【今後の展開】

   カイコを初めとした昆虫の系は脊椎動物に比べて神経細胞の数も少なくずっと単純です。したがって、カイコの系は、神経と血液中に分泌されるペプチドホルモンがどのように協調してステロイドホルモン合成を制御しているかを解明する良いモデルとなることが期待されます。

   今回の成果で示されたように、カイコ全ゲノムの解読およびマススペクトロメトリー解析技術の発達により、カイコの微小な組織からでも神経ペプチドやそれらの受容体を単離することが飛躍的に容易になりました。現在、カイコの神経ペプチドおよびそれらの受容体を網羅的に解析する研究を進めています。これらの成果は昆虫の発育・行動を制御する新たな機構の発見という基礎的な面ばかりでなく、従来とは異なる新たな農薬の標的部位の発見につながることが期待されます。

【用語説明】

脱皮ホルモン(エクジステロイド)
昆虫の脱皮または変態を促進する作用をもつステロイドホルモン。1940年に当時片倉工業研究所の福田宗一によってカイコの前胸腺から脱皮・変態を促進する物質が分泌されることが示され、その後1954年にA. ButenandtとP. Karlsonによって単離された。
前胸腺
昆虫の胸部に存在する腺組織。昆虫の脱皮・変態を誘導する脱皮ホルモンはこの組織で合成され、分泌される。形態は昆虫種によって異なっており、カイコでは第1気門付近に左右1対の組織が存在する。従来はPTTH(前胸腺刺激ホルモン)など液性の因子(ペプチドホルモン)によってその活性が制御されていると考えられてきた。昆虫の中枢神経系から何本かの神経が前胸腺に繋がっているが、それらの神経の役割はほとんど解明されていなかった。
前胸腺抑制因子
PTTH(前胸腺刺激ホルモン)とは逆に、前胸腺における脱皮ホルモン生合成を抑制する因子。昆虫ではカイコから前胸腺抑制ペプチドなどが前胸腺抑制活性をもつ因子として単離されている。
FMRFamideペプチド
1977年に二枚貝の神経節から初めて単離された、4つのアミノ酸残基(F[フェニルアラニン]M[メチオニン]R[アルギニン]F[フェニルアラニン]、末端はアミド化されている)からなるペプチド。その後、これと類似した構造を有する関連ペプチドが、昆虫や線虫からヒトを含む脊椎動物にまで広く存在することが明らかになっているが、その生理機能は多様で、子進化の過程にも謎が多い。