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情報:農業と環境 No.18 2001.10.1
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No.18
・第21回農業環境シンポジウムの開催
・窒素循環と環境問題
・平成13年度独立行政法人農業環境技術研究所評議会の開催
・カナダ,ケベック州の集約農業地域における
・農業環境データの解析における片側推論と両側推論を融合した統計手法
・IPCC第三次評価報告書
・報告書の紹介:欧州理事会及び議会への欧州委員会報告;
・本の紹介 60:植物の養分獲得(Plant Nutrient Acquisition)
・本の紹介 61:昆虫と気象,桐谷圭治著,成山堂書店(2001)
・本の紹介 62:環境土壌物理学,3.環境問題への土壌物理学の応用,
・本の紹介 63:CD−ROM版:作物の細菌病(2001年追補)
第21回農業環境シンポジウム
「農業活動と地球規模の炭素及び窒素の循環」 |
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趣 旨 |
炭素や窒素は,大気圏,生物圏,土壌圏,水圏及び人間圏の間をさまざまに形態変化しながら循環し生態系の中でバランスを保ってきた。しかしながら,特に20世紀半ばからの化石燃料の大量消費や森林破壊など人間圏の活発な活動は,大気中の二酸化炭素,メタン,亜酸化窒素などの温室効果ガスの急激な増加をもたらし,その結果,地球規模の温暖化が顕在化している。温暖化は,降水量の変化,異常気象の増加,農耕地域の移動,海水面の上昇など地球規模の環境変動を通して農業生態系を構成する大気,土壌,水,生物などの環境資源の状態や機能,さらには資源間の相互作用に影響を及ぼし,世界の食料生産にも大きく係わっている。
1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミットでは,人類の持続的発展のためには地球環境の保全が重要課題との認識から,地球温暖化防止などの一連の国際条約が作られ,その後COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)やIPCC(気候変動に関する政府間パネル)などで温暖化防止のための国際的取り組みが強力に進められている。
これらを背景として,本シンポジウムでは,炭素と窒素について,地球規模での循環を踏まえた農業生態系における実態,機構,動態,環境影響などを明らかにし,さらに発生量の軽減技術の開発に向けての課題と展望について討議を深める。
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開催日時
開催場所
主 催
参集範囲
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平成13年11月29日(木),10時〜17時
農業環境技術研究所(大会議室)
農業環境技術研究所
国公立・独立行政法人試験研究機関,大学,行政部局ほか
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1.
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シンポジウムの開催にあたって
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陽 捷行
農業環境技術研究所
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10:00〜10:30
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2.
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大気観測による炭素循環の研究で何がわかっているか? |
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井上 元
国立環境研究所
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10:30〜11:15
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3.
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大気メタンの動態と農業活動のかかわり
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八木一行
農業環境技術研究所
地球環境部温室効果ガスチーム |
11:15〜12:00
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(昼 食) |
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4.
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土壌における炭素循環モデリングの現状と課題
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谷山一郎
農業環境技術研究所
地球環境部食料生産予測チーム |
13:15〜14:00
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5.
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大気窒素の動態と食料・農業問題
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木村眞人
名古屋大学大学院生命農学研究
科 |
14:00〜14:45
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(休 憩) |
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6.
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人間活動と大気中への亜酸化窒素の直接・間接放出
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鶴田治雄
農業環境技術研究所
地球環境部温室効果ガスチーム |
15:00〜15:45
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7.
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土壌中の硝酸性窒素移動の時間スケール
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加藤英孝
農業環境技術研究所
化学環境部土壌物理ユニット |
15:45〜16:30
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8.
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総合討論
農業からみた地球環境研究の展開方向 |
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林 陽生(司会)
農業環境技術研究所地球環境部
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16:30〜17:00
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シンポジウムの開催にあたって |
陽 捷行(農業環境技術研究所) |
農業に関わる地球環境変動の問題は数多い。地球環境が現在抱えているこれらの重圧を考えると,われわれの食料に対する安全保障と環境保全の問題は深刻である。さらに深刻なことは,さまざまな環境悪化が組み合わさって相互作用を起こすことの心配である。そのうえ,これらの問題の多くは,その基盤に窒素と炭素の地球規模での循環が絡んでいる。地球規模での環境悪化に関して,相互に影響しあう環境を蝕むさまざまな現象(例えば,気候変動と紫外線)が考えられる。ここでは,そのうち農業に関わる相互作用の現象を,炭素と窒素の循環から整理し,その対策研究の展開方向について考えてみる。
大気観測による炭素循環の研究で何がわかっているか? |
井上 元(国立環境研究所地球環境研究センター総括研究管理官) |
農業や林業を含む陸域生態系や海洋による炭素吸収の現状を理解し,その将来を予測することは,温暖化問題解決に向けた重要な研究である。従来のグローバルな代表点で温室効果気体の長期変動を観測するスタイルから,緯度分布のモニタリングや炭素同位体・酸素測定により海洋・陸域の二酸化炭素収支の分別へと研究は発展してきた。更に,大陸の西と東という経度分布の観測(実際にはネットワーク観測)から,亜大陸規模の二酸化炭素収支をInverse Modelにより推定するという段階に至っている。こうした大気から地表面の収支を推定する方法をトップダウンアプローチと呼んでいるが,その現状と将来について紹介する。
大気メタンの動態と農業活動のかかわり |
八木一行(農業環境技術研究所地球環境部温室効果ガスチーム) |
