研究内容

 植物共生機構研究ユニットでは、植物と土壌微生物との細胞内共生の研究をおこなっています。土壌バクテリアである根粒菌は、マメ科植物と共生することで大気中の窒素をアンモニアに固定し、植物に供給します。土壌糸状菌であるアーバスキュラー菌根菌は、陸上植物のおよそ8割の種と共生することで土壌中のリンなどのミネラルと水分を植物に供給します。以上の作用から、植物と土壌微生物との細胞内共生の研究をおこなうことで、少ない肥料で農作物を栽培することが可能になり、エネルギー投入の少ない、環境に優しい、持続型農業を実現できると期待しています。
 我々の研究グループでは、以下の5項目について、マメ科モデル植物ミヤコグサ(Lotus japonicus)およびダイズ・イネを材料に、分子遺伝学・分子生物学的手法を用いて、細胞内共生に必要な植物遺伝子の同定・機能解析をおこなっています。

1.土壌微生物由来の共生シグナル物質の受容と細胞内シグナル伝達経路の解明

 根粒菌はマメ科植物の根から分泌されるフラボノイドを感知して、キチンオリゴ糖が脂肪鎖などの修飾を受けたNodファクターという共生シグナル物質を合成・分泌します。Nodファクターは根粒菌の種によってオリゴ糖の鎖長および修飾基の種類が異なっており、この構造特異性により、ダイズ根粒菌はダイズにのみ感染し、アルファルファ根粒菌はアルファルファにのみ感染するという宿主特異性が決定されています。宿主特異的なNodファクターは根の細胞膜に局在するNodファクター受容体、NFRによって受容されます。植物種により、NFRの受容体ドメイン(LysMドメイン)のアミノ酸配列は微妙に異なっており、宿主特異的なNodファクターのみを認識できるようになっていると考えられています。このLysMドメインは、キチン骨格と結合することが知られており、植物病原糸状菌を認識して抵抗性を発揮する際にもLysMドメインをもつキチン受容体が機能しています。これらの知見から、NFRは、病原応答に必要なキチン受容体から進化したと考えられます。

 NFRがNodファクターを受容すると、共生特異的な細胞内シグナル伝達経路が活性化されます。このシグナル伝達経路には少なくとも8つのタンパク質が必要であること、これらタンパク質は根粒菌との共生のみならず、菌根菌との共生にも必要であることが明らかにされています。そこで、このシグナル伝達経路は共通共生経路とも呼ばれます。共通共生経路で機能するタンパク質のなかで、二次情報伝達物質であるカルシウムの細胞内濃度変化(カルシウムスパイキング)を発生させる因子として、SymRK、Castor/Pollux、Nup85/Nup133/Sec13が知られています。また、カルシウムスパイキングの受容にはCCaMKという、カルシウムおよびカルシウムと結合したカルモジュリンを認識するタンパク質リン酸化酵素が重要な働きをしています。CyclopsはCCaMKと相互作用する機能未知の因子ですが、根粒菌及び菌根菌の感染成立に必須であることが証明されています。CCaMKはCyclopsをリン酸化することによって機能すると考えられます。CCaMKはCyclopsのみならず、CCaMK自体もリン酸化しますが(自己リン酸化)、リン酸化されるアミノ酸であるスレオニンをアスパラギン酸などに置換したCCaMKは、上流の経路が活性化されなくとも下流の経路を活性化し、根粒菌が感染しなくても根粒を形成させることができます。このようにして形成された根粒(自発根粒)は、根粒菌の感染によって形成された根粒と同様の構造をしており、CCaMKが根粒形成において中心的な役割を果たしている証拠になっています。

 このように、共生における細胞内シグナル伝達経路のあらましは明らかになってきましたが、実際にどのようにしてシグナル伝達経路が機能しているのかはほとんど不明のままです。例えば、Nodファクターを受容したNFRと共通共生経路にはどのようなタンパク質・低分子化合物が介在しているのか、菌根菌の共生シグナル物質(Mycファクターと呼ばれているNodファクターに類似の物質)によって活性化された共通共生経路はなぜ根粒を形成しないのか、などの疑問に答えるために研究を進めています。

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2.根粒菌の感染と根粒の発生の過程に必要な遺伝子の機能解析

 共通共生経路のシグナル伝達により、一連の共生特異的な転写因子が活性化されます。これらの転写因子は共生に必要な遺伝子の転写を調節し、根の表面(表皮細胞)では根粒菌の感染に必要な感染糸という構造を誘導し、根の内部(皮層細胞)では根粒原基を形成するために細胞分裂を誘導します。これまでに根粒特異的な転写因子としてNSP1/NSP2、NIN、ERNが同定されていますが、それぞれの機能分担については我々のグループを始め、世界中で研究が進んでいるところです。

 転写因子の機能発現には植物ホルモンが重要な働きをしています。例えばサイトカイニンは根粒原基の形成を正に制御し、ジベレリンは負に制御しています。一般的に、オーキシンやこれらの植物ホルモンは植物の細胞分裂を制御していることが知られていますが、実際にどのような分子機構で細胞分裂を調節しているのかは不明な点が多く、さらに、感染糸の形成に見られるような先端生長(細胞の一端が伸長する現象)と植物ホルモンの関係もよくわかっていません。根粒菌の共生はマメ科植物のみで見られることですが、共生における植物ホルモンの役割を解明することで、植物の生長・発達に関する基本的な知見が得られると考えています。

