全型農業の先進事例調査を実施してきており。そのたびに,報告書を公表してきた。「最新事例・環境保全型農業」,「環境保全型農業の流通と販売」,「環境保全型農業と地域活性化」,「実践事例に学ぶ:これからの環境保全型農業」,「環境保全型農業とJA」,「環境保全と農・林・漁・消の提携」,「環境保全型農業と自治体」がそれである。
環境問題の解決は,結局のところ教育の問題であると言われて久しい。この問題を積極的に取り上げたのがこの本である。「農業における環境教育」では,厳しい経営条件の中で,生産のみならず,消費流通,物質循環,自然保護などを考慮して,次世代の学童を含めた担い手づくりに意識的に取り組んでいる実態が浮き彫りにされている。事例を眺めていると,環境保全型農業への進展が着実に進みつつあることが解る。詳しい内容は以下の通りである。
第1部 農業における環境教育
第1章 学校給食と養豚を結ぶリサイクルシステム
−山形県鶴岡市のエコピッグ・リサイクルシステム−
1 はじめに
2 つるおかエコピッグ・リサイクルシステムの成立条件と環境教育・啓発の役割
3 環境教育・啓発の内容と特徴−つるおかエコピッグ授業から−
4 環境教育・啓発の重要性と課題
5 環境教育・啓発への提言
6 まとめ
第2章 地域統合産直と環境教育
−茨城県JAやさとの産直と環境保全型農業−
1 はじめに
2 地域の環境保全型農業の成立条件と環境教育・啓発の役割
3 環境教育・啓発の内容と特徴(具体的な取り組み)
4 環境教育・啓発の重要性と課題(農業の現場からの情報発信)
5 環境教育・啓発への提言
6 まとめ
第3章 「ホタルとびかう有機の里」宣言をどう浸透させたか
−新潟県越路町の環境保全型農業への取り組み−
1 はじめに
2 越路町の環境保全型農業成立の条件と環境教育・啓発活動の役割
3 越路町の環境保全型農業の推進に向けた環境教育・啓発の内容
4 越路町の環境保全型農業の計画的推進と啓発活動の重要性
5 環境教育・啓発への提言
6 まとめに代えて
第4章 環境型社会をめざす「花のまち」の環境保全型農業
−鹿児島県和泊町(沖永良部島)の取り組み−
1 はじめに
2 地域の概要
3 和泊町農業の概要
4 生産性追求から環境保全型農業へ
5 おわりに
第5章 環境保全型農業による農業・農村振興
−鳥取市「大和地区むらづくり会議」の取り組み−
第2部 第6回環境保全型農業推進コンクール受賞事例
大賞8事例
●北海道のクリーン野菜を全国に!:北海道南空知玉葱振興会(栗山町・長沼町・南幌町・由仁町)
●地元の有機質資源を生かした「有機の里・常盤村」:青森県常盤村農業協同組合(常盤村)
●地域・消費者とともに歩む環境にやさしい農業への取り組み:群馬県くらぶち草の会(倉淵村)
●中山間地から環境にやさしい農業を発信:石川県得能順市氏(津幡町)
●消費者ニーズに合った安全・新鮮な農産物生産:愛知県 池野雅道氏(小原村)
●おいしく,安全なミカンを消費者の家庭へ:和歌山県紀州大西園グループ(貴志川町)
●柑橘専業から施設野菜を導入した複合経営へ:広島県かみじま施設野菜園芸組合(大崎町・木江町)
●環境保全型茶業でクリーンな「かごしま茶」づくり:社団法人鹿児島県茶生産協会(鹿児島市)
その他の各賞
参考資料
平成5,6年度の事例総括表
第1〜5回環境保全型農業推進コンクール受賞各賞
環境保全型農業推進コンクール実施要領
本の紹介 56:生ごみ・堆肥・リサイクル
岩田進午・松崎敏英著,家の光協会
(2001) 1800円 ISBN4-259-53983-3
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著者の岩田進午氏は,現在,日本農業研究所の研究員である。かつて,農業技術研究所,農業工学研究所の研究員として,また茨城大学農学部の教授として主に土壌学の分野で活躍された方である。松崎敏英氏は,神奈川県農業総合研究所で「家畜糞尿の利用と処理」に関する研究を長期にわたり行われてきたこの分野の先駆者であり,ベテラン中のベテランである。また,全国畜産有機資源リサイクル協会の専務理事でもある。
第1章では,生ごみの堆肥化をすすめると同時に,自分たちの住む町を日本一の町にするために奮闘している山形県長井市の話を紹介している。第2,3章では,わが国の農耕地をめぐる物質循環の特質を歴史的にたどるとともに,現在進行しつつある土の退化の現状と,それがもたらす私たちの生活への影響について解説している。
第4章では,農耕地にとって堆肥のもつ重要性とその作り方のポイントを,偉大な先人たちの経験と知恵をたどりながら説いている。自然科学的側面に焦点を当てた堆肥の科学論と技術論を解説している。第5章では,廃棄物問題としての生ごみという観点から,現在行われている「焼却・埋め立て」方式の処理の不合理性が語られる。
第6章では,生ごみ堆肥化運動のあり方・意義を中心に,この運動と「持続可能な社会」「持続可能な農業」の関わりを説いている。以下に詳しい目次を紹介する。
第1章 生ごみ堆肥化が地域を変えた
1 地域循環の夢を追う町