大気中のメタン濃度は,現在,約1.75 ppmであるが,二酸化炭素に比べて単位質量あたりの地球温暖化効果が大きいことから,その地球温暖化への直接的寄与は主要な温室効果ガス全体の約20%にのぼる。産業革命以来,大気メタン濃度は約150%の増加を示しているが,この濃度増加に対し,現在の総発生量の半分強を占めるさまざまな人為発生源の影響が大きいと考えられている。農業活動が関与する発生源としては,反すう動物,畜産廃棄物,水田およびバイオマス燃焼があげられ,それぞれの発生源からの発生抑制技術が提案されている。本講演では,大気メタンの発生・吸収に関するこれまでの知見を整理し,大気メタン濃度の増加に対する農業活動の重要性を示す。さらに,水田を中心に,発生量を軽減するための技術に対する評価を行う。
土壌における炭素循環モデリングの現状と課題 |
谷山一郎(農業環境技術研究所地球環境部食料生産予測チーム) |
地球温暖化や有機質資材投入量の減少に伴い,土壌中の炭素蓄積量や二酸化炭素発生量の変動の将来予測について求められる機会が増えるとともに,それらを予測するモデルが開発されている。欧米で開発されたモデルでは,当然のことであるが火山灰土壌や水田土壌への適用について考慮されていないものがほとんどである。また,これらのモデルの妥当性の検証については,長期的な有機物連用試験の結果が有効であるが,最近の農業試験場の移転などに伴い試験が中断するケースが多く,十分なデータが得られ難くなってきている。これらのモデルのうち,比較的長期間を対象とした動的モデルについて,そのモデルの構造や計算に必要なデータを紹介する。
大気窒素の動態と食料・農業問題 |
木村 眞人(名古屋大学大学院生命農学研究科) |
大気中に存在する窒素化合物のうちで,N2OはCO2,フロン類,CH4に次ぐ温室効果ガスであり,硝化・脱窒過程で生成する中間代謝産物である。他方,CO2およびCH4はそれぞれ好気的環境および嫌気的環境で生成する最終代謝産物であり,CO2,CH4,N2Oは互いに異なった環境で生成し,その制御のためには異なった方策が必要である。本講演では,農業活動とN2O発生の関連で,熱帯林の耕地化,世界における肥料消費の動向,我国の食糧需給状況と食生活,等を取り上げ考察する。これまで,温室効果ガスの研究において炭素循環と窒素循環は別個に取り扱われ,CO2,CH4発生とN2O発生の関係は深く考察されてこなかった。両循環を比較し,これらガスの発生制御を考える。
人間活動と大気中への亜酸化窒素の直接・間接放出 |
鶴田治雄(農業環境技術研究所地球環境部温室効果ガスチーム) |
亜酸化窒素は,海洋や森林土壌などの自然界でも微生物の脱窒や消化で生成されるが,窒素肥料を投入した農耕地でも生成され,土壌表面から直接大気中へ放出される。それによる直接放出量は,地球の全発生源からの総放出量の約20%と推定されているが,アジアでの実測に基づく放出量のデータが非常に少ないので,その不確実性は非常に大きい。さらに,その窒素の一部は土壌浸透水中に溶けこんで地下水を経由して河川から海洋へと運ばれるが,その輸送過程でも,亜酸化窒素は生成され大気中に放出される(これを,前者と区別して間接放出と呼ぶ)。この間接放出量は直接放出量に匹敵すると推定されているが,これまでのところほとんど実測データがない。そこで,日本を含むアジアの研究者と共同で,農耕地からの温室効果ガスの発生とその抑制技術の開発について,調査研究を行っている。本シンポジウムでは,窒素肥料の投入等の人間活動により生成される亜酸化窒素に焦点をあて,その直接および間接の発生源とそれらの発生要因,および発生抑制技術について,現在まで明らかになったこと,さらに今後取り組むべき課題を紹介する。
土壌中の硝酸性窒素移動の時間スケール |
加藤英孝(農業環境技術研究所化学環境部土壌物理ユニット) |
農耕地に施用された窒素肥料の少なからぬ部分は硝酸化成作用を受けた後,硝酸イオンとなって作物根群域下方へと溶脱する。硝酸性窒素の農耕地土壌からの溶脱と地下水到達に関わる時間スケールには,(i) 硝酸性窒素が根群域内に滞留する時間,(ii) 根群域を通過した硝酸性窒素が下方の土層あるいは地層を通過して地下水に達し,混合を受けながら帯水層中を移動するのに要する時間の2つがある。前者は施肥窒素の根群域下方への溶脱率に,後者は溶脱した硝酸性窒素の脱窒等による生化学的な除去,および施肥管理の変化が地下水中の硝酸性窒素濃度に影響を与え始めるのに要する時間に関係する。土壌中の硝酸性窒素の移動をこれら2つの時間スケールの点からとらえ直す。
問い合わせ先
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農業環境技術研究所地球環境部 林 陽生
(e-mail : hayyou@niaes.affrc.go.jp) |
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〒305-8604 つくば市観音台3-1-3,
Tel 0298-38-8200,Fax 0298-38-8199 |
第21回農業環境シンポジウム「農業活動と地球規模の炭素及び窒素の循環」が,平成13年11月29日に当所で開催される。独立行政法人になって,はじめての農業環境シンポジウムである。このシンポジウムにちなんで,窒素循環と環境問題についてまとめてみる。
窒素。「ものみなめぐる」ということの大切さと,「万物流転」の法則をこれほどよく教えてくれる元素は,他にないだろう。
人間はプラスチックや放射性物質やクロロフルオロカーボンなど,「めぐる」ことのできないものをたくさん作りだした。それらは,「めぐる」ことのできないままに,使い捨てられ,たまりつづけ,われわれの住む地球生命圏を窮地に追い込む。「めぐらない」から抜け出して,窒素のもつ「めぐる」に帰依しないと,地上はいずれ取り返しのつかない世界となる。
すでにわれわれ人間は,この窒素のもつ「めぐる」に重大な変調をもたらした。その中でも環境にとって最も重要なものは,大気圏における亜酸化窒素 (N2O) 濃度の上昇と,地下水の硝酸イオン (NO3−) 濃度の増大である。前者は,成層圏のオゾン層を破壊し,対流圏の温暖化に大きな影響を及ぼし,地球規模の問題として取り扱われている。後者は,飲料水の水質悪化と富栄養化に代表される生態系の変調に大きく関わっている。窒素循環の変調によって,地下水から成層圏に至る生命圏すべての領域が脅威にさらされているのである。
これらは,大気中に無限(空気の78%)に存在する窒素 (N2) が,われわれ人間の手によって自然界のそれをはるかに上回る速度で地上へ固定されているためである。その上,固定された窒素は,生態系のバランス,場所および時間などの要因を考えることなく,地上に還元され循環のサイクルに入っていく。窒素の「めぐる」はすでに変調をきたしているのである。
ここでは,このような窒素循環と環境問題との関係を背景に,環境中の窒素の形態,地球規模の窒素循環,および土壌における窒素循環を簡単に紹介し,とくに環境に悪影響を及ぼしているN2OとNO3−について解説する。さらに,これらの環境影響への対策についても考察する。
1.生元素の循環
生物によって積極的に摂取され,その生体機能を維持するために使われている化学種は,養分と呼ばれる。これらを構成する元素は,必須元素または生元素として知られている。生命を維持するために必要な様々な化学反応を行っているこれらの養分の数は,それほど多くない。
生元素のうちの9種が,生物にとって大量に必要とされる。これを多量必須元素という。それらは,酸素 (O) ,水素 (H) ,炭素 (C) ,窒素 (N) ,カルシウム (Ca) ,リン (P) ,硫黄 (S) ,カリ (K) およびマグネシウム (Mg) である。どんな生物も大部分は,この多量必須元素の結合により存在を維持している。例えば,人間の体全体の99%は,これらの元素の最初の6種で構成されている。
地球は閉鎖系である。このことは,生元素の供給には限界があることを意味する。それにもかかわらず,全地球規模でみると,これらの元素はつきることがない。これは,これらの元素が環境を通して再循環しているからである。例えば,われわれが食べている食料の構成元素は,実は以前に誰かが何回も食べていたものである。
それぞれの生元素は循環している。生元素の循環の回路は,生元素が有機体である生命相と,地球化学(物理)環境にある無生命相の両方からなる。このため,そのような回路は,生物地球化学循環とよばれる。これらの循環が連続的であるためには,持続的なエネルギーの供給に依存することになる。そのエネルギーの多くは,太陽により供給され,残りは地球の内部からくる。生物地球化学循環の重要な特性は,それらが相互に関連していることである。また,ひとつの元素の循環は,しばしば他の元素の循環に深く影響する。
ナトリウム,カリおよびマグネシウムなどの循環は,主として地球化学的な循環であるから,仮に地球上に生命がなかったとしても,本質的には変化なく遂行される。しかし,窒素,硫黄,炭素および酸素などの循環では,生物圏で起こる転移がきわめて重要となる。
2.窒素の形態と窒素循環
窒素は生命にとって不可欠な元素である。これは,アミノ酸とよばれる分子種の基本的な成分である。これらは,生命を維持するために必須である。さらに,主にアミノ酸から構成されるタンパク質は,酵素や酸素のような小さい分子の転移や貯蔵などの機能を有している。
また,窒素はDNAを形成する塩基の基本的な組成でもある。DNAは,すべての生命体の遺伝的コードを運ぶ分子である。さらに,窒素は他にも生物学的に重要な役割がある。たとえば,呼吸の際に酸素の代用品として酸化形態の窒素を利用することができる有機体がある。一方,還元された窒素を酸素で酸化することによりエネルギーを解放し,そのエネルギーを利用するものもある。
窒素には様々な酸化状態がある1)