 感染糸の形成には前述したCyclops、NIN、ERNの他に、Cerberus、ALB1、Crinkleという機能未知のタンパク質が重要な働きをしています。また、アクチンの重合に関与するNAP1、PIR1も感染糸の発達を調節しています。表皮における感染糸の発達は皮層における根粒原基の発達と密接に関連しており、表皮と皮層のそれぞれの共生イベントを連携させる、相互伝達物質の存在が想定されています。また、感染糸を経由して根粒菌を取り込むことにより、効率的に特異的な根粒菌を共生させることができると考えられます。このように、感染糸の形成はマメ科植物でも限られた範囲に見られる特異的な現象ですが、植物の持つポテンシャルを明らかにしてくれる研究対象でもあります。

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3.根粒菌の窒素固定維持に必要な遺伝子の機能解析

 宿主植物に感染した根粒菌は感染糸を通って、根粒原基内の植物の細胞に侵入し、細胞内共生を開始します。細胞内に侵入した根粒菌は、植物細胞膜由来のペリプラズマ膜に包まれたシンビオソームと呼ばれる膜構造の中で、共生に特化した細胞内共生体(バクテロイド)の状態で存在し、窒素固定を行います。宿主植物は光合成産物その他必要な栄養素をバクテロイドに供給し、バクテロイドは窒素固定により空気中の窒素をアンモニアに変換しアンモニアやアミノ酸の形で宿主に供給します。共生窒素固定は大量のエネルギーや代謝産物を必要とする反応であることから、その活性を維持するために宿主は特別な代謝の体制をとっています。また、ある種の根粒菌変異株は細胞内に侵入することはできますが、窒素固定活性をまったくあるいは十分に発現できないことから、根粒菌が細胞内に侵入した後も宿主と根粒菌の相互認証は行われているものと考えられます。共生窒素固定活性を発現、維持するために必要な植物側の遺伝子を明らかにすることは、共生窒素固定を効率的に利用するためには必要不可欠だと考えられます。

 これまで、主としてマメ科のモデル植物ミヤコグサを用いて、窒素固定活性に異常のある変異系統を選抜し、それらを利用して窒素固定活性発現と維持に必要な植物側の遺伝子を明らかにする試みを行ってきました。細胞膜に局在するアンキリンリピートタンパクIGN1や、ホモクエン酸合成酵素FEN1等の遺伝子を同定、報告しましたが、特にFEN1の解析により、根粒菌の窒素固定酵素ニトロゲナーゼの活性中心FeMoコファクターの構成成分ホモクエン酸が、宿主植物により合成され根粒菌に供給されていることが明らかとなりました。これは宿主がバクテロイドの窒素固定に必須の化合物を合成し、供給することが示された初めての事例です。現在、これら以外にも同定した遺伝子の解析を進めており、共生窒素固定に必要な植物側の分子機構について明らかにしていきたいと考えています。

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4.ダイズの根粒菌感染特異性に関与する因子の研究

 ダイズはマメ科植物の中で最も重要性の高い作物ですが、子実中には乾物重の8%の窒素が含まれることから、その生産には多量の窒素栄養が必要です。ところが、投入した窒素肥料は茎葉部の生育に消費され、必ずしも子実生産の増大には結びつかないことから、その安定的な栽培には共生窒素固定の効率的な利用が不可欠です。

 窒素固定効率を高める方法として、高い窒素固定活性を有する優良根粒菌を選抜し、ダイズに接種するということが行われ、実験的には成果を上げていますが、実際の圃場では接種効果が思うようにあがらない場合があるという問題が生じています。それは、接種菌が土着の根粒菌との競合に破れることが原因であると考えられています。根粒菌と宿主植物との特異性を決定する分子機構を明らかにすることは、この問題を解決するための有用な知見をもたらすと考えられます。

 宿主マメ科植物とそれに感染する根粒菌の特異性を決定する因子としては、1.で記述したように、植物が分泌するフラボノイドと根粒菌が分泌するNodファクターが知られていますが、それ以外に、特定のタイプのダイズ根粒菌株の根粒形成を阻害するダイズ側の非親和性根粒形成調節遺伝子の存在が知られています。私たちは、その非親和性遺伝子を単離・同定することにより、ダイズにおける非親和性根粒菌株を排除する分子機構を明らかにすることを目指しています。

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5.イネの菌根菌感染に関与する遺伝子の同定

 先に述べたように、共通共生経路に属するタンパク質は、菌根菌との共生にも必要です。菌根共生能を持つイネ(Oryza sativa)は、日本の主要農作物であり、ゲノムリソース(全ゲノム配列情報、完全長cDNA配列情報、Tos17挿入変異体パネル等)が完備されていることから、正逆遺伝学的手法により、菌根共生を制御する遺伝子の同定や機能解析に適したモデル植物であると言えます。マメ科植物で発見された共通共生経路に属する8つのタンパク質はイネにも存在し、そのうちCASTOR、Pollux、CCaMK及びCyclopsはイネと菌根との共生に必要であることを明らかにしました。

 菌根共生は、陸上植物のおよそ8割の種で見出されています。イネにおける共通共生経路の存在は、根粒共生が菌根共生を基盤として、進化を遂げた共生システムであること示唆しています。その一方で、共通共生経路のタンパク質以外で、菌根共生を制御する因子の報告例はまだまだ少なく、菌根菌の感染を制御するメカニズムは、未だ解明の途にあると言えます。菌根共生のモデル植物であるイネを活用することにより、菌根共生を制御する遺伝子の同定・機能解析を進めています。

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