2 レインボープランの軌跡(1)・・・・・行政主導の時期
3 レインボープランの軌跡(2)・・・・・市民主導,行政が裏方に徹する時期
4 市民の自主性を重んじる行政の対応
5 レインボープラン推進の原動力は何だったのか
第2章 わが国の農耕地をめぐる物質循環の特質
1 土の進化史
2 物質循環の意味するものを考える
3 農耕地をめぐる物質循環の特質
4 わが国の農業の特質
5 江戸時代以前の物質循環
6 江戸時代の物質循環
7 明治から第二次世界大戦直後まで・・・・・地力堆積の時期
8 高度経済成長期以降・・・・・激減する有機物投入量
第3章 農耕地の悲鳴・・・・・「有機物を!」
1 農業の本質から逸脱している現代農業
2 土中のミネラルのアンバランスと人間の健康
3 現代農業(慣行栽培)による生産物の品質をめぐって
4 土をよみがえらせるための緊急対策・・・・・生ごみの堆肥化
第4章 生ごみでよみがえる健康な土
1 農業における堆肥の役割とつくり方の基本
2 300年前から伝わる堆肥づくりと現代の課題
3 生ごみの堆肥化・・・・・コンポスト容器と生ごみ処理機の利用法
4 町ぐるみの生ごみ堆肥化運動を成功させるために
5 もう一つのリサイクル・・・・・飼料化
第5章 生ごみがたどる二つの道
1 解決がきわめて困難な廃棄物問題の現状
2 「焼却・埋め立て」か,堆肥化か
第6章 生ごみ堆肥化運動は社会を変える第一歩
1 21世紀は持続可能な社会
2 堆肥化運動は,「地域の自立・民主化」への第一歩
3 生ごみ堆肥化運動をめぐる基本的視点
本の紹介 57:レスター・ブラウンの環境革命:
21世紀の環境政策をめざして,
レスター・ブラウン編著,松野 弘監修,朔北社
(2000) 1600円 ISBN4-931284-57-4
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「環境」を健全に維持・持続するということは,百年単位の計画を構想し,それを実施する革命といえる。なぜなら,10ppmを超えつつある地下水の硝酸性窒素を1ppmに低下させることや,現在の二酸化炭素380ppmを,産業革命前の280ppmにもどすには百年以上の歳月がかかる。したがって,未来は楽観視できない。
しかし,環境危機対策に決定的な変化をもたらすきっかけを,人類はつかみ始めた気配が感じられる。例えば,カーソンの「沈黙の春」が,今日の環境運動のきっかけを与えて40年が経った。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第1回の報告書(Climate Change)の原案を,わたし達がハーバード大学で練ってからすでに12年が経過した。
最近,巨大企業グループが環境マネジメントや品質マネギメントに関する国際規格であるISO14001や9000を競って取り始めた。さらには,政府が企業が学者が,そしてこれらに直接は関係しない多くの市民がこぞって「環境」の問題に取り組み始めている。
これらの気配をもとに書かれたのが,「環境革命:21世紀の環境政策をめざして」である。
「21世紀への環境政策パラダイム」,「環境と生命」および「環境と生態系の破壊」と題して,エイズ,水,人口,侵入生物(インベーダー),生態系破壊,遺伝子組み換え作物,自然災害,風力エネルギーなどが語られる。詳細な内容は,以下の通りである。
序章 21世紀への環境政策パラダイム
環境と生命
第1章 生と死の政治学・・・HIVとエイズ
第2章 世界の灌漑井戸が干上がるとき
第3章 人口増大と短命化のきざし
環境と生態系の破壊
第4章 生態系を破壊する小さなインベーダーたち
第5章 生態系崩壊をまねくストレスの構造
第6章 遺伝子組み換え作物と農業のゆくえ
第7章 不自然な自然災害
補章 勢いづく風力エネルギー市場
21世紀の環境政策をめざして
索引
原題及び執筆一覧
本の紹介 58:農から環境を考える
−21世紀の地球のために−
原 剛著,集英社新書 (2000) 660円 ISBN4-08-720092-2
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農業と環境の関わりは,次の3点にまとめられる。はじめは,農業活動そのものが環境に及ぼす影響である。水田でイネを作ると,水田からメタンガスが発生し,このガスが温暖化に影響を及ぼすのがそのよい例である。次は,環境の変動が農業に及ぼす影響である。温暖化すれば世界の作物生産の様態が大きく変わるのがそのよい例である。最後は,農業を営むことによって環境を改良したり,保全したりすることである。農業による多面機能の活用といわれていることがその例である。水田でイネを作ることによって,土壌浸食を防止したり,生物多様性を維持したり,水を涵養したりすることができる。
著者は,このような農業と環境の関係を考えながら,環境問題を農林漁業の生産現場に引きつけてとらえ,「農から環境を考える」を書いている。とくに最後の章では,日本の農業の現実と課題が具体的な数値でわかりやすく解説されている。目次は以下の通りである。