(図1)。これは,窒素の循環では生物的に調整された酸化還元反応が中心的になることを意味している。このような酸化還元反応が起こることによって,窒素の形態が変化するということは,しばしば様々な条件で,ある系から他の系へ窒素が移動する結果となる。窒素は,地殻または海洋では主要な成分ではない。しかし,窒素は大気を構成する元素の78%を占めるため,この系が最も重要である1)
(図2)。
3.土壌の窒素循環
大気の窒素がアンモニアに還元され,結果的にアミノ酸に組み込まれる過程を窒素固定と呼ぶ。これは,原核微生物のみに限定された反応である。これらの微生物は,単独あるいは植物と共生している。窒素固定のためのエネルギーは,炭水化物の酸化によって供給されるが,炭水化物は光合成によって供給されている。そのため,光は窒素循環を制御するエネルギーの主要な源である。したがって,窒素,酸素および炭素の循環は密接に関連していることになる。
微生物により固定された窒素は,さまざまな経路で陸域の高等植物に利用されることが知られている。窒素固定菌と共生関係にあるこれらの高等植物は,共生する微生物から直接アミノ酸を供給される。
しかし,ほとんどの高等植物は無機物の形態で土壌溶液から窒素を獲得する。それは,アンモニウム(NH4+)か硝酸(NO3−)の形態である。この無機態窒素がアミノ酸に転移する過程を同化と呼ぶ。
還元された無機態窒素が土壌で硝酸に酸化される微生物的な過程は,硝化として知られている。また,硝酸が還元される過程は脱窒と呼ばれ,古くからよく知られている。
土壌から大気に放出される窒素酸化物は土壌中の微生物活動によって生成される。生成メカニズムの一つに脱窒作用がある。脱窒とは,土壌中の微生物により嫌気条件下で硝酸態窒素または亜硝酸態窒素が,ガス状の窒素(N2)か窒素酸化物(NOまたはN2O)に還元される反応で,すでに19世紀に明らかにされた事実である。この作用は,土壌中の脱窒菌によって行われる。一般的に次の式で表される2)。
NO3− → NO2− → NO → N2O → N2
脱窒のほかに,窒素酸化物の重要な生成メカニズムに硝化作用がある。これは,好気条件下で土壌中のNH4+が硝酸態窒素に酸化される過程でN2Oが生成する現象で,近年明らかにされた事実である。この過程では主としてNitrosomonas属の細菌が関与している。一般的に次の式で表される2)。
↑ N2O
NH4 → NH2OH → NO2− → NO3−
この硝化および脱窒の過程で生成されるN2Oと,硝化作用で生成されるNO3−の増大が環境に大きな負荷を与えているのである。前者は大気に放出され,後者は土壌から溶脱されて,地下水に移行する。窒素循環の変調が環境問題を起こしている源は,これらの動きである。農業分野においては,窒素肥料の過剰施用および家畜排泄物の分解過程からの生成が主な発生源である。
4.大気の亜酸化窒素
温室効果ガスであると同時にオゾン層破壊の原因物質であるN2Oは,現在最も注目されているガスである。N2Oは対流圏での滞留時間が約150年もあるきわめて安定したガスであるため,対流圏から成層圏に流れ出す。成層圏に移動したN2Oは,一部は電子励起状態の酸素原子(O(1D))との反応および紫外線の作用によりNOに変わる。NOはまずオゾンから酸素原子を一個奪って,みずからはNO2になる。ついで,これとは別に紫外線の作用でオゾンから切り放された酸素原子が,このNO2と反応して,NOと酸素分子を形成する。つまり,NOがNO2を経てリサイクルする間にオゾンが失われることになる3)。
N2Oの自然発生源として,海洋,土壌がある。人為発生源として,いまのところ農耕地,バイオマス燃焼,廃棄物燃焼,自動車,アジピン酸製造および硝酸製造が考えられている。全球での年間発生量は14.7(10-17)TgNと推定されている4)。1959年以降,大気の濃度が急激に増加しているところから,人為起源に由来する発生源にはとくに注目する必要がある。オゾン層の破壊が環境に及ぼす影響は,太陽からの紫外線の増加のみならず,地球の気候変動や水循環に大きく関わる。
世界各地で観測された最近の実測値から,現在の大気のN2O濃度は約310ppbで,この10年間の年増加率は0.2から0.3%の割合である。1950年代の濃度が約295ppbであるから,急激な上昇をつづけていることが解る5)。
世界の窒素肥料の生産量は1977年から1993年の16年間に約2倍増加している。窒素肥料の使用量の増加や,耕地面積の増大なくして,食料の世界的な需要は満たされないから,世界の窒素肥料の生産量は今後も増大しつづけるであろう。また,農地の開発にともなって起こるバイオマス燃焼も増加しているところから,農業生態系のもつ環境への潜在的な負の効果がさらに懸念されつづけるであろう。とくに,窒素肥料の施用による土壌からの発生は今後もきわめて重要な問題となるであろう。
5.地下水の硝酸汚染
地下水の環境基準における監視項目のひとつとして,
NO3−-N濃度10mg/lが示されている。硝酸塩を多量に摂取すると,これが条件によっては胃のなかで亜硝酸に還元される。この亜硝酸が血液中に取り込まれると,ヘモグロビンと結合してメトヘモグロビンに変化し,血液の酸素を運ぶ能力が低下する。このことが,とくに乳児に対してチアノーゼなどの健康影響を引き起こす。このため,水道法による
NO3−-Nの基準値は10mg/lと規定されている。
しかしながら,世界のいたるところで,地下水の
NO3−-N濃度が10mgをこえている。アメリカのアイオワ州の測定例をみると,1960年代に3mg以下であったものが,1983年には10mgに上昇している。この間トウモロコシへの施肥窒素量は,50kg/haから153kg/haに増加している。カリフォルニア州の家畜多頭飼育地帯では,345mgを示した例もある。EU諸国も同様である。オランダのある地域での調査によれば,56点の浅層地下水の
NO3−-N濃度の平均値が20mg,最高値81mgが検出されている。フランスでは,1970年後半にすでに20%の井戸水が10mgを越えた6)。日本も例外ではない。1993年に行われた11都道府県の井戸水の調査によれば,799地点のなかで39地点が10mgの値をこえていた7)。最近では,中国でも窒素肥料の使用料の増大にともなって,地下水の
NO3−-N濃度が急激に上昇している。ちなみに,現在の中国の窒素肥料使用量はアメリカのそれをすでにこえている。
このように,世界各地で地下水から高濃度の
NO3−-Nが検出されるようになり,しかも多くの国でその濃度は年とともに上昇の一途をたどっている。
6.大気組成の保全と地下水の硝酸汚染対策
現在,爆発的な人口増加がつづいている国の多くは,単位当りの収量を獲得するため大量の窒素肥料を使用している。最近,先進国では窒素肥料の使用量と作物生産量が経済的に見合わなくなったため,使用量が減少する傾向にある。しかし,耕地面積の拡大と窒素肥料の使用量の増大なくして,増えつつある人口に対する食糧の世界的需要は満たされないから,とくに発展しつつある国々での窒素肥料の使用量は,今後も増大しつづけるであろう。
その結果,今後さらに土壌から発生するN2Oは上昇し,地下水のNO3−濃度も増大しつづけ,このことが地球規模での環境の面から懸念され続けるであろう。
これらの発生量を可能なかぎり減少させるためには,まずこれらの現象に関する多量かつ正確なデータの蓄積が必要である。さらに,それぞれの専門分野での幅広い研究と,それにともなう息の長い対策研究が必要であろう。とくに,土壌の生化学代謝を制御する技術の開発が必要となるであろう。
ここでは,窒素肥料の施用に伴って農用地から発生するN2OとNO3−の制御技術について考えらる技術について簡単にまとめる。このなかの一部は,すでに実行されている。
例えば,次のような技術をN2OおよびNO3−の制御という観点から見直す研究も必要であろう。(1)窒素肥料の施用時期の改善 (2)窒素肥料の分施 (3)緩効性窒素肥料・被覆肥料の活用 (4)葉面散布の活用 (5)効果的な窒素肥料の施用 (6)窒素肥料と有機物の施用 (7)ウレアーゼ阻害剤などの活用 (8)輪作による肥料の効率的利用 (9)潅漑水の効率的活用 (10)地形連鎖の活用 (11)肥効調節型肥料の活用 などがあげられるが,その基本は,硝化作用を制御し,植物による窒素の吸収利用率を最大にすることによって,発生を最小限にすることにある。とくに,硝化抑制剤,被覆肥料および肥効調節型肥料の活用による発生制御技術はきわめて重要な技術で,今後の発展が期待される。詳細は文献を参照されたい8)。
このように,土壌の生化学代謝を通して土壌圏と大気圏がN2Oガスの交換を行ったり,土壌圏での生成物であるNO3−が地下水へ流亡していく現象は,土壌圏そのものが雄大な呼吸をし,目にみえないところで排泄をもおこなっていると捉えることができる。大地の呼吸や排泄を健全に維持するために,そして増加しつつある人口に食料を持続的に提供するために,土壌環境,とくに土壌の生化学代謝をどのように管理したらいいのか。今後われわれに残された課題は大きい。
1) Jackson, A.R.W. and Jackson, J.M.: in 'Environmental Science' (1996) Longman
2) 土壌圏と大気圏 (1994),朝倉書店
3) Cicerone, R.J.: Science, 237, 35 (1987)
4) Intergovernmental Panel on Climate Change: Climate Change 1995, Houghton et al. eds. (1996) London, Cambridge University Press.
5) Intergovernmental Panel on Climate Change: Climate Change, Houghton et al. eds. (1990) London, Cambridge University Press.
