生物研の小松田上級研究員らの研究グループは、オオムギから葉の水分保持に必要な遺伝子を発見しました。その成果は専門誌「米国科学アカデミー紀要」に掲載されるなど、注目を集めています。ここでは、発見した遺伝子が葉の水分を保つ仕組みや、この遺伝子が植物の進化に与えるインパクトについてご紹介します。
オオムギを含めた陸上植物は、体の表面に「クチクラ層」という水分を通さない構造を発達させ、乾燥から身を守っています。ところが、切り取った葉がわずか1時間でカラカラに乾燥してしまうオオムギの変異体が見つかりました(下図)。この変異体はクチクラ層に欠陥があり、そのために水分が急速に失われると考えられました。
オオムギの変異体を詳しく解析したところ、"Eibi1遺伝子"という、細胞内での物質輸送に関わる遺伝子が壊れて働かなくなっていることがわかりました。さらに、イネでも、Eibi1遺伝子が壊れるとオオムギと同じく葉の水分が保持できなくなり、乾燥耐性が著しく低下することがわかりました。オオムギやイネのEibi1遺伝子が壊れた変異体では、クチクラ層を構成する「クチン」という物質の量が減り、クチクラ層の厚みが減っていました。これらの結果から、クチクラ層が正常に形成され、葉が水分を保つためには、Eibi1遺伝子が必要なことがわかりました。
今回の知見は、クチクラ層を厚くしたり、クチクラの組成を改変することなどを通じて、乾燥に強い植物の開発に役立つと期待されます。
10億年以上前という遙か昔、植物は水中で生まれました。その後水中で進化を続け、約4億5千万年前に上陸を果たしました。クチクラ層の発明と乾燥耐性の獲得は、植物が陸上に進出するための重要なステップだったと考えられています。Eibi1遺伝子は、イネに加えて、シロイヌナズナや、シダ、コケなどの陸上植物でも見つかり、これらのEibi1遺伝子は、オオムギのものとよく似ていました。一方、海藻である緑藻にもEibi1遺伝子がありましたが、陸上植物のものとは似ていませんでした。Eibi1遺伝子が進化し、クチクラ層を作れるようになったことが、「陸上植物誕生」という進化上の大事件のきっかけとなったのかもしれません。
[農業生物先端ゲノム研究センター 作物ゲノム研究ユニット 小松田 隆夫]