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プレスリリース
平成14年11月12日
独立行政法人 農業生物資源研究所
日本原子力研究所
沖縄農業試験場






イオンビームと再分化技術を用いたキク新品種の開発

【要約】
  農業生物資源研究所放射線育種場、日本原子力研究所高崎研究所、および沖縄県農業試験場は、イオンビーム照射と植物の再分化技術を用いて、キクの原品種(「大平」)(参考図)から6種類の実用的花色突然変異品種の育成に成功しました。この技術は従来の突然変異育種に比べて、キメラのない遙かに幅広い種類の突然変異体が誘発でき、今後ほかの作物への適用が期待されます。

  * 植物体に放射線を照射して突然変異体が得られたときには、元の細胞と突然変異の細胞が混じった状態のキメラ植物になります。その原因は高等植物は3層の細胞層から成り立ち、突然変異は1つの細胞に起きたものが1つの層にしか広がらないためです。従来の突然変異育種では、キメラの突然変異体になり安定した変異体を得るのに数年を要し(数回の切り戻しにより変異の部分を拡大し安定化させるため)、効率がよくありませんでした。この再分化技術では、1つの細胞から植物個体が再生できることから、キメラのない安定した真の突然変異体が得られます。  

【背景とねらい】
  突然変異を利用した農作物品種の育成は、これまで世界では2,200品種以上、わが国では280品種が登録され、大きな成果を上げています。突然変異を起こすための手段(変異原)は、国内外ともにガンマ線(X線を含む)が最も多く、70〜80%を占めています。放射線照射による突然変異育種は、

 (1) その植物に見られない新しい形質を創り出せる、
 (2) 特定の品種のある一形質だけを改良できる、
 (3) 植物の種類を選ばずあらゆる植物の改良ができる、
 (4) 比較的短期間で品種が育成できる、

といった利点があることから、今後さらに突然変異育種技術の効率を向上させるための新たな変異原と誘発方法の開発が求められています。
  キクでは培養技術を用いてガンマ線照射を組み合わせることにより、キメラのない花色の突然変異体を誘発できる技術を開発しており、10品種を育成しています。ここで培った培養技術をベースに、近年新たな放射線として登場したイオンビーム照射と組み合わせることにより、ガンマ線とは異なる花色の突然変異品種の育成をめざしました。

【イオンビームの特徴】
  イオンビーム照射は、日本原子力研究所がもつイオン照射研究施設(TIARA)の大型加速器(AVFサイクロトロン)を用いて、原子核(イオン)を光に近い高速度で加速し、正に荷電したビームを取り出して、植物の種子や培養体に照射することにより、突然変異を起こす方法です。透過性は浅いが、局所的に大きなエネルギーを与え、また透過深度も調整ができるという特徴があります。そのため、ある遺伝子のみに突然変異を起こすことが考えられ、新たな突然変異誘発の方法として期待されています。
  一方、ガンマ線は、コバルト60などの放射性物質から常時放射され、直進性と透過性が強いため、植物体の大小にかかわらず照射が可能ですが、単位線量あたり多くのエネルギーの痕跡を残すので多数の小さな変異が起きやすいという点がイオンビームとは異なります。

【イオンビームとキクの培養系を用いた突然変異誘発技術の開発】

  1. イオンビームは生体への透過深度が浅く(約1mm)、ビームの幅が極めて細いために、5cmの幅にビームを振って全面に照射をするスキャン照射が考案されました。キクでは照射材料を5cm径のシャーレに無菌培地を入れ、薄い花弁や葉片の培養外殖片を重ならないように敷き詰めて4〜5日後に照射し、その後組織培養により再分化個体を得ました。
  2. 順化したキクの再分化個体は、翌年には圃場に植え付けて、花色変異体を選別する方法を確立しました。花色変異体は再分化個体ごとに現れ、その後挿し芽による栄養繁殖を繰り返しても、変異花色は安定し、キメラによる分離はありませんでした。
  3. イオンビームの突然変異発現の特徴として、複色や条斑の花色突然変異体が得られることを世界に先駆けて明らかにし、今回育成した複色などの特徴ある突然変異体6品種()を種苗登録しました。

【成果の意義】

  1. イオンビーム照射の技術とキクの再分化技術との複合法が確立され、これまでの突然変異育種の効率を飛躍的に高め、また、突然変異の可能性を大きく拡大できました。
  2. イオンビームはガンマ線では得にくい突然変異体が得られ、新たな変異原として突然変異育種の幅を広げました。
  3. 育成された6つの突然変異品種は、花色のバラエティと複色を持ち、同時期に開花するので、新たな花の需要を広げることが期待できます。
  4. 本法は、キクのみならず培養再分化手法が確立された作物では、広く適用することができます。
  原品種の「大平」は、桃色の輪ギク品種で、全国で広く栽培できますが、特に温暖・多湿な亜熱帯の気候の下では、夜間に電照して開花時期を調節できる(露地抑制栽培)品種として適しています。6つの登録品種は、すべて桃色花の「大平」に由来し、平成7年に登録した6品種および平成14年度登録の4品種(参考図)(いずれもガンマ線照射による)とあわせて、16の花色がシリーズ化され、輪ギクだけではなく花壇用、鉢植え用としても用途を広げることができます。突然変異品種の特長として、原品種と同じ栽培法や防除法で、同じ時期に開花する点があり、実用栽培の上で大きな利点となります。

【課題の分担等】
  本研究は、日本原子力研究所高崎研究所においてイオンビーム照射技術の開発および突然変異の誘発を実施し、農業生物資源研究所放射線育種場において変異個体の再生、変異系統の選抜を行いました。また、沖縄県農業試験場園芸支場では、育種材料の選定と選抜系統の検定を実施しました。
  なお、農業生物資源研究所での本研究は、文部科学省原子力試験研究費と運営費交付金によって実施しました。

参考資料1参考資料2参考資料3


研究推進責任者:農業生物資源研究所 放射線育種場 場長永冨成紀
日本原子力研究所 高崎研究所 所長数土幸夫
沖縄県農業試験場長 場長島袋正樹
研究担当者:農業生物資源研究所 放射線育種場
 放射線利用研究チーム長森下敏和
 電話:0295−52−4620
日本原子力研究所 高崎研究所
 イオンビーム生物応用研究部 植物資源利用研究室長田中 淳
 電話:027−346−9540
沖縄県園芸支場 支場長外間数男
 電話:098−973−5530
研究広報担当者:農業生物資源研究所 広報普及課長下川幸一
 電話:0298−38−7004
日本原子力研究所 高崎研究所 庶務課長高柳裕一
 電話:027−346−9230
沖縄県農業試験場 企画管理室長大城良計
 電話:098−884−3415


【掲載新聞】

2002/11/13日本農業新聞、毎日新聞、日経産業新聞、日刊工業新聞、聖教新聞
2002/11/14化学工業日報、南海日日新聞
2002/11/19日本工業新聞
2002/11/21原子力産業新聞
2002/11/28農業共済新聞