6) 新農法への挑戦 (1995),博有社
7) 日本環境測定分析協会:土壌・地下水汚染と対策 (1996) 中央法規出版(東京)
平成13年度独立行政法人農業環境技術研究所評議会の開催
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独立行政法人農業環境技術研究所評議会規程に基づき,研究所における研究の基本方向,運営および研究成果の評価について,学識経験者および農林水産省関係者等の意見を反映することにより,研究所の円滑な運営及び研究の効率化を図ることを目的として,評議会を開催する。
日 時 |
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平成13年11月16日(金) 10時30分〜17時00分 |
場 所
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農業環境技術研究所大会議室(2階)
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議事次第 |
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1. |
理事長挨拶 |
2. |
出席者紹介 |
3. |
平成12年度農業環境技術研究所の主な活動の総括 |
4. |
独立行政法人化とその後の取り組みについて |
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1)独立行政法人化 |
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2)研究課題の設定と推進 |
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3)運営の効率化と改善 |
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4)その他 |
5. |
意見交換 |
[評議員] |
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秋元 肇 |
地球フロンティア研究システム大気組成変動予測研究領域長 |
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中村 雅美 |
日本経済新聞社科学技術部編集委員 |
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木村 眞人 |
名古屋大学大学院生命農学研究科教授 |
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小川 吉雄 |
茨城県農業総合センター首席専門技術員 |
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藤田 和芳 |
大地を守る会代表 |
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独立行政法人国立環境研究所理事長 |
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独立行政法人農業技術研究機構理事長 |
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独立行政法人森林総合研究所理事長 |
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独立行政法人水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所所長 |
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大臣官房企画評価課環境対策室長 |
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[ |
オブザーバー ] |
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農林水産省 農林水産技術会議事務局研究開発課長 |
カナダ,ケベック州の集約農業地域における
畑周辺部(3類型)の鳥による利用
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Bird use of three types of field margins in relation to
intensive agriculture in Quebec, Canada
B.Jobin et.al., Agriculture, Ecosystem and Environment, 84, 131-143 (2001) |
農業環境技術研究所は,農業生態系における生物群集の構造と機能を明らかにして生態系機能を十分に発揮させるとともに,侵入・導入生物の生態系への影響を解明することによって,生態系のかく乱防止,生物多様性の保全など生物環境の安全を図っていくことを重要な目的の1つとしている。このため,農業生態系における生物環境の安全に関係する最新の文献情報を収集しているが,その一部を紹介する。今回は,農業とそこに生息する鳥類の保全との関係についての論文を紹介する。
ケベック南部の集約的農業地域で,生息場所としての畑周辺部の構造と鳥による利用について調査した。その主な目的は,(1)農業景観における鳥の多様性を保全するための畑周辺部の役割を評価すること,(2)畑周辺部が特に農業にとってじゃまと考えられている種類の鳥の繁殖場所となる可能性を調べること,(3)鳥による畑周辺部の利用を最もよく説明する生息場所の特性を示すことである。
畑周辺部を3つのタイプに類型化した。第1のタイプは,よく育った樹木と灌木の2層からなる自然の生け垣,第2のタイプは,ほとんど針葉樹からなり灌木層が発達していない人工の防風林,第3のタイプは,灌木がまばらに生えた畑周辺部の草地であった。
調査によって全部で42種の鳥が記録された。生け垣と防風林の利用は同程度であったが,畑周辺部の草地では,鳥の種数と個体数が他の2つのタイプよりも少なかった。各タイプの畑周辺部は,作物を加害するかもしれない種類の鳥の繁殖場所として有意には寄与しておらず,逆に生物的害虫防除に役立つ可能性のある多くの種類の鳥に隠れ場所を提供していた。鳥による畑周辺部の利用の多くは,生け垣の構造の複雑さと規模に関係していた。
自然の生け垣を保全し,畑周辺部の植生の刈り取りや除草剤散布を最小限に抑え,防風林に落葉樹と針葉樹を混植することは,野生生物の保護と農業の両方の観点から見て効率的な保全戦略である。
農業環境データの解析における
片側推論と両側推論を融合した統計手法
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Combining the advantages of one-sided and two-sided test procedures
for comparing several treatment effects
T.Miwa and A. J. Hayter, J. Amer. Statist. Assoc., 94, 302-307 (1999) |
農業技術開発現場でのデータ解析では,実験処理の比較において,順序関係が想定できる場合が多い。たとえば,ふたつの処理を比較する場合,第1処理を現行技術,第2処理を新技術として,それぞれの処理平均を μ1 と μ2 とすると,研究者は μ1 < μ2 が成り立つかどうかに興味を持っている。したがって,仮説検定を行う場合,
帰無仮説
に対し,対立仮説
を設定し,片側検定を行うことになる。
しかし,最近,統計解析結果の報告に際して,検定結果を報告するだけでなく,信頼区間を表示することが求められるようになってきた。仮説検定の結果は,あくまでも帰無仮説
H0 : μ1 = μ2 に関する情報しか与えないのに対し, μ2 − μ1 の信頼区間の方がより多くの情報を提供するからである。
ここで問題となるのは,片側検定に対応する信頼区間は片側に無限大の幅を持つため,効果の差 μ2 − μ1 を定量的に評価することができないことである。一方,両側信頼区間は有限の区間幅を持つものの,プラスとマイナスの両方向に注目するため,対立仮説
H1 : μ1 < μ2 に対する検出力が弱く,片側検定では有意なのに,両側信頼区間がゼロを含んでしまうということが起こりうる。
このように,統計的データ解析において,仮説検定を行なうか信頼区間を構成するか,また,片側手順を用いるか両側手順を用いるかは,長く研究者を悩ませてきた問題である。
この問題は,特に,近年の環境毒性研究 (environmental toxicology) において重要な課題となってきた。ふたつの群の比較において,第1群を毒性物質への無暴露群(対照群),第2群を暴露群とする。
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μ1 μ2
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:
:
|
無暴露群に対するリスク評価値
暴露群に対するリスク評価値
|
このとき統計的検定を行なうのであれば,片側検定を実施し,積極的にリスクを検出すべきである。両側検定を実施し,リスクの検出力を弱めることは避けなければならない。
一方,この様な環境毒性研究においては,暴露の影響が全くないという帰無仮説
H0 : μ1 = μ2 の検定だけではなく,その毒性の大きさの評価に興味がある。すなわち, μ2 − μ1 (あるいは μ2 / μ1 )の大きさの推定が問題となる。このとき片側信頼区間では,上限が無限大となり,われわれの知りたい情報,すなわち,暴露群は対照群に対して最大どれくらいリスクが生じる可能性があるのかという情報が,全く得られないことになる。
以上の問題は,この論文によるつぎの信頼区間によって解決することができる。第1処理と第2処理の標本平均を
1,
2, t 分布の上片側 α 点を tα とすると,新しい信頼区間は
で与えられる。第2式の下限はゼロを含まない。したがって,従来の片側 t 検定で有意であれば信頼区間はゼロを含まず(すなわち,有意差有りと宣言し),なおかつ,有限の上限値が与えられる。
新しい信頼区間方式は,高い検出力という片側検定の利点と,有限の幅という両側信頼区間の利点の両方を併せ持つものである。