序章 地球の温暖化,そして60億人の時代へ
ポリン博士の警告
変質する“日焼け止めクリーム”
罰当たりの光景
「現代文明に未来はない」
第1章 環境と農業
生体実験の時代か
環境へあふれる化学物質
農薬の安全性を高めよう
お産ができないウシ
ダイオキシンへの不安
第2章 農業は環境の守り手か,破壊者か
環境を守り,破壊する農業
干拓事業の虚実
中海干拓計画を検証する
公共事業とは何か
NGOを生み,育てた公共事業
交換価値から関係価値へ
持続可能な農業へ
第3章 地球温暖化への備えを森林で
雨の降り方が変わる
地球温暖化
水の大循環
森林から緑の文明を
白神の“源流”守るブナ林
ブナの貯水力
稚魚泳ぐ清流
保水力の劣る針葉樹
森と共存する森林文化社会
第4章 生物圏の危機
危機と飽食の狭間で
アジアは食料危機に陥るか
地球は増える人類を養えるか
過剰から不足へ
金で「買える」は誤り
第5章 日本の農業――その現実と課題
どこをどう変えるか
株式会社も参入
高まる棚田への関心
まほろばの里に共存する農――宮沢賢治の理想を求め
生命への優しさを
衰退するスギ山集落
踏みとどまるクヌギ林の村
山里をつぶしてよいか
新農基法によるデカップリング政策への評価
都会人に農業を――市民農園を大きく育てよう
環境都市・フライブルクの試み
飢えを救ったダーチャ
農業大改革の時代へ
本の紹介 59:内分泌かく乱物質問題 36のQ&A
(社)日本化学工業協会エンドクリンワーキンググループ編
中央公論事業出版 (2001) 1200円 ISBN4-89514-166-7
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シーア・コルボーンらの著書「Our Stolen Future(奪われし未来)」は,化学物質が人や野生生物に世代を越えた影響を与えることを示唆した。現在,「内分泌かく乱物質」に関して,作用メカニズム,作用の検出方法,生物に対する影響の有無など多方面からの研究が実施されている。しかし,「内分泌(ホルモン)作用」から「有害性発現」に至る過程は極めて複雑であり,科学的には未解明な部分が多い。
本書は,化学産業界が「内分泌かく乱物質問題」の解決を図るため,情報として収集した研究成果,調査結果などについて,その内容を社会に正確に提供することを目的としてまとめられた。内分泌かく乱物質問題を7テーマに分類し,Q&A形式で記述している。項目は次の通りである。
1.内分泌かく乱とは
Q-1 内分泌とは何ですか?
Q-2 「内分泌かく乱」とはどういうことですか?
Q-3 有害性の有無とは無関係にホルモン作用があるだけで「内分泌かく乱物質」と呼ぶことがありますが,なぜですか?
Q-4 ホルモンにはどんなものがあるのですか?
Q-5 内分泌かく乱物質問題では,なぜ,性ホルモンや甲状腺ホルモンに関わる現象が問題とされているのですか?
Q-6 内分泌かく乱作用は,ごく微量でも起こると言われていますが,本当ですか?
Q-7 内分泌かく乱作用は,低用量で逆U字型に起こると言われています。どういうことでしょう?
Q-8 フォン・サール教授の報告については,再現性がないなど多くの議論があると言われていますが,どういうことでしょうか?
Q-9 複数の物質が存在すると,相乗的にホルモン作用が増大することがあると言われています。どう言うことでしょうか? 本当にそんなことが起こるのですか?
2.野生生物や人への影響
Q-10 内分泌かく乱のメカニズムで起こるとされる野生生物の異常はどのようなものでしょうか?
Q-11 英国の河川や多摩川で魚がメス化していると問題になっています。これは,どういうことでしょうか? また,事実であればその原因は何でしょうか?
Q-12 有機スズ化合物がイボニシにインポセックスなどの悪影響を引き起こしていると言われていますが,汚染の状況と対応はどうなっていますか?
Q-13 人の精子数が減少したり,精子の質(運動性や形態)が低下していると言われていますが本当ですか?
Q-14 人の生殖器異常などの奇形,乳がん,精巣がんあるいは前立腺がんが増加していると言われています。内分泌かく乱物質が原因なのでしょうか?
Q-15 内分泌かく乱は,生殖に対する影響以外に,免疫や神経系へも影響するといわれていますが本当ですか?
3.疑われている物質の状況
Q-16 プラスチック製品から内分泌かく乱物質がでてくるとマスコミ等でよく言われています。プラスチックからはどんなものが出てくるのですか? プラスチック製品を食品の保存などに使っても大丈夫なのでしょうか?
Q-17 ポリスチレン製の容器に入った食品を食べても,内分泌かく乱作用などの健康影響はありませんか?
Q-18 ビスフェノールAの安全性について問題視する報道もありますが,日本における安全基準はどうなっているのでしょうか?
Q-19 プラスチックの可塑剤として使われるフタル酸エステルが内分泌かく乱物質ではないかと疑われていますが,フタル酸エステルにはホルモン作用や内分泌かく乱作用があるのですか?
