独立行政法人農業環境技術研究所の成果発表会が、平成18年9月28日に、東京で開催されました。独立行政法人としての第 I 期の5年間に得られた主要な成果をみなさんに紹介して農業と環境に対する理解を深めていただき、あわせて、ご意見を第 II 期の研究の発展につなげていくことをめざしました。
このページでは、当日会場に配布したアンケートでいただいた質問と、発表した研究者からの回答をお知らせします。当日のプログラムと、特別講演、成果発表の要旨については、情報:農業と環境78号の記事 を、アンケートの集計結果と写真については、情報:農業と環境79号の記事 を、それぞれご参照ください。
来場者アンケートでいただいた質問と発表者からの回答
●講演1 豊かな生物相をはぐくむ農業を探る (生物多様性研究領域 山本勝利)
<質問>
里山、水田などを 「だれが管理するのか?」 が課題とありましたが、これが最大の問題と思います。具体的に考えておられる事がありましたらお聞かせ下さい。
<回答>
ご存じのように、今日、里山や棚田、谷津田(やつだ)など、かつては農業生産に伴って維持管理されてきた二次的自然の多くで管理が放棄されています。これは、農業生産や生活様式の変化により利用価値がなくなったこと、中山間地域を中心に過疎化・高齢化が進んだため、管理のための労力が確保できないことなどが、おもな要因となっています。
これらの二次的自然の管理を、かつてのように農家のみに期待することは困難であり、市民の参加に期待する部分も大きくなっていますが、一方で、大都市から遠隔の地での日常的な管理を都市住民に期待することが難しいのもまた事実です。そのようなことから、里山や棚田、谷津田などの二次的自然を「国民全体の財産」と考え、その維持管理を国全体として支援することが重要です。
農林水産省は、このような視点から、平成17年度に策定した「農地・水・環境保全向上対策」に基づいて、「環境資源」の保全向上に向けた支援施策の構築を進めていますが、かつて国民の8割を農村住民が占めていたころのように豊富な労働力の確保は難しくなっています。
したがって、わたくしども研究機関としては、どのような場所をどのように管理すれば資源保全の視点から効率的かつ効果的かを判断するための技術、さらに、少ない労働力で効果をあげるための省力的な管理技術の開発、農業生産にとって有益で、同時に二次的自然の保全にも結びつくような管理技術の開発などを進めていきます。
●講演2 大気中に広がる農薬−その拡散と制御を考える− (有機化学物質研究領域 與語靖洋)
<質問>
大気に拡散する農薬では、農薬そのもの(活性本体)の物性は影響しますか? とくに粒子型での拡散の場合、POPsも検出されるそうですがどのような性質のものが大気で拡散しやすいと思われますか?
<質問の意味について>
質問は2つに分かれると考えます。
A) 土壌から大気中への拡散(移行)に、農薬の有効成分(活性本体のこと)の物性は影響するか?
B) 農薬が粒子状になって大気中を拡散する場合、その拡散に何が大きく影響するか?
<A)への回答>
農薬有効成分の物性値の中で、蒸気圧、水溶解度、水−オクタノール分配係数( Log Kow、疎水性の程度を表し、一般に土壌吸着性の程度を評価できます。医学、薬学分野では Log P を用いますが、環境分野では Log Kow を一般的に用いています。)などが、大気への拡散(移行性の)傾向に影響し、また、環境中での残留性が農薬有効成分の大気拡散量に影響します。そのことにより、以下のことに影響し、最終的に大気中の拡散する程度が違ってきます。
− 大気中を拡散する状態(もしくは、大気中での存在状態): 大気中ではガス状や粒子状(ミストや粉じんなどに吸着したもの)で存在し、その割合は農薬の有効成分によって異なります。
− 大気中の移動性: この後の質問とも関連しますが、大気中の拡散(存在)状態や気象(風)などによって、移動の仕方や距離が変わります。
− 大気中の消失(程度): 移動しているうちに、光や微生物などによって分解されます。
<B)への回答>
粒子状の場合は、その粒子の性状(ミストや粉じんなど)や大きさによって移動距離が変わります。また風や雨などによって遠くへ飛んだり、洗い流されたりします。
<質問>
散布量のどのくらいの割合がドリフト(2つ別々に)するのか(たとえば、トリフルラリン(トレフラン))。同一成分でも製造型によりスプレードリフトは異なるか(たとえば、EC、WP、SCなど水希釈剤で)。
<質問の意味について>
質問は2つに分かれると考えます。
A) 農薬が散布された場合、スプレードリフトとベーパードリフトはどのくらいの割合か?