本解析手法について、詳細にお知りになりたい方は、下記にお問い合わせ下さい。 |
農業環境技術研究所 |
地球環境部生態システム研究グループ環境統計ユニット |
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三輪 哲久 |
所在地 |
: |
〒305-8604 茨城県つくば市観音台3−1−3 |
電 話 |
: |
0298-38-8224 |
ファクス |
: |
fax:+81-298-38-8199 |
Eメール |
: |
miwa@niaes.affrc.go.jp |
国立環境研究所の「地球環境研究センターニュース」Vol. 12, No.5 (2001年8月号)のトップに「IPCC第三次評価報告書」と題した記事が掲載されている。これは,国立環境研究所の社会環境システム研究領域環境計画研究室長(原沢英夫氏)によって書かれたものである。
IPCCの第三次報告書はすでに公表され,解説記事なども出版されているが,報告書作成の経緯や全体会合での議論の様子を紹介したものはない。原沢氏はこの点を強調しながら第三次評価報告書を紹介している。
内容は,第三次評価報告書(TAR)の経緯,3つの作業部会共通の関心事,第一,二,三作業部会(WG1,2,3)報告書の概要,今後のIPCCの展開からなっている。その他,IPCC第二次,第三次評価報告書の知見の比較,GCM(WG1)・影響評価(WG2)・排出シナリオ(WG3)の推移,第三次評価報告書作成に関与した執筆者数などの表がまとめられている。これらは,評価報告書の内容を理解するうえで大変便利である。
報告書の紹介:欧州理事会及び議会への欧州委員会報告;
天然資源の保全,農業,漁業及び開発と経済協力分野における
生物多様性行動計画(第1巻)
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COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE COUNCIL AND
THE EUROPEAN PARLAMENT:
Biodiversity Action Plans in the Areas of Conservation of Natural Resources,
Agriculture, Fisheries, and Development and Economic Co-operation,
(Brussels, 27.3.2001, COM 162(2001) final, VOLUME1) |
この報告書は4巻から構成されており,ここでは,第1巻について意訳し,参考となる資料を脚注に示した。しかし,EUにおける農業政策,対策,および生物多様性対策などの背景が本報告書に説明されていないので,内容が理解しにくい部分がある。また,意訳した文章の中には原文の内容を的確に表現した訳し方でない部分もあると思われるので,原文を確認していただきたい。
*農林水産省:海外農業情報
( (対応するURLが見つかりません。2010年5月) )
1.直面する我々の責任
1.1 脅威
1. この数十年の間で,ヨーロッパならびに世界では生物多様性の減少と喪失が急激に加速し,既存の対策ではこの傾向を逆転させるためには不十分であることが証明された。これらの生物多様性の減少と喪失傾向は,種,生息地,生態系そして遺伝子のレベルで発生している。
例えば,
・ヨーロッパの在来植物64種が絶滅し,蝶類の45%,鳥類の38%,植物のあるグループの種とその亜種の24%,軟体動物の5%が,すでに絶滅のおそれがあるとされている。
・ヨーロッパのいくつかの国では,現存する生息地タイプの3分の2以上が絶滅の危険性があると考えられる。
・この10年で,ヨーロッパの湿原面積の約60%が農業の集約化によって減少した。かって,ライン河沿いの自然林は2,000平方キロメートルあったが,今日では,その自然林が寸断され,150平方キロメートルを残すのみとなった。
・西ヨーロッパでは最近,家畜の97品種が絶滅した。この中に,牛が9品種,山羊が4品種,豚が54品種,羊が30品種が入っている。残っている品種の30%近くが現在,危険な状態にある。FAOの調査によると,EU加盟国のいくつかの国では,さらに深刻な状況であり,43%にも及ぶ品種が絶滅のおそれがある。
・世界では,動植物の合計11,046種のほとんどが人間活動の影響によって,近い将来,消滅する危険が極めて高い。このことは,哺乳動物では4種に1種,鳥類8種に1種であることを意味する。FAOの調査によると,世界における家畜の品種の37%は絶滅の危険性が高い状態にある。野生生物の国際貿易が絶滅危惧の原因になっていることが認められ,その種数は世界で30,000種にのぼる。
・アマゾンに限ると,年間の森林伐採面積は,1975年には30,000キロ平方メートルであったが,現在では少なくとも600,000平方キロメートルに増加した。この伐採に伴う生物への影響は,伐採面積の2倍にも及ぶとされている。
2. われわれは内在的価値をもつ生物多様性を保護する倫理的責任がある。また,生物多様性はわれわれの社会が必要とする食糧,繊維,飲み物を供給し,農業・漁業の活力を長期間維持するために不可欠である。生物多様性は多くの産業や新しい医薬生産の基盤となっている。生物多様性は多くの地域共同体や社会の大部分が依存している世界的天然資産の一部である。
3. 生物多様性の保護は,単に伝統的な自然保全政策を実施するという行動だけでたりない。重要な種(key species)と生息地についての特別な保護対策が不可欠であるが,それだけでは,生物多様性の喪失問題への対応は十分ではない。地球レベルでの保護地域として指定可能な潜在的領域の10−20%以上の面積を保全することが必要である。また,特定の遺伝子組換え生物の導入に伴う影響評価と監視はもちろんのこと,内分泌かく乱作用をもつ難分解性有機化合物の拡大,海外からの侵入生物の増殖のような,新たな問題を扱うことも重要である。さらに,生物多様性喪失の主要な根本原因は,地球生物圏に影響するいくつかの分野・横断的な政策の立案とその実施に起因している。このため,生物多様性を保全するためのニーズを関連分野の政策の策定と実施の中に組み込むことが非常に重要である。生物多様性の喪失は,社会・経済の発展の基盤となる天然資産資源を損なうことになるので,生物多様性問題は環境問題であるばかりでなく,より広範な持続性の問題でもある。
1.2 対応:1998年における共同体の生物多様性戦略と今日の行動計画
4. 今日または次世代の安寧に対する脅威に立ち向かうために,欧州委員会は欧州理事会ならびに議会へのEUの生物多様性戦略に関する報告書を1998年2月に採択した。この戦略は生物多様性の減少または喪失の原因を予想,防止,排除することを目的としている。この戦略はEU域内あるいは領域を超えて,今日の生物多様性の減少または喪失傾向を止めるとともに,種と農業生態系を含む生態系を良好な保全状態におくためのものである。
5. 欧州理事会はこの戦略を1998年6月に支持し,同様に,欧州議会は10月に支持した。
6. EU生物多様性戦略(European Community Biodiversity Strategy)は4つの主要テーマを策定し,また達成する分野別,あるいは横断的な目的を具体化することによって,行動の明確な枠組みを規定している。この戦略は,生物多様性に係わる問題を,関連分野の政策(中でも,天然資源の保全,農業,漁業,地域政策,空間計画,林業,エネルギー・運輸,ツーリズム,開発・経済協力)の中に組み込むことに特別に焦点を合わせている。
7. 生物多様性戦略の採択で,欧州委員会は国連生物多様性条約(Convention on Biological Diversity:CDB)の一締約国として最も重要な義務を履行することに向け,第1段階を踏み出した。第2段階では,この戦略の中でも予見されるように,政策領域に影響を与える行動計画と,その他の対策の策定と実施である。分野別行動計画は,戦略に規定してある目的に適合させるために,そして対策可能な目標を特定するために,具体的行動と対策を規定している。この報告書は予見される行動と対策の実施,およびそれらの効果について実施状況を監視し,評価するための適切な指標をどのように決定するかを確立することにある。
8. この報告書は次の四つの特定分野の生物多様性行動計画を示す。
・天然資源の保全
・農業
・漁業
・経済・開発協力
9. 戦略の発表の中で示されているように,委員会は関係する政策領域を担当する欧州委員会の各部局が行動計画の策定を行っている。各担当局は,ヨーロッパ環境庁(European Environment Agency)と加盟国の専門家とはもちろん,担当局間,そして生物多様性政策を監督する局と緊密に協力して作業を行った。次に,オルフス(Aarhus)条約の精神に従い,非政府組織(NGO)と他の利害関係者(stakehokder)が非常に早い段階から草案作成に参加した。
10. 各行動計画は当該分野の政策に適用された特定の施策と手続きの観点から策定されている。このような各行動計画の構造は同一ではなく,各分野の特定の政策の枠組みを反映している。
11. 各行動計画が対象とする政策領域はお互いに影響を与えるため,必然的に行動計画間の重複が生まれる。このため,行動計画は一貫性のある協調的な実施が極めて重要である。
2.より広範囲な政策状況
12. 生物多様性戦略とその行動計画(BAPs)の策定と実施は,持続的発展を達成し,そして,各環境問題をその他の分野,およびEC条約2,3,6条に適合した政策領域に統合するという,EUの公約の広範な視点からみる必要がある。BAPsはアジェンダ2000で開始した政策改革プロセスを促進するためにも重要である。
13. 欧州理事会は2001年のイエーテボリサミット*に提出する持続的発展戦略(Sustainable Development Strategy)を策定することを約束した。これと同様に,リオデジャネイロの環境と開発の国連会議から10年目に当たる2002年の主要国国際会合におけるEUの立場が定まるであろう。EUの持続的発展戦略は,上記で述べたように,いずれもが生物多様性と関連する持続性の経済的・社会的・環境的側面を扱っている。
*: (対応するURLが見つかりません。2010年5月)
14. 生物多様性戦略とその行動計画は,異なる分野の政策の中に生物多様性問題を組み込むことに焦点を合わせている。このため,カーディフ(Cardiff)での欧州理事会は生物多様性の低下傾向に歯止めをかけるために必要なそれぞれの施策と行動を確認することによって開始された政策統合プロセスに沿っている。
