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縄文時代の遺跡から発掘されたハスの種が約2000年の時を経て発芽した、という例もあるように、植物の種子は一般的に乾燥に強く、休眠状態にあるともいえます。この種子が休眠に入っていく過程で、大量に合成蓄積されるタンパク質が約30年前に報告され、LEA(late embryogenesis abundant)タンパク質と名付けられました。同じく乾燥耐性のある花粉の中にも大量に蓄積されることから、乾燥耐性に関連したタンパク質と考えられています。その後、葉や根など植物全体においても、乾燥や塩ストレス(イオン濃度の変化)によってLEAタンパク質は蓄積されることがわかりました。
LEAタンパク質は、その一次構造と発現パターンの違いからGroup1~6に分類されていますが、共通して高い親水性(水と結合しやすい)をもっています。試験管内での実験では、乾燥や塩ストレスなどに伴うタンパク質の凝集を抑える効果があることが確認されています。また、一般的なタンパク質が乾燥ストレスによって構造が変化するのに対して、LEAタンパク質では、通常はランダムな状態で構造を持たず、乾燥ストレスを加えるとα-ヘリックスのコイル状に構造化する、という興味深い性質を持っています。
植物に特異的であると思われていたLEAタンパク質ですが、2002年にTunnacliffe博士らによって、クリプトビオシスをする線虫にも存在することが報告されました。つまり、動物にも存在するタンパク質であることが発見されたのです。その後我々のグループも、ネムリユスリカ幼虫からGroup3に属するLEAタンパク質をコードする3つのcDNA(PvLea1、PvLea2、PvLea3)を単離することに成功しました。それからバキュロウィルスを用いてタンパク質を合成し、15分間煮沸したところ、沈殿凝集は見られませんでした。そのことからネムリユスリカの3つのLEAタンパク質も高い親水性を持つことが明らかになりました。また、3つの遺伝子とも乾燥および塩ストレスにより誘導されることがわかりました。
これらのことから、トレハロースの場合と同様、乾燥に伴う体液中のイオン濃度の変化が引き金になって、ネムリユスリカのLEAタンパク質の遺伝子発現が誘導されるものと考えられます。
ではLEAタンパク質はネムリユスリカが乾燥状態になる際、どのような働きをしているのか、仮説を立ててみました。大きく分けて二つの働きが考えられます。
一つ目として、幼虫の乾燥が進むにつれ、ランダム状だったGroup3LEAタンパク質はαヘリックス構造へと変化していきます。このヘリックス構造の親水表面はプラスとマイナスに分極しているめ、細胞内のイオンを結合することによって他のタンパク質が塩析(高濃度の塩によりタンパク質が凝集など変性すること)することを防いでいる可能性があります。またLEAタンパク質は両親媒性であるため、生体膜やタンパク質の疎水性の部分と結合して、生体膜やタンパク質の不可逆的な変性を防いでいる可能性があります。
二つ目として、Group3LEAタンパク質は、ヘリックスの疎水表面同士が結合して立体構造を作ります。これが乾燥に伴い繊維化が進んだ結果、細胞骨格のようになり、あたかも鉄筋コンクリートの鉄筋部分のようにガラス化したトレハロースの構造を強化して、乾燥に伴う細胞の過剰な収縮を防いでいる可能性が考えられます。
これらのことから、LEAタンパク質は、乾燥に伴い爆発的に増加し、トレハロースと協調しながらクリプトビオシス状態の生体成分を保護していると考えられます。
細胞はリン脂質の二重膜で囲まれた袋状の構造をしています。このリン脂質二重膜は水に溶けた物質(たとえば糖、アミノ酸やイオン)をまったく透さないどころか、水自体もほとんど透過することはありません。
では普段、どのようにして水や水溶性の物質が細胞内外を行き来しているかというと、リン脂質二重膜に埋め込まれたトランスポーターやチャネルと呼ばれる、膜タンパク質を経由して移動しています。このトランスポーターは様々な種類があり、透過する物質の選択性の高いものから、幅広いものまで存在します。たとえば人間の場合、どんなに食事を摂ったとしても、グルコーストランスポーターがなければ、血液中のグルコース(ブドウ糖)が体中の各細胞の中にいきわたることは出来ません。
ネムリユスリカの場合も、脂肪体で大量に合成されたトレハロースを個々の細胞に行きわたらせるには、トレハローストランスポーターが存在することが予想されました。しかし、これまで多細胞生物からトレハローストランスポーターは同定されていませんでした。そこで、ネムリユスリカにはトレハローストランスポーターが多く存在していると予想して、遺伝子の単離を試みました。その結果、完全長のcDNAの同定に成功しました。それから合成したcRNAを、本来はトレハロースを持たないアフリカツメガエルの卵母細胞に人為的に入れ発現させたところ、卵母細胞内にトレハロースの存在が確認され、膜がトレハロースを選択的に取り込んでいることがわかりました。このことから、得られたcDNAはトレハロースのトランスポーターをコードしていることが明らかになり、Tret1遺伝子と命名しました。
このTret1遺伝子より作成したTRET1タンパク質の性質を調べた結果、トレハロースに対する基質特異性が非常に高く、またその輸送に細胞のエネルギーをまったく必要としない促進拡散型のトランスポーターであることがわかりました。さらにTRET1のトレハロース輸送能力は非常に高く、100mM以上の濃度のトレハロースも十分な速度で透過させることが出来ました。これはクリプトビオシス誘導中のネムリユスリカ体内のトレハロース濃度に匹敵します。またTret1遺伝子は、脂肪体のみで発現が見られ、また乾燥していく過程で発現量が増大していることがわかりました。
これらのことから、TRET1はネムリユスリカ幼虫の脂肪体内で爆発的に合成されるトレハロースを、効率よく体液側に放出する役割を持っていることが示唆されました。