Q-20 コルボーン博士らによる「奪われし未来」には,ノニルフェノールという物質が問題視されています。ノニルフェノールとはどのような物質ですか? また,どのような問題がありますか?
Q-21 ノニルフェノール,ビスフェノールA,フタル酸エステルなどは,環境中にどの程度検出されていますか? また,生態系への影響はどうでしょうか?
Q-22 「内分泌かく乱物質」として多くの農薬が取り上げられています。農薬の安全性はどのようにして評価されていますか?
Q-23 ホルモン作用を持つ合成化学物質は体内のホルモンあるいは天然のホルモン物質(植物エストロゲンなど)と比べ危険と言われていますが,本当ですか?
Q-24 大豆などに植物エストロゲンが多く含まれていると言われていますが,これらの食品中の植物エストロゲンは安全ですか?
4.各国行政機関の見解
Q-25 内分泌かく乱物質問題について国はどのような見解を持っていますか?
Q-26 内分泌かく乱物質問題に対する海外の行政機関の見解はどのようなものですか?
5.調査・研究の現状
Q-27 日本や海外の政府機関は,内分泌かく乱物質問題の解明のためにどのような調査・研究を行っていますか?
Q-28 現在,内分泌かく乱物質問題について各国政府あるいは国際機関が最も注力しているのは内分泌(ホルモン)作用を検出するスクリーニング法あるいは内分泌かく乱物質であるかを判別する確定試験法の開発であることは分かりました。それでは,これらの試験法で検査しようとしている化学物質はいくつぐらいありますか?
6.内分泌かく乱物質を見分けるための試験法
Q-29 化学物質の有害性を検出する方法には,どのようなものがありますか?
Q-30 毒性試験とはどのようなものですか?
Q-31 内分泌かく乱物質を見分ける方法にはどのようなものがありますか?
Q-32 内分泌かく乱作用の有無を確定するする方法として「多世代生殖毒性試験」あるいは「二世代生殖毒性試験」という試験方法があるようですが,教えてください。
7.化学物質の安全管理に向けた化学産業界の取り組み
Q-33 化学産業界が化学物質の安全性確保のために何か自主的に行っていることがありますか?
Q-34 化学産業界が化学物質の安全管理に向けて国際的に推進している自主的な活動にはどのようなものがありますか?
Q-35 化学産業界は,内分泌かく乱物質問題の解明にどのような研究を行っていますか?
Q-36 「科学的な証拠が不十分でも”予防原則”を適用して,内分泌かく乱作用があると予想される化学物質を規制すべきである」とよく言われます。この”予防原則”とはどういうことですか?
内分泌かく乱問題については多くの議論があり,統一的な解答が得られていないものが多い。第一に内分泌かく乱物質の定義である。厚生労働省,EPA,OECDなどによる「正常なホルモン系を混乱させ,個体やその子孫あるいは集団に有害な影響を引き起こす外因性物質」と,環境省,世界自然保護基金,グリーンピースなどによる「正常なホルモン系に影響あるいは阻害作用を及ぼす物質」とがあり,両者に大きな違いがある。後者は,有害な影響を引き起こさなくても,内分泌系に何らかの作用を持てば「内分泌かく乱物質」としているもので,多くの環境保護団体はこの定義を採用している。
内分泌かく乱作用として最も大きな論争は「低用量での逆U字型反応」である。米国ミズーリ大学のフォン・サール教授は,ジエチルスチルベストロールによる雄ネズミ前立腺の重量変化が逆U字型であると報告した。しかし,この結果は再現できないという報告も多い。なお,「低用量閾での逆U字現象」が事実であれば,従来からの化学物質の安全性評価に見直しが必要である。さらに,S字型の用量−反応関係を前提としたリスクアセスメントの考え方が根底から崩れることになり,EPAを中心に慎重な試験が実施されている。
化学物質による野生生物や人への影響として,野生生物のメス化・オス化,精子数の減少や質の低下,生殖器異常,繁殖異常などが挙げられている。これらの異常が化学物質に由来する内分泌かく乱作用によるものかについては,今後,明確にしていく必要がある。イボニシの雌にペニスが出現するオス化現象は,化学物質と現象との因果関係がはっきりしている例である。多くの場合,遺伝的要因,人尿由来の女性ホルモンの関与やライフスタイル,食生活等の多くの複雑な原因が絡み合って異常が発現する。化学物質による影響であると判断するためには,その作用発現メカニズムを解明することも重要である。
ビスフェノールA,フタル酸エステル,ノニルフェノール,農薬など内分泌かく乱作用が疑われている化学物質の環境あるいは各種製品中の濃度は,各種の安全性試験の結果から基準値が定められ規制されている。現在,多くの場合,人の健康影響について確たる因果関係を示す報告がないと判断されている。しかし,内分泌かく乱物質の問題は,その作用の有無,種類,程度等について未解明な点が多く,引き続き調査研究を推進していくことが重要との厚生省見解が提示されている。なお,ダイズなどに含まれるホルモン作用を持つ天然エストロゲンについて,現時点では害の有無は判明していない。