B) 農薬の剤型(製造型のこと、または製剤)の違いがスプレードリフトに影響するか?
<A)への回答>
スプレードリフトの場合、散布装置(ブームスプレーヤ、スピードスプレーヤなど)、散布方法(水量、圧力、方向・高さ、ノズルの種類など)、散布時の気象(特に風速・風向)などによって、ドリフトする量や距離は大きく変わります。とくにヘリコプターや飛行機を用いた航空散布では、そのもの自体が起こす風がドリフトの大きな要因になります。また防薬ネットなどを使えばドリフトをある程度防ぐことができます。
一方、いったん土壌、水、作物などに吸着した農薬のベーパードリフトの場合は、前の質問への回答のように、有効成分の性質が拡散の量に大きく影響します。そのほか気象(温度や湿度)や土壌、水、作物など地上の状態の影響も受けます。
<B)への回答>
農薬の剤型(製剤)は、散布器具や散布方法に比べてドリフトへの影響は少ないと考えられます。農薬は一般には水で希釈して使用しますが、その希釈率が異なったり、展着剤を加用したりします。このような条件の違いはドリフトに影響すると考えられます。また、粉剤のように、水で希釈しないで散布するものもありますが、その場合は、粉の大きさが大きく影響する(小さいほど遠くへドリフトする)と考えられます。
ただし、剤型がどの程度影響するか、その詳細については現在でもあまりわかっていません。
<質問>
ハマキコン−Lが将来効かなくなる可能性があるか? BT剤が効かないコナガのように抵抗性遺伝子獲得の系統は自然界でも増えるかも知れない。農薬(BTも)なら種類をかえることで抵抗性の害虫をふせげる。でもフェロモン成分は1対1の関係ならばその抵抗性害虫は抑えようがない。「フェロモンが効かない」という不満が生産者からあがっている。早めの情報提供と対策をお願いしたい。
<回答>
性フェロモンを使った交信撹乱(かくらん)剤は、昆虫に直接には作用しませんが、雌雄間のフェロモンによる交信を撹乱して交尾を阻害します。その結果、次の世代の密度を低くすることにより効果を発揮するので、殺虫剤のように抵抗性系統の出現によって効かなくなる可能性は低いと考えられます。しかし、未防除の圃場(ほじょう)が近隣にある場合には、未防除圃場からの飛来があるなど、効果は変動するものと思われます。地域一帯での防除が必要です。
ご質問のハマキコン−Lは、チャノコカクモンハマキの性フェロモンの1成分だけをつかった交信撹乱剤です。この剤の効果が悪い地域があり、当研究所においてその原因の検討を行いました。フェロモン成分をすべて使った交信撹乱剤には効果があるという結果が得られ、現在では性フェロモンのすべての成分を含むハマキコン−Nが、農薬として登録され、利用されています。
このハマキコン−Nの場合にも、チャノコカクモンハマキの雌が性フェロモンの生合成機構を変えて放出する性フェロモンを変え、これに同調して雄が性フェロモンの受容器官を変えて新たな性フェロモンを認識できるようになると、効果がなくなる可能性はあります。これは生物の種が変わることと同じくらい大きな変化なので、そう簡単には起こらないと考えられます。
もし、このようなことが起こっても、この虫の性フェロモンを分析する手法は完成しており、新たな交信撹乱剤の開発に必要な、変化した性フェロモンを解明することはそう難しくないことから、このようなことで対応が可能と考えられます。
●講演3 東アジアの食料の生産と消費拡大が水質を変える (物質循環研究領域 新藤純子)
<質問>
窒素についてのお話を興味深く聴きました。リンやカリウムについても同様の問題があるのでしょうか?
<回答>
リンは窒素と同様、湖沼・内湾の富栄養化の原因となります。リンは土壌に強く結合するので、水と共に移動・流出する窒素と異なり、大雨によって土壌が流亡する時、土壌とともに大きなリン流出が起こります。また、窒素は長期的には脱窒によって大気に戻りますが、リンにはそのようなプロセスがないので、いったん湖沼などへ流出すると影響がより長期化します。モンスーン地帯の東アジアでは、とくに土壌が流亡しやすいために、リン流失が深刻な問題になっています。
一方、カリウムが流出しても、河川・湖沼の水質に影響を及ぼすことはほとんどありません。
<質問>
中国東部において窒素が多量残留することで、河川のみならず、東シナ海に移り海洋汚染につながるのでは? また、海(日本海の対馬海流)における窒素濃度は変化するのでしょうか?