15. 第6回環境行動プログラムでは,将来の行動のための優先的テーマとしては,”自然と生物多様性”を選択する予定である。これによって,生物多様性戦略と行動計画が構築され,そして強化されるであろう。
16. 中・東欧諸国では,多くの場合,伝統的な土地利用によって保存された生物多様性が多くあるが,不適切な経済的発展によって生物多様性が脅威にさらされている場合もある。生物多様性の保護には地域的協力が必要である。また,汎ヨーロッパ生物的・景観的多様性戦略(Pan-European Biological and Landscape Diversity Strategy)の作成によって,生物多様性条約(CBD)締約国会議の関連決定の実施についての地域協力を促進するための論議の場が用意されるだろう。
17. 新加盟国の承認に伴って,EUの生物多様性の資産は増加するであろう。これらの国々での生物多様性戦略と行動計画の実施と,国内生物多様性戦略による補足によって,適切な政策の統合化が進み,高い生物多様性の保存に役立つであろう。
3.行動計画の範囲
18. 天然資源の保全に関する生物多様性行動計画は,関連目的を達成するために,既存ならびに計画中の環境法令と施策を最大限活用できるように保証することを目的にしている。
19. いくつかの生物種と生息地の保護は,特に重要であり,植物相と動物相,または,さらにそれらが生育・生息する場所を法令で保護するような特別な措置が必要である。このため,行動計画は,鳥類指令と生息地指令を十分に実施し,また,この行動計画のもとで指定された地域の持続的利用と保全のための適切な資金支援と技術支援を行うことによって,共同体における生息地と種を十分に保全することを目指している。
20. 生物多様性の保護のためには,指定計画地域内における保護種について行動するばかりではたりず,行動計画では,全地域にまたがる生物多様性の保護に役立つ政策の優先事項の策定が必要である。この行動計画は,水枠組み指令(water framework directive),沿岸域管理統合化戦略,環境インパクトアセスメント,環境賠償責任(environmental liability),エコラベル,エコ監査(eco-audit),その他の経済的施策など,生物多様性のみを対象とはしていない施策を使って,生物多様性問題の扱う手段を規定する。侵入生物と,いつかの遺伝子組換え生物は,広い意味の環境において,生物多様性に影響を与えるため,これらの問題はこの行動計画で扱う。生息域外での保全は連携的再導入,または統合的保全事業計画の枠組みにおいて重要な役割を果たす可能性があるので,行動計画では動物園や植物園については,優先事項にしている。
21. 以上のイニシアチブは重要ではあるが,全地域にわたって生物多様性を保全するには十分でない。土地利用の変化は生物多様性の消失の主な原因であり,また,それらの根本的原因は,いくつかの分野的政策の策定・実施の方法に起因している。そのため,農業,漁業,栽培漁業,林業など,土地と海洋の利用に関する主な政策の中に生物多様性を組み込んで,上記に述べた特定のイニシアチブを補完することが不可欠である。この結果,行動計画では,これらの分野の中に統合化することによって,生物多様性への全体効果を監視ならびに評価するための特定環境イニシアチブにしている。
22. 最後に,天然資源の保全に関する生物多様性行動計画では,関連の国際合意と協議,とくに,ワシントン条約(CITES),気象変動枠組み条約,砂漠化対処条約,バルセロナ条約とオスパー(OSPAR)条約,カルタヘナ議定書とモントリオール議定書,WTO/TRIPS,FAO,そして森林についての国際協議などの機会と共同作業の促進に焦点を当ている。これら国際条約の策定と実施の一貫性が,生物多様性への潜在的脅威を防止し,その便益を最大化するために必要である。
23. 農業に関する生物多様性行動計画は,農業活動と生物多様性の相互便益とマイナス効果の両面に焦点をあてて,農業と生物多様性の相互作用の解析から始まっている。この解析から,行動についての7つの優先事項を明らかにした。a.農業行為において,理にかなった集約化を確保する。b.農業活動が弱まった場合,特に,高い生物多様性のある地域では,経済的に実行可能であり,社会的に受け入れられる農業活動を維持すること。c.生物多様性の保全と持続的利用のために,農業環境対策の潜在力を利用すること。d.全地域レベルで生態的インフラ*,を確保すること。e.農業における遺伝的多様性の拡大ならびに地方と伝統的品種・系統の維持を目的とした行動を支援すること。f.地方または地域の条件に自然に適応した系統と品種の市場流通を推進すること。g.遺伝子改変生物などの非在来生物種の放置と拡大を防止すること。
*:圃場と圃場をつなぐ回廊(生け垣,草本で被覆された畦,防風林)などを指している。
24. 農業環境対策で得られた経験に基づき,行動計画を考案するための5つの重要な指針原則が示されている。a.生産方法が生物多様性保全に影響をあたえることがある。b.行動は全地域にわたって行う必要があるが,そのための方法や施策は,地方ごとの条件に適合させるべきである。c.地方分散する方法は,加盟国が適切な措置を選択・実施して対応する上で,好ましい。d.環境と農業に関する施策はもちろん,欧州共同体と国内施策の補完に基づく体系的または協調的アプローチに優先事項を与えるべきである。e.欧州共同体の種々基金の間の協力を確保すべきである。
25. これらの優先事項と原則の概念的枠組みにおいて,EU生物多様性戦略によって確認された分野ならびに横断的目的の達成に関連する核となる施策が提案されている。1)いわゆる横断的規則,環境保護要求及び特にその第3条,2)農村開発規則による農業環境対策,3)農村開発規則でなされるその他の対策,4)共通市場組織(Common Karket Organisations)の環境部門,5)農業における遺伝資源規則,6)品質政策に関する市場関連施策の環境要素。植物保護物質とSAPARDについての法令に関する他の施策にも及ぶ。最後に,行動計画は確認された優先事項を達成するための目的とその予定表を示す。行動計画の有効性は,これらの施策の全てが加盟国によって適切に実施されるかどうかにかかっている。種々の統合要素の監視と評価ためには,農業と環境の複雑な関係について正しく理解するための,実用的農業環境指標の開発が優先される。
26. 漁業に関する生物多様性行動計画は,漁業と栽培漁業によって脅威にさらされている生物多様性の保護と回復を目的とした一貫性のある対策であることがわかる。
27. この短・中期の行動計画における対策は,3つのレベルで立証された。魚類資源量の保全と持続的利用,非対象種,生息地・生態系の漁業活動からの保護,そして,様々の生態系にたいしてインパクトを与えるような栽培漁業の防止である。前二者のレベルに必要な対策には,漁業活動の低減,調査と監視の強化はもちろん,技術的対策の適用も含まれる。栽培漁業については,栽培漁業の環境インパクトの低減,侵入生物の導入の制限,動物の健康の保守,この領域における知識の促進のための研究を強化するための対策をとる。継続的調査と監視は行動計画で確認された対策の成功にとって極めて重要であろう。
28. 共通漁業政策(Common Fisheries Police:CFP)は,科学的助言に基づいて,環境的側面を組み込むことを始めた。2002CFPレビューは新規の対策や強化された既存の対策を導入するための絶好の機会となる。また,この行動計画の下で提案された行動はこのプロセスに貢献するであろう。
29. 経済・開発協力に関する生物多様性行動計画は,2015年の合意に向けた国際開発目標(International Development Targets)との関連をみなければならない。これらの目標のなかで,貧困を解消し,環境破壊と自然資源の喪失の傾向に歯止めをかけることは,生物多様性と密接に関連している。さらに,開発協力の施策は,遺伝子源利用から生まれる利益の公平な分配に関する生物多様性条約の目的を達成することに特に関連する。
30. 行動計画はEU加盟国内と国際的な開発協力機構,ならびに国際レベル(世界銀行と地球環境ファシリティー(GEF)など)におけるプログラム・機関との連携の必要性を指摘している。また欧州委員会内の開発と環境の問題を管理するための能力向上の必要を検討している。
31. 行動計画は生態系のアプローチ,利害関係者の参加,広範な政策枠組みへの統合化など,従うべき”原則指針”を列記し,また,次の三つの相互に関連する状況において,とるべき行動を規定した。
a.農業,家畜,栽培漁協,植林などの集約的生産システムにおいては,生命維持機能と便益,遺伝的多様性の維持,海外からの侵入種と遺伝子組換え生物についての警戒に対する配慮が必要である。
b.林業,ワイルドライフ,漁業などの栽培化されていない種が生息する生産システムにおいては,生態系の配列と生産的景観における生息地を維持することに焦点を合わせるべきである。
c.保護地区においては,保全活動と持続的発展戦略の間の強力な連携が必要である。
32. この計画は戦略的環境評価(Strategic Environmental Assesments)と環境インパクト評価(Environmental impact Assessments)の利用を改善することの重要性を強調している。そして,この分野における能力向上を支援することに焦点を合せている。
4.明白な目標を定めた監視と評価にむけて
33. 行動計画の実施においては,その土地に及ぼす影響を測定するために,交錯した問題を扱わなければならない。これらの中には,実施状況を査定するための一揃いの指標を特定することによって,行動計画の実施の監視と,実施した結果の測定を連結する方法が含まれている。関連情報を統合して報告の基礎として使用し,一般の人々に受け入れやすいそれを作ることも同様に重要である。最後に,ある活動を実施するためのには調査が必要であり,これは欧州共同体の関連プログラムをとおして策定されるであろう。
4.1 指標
34. 生物多様性戦略は次のように述べている。「一般的ルールとして,各行動計画戦略の実施においては,その実績を査定し,また,その実施状況を評価するために,明確に任務,目的,方法を策定しなければならない。委員会は行動計画の実施前(ex ante)と実施後(ex post)の評価を可能にするための指標を関連組織の協力によってあきらかにする。第3章で述べた各政策領域に影響し,保全と持続的利用のための行動が必要とされる種と生態系は,指標を構築するための基礎とすべきである。また,経済的指標も検討される。」