化学物質による内分泌かく乱作用の検定方法の開発が緊要の課題である。動物試験としての子宮重量測定や去勢雄ラット試験,ホルモン受容体との結合性をみる試験管内試験など,EPA,OECDを中心にその試験法の確立をめざしている。EPAは,2003年末までにスクリーニング段階の試験法を,2005年末までに試験法(化学物質の有害性の確定を目的とする)を確立させる予定である。
欧州環境局(European Environment Agency−EEA)は,1980以降のヨーロッパにおける環境状態を分析し,報告書「2001年環境のシグナル(Environmenntal signals 2001)」を発表した(http://www.eea.europa.eu/publications/signals-2001 (最新のURLに修正しました。2010年5月) )。この報告書は昨年に引き続いた第2報目であり,6月15〜16日に開催されたイエーテボリ(Gothenburg)・サミットにおいて,EU加盟国首脳が環境保護と生活・産業との調和,ならびに持続可能な開発戦略に関して議論するための資料として作成された。また,EEA参加国の政策立案者がヨーロッパ各国の統一的な環境基準や環境政策を作成するための基礎資料でもある。本報告書は,EEA加盟18ヶ国(EU15ヶ国,アイスランド,リヒテンシュタイン,ノルウェー)を対象に生活,漁業,観光,交通,エネルギー,農業,工業,軍事の各部門の環境状態を分析した。分析の結果,今日のヨーロッパにおける環境は,酸性降下物質の排出量が減少し,有機農業が拡大したものの,廃棄物や温室効果ガスの排出量が増加していることが特徴として指摘されている。さらに,輸送の環境的コスト,エコラベル商品,水質の改善などについての今後の動向を予測している。
この報告書の中から,農業部門について重要と思われる部分を抜粋し,意訳した。このため,原文の内容を正確に表現していない部分もある。また,図・表を掲載していないために,内容が理解しにくい部分もあると考えられるので,詳細は原文で確認していただきたい。
7.農業
まとめ
農業は依然として,環境への悪影響を与える主要要素となっている。この原因は農業が集約化と専業化が進行しているためである。例えば,永年草地面積は1990年から1998年の間に4%近く減少し,養豚農家では大規模化が進んだ。農業環境対策として農村開発政策が実施されているが,その予算はEUの農業予算の10分の1にしかすぎない。また,化学肥料の使用量の減少,家畜糞尿処理は改善されているものの,農業地域からの栄養塩類の排出によって,水域への負荷が高まり,河川の富栄養化が進行している。
EEA諸国における農業部門の経済的な重要性は低下しているものの,依然,ヨーロッパの全面積の44%は,農業者によって管理されている。共通農業政策(Common Agricultural Policy: CAP)の推進,技術革新,より安価でスピード化された輸送,および農産物市場のグローバル化などの影響によって,ヨーロッパ農業は集約化と規模拡大化が進行している。また,限界地域(marginal areas)では,労働コストの上昇と農産物価格の低下によって,農業経営の活力が低下し,農地への植林や耕作放棄地が拡大している。
7.1. 農業のエコ効率(eco-efficiency)
農業生産の指数を示す粗付加価値(gross value added )は,1990年〜1997年の間に5%高まったが,これは主に農地面積当たりの生産性が向上したためである。しかし,エネルギーの使用量ならびに灌漑農地面積の増加率は,粗付加価値の増加率を上回っている。このことは,集約的農業分野の経済成長が相対的に高いことを示している。
ここでは,1単位の生産を行うために使用する環境資源量をエコ効率と呼んでいるが,農業部門におけるエコ効率の改善速度は他部門と比較して低い。例えば,1990年から1998年にかけて,エネルギー部門における酸性降下物質の排出の削減率は50%にも達したが,農業部門のそれは10%にしか過ぎない。また,化学肥料と農薬の使用量の削減は進んでいるものの,栄養塩類の過剰と環境や食物への農薬残留の問題は依然として残っている。1997年から1998年における農業部門の温室効果ガスと対流圏オゾン前駆体物質の排出量は,他部門と比較すると大きくない。すなわち,全部門に対する農業部門の温室効果ガス排出割合は全体の10%であり,オゾン前駆体物質のそれは5%であった。また,農業部門におけるエネルギー消費割合についても他部門と比べて小さかった。
7.2. 農業部門の発展
共通農業政策支持
EUは,毎年予算の半分にあたる約400億ユーロ(EUのGDPの0.5%)を農業政策支持に使用している。農業環境対策を含め農村開発予算は,1996年から2000年の間に2倍に増加した。CAPの当初の重点化政策は,生産物価格支持や高い生産性と集約化を促進することであった。このため,化学肥料,農薬,水,エネルギーについての投入費用の補助を行い,生産性を向上させた。
1992年におけるCAPのMacSharry改革による農業環境規則(EEC2078/92)と1999年のアジェンダ2000改革に基づくEUの農業対策によって,市場価格支持政策から農業支持政策に重点が移った。この結果,1993年の市場価格支持費は,CAP全予算の61%であったが,1998年には32%に減少した。