<回答>
中国大陸の東シナ海沿岸では、窒素・リンの流出に起因する赤潮の発生が深刻な問題になっています。しかし、東シナ海から日本海にかけての広い海域において、実際に窒素・リンが高濃度になっているかどうかは不明です。また、沿岸海域における栄養塩類の濃度変化はかなり複雑で、たとえば「春季ブルーム(植物プランクトンの大発生)」が起きると、逆に栄養塩類の濃度は減少することがわかっています。
●講演4 大気CO2増加、温暖化で水稲の生育、収量はどうなる (大気環境研究領域 長谷川利拡)
<質問>
FACE実験でイネの品種による生育や収量の違いはあるのでしょうか? また雑草、虫、病気への影響はいかがでしょうか?
<回答>
大気CO2増加に対する生育や収量の応答が品種によってどのように異なるのか、CO2濃度上昇によって病害がどのように変化するかなどについても、東北農業研究センターとの共同で研究に取り組んでいます。以下、その概要です。
品種に関しては、乾物生産や収量のCO2応答に違いがあることがわかりました。CO2応答の品種間差異の要因については、現在解析中ですが、用いた品種の中では早生品種の方が籾数(もみすう)の増加率が大きく、その結果、増収率も大きい傾向にありました。一方、チャンバー実験でもさまざまな品種を供試して実験を重ねています。しかし、たとえば単純に穂が大きい品種が、必ずしも高い増収率を示すわけではなく、CO2応答の品種間差異の解明、すなわち将来のCO2環境に適応するための品種像については、さらに研究を進める必要があります。
余談ですが、アメリカで実施されたコムギのチャンバー実験の結果によると、1900年ころに育成された古い品種の方が現在の改良品種に比べてCO2増加に対する増収率が大きいことが示唆されています。品種によるCO2応答の違いは、今後の育種の方向にも影響する重要なテーマとして、研究を続ける予定です。
病害については、イネの主要病害である、いもち病、紋枯病が、対照区に比べてFACE区で多いことがわかりました。病害への感受性が高CO2濃度条件で高まる原因については、今年度(2006年度)開始した共同研究で継続して解明を進めています。
虫害や雑草との競合については、まだあまり研究が進んでいないのが現状です。ご指摘のように、将来の水稲生産を予測し、適応・対策技術を開発するためには、高CO2濃度や温暖化に対する影響を、単にイネの植物生理だけではなく、水田生態系の応答としてとらえる必要があると考えています。
<質問>
CO2濃度アップした米は種子として繰り返して持続使用できるのか?
<回答>
今のところ長期間実験した例はありませんが、日本でも前年のFACE米を種籾(たねもみ)として利用することは十分可能です。
ただ、FACE米におけるタンパク含量が外気CO2濃度区に比べて低くなるという事実はくり返して確認されています。また、別の研究では、種籾のタンパク含量が次世代の初期生育に影響を及ぼす事例が報告されています。このようなことを考え合わせると、CO2濃度上昇が翌年の種籾の品質に及ぼす影響がないとは断定できません。
現在、中国FACEでは、CO2濃度の次世代への影響について、FACE産種籾の世代更新を実験中で、近いうちに影響の有無が明らかになるものと期待しています。
<質問>
植物工場等ではCO2濃度を 1000 ppm にコントロールして栽培しているが、米の場合 1000 ppm でのテスト結果はないでしょうか?
<回答>
今後のCO2濃度の標準的な予測では、100年後に 1000 ppm に到達する見込みは小さいこと、FACE実験で 1000 ppm (外気+約 620 ppm ) を実現するためには、コストがかかり過ぎることから、1000 ppm まで上昇させたことはありません。
ただし、過去に行われたチャンバー実験では 1000 ppm 近くまでの広範囲でテストした例があります。その結果によると、CO2濃度の上昇効果は 160 から 500 ppm では顕著ですが、500 ppm 以上では小さくなります。このような、CO2濃度に対する生育反応の頭打ち現象は、光合成のCO2応答に関する理論からも裏打ちされているもので、CO2濃度が上昇しても、それに比例して増収するということはなさそうです。