35. 生物多様性戦略と行動計画の実施状況を評価する指標の策定には,次の二つのレベルのアプローチが必要である。
a.具体的政策手段とイニシアチブのための指標:指標は,欧州共同体の各行動とそれら加盟国レベルでの実施と,種と生態系の状態の傾向とが結合していることが判るようにする必要がある。
b.見出しとなる指標:生物多様性戦略と行動計画の全体的な効果が評価する指標も必要である。
36. この2年間に欧州委員会,欧州環境庁,加盟国および関連国際機関は,上記の二つの領域について相当の努力を行った。ところが,知識に関する現在の状態では,行動計画において考慮される要素の多くについて,まだ,意味のある生物多様性指標の的確なセットに到達していない。ヘルシンキ・サミットに対する欧州委員会の報告に,指標に関する現在の効力と技術の状態について詳しい情報がある。
37. 監視と評価のベースラインを設けることが難しいことは,主に生物多様性の特徴と政策の効果が共同体内で異なることに起因する。結論として,適切な指標は生物地理学的手法に基づくべきである。このことは地域レベルで確認される指標が必要であるが,指標が提供する情報では,比較することが可能なものにする。これらの厳しい要求を満足するための指標を決定するために,欧州委員会では次のように考えている。
・指標を決定するための分析の枠組みを開発する。
・優先的な指標の選択のための基準を加盟国との共同作業で決定する。
・行動計画の各活動と地域における生物多様性に対する他の関連政策手段のための対策との実施状況を査定するための生物多様性指標について,分析的枠組みと,基準に沿った提案を提出することを加盟国に要請する。
・科学的アドバイスと加盟国によって提出された提案とを考慮して,生物多様性戦略とその行動計画のための統合情報システムを確立する。
38. 森林に関する指標の策定では,ヨーロッパにおける森林の保護に関する閣僚会議の”生物多様性,保護地域,および関連問題(Biodiversity, Protected Areas and Related Issues)” 作業部会での作業と森林生態系における生物多様性評価のための指標を決定するための作業が盛り込んである。
39. 経済と開発協力に関する行動計画において,我々の関係国に必要な情報の提供を要請し,上記と同様の方法をとるべきである。
40. 欧州有委員会は必要な情報が得られ次第,直ちに,生物多様性指標のセットを構築する。その後に,欧州環境庁は(または,他の関連組織が),このような指標を監視するために必要な方法を規定するであろう。また,生物多様性の実施に関する理事会並びに議会における第2回報告では(2003年),指標の確立と監視に焦点を合せる。
4.2 情報の交換
41. 欧州共同体は生物多様性に関かわる情報への公的アクセスの促進を約束している。これには,各行動計画において検討される各分野の政策と施策に関する情報が含まれる。生物多様性条約による欧州共同体クリアリングハウスメカニズム(EC-CHM)*は,2000年6月8日に試行フェーズを立ち上げた。これは,このような情報についての総合サイトである。とくに,ECの機関が保有する政策,法令,資金機会,データーベース,専門的知識の情報源などを提供し,他の機関や組織(政府,民間,NGO)へのリンクをもっている。また,生物多様性条約事務局のような国際機関のウエブサイトにもリンクしている。EC-CHMはヨーロッパばかりでなく,世界各国特に発展途上国との科学的・技術的な協力を促進・提供するための重要な手段である。
*: (対応するURLが見つかりません。2010年5月)
42. この仕組み統合して活用すること,特に,情報の収集方法の整理統合の促進が重要である。そして,より多くの利用者が相互に影響し合うことを可能にし,生物地理学的な検索機能をさらに提供することが重要である。また共同体が生物多様性CHMsのために欧州協力会議,さらにEC-CHMとヨーロッパ内に設立された他のCHMとの間の協力を強化することも重要である。
4.3 研究
43. 生物多様性戦略の目的は,共同体が生物多様性についての研究を促進するための一般的政策枠組みを策定することである。その後,これは研究と開発に関する第5回枠組みプログラムの中に組み込まれた。戦略のそれぞれの分野における一般的な目的は,より特定化した行動に移されているので,調査のイニシアチブはその焦点をシャープにして決めるべきである。委員会はさまざまな行動計画と生物多様性戦略からのその他のイニシアチブが生まれるニーズを確認中である。これは,次の調査と発展の第6回枠組みプログラムで生物多様性問題が適正に扱われることになるであろう。
5.フォローアップ
44. 生物多様性条約に対するECによる生物多様性条約の実施に関する第1回報告では,生物多様性戦略が採用された場合に,実施される欧州共同体の政策,法令,および他の施策について説明した。その後,戦略目標を達成するための関連した相当数の新たな欧州共同体イニシアチブが作られている。現在の状況は,生物多様性戦略の実施について理事会と議会へ第1回報告書が述べられるであろう。
45. 生物多様性戦略,および,とくに,その行動計画の実施には,直接的に対応し,または関連する政策領域に関かわる欧州委員会の各局との間の密接な協力が必要である。生物多様性に関する相互局間グループによって,この協力が保証されている。行動計画の実施において必要な共同体資金は,全て既存のプロクラムの基で行われる。
46. 最後に,生物多様性戦略と行動計画の成功裏に実施するためには,加盟国レベルの関連対策の効果に大きく依存している。そのため,欧州共同体とその加盟国の生物多様性戦略と行動計画をより補完的なものにすることが不可欠である。欧州委員会では,共同体とその加盟国レベルでとる行動の補完性を促進する権限を持った生物多様性専門家委員会(Biodiversity Expert Committee)の設立を構想している。委員会はこの分野のNGO,産業界,生産者組合,その他の利害関係をもつ市民組織に重要な役割を与え,この専門家委員会の会合にオブザーバーとして参加することをこれらのグループの代表者に要請すること構想している。
47. 欧州委員会はECとその加盟国による生物多様性条約の実施に関する補足性における研究を2002年までに開始するであろう。
本の紹介 60:
植物の養分獲得(Plant Nutrient Acquisition),
−新たな展望(New Perspectives)−,NIAES Series 4
N. Ae, J. Arihara, K. Okada and A. Srinivasan (Eds.)
Springer-Verlag, Tokyo (2001) 16,800円,ISBN4-431-70281-4
|
農業環境技術研究所では,NIAES Seriesと題して以下のような英語の出版物をこれまで3冊出版している。
1)Ecological Processes in Agro-Ecosystems (1992)
2)CH4 and N2O -Global Emissions and Controls from Rice Fields and Other Agricultural and Industrial Sources- (1994)
3)Biological Invasions of Ecosystem by Pests and Beneficial Organisms (1999)
ここに新たに NIAES Series 4 を出版した。
近代の植物栄養学はドイツのLiebigによる無機栄養説から始まり,化学工業の発展に伴う化学肥料の増施により,大幅な農業生産の拡大に貢献した。しかし,農業開発援助が盛んになるにつれ,これまで研究され,予想されてきたものとは異なる,土壌−作物系における施肥反応に大きな関心が注がれるようになった。これらの反応を予測するためには,従来の理論を超えた新しい考え方を構築せねばならない。本書は1998年3月につくばで開かれたワークショップの講演資料をもとに,これらの新しい知見をとりまとめたものである。
内容は6部からなる。
1)植物栄養学の歴史的レビューと世界的課題:Liebigの無機栄養説から始まり,積極的な養分吸収理論の発展が記載されている。日本が果たした成果(ムギネ酸発見の経緯)にも言及されている。さらに,途上国における土壌肥沃度の諸問題を概括している。
2)養分吸収における根分泌の役割とその限界:アルカリ土壌の鉄吸収におけるムギネ酸,難溶性鉄型リン酸の溶解にかかわるピシジン酸およびアルミニウム耐性に果たすリンゴ酸の役割を紹介している。また,ムギネ酸合成にかかわる遺伝子を導入し,鉄欠乏耐性種の作成など分子生物的成果も紹介している。
3)アポプラストの役割:養分吸収やアルミニウム耐性に対して,ラッカセイやイネ(陸稲)根分泌で説明できない現象がラッカセイやイネなどで観察される現象が紹介されている。次に,我々が標的とすべきものとして,根のアポプラストの役割が紹介されている。また,ラッカセイ根表面に鉄型リン酸溶解能が存在することが紹介されている。また,陸稲根のアルミニウム耐性について,細胞壁の化学構造が関連していることが示唆されている。
4)土壌微生物や土壌動物:リン溶解菌の検索とその実用化までの経過が記述されており,今後の微生物資材開発の参考になると思われる。菌根菌はリン酸の効率的な利用のためには重要である。作付体系を通してこの菌根菌を制御できることが証明されている。さらに,家畜ふん尿の施用が土壌動物の制御に関連している事実が述べられている。
5)有機物分子の直接的取込み:この本のハイライトである。有機物施用により反応する作物と反応しない作物のあることが,ローザムステッドの長期連用試験から提示される。その具体例として,ツンドラのスゲが報告されている。さらに,チンゲンサイや陸稲は,土壌中のタンパク様物質を直接吸収していることが示唆され,その機構の一つとして,「エンドサイトシス」が挙げられている。
6)実際への応用:これまで紹介したさまざまな養分吸収機能を,実際にどう生かせるかを示した章である。それには,●通常の育種法,●QTLを利用したマーカー育種法,●作付体系の改良などがある。いかにも古くさいと思われる作付体系研究においても,新しい養分吸収機能の発見で作付体系の科学的根拠が明らにされる。