環境対策費が占める割合は,1996年が5%であったが,2000年には10%増加した。農業環境規則(EEC2078/92)によって農業環境対策が導入され,アジェンダ2000改革(農村開発に関する規則1257/1999)では環境保護と所得直接補償が実施された。
CAP予算における市場支持経費は2000年から380億ユーロに,農業環境対策を含む農村開発予算は43億ユーロに抑制された。このように,1996年以来,農村開発費は2倍となったが,EU農業予算全体の10%にしかすぎない。
農業の集約化
農業生産についての統一的計測法はないが,農業の集約化,専業化の傾向は,次のような農村社会の変化から説明することができる。1975年におけるEU12ヶ国の農家数は,1千万戸であったが,1997年には700万戸に減少した。この間に,農地ならびに永年草地の面積は減少したにもかかわらず,農業の粗付加価値は18%増加した。1990年における専業経営戸数と複合経営戸数の比は,3.3:1であったが,1997年には4.3:1に拡大した。このような,畑作物専業農家数の増加と高い生産を達成する農業システムによって,永年草地が畑地化される一方,耕作放棄地を拡大させた。この結果,1975年から1998年の間にEEA加盟国の永年草地面積は11%も減少した。
同様に,畜産部門の集約化も進んでいる。EU12ヶ国の畜産農家数は,1980年から1997年の間に47%減少し,牛の飼養頭数は5%,乳牛の飼養頭数は20%,それぞれ減少した。しかし,牛乳生産量はほぼ維持された。EU12ヶ国の豚の飼養頭数は,1980年から1997年の間に,8,800万頭から10,800万頭に増加した。 とくに,ベルギー,デンマーク,アイルランド,オランダ,イギリスの豚の飼養規模は550頭/戸以上であり,EU12ヶ国の平均の4〜6倍と大きい。
集約的畜産は特定地域に集中し,これらの地域で生産される飼料生産量を上回る飼料が多量に輸入されている。このため,それぞれの地域で,作物が吸収可能な栄養塩類量よりも遙かに多い栄養塩類量が家畜糞尿から生産され,これらの過剰な栄養塩類が農業地域外に排出された。
7.3.栄養塩類の過剰排出
農地の栄養塩類の地下浸透や流亡は,現代農業の長年の課題となっている。リンは淡水の富栄養化を,窒素は海水の富栄養化をもたらす主要要因である。
農業は窒素の主たる排出源であるので,農地における窒素過剰が環境指標となる。窒素の過剰は必ずしも化学肥料からばかりでなく,家畜糞尿,収穫物として持ち去られない作物残さ物からも生じる。少々の窒素過剰は,ほとんどの農地で一般的にみられる。ところが,ヨーロッパにおける年間の総窒素排出量は,710万トンと計算され,その95%上回る過剰な窒素が河川に排出されている。総過剰窒素量とその濃度別分布には地域間に変動がなく,経年的変化もみられないことが推計されている。また,この総過剰窒素量の1/4は全体の10%を満たない特定地域から排出されている。このような,高い濃度の窒素が河川に排出されている地域は,ブルタニュー地方を除けば,北海沿岸とライン河の集水域,すなわちベルギー,オランダ,デンマーク,ドイツ北東部に集中している。これらの地域は高濃度の窒素が常に検出され,大河川よりも小河川で恒常的に高く,その濃度は飲用水として使用するための安全基準濃度を超えている。
7.4.農業者による環境管理
農業環境管理契約
農業環境規則(EEC2078/92)と農村開発規則(1257/1999)は,農地の環境改善活動を促進するプログラムであり,これらに基づき農業者が行った環境サービスに対する対価として補償金が支払われる。すなわち,優良農業以上の環境サービス行った際のコスト,そして,それに伴う損失ならびに収入減を補償するものである。これらのプログラムには,大気,生物多様性,景観,土壌,土地,水などへの悪影響を軽減するための対策も含まれる。これらは農地ばかりでなく,圃場周辺の非農地の管理も含んださまざまな側面について行われ,特殊な農業環境条件においても適応される。
明瞭な環境便益は窒素肥料の使用の減少,良好な施用技術,自然保護,および景観保全などを生み出す。
1998年において,農業者7人のうち,1人が農業環境管理契約(Agri-environmental management contract)を結んでおり,EUの農地面積の20%以上が農業環境対策の対象となっている。このため,第5次環境行動プログラム(5EAP)の2000年達成目標の15%を既に達成している。EU新加盟国の契約率は,オーストリアが78%,フィンランドが77%,スウーデンが64%と高い。しかし,ドイツを除くと,EU12ヶ国の平均は9%と低い。これは過剰な窒素を排出しているベルギー,オランダの契約率が低いことが影響している。
環境にやさしい農業管理
環境にやさしい農業が達成された事例は多くあるが,これらのデータは体系的に集計されていない。例えば,硝酸塩指令(Nitrate Directive)では,春まで家畜糞尿を蓄えることが可能な貯蔵施設を設けるように要求している。この指令に基づき,デンマークの農家における家畜糞尿の貯蔵能力は,6ヶ月間以上となり,作物の養分吸収が高く,浸出が少ない期間のみに,家畜糞尿を散布することが可能になった。この結果,家畜糞尿の貯蔵能力が高まったことによって,秋と冬の散布量が減少し,春と夏の散布量が増加した。
