コラム
家の中に現れた奇妙なヤスデ:イソフサヤスデ
リビングに小さな侵入者
茨城県のある家屋の1階リビングに、4~7月の間、夕方から夜にかけて小さな虫が床面に現れました。毎晩のように2~10匹発見されたので、住人は刺されないか心配になり、この虫の正体を知りたいと、相談が寄せられました。
侵入者の正体
送られてきた虫の死体を実体双眼顕微鏡でみると、その体長は2ミリほどで、体表には長い毛が多数あり、はじめは小さな毛虫に見えました。しかし、尾部にあるブラシ状の毛の束を持ったチョウ目の幼虫は記憶にありません。そこで、腹面側を見ると多数の脚のようなものがあったので、これは昆虫ではなく、たぶんヤスデの仲間だなと思いました。
さらに詳しく見ると、脚(歩肢)の数は13対、体長、剛毛の分布、ブラシ状の尾毛からニホンフサヤスデ属のヤスデが候補に挙がりました。黒紫色の頭部で、腹面や歩肢が淡黄色の特徴をもち、体節が11節であることから、最終的にイソフサヤスデの成体と判断しました。私は、毛むくじゃらで、とても小さく海辺に生息するヤスデの存在を全く知らず、未知との出会いに驚きました。
イソフサヤスデの生態
イソフサヤスデという名前は、「磯に生息する毛の房を持つヤスデ」から由来すると思われます。このヤスデは、海岸の岩の割れ目や砂利の隙間に見つかっていました。今回は、意外にも海岸から2km程離れた家屋内で見つかったのです。過去には、伊豆八丈島で樹皮の割れ目から発見されており、陸地の樹木に生息した報告がありました。
多足類に詳しい筑波大学の八幡謙介博士に伺ったところ、イソフサヤスデは様々な成長段階の個体が多数集まって、1カ所の隙間に生息する習性を持ち、夜間に隙間から出てきて、周囲の地衣類や藻類を食べると考えられています。日本の東北以南の海岸沿に広く分布する普通種ですが、人間との関わりが薄く一般にはほとんど知られていません。
家の中になぜ出現したのか
今回のヤスデは、家屋周辺の樹木の樹皮下などから夜間に移動して家屋内に侵入したのか、家屋自体に存在する隙間に生息していたのか、発生源は不明です。しかし、家屋内に長期間、毎日のように複数の個体が目撃されたことから、家屋のどこかに住み着いていたのかもしれません。
健康被害はあるのか
イソフサヤスデは、その毛に触るとかぶれるといった人への健康被害は知られていません。今回の場合も健康被害はありませんでした。しかし、もし侵入した場所が食品工場だったらどうでしょうか。異物として混入したら、体に毛が生えたその姿に不快と感じる人は多いでしょうね。
参考文献
- 梅澤謙二・宮ノ下明大(2018)家屋内で発見されたイソフサヤスデ、ペストロジー, 33(1): 9-11.
関連情報
更新日:2019年02月19日