編集者の意図は,本書のエピローグで語られる。実際の圃場における作物の反応を詳細に観察することが基本であり,これまでの理論と矛盾する現象の発見から,新しい植物養分吸収機構の仮説が生まれる。つまり,最も複雑な要因が絡まっている現場での観察の重要性が強調される。「バイテク」研究が新しい時代を切り開くように思えるが,まったく新しい植物の機能の発見は,「ローテク」と思われる圃場実験から生まれことが強調されている。
本の紹介 61:昆虫と気象,桐谷圭治著,成山堂書店
ISBN4-431-70281-4 (2001)
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著者は,冒頭で「昆虫と気象」という表題は近代昆虫学でも最も古くて,かつ新しい問題であると指摘している。害虫の大発生と気象は,まさに古くからの大問題で,地球温暖化は新しい問題なのである。
著者は,40年以上も害虫個体群の動態を野外で追い続け,国内ばかりか国際的にも応用昆虫学会において指導的な役割を果たしてきた元農業環境技術研究所の昆虫管理科長である。この長年にわたる実践によって蓄積された豊富な知識と体験をふまえて,今世紀いよいよ深刻に成りつつある地球温暖化が昆虫にどのように作用し,さらにそのことが人間の生活にどのように影響するのかという,グローバルで緊急な課題に真正面から取り組んだ本である。
下手な紹介をするよりも,「著者のことば」を記述する。
ウバロフが,『昆虫と気候』という古典的名著を1931年に出版してから70年になる。この本の表題もこれにあやかって『昆虫と気象』としたが,羊頭狗肉とならないことを願っている。
本書の執筆にあたって胸に秘めていたことは「基礎的なことがもっとも応用的である」ということであった。あえてそれを書かなかったのは,推薦の言葉をいただいた小野さんのいう「バリバリの現役」ではないからである。本書では地球温暖化の昆虫への影響というウバロフ時代にはまだなかった問題をも取り上げた。それを分析する手段に,昆虫が発育を開始する最低温度,すなわち発育ゼロ点を利用した。温度と発育の関係は昆虫を含む変温動物にとってもっとも基礎的な生理現象であり,両者の関係はウバロフの時代には積算温度法則として既に確立していた。日本の昆虫についても500種,1200例の報告があり,このために費やされた研究費は10〜20億円にものぼるであろう。そこで,本格的な出番がないままに研究の副産物として眠っていた発育ゼロ点に光を当てることにした。もちろんその資料の収集だけでも多くの人の協力なしにはできなかった。基礎的なことが決して無駄ではないことを改めて実感した次第である。
目次は以下の通りである。
はじめに
第1章 虫たちと気象
1・1 2つの顔をもつバッタ
1・2 日本に定着できない密航者 −トビイロウンカとセジロウンカ
1・3 病害虫発生予察事業と気象要因
1・4 害虫化したミナミアオカメムシ −気候と気象
1・5 ハスモンヨトウとコサラグモ
1・6 雪と昆虫
1・7 上昇気流と空中プランクトン
1・8 ブナアオシャチホコの大発生と気象
1・9 アメリカシロヒトリの季節適応
第2章 虫たちと温度
2・1 体温調節
2・2 各種の限界温度の防除や分布予測への利用
2・3 積算温度法則
2・4 ヒートアイランド
第3章 地球温暖化と昆虫
3・1 地球温暖化の兆し
3・2 温暖化は速いスピードで進んでいる
3・3 昆虫の北上の証拠
3・4 異常高温年における昆虫の反応
3・5 気候の変動が害虫に及ぼすさまざまな影響
3・6 地球温暖化が種間関係に及ぼす影響
3・7 昆虫媒介病
3・8 おわりに
本の紹介 62:環境土壌物理学
第3巻 環境問題への土壌物理学の応用
ダニエル・ヒレル著,岩田進午・内嶋善兵衛監訳,
農林統計協会 (2001) 4000円 ISBN4-541-02761-5
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本書は,「情報:農業と環境 No.11」で紹介した「環境土壌学:第1巻 土と水の物理学」および「情報:農業と環境 No.14」で紹介した「環境土壌学:第2 耕地の土壌物理」の続編である。翻訳者は,第1,2部と同様,粕淵辰昭(山形大学農学部),加藤英孝(農業環境技術研究所),高見晋一(近畿大学農学部),長谷川周一(北海道大学農学部,前農業環境技術研究所)である。本書は,これを以て完結する。以下に第3部の目次を紹介する。
第18章 圃場における水収支とエネルギー収支
18.1 まえがき
18.2 根圏の水収支
18.3 水収支の評価
18.4 圃場における放射交換
18.5 全エネルギー収支
18.6 大気への熱と水蒸気の輸送
18.7 移流
18.8 ポテンシャル蒸発散:Penman式
18.9 植被(群落)抵抗:Penman-Monteith式
18.10 土壌表面における水分のリモートセンシング
18.11 諸性質および諸過程の空間的変化
練習問題と解
第19章 土壌力学:応力,ひずみと強度
19.1 まえがき
19.2 ひずみ−応力関係と土壌の降伏
19.3 土壌の強さの概念とその測定
19.4 土壌の圧縮
19.5 土壌の圧密
19.6 土壌のコンパクションと含水率の関係
19.7 野外土壌のコンパクション
19.8 機械がもたらす圧力によるコンパクション
19.9 コンパクションの制御
練習問題と解
第20章 表面流出と水食
20.1 まえがき
20.2 層流と乱流
20.3 地表流
20.4 流去水による土壌粒子の輸送
20.5 面状侵食,リル侵食,ガリ侵食
20.6 降雨の侵食能
20.7 土壌の樹食性
20.8 “土壌流亡予測式”
20.9 土壌浸食の制御
20.10 表面流出の誘発
練習問題と解
第21章 地下排水と汚染
21.1 まえがき
21.2 被圧地下水の流れ
21.3 不圧地下水の流れ
21.4 地下水面低下の解析
21.5 不圧地下水の流れの式
21.6 流線網,モデルおよび類似
21.7 地下水の排水
21.8 排水に影響を与える要因
21.9 排水の設計式
21.10 地下水汚染
(1)硝酸塩
(2)農薬
(3)石油生産物
(4)その他の有害化学物質
練習問題と解
第22章 裸地からの蒸発と風食
22.1 まえがき
22.2 物理的条件
22.3 地下水面からの毛管上昇
22.4 浅い地下水面の定常蒸発
22.5 高い地下水面のもたらす塩類化の害
22.6 地下水のない場合の蒸発
22.7 乾燥の第一段階と第二段階の解析
22.8 「乾燥前線」現象
22.9 表層水分の日変化
22.10 非等温蒸発
22.11 アルベドの変化が非等温蒸発に及ぼす影響
22.12 不規則な面と土壌収縮で発生した亀裂からの蒸発
22.13 裸地からの蒸発抑制
(1)耕耘と蒸発
(2)マルチがけ
22.14 風による土壌侵食
練習問題と解
第23章 有害廃棄物サイトへの土壌物理学の適用
Ralph S. Baker
23.1 まえがき
(1)汚染物質
(2)修復工法
(3)修復の順序
23.2 有害廃棄物サイトへの土壌物理学の適用例
23.3 多相流れとその流体静力学における基本的関係式
(1)LNAPLの浸潤,再分布そして排液
(2)LNAPLのみかけの厚さと真の厚さ
23.4 原位置修復工法に対する土壌物理学の適用例
(1)土壌ガスの吸引
(2)多相吸引法
(3)原位置空気注入法
23.5 むすび
第24章 地球気候モデルにおける陸面の取り扱い方
Cynthia Rosenzweig
24.1 まえがき
24.2 陸面モデル
(1)水の動態
1)降水と表面流出
2)降雨遮断と滴下
3)土壌水の流れと浸潤
4)透水係数とマトリックポテンシャル
5)地下流水
(2)エネルギーの動態
1)放射関係
2)土壌熱流
3)土壌温度
4)裸地からの潜熱流束
5)植生からの潜熱流束
(3)地球気候モデルへの陸面モデルの結合
1)陸面での顕熱流束のバランス
2)陸面での水分流束のバランス
3)群落のエネルギーバランス
(4)土壌と植生の特徴
1)土壌の分類,特徴および層
2)植生の分類,特徴および季節性
(5)モデル計算の一例
24.3 結論
あとがき・参考文献・索引・訳を終えて
本の紹介 63:(CD−ROM版)
作物の細菌病−病徴診断と同定−
西山幸司・高橋幸吉・高梨和雄,日本植物防疫協会制作・著作
(2001) 2000円
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作物の細菌病−診断と防除−は,1991年に数多くの執筆者の協力を得て出版された。しかし,10年が経過し,追加・変更点や研究成果を補足する必要が生じ,改訂版をCD-ROM版として発刊した。 本書は作物別の細菌病の診断,病原同定及び防除に関する実用的専門書であり,作物の病害研究者のほか,広く学生,農業技術者,農業指導者等に対しても細菌病及びその病原細菌についての手引書として役立つ。本書は,HTML (Hyper Text Markup Language) 文書の長所を生かして多数のリンクが張りめぐらされており,また,画像情報を大量に取り入れてあるので,関連項目の調査が瞬時に表示でき,理解が容易な内容になっている。
本書の構成を次に示す。
1.日本産植物細菌病害の図鑑
1)細菌病害の病徴写真
病徴鑑定に役立つように,日本に発生する(あるいは発生したことのある)植物細菌病害を網羅的に記載して,簡単な病害説明を付け,病徴写真など700枚以上が載録してある。レイアウト表示のほか各々の拡大画面の機能も備えている。
2.日本産植物細菌病と病原細菌の種類
1)細菌病害の種類,病原細菌の種類,自然発病宿主の一覧表が掲載してある。
2)細菌病を抽出した病名目録,病原細菌の完全綴りおよび有効学名の異名表を作成した。
3)植物情報,宿主範囲,細菌の学名・異名が相互に調査できる機能が付与してある。
3.植物病原細菌の簡易同定
1)簡易同定78(二分法に基づく検索)
2)簡易同定96-MUC(MUCデータの陽性率鑑別表に基づく検索)
3)簡易同定96-API(API20NEデータの陽性率鑑別表に基づく検索)
以上,細菌の簡単で迅速な同定方法が提供されている。とくに,「簡易同定96」では主要細菌のプロフィールインデックスを整理して一覧に表示し,類似菌種の識別法を補足として掲載している。また,各細菌の宿主植物を表示し,試験方法も併せて開設してある。
4.最近話題の細菌および細菌病害
1)新しい細菌病害,新発生の病原細菌,最近話題の細菌病害
ここでは,最近発見された新病害,病原細菌,および最近話題になっている細菌病が解説される。
5.細菌の分離方法と細菌性状の調査方法
1)細菌の分離方法,細菌学的性質の調査方法,細菌株の保存方法
ここでは,細菌の分離から性状検査,保存までに必要な基礎技術の概略が解説される。