有機農業
有機農業において適切な農地管理がなされれば,生物多様性の高い生息環境を形成することが可能である。しかし,有機農業の単位面積あたりの収穫量は,一般的に低いので,慣行農業と同等の収穫量を得るためには,慣行農業よりも有機農業は広い農地を必要とする。このため,有機農業は環境問題を解決する唯一の方法とは必ずしもいえず,生物多様性を保全するための他の方法も検討する必要があろう。
1990年のEEA加盟国における有機農業面積は,31.4万haであったが,その後,急速に拡大し,1999年には320万haに達し,全農地面積の2.5%になった。さらに,2005年には全農地面積の5〜10%に達すると推測されている。1999年におけるオーストリア,リヒテインシュタイン,フィンランド,イタリア,デンマーク,スウェーデンの6ヶ国における有機農業の面積は,全面積の5%以上と高いが,その他のEU諸国では1〜2.5%である。このように,有機農業が急速に拡大したのは,農業環境対策(規則2078/92,規則1259/99)基づき,有機農業を推進してきたことの効果である。
15.草地−とくに乾燥草地−
まとめ
ヨーロッパの永年草地は,草地の管理が放棄されたり,他の利用形態や集約的な利用に変わったりして,その面積はこの数十年間,徐々に減少し続けている。各国の永年草地プログラムとそれに関連する規則の実施は,これらの草地の消失速度を遅らせてきたが,停止あるいは逆転させることはできない。EU内の自然草地や半自然草地の荒廃や減少を阻止することはできないが,ネイチャー2000ネットワーク(NATURE 2000 Network)が十分に機能した場合には,重要な草地のかなりの部分を保全することができるであろう。
永年草地はヨーロッパの各地に分布するが,自然草地と半自然草地を保全するには,慣行的管理を続けることが最も好ましい。地形,土壌,その他の自然の条件に適応してさまざまのタイプの草地が形成されている。これらは生物地理学的状況や土壌条件などよって,砂漠に近いステップのような非常に乾燥した草地から,湿潤な条件に成立する湿潤草地,そして著しく乾燥もせず,また湿潤でもない条件で成立する中間的草地など,さまざまである。これらの草地は,現在,広く栽培されている作物,園芸ならびに薬草の野生種など,多様な種が生育する重要な生息地である。また,そこはハーブ,シカやげっ歯動物などの野生草食ほ乳動物,蝶類,は虫類,鳥類のための重要な生息地である。さらに,大きな肉食鳥・獣を対象とした狩猟場でもある。
ヨーロッパにあるほとんどの草地は,人為的管理下にある。放牧や採草の強度や草地改良などの人為的攪乱は,生物多様性の内容や重要度に影響を与える。一般的に,集約化の圧力は強い植物の拡大にとっては都合が良く,稀少植物にとっては有害である。さらに,スラリー散布は風によってスラリーが広範囲に飛び散るため,植生に広く影響を及ぼす。
気候変動は乾燥草地や半乾燥草地の拡大影響を及ぼし,また,南ヨーロッパでは砂漠化の拡大,北ヨーロッパでは湿潤草原の拡大に影響を及ぼすであろう。
生物多様性条約では,生物多様性の保全はもちろん,草地の社会的機能,すなわち生産,雇用,レクレーションなどの機能,および,その他の環境保全機能が高いことが確認されている。
草地の生息地や種の保存に関する主なEU規則としては,生息地指令のほかに,鳥類指令,環境インパクト評価指令並びにEC規則1467/94(農業における保全,特徴付け,採集,遺伝資源の利用などに関するもの)がある。1981年以来,欧州委員会は草地の生育環境の分類を行ってきた。とくに,乾燥草地を優先して生息地タイプとして保護するように,また,ヨーロッパ生物遺伝子源保全ネットワークに,この保護すべき生息地タイプを含めるように各国に働きかけてきた。同様に,ベルン条約エメラルドネットワークでも,草地は非常に重要であることを確認した。その他,多くの国々では,持続性プログラムと生物多様性条約を推進するための規則と行動計画に永年草地が対象地として検討され,いくつかの国では全ての永年草地を対象にした包括的保護施策も盛り込まれた。
15.1 永年草地への圧力
EU生息地指令に基づくネイチャー2000ネットワークの一部である特別保護区(Spectial Area of Conservation, SPAs)に将来,指定するための共有重要候補サイト(Sites of Community Interest, pSCIs)において,永年草地への圧力を耕地化,植林,都市化・輸送,レジャー・観光,公害,狩猟・採取,灌漑などに分類し,その影響の程度を明らかにしている。pSCIs調査サイト984ヶ所(山地91ヶ所,平地893ヶ所であり,乾燥草地と中間的草地が30%以上が含まれる)について1999年に解析した結果,これらの調査サイトは生物地理学的条件や国の政策の影響など広範にわたるさまざまな圧力を受けることが確認された。
永年草地面積の推移は,農業環境対策に関連する規則や財政契約の数の実施によって変化するであろうが,そこには複雑な利害関係が生まれ,近隣の農家が全く反対の行動をとることがあるかもしれない。CAP政策の実施によって,草地は集約的利用・管理,放棄,畑地への変換など,直接的・間接的に大きな影響を受ている。
