【発表論文等】
N. Yamanaka, D. Zitnan, Y-J. Kim, M. E. Adams, Y-J. Hua, Y. Suzuki, M. Suzuki, A. Suzuki, H. Satake, A. Mizoguchi, K. Asaoka, Y. Tanaka and H. Kataoka. Regulation of insect steroid hormone biosynthesis by innervating peptidergic neurons. Proc. Natl. Acd. Sci. USA., 103, 8622-8627 (2006)
J. Truman. Steroid hormone secretion in insects comes of age. Proc. Natl. Acd. Sci. USA., 103, 8909-8910 (2006)

【背景】
   昆虫の脱皮・変態はステロイドホルモンである脱皮ホルモンによって誘導されますが、その合成器官である前胸腺の活性は、脳から分泌される合成促進因子である前胸腺刺激ホルモン(PTTH)によって主に支配されると考えられています。一方、最近になってPTTHとは逆に生合成を抑制するペプチド性因子(前胸腺抑制因子)の関与も私たちの研究グループによって解明されています。しかしながら、これらのペプチド性因子は全て脳から体液中に分泌される液性の因子(ペプチドホルモン)です。昆虫の前胸腺には何本かの神経が繋がっていることが数十年以上も前から報告されていますが、その役割はほとんど解明されていませんでした(図1参照)
   脱皮ホルモンの合成制御機構の全体像を解明する上では、前胸腺に繋がる神経の役割を解明することが必要であると考えられていました。

【詳細】
   カイコの中枢神経系から前胸腺に繋がる神経を介して前胸腺に運ばれるペプチドを推定するため、この神経に対して様々な既知の昆虫神経ペプチドに対する抗体を用いた染色を試みたところ、この神経はFMRFamideペプチドを認識する抗体によってのみ強く染色されることが明らかになりました(図2)
   そこで、中枢神経系からFMRFamideペプチドを液体クロマトグラフィーにより精製し、ペプチドのアミノ酸配列を決定しました。さらに、カイコ全ゲノム配列情報のデータベースであるKAIKOBLASTを利用し、FMRFamideペプチド遺伝子を単離することに成功しましたが、この遺伝子には4個のFMRFamideペプチドがコードされていることが明らかになりました。さらに、前胸腺に繋がる神経軸索をMALDI-TOFマススペクトロメトリーにより直接分析したところ、この4つのFMRFamideペプチドの分子量と完全に一致するピークが得られました(図3)。このことから、FMRFamideペプチドが神経を介して前胸腺に運ばれることが証明されました。
   前胸腺の培養系を用いた実験から、FMRFamideペプチドは前胸腺における脱皮ホルモン合成を抑制する作用をもつことが明らかになりました。さらに、カイコ最終齢幼虫を用いて発育にともなう神経からの信号の発生頻度の変動を測定したところ、この発生頻度は脱皮ホルモン濃度が低い時期に高く、脱皮ホルモン濃度の上昇に伴って低くなることが明らかになりました(図4)。このことから、FMRFamideペプチドは前胸腺の活性が低い時期に神経を介して前胸腺に作用していることが明らかになり、このペプチドが前胸腺における脱皮ホルモン合成の抑制因子であることが証明されました。これは、神経支配による前胸腺の活性制御機構を分子レベルで解明した初の例です。