1992年のCAP改革以来,関連農業環境対策はEUの農業地域面積の20%をカバーしているが,この関連政策の実施は,農業環境への悪影響を直接,軽減してきた。具体的には,利用することによって生じる荒廃や火災リスクを回避することを含め,水質,土壌,生物多様性と景観を維持するために必要な農業活動の促進があげられる。永年草地を維持するためにとくに重要なことは,粗放的管理,環境を改善する農業,非生産的な土地の管理,そして訓練・実演プロジェクトのための機会にある。ところが,水,土壌そして生物多様性関連を含めた農業環境対策に使用した予算は,CAPの農業予算のたった4%が使われれただけである。
農業地域への再植林を促進するなど CAP予算による対策は,永年草地の全面積に大きなマイナス影響を与えた。例えば,植林された面積の60%は永年草地であった。しかし,草地面積の推移は今後,短期的あるいは長期的に劇的に変化するかもしれない。例えば,牛の疾病の広範囲な伝播やそれに続く食肉市場への悪影響,さらには急速な有機農業への移行などである。このような圧力は,放牧圧が低い粗放的な牧畜が長期間にわたって行われるようになるため,半自然草地は維持されるであろう。しかし,これとは反対に,植林と集約農業の促進,あるいは耕作放棄地の拡大の要因として作用するかもしれない。
15.2 永年草地の面積
EU9からEU15に拡大した1995年のEUの永年草地の面積は,4,400万haあった。ところが,EU9カ国の平均草地面積は,1975年から1995年にかけて12%も減少した。この減少は今後も続くものと思われる。しかし,今後,EU加盟国が増える予定なので,永年草地の全面積は明らかに増加するであろう。これらの加盟準備国には,貴重で,環境の影響を受けやすい広大な草地を有してるが,今後,集約的農業が増加することが予想され,これらの永年草地は大きな影響を受けると考えられる。
15.3 乾燥草地における生物の種類
乾燥草地は,最も環境の影響を受けやすいタイプである。そこには,乾燥し,明るい場所にだけにしか生育できない絶滅危惧種(例えばランや蝶)がいる。フランスではランの種類の約半分が,ベルギー,オランダ,ルクセンブルクでは35〜42%が,乾燥草地あるいは中間的草地に生育いている。これらの生物の多くは弱く,絶滅の危険性が高い。
15.4 乾燥草地を含む永年草地の保護
EUと加盟準備国では,いくつかの永年草地保全プログラムと,それに関連する規則によって,自然草地と半自然草地の減少を抑えることができるが,停止あるいは逆転することはできない。これらの政策や法律が十分に実施され,ネイチャー2000ネットワークが完全に実施されれば,EUにおける極めて重要な自然・半自然草地を一定の割合で保護することが可能になるであろう。また,ベルン条約エメラルドネットワークに基づき,EUの周辺諸国もこのプログラムと同様の行動をとるであろう。
生息地指令(pSCIs)に提案されている調査対象草地の数ならびに大きさは,気候,景観,歴史,最近の土地利用の特徴に応じて異なる。たとえば,地中海地方には典型的な乾燥草地があり,広い調査象サイトが最も多くあり,1000〜10000haの調査サイトが80ヶ所以上ある。スペインでは25,000haの草地が2ヶ所,52000ha,75000haの調査対象候補地がそれぞれ1ヶ所ある。しかし,フランス,オーストリアを含め,1000ha以上の広大な乾燥地域を含めた大陸の生物地理学的地域を多くもった国々があるが,ネイチャー2000に基づいき,調査サイトを提案していない国がいくつかある。一般的に,広大な乾燥地域は粗放な採草や放牧を行う農業地域であるため,生物多様性が維持されている。草地の生息地が自然を保全するために重要であることが国内的にも国際的にも理解されるようになった。このことがヨーロッパの国々における乾燥草地,中間的草地とそこに生育・生息する生物を保全するためのプロジェクト数を増加させる結果となった。
EC LIFE-Natureプロジェクト数の変化は,ECの乾燥草地や中間的草地の保護についての関心度の動向を示している。すなわち,1992年頃には少なかった乾燥草地プロジェクト数は,1995年以降,明らかに増加した。その他のプロジェクトとしては,広大な粗放的利用の草地と林地がモザイク的景観を形成している地区に生息している大型肉食動物あるいは猛禽類の調査がある。
ところが,これらのデータは少なく,また,農業統計に基づかない自然保護データの中に間違ったデータや非常に限定された情報も入っている。このため,特定のインパクトや自然保護の効果の測定とモニターを行うための指標の開発,また,気候変動や砂漠化問題と関連させて詳細に捉えるためにの指標の開発が進んでいない。
本報告書の目次は以下のとおりである。
はしがき
1.序文
2.部門と環境の総合化の進展
3.家庭と消費パターン
4.観光
5.交通
6.エネルギー
7.農業
8.重要な環境問題の進展
9.気候の変化
10.大気汚染
11.河川の水質
12.海水の有害物質
13.土壌:地域化された汚染
14.廃棄物
15.草地−とくに乾生草地について−
頭字語と略語