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第4話 『びっくり!勇太のパンもカビだらけ』
6月、毎日外は雨ばかり。そのせいか昼休みの教室にも人が増えたような気がします。いつもは昼練に出かけている勇太も、今日は机の前で何かやっているみたい。よっぽど退屈なのね・・・。
陽一「勇太くん、何してるんだい?あれ、ぶどうパン?」
勇太「欲しけりゃやるよ。」
陽一「えー、でもこれカビが生えてない?」
優子「それってもしかして、おととい私があげたやつ?」
勇太「いやー、せっかくもらったんだけど、部活の後で食べようと思ってて、すっかり忘れてた。」
優子「今度から勇太には絶対に何もあげないからね。」
先生「まあまあ。けんかは止めて、みんなこっちに来てごらん」
勇太「うわ先生、いつからそこにいたんですか。」
先生「ほら、これが例のパンに生えていたカビ。青くてふわふわしてるだろ。これを顕微鏡で見ると、ほうきの先みたいなところに丸い固まりがついてるだろ。この中に胞子が入っているんだ。」
勇太「胞子ってなんだっけ?」
先生「いわばカビの種みたいなものかな。これが風や水の流れに乗って、遠くまで飛んで行って、落ちた先でまたカビが生える。」
優子「カビって青いやつばかりじゃなくて、赤いのとか黒いのとかいろいろ見ますよね。」
先生「そうだね。カビは食べ物をダメにするものも多いけど、中には食べ物を作るのに使われているものもあるんだよ。たとえば君たちの中で甘酒を作ったことがある人はいるかな。」
勇太「去年の冬にお婆ちゃんに作ってもらったな。たしか酒かすで作るんだよね。」
先生「それはインスタントな作り方で、本式な作り方はコウジカビを使うんだ。」
陽一「カビをどうするんですか。」
先生「まず、蒸した米にコウジカビを生やして「麹(こうじ)」を作るんだ。これをおかゆにまぜて暖めておくと、でん粉がだんだん分解されて糖ができて甘くなっていくんだよ。」
ともよ「麹って、たしか味噌とか醤油を作るときにも使うんですよね。」
先生「よく知っているね。麹の働きは、原料の蛋白質やデンプンなどを分解して、糖などのもっと小さいものにすることなんだ。そして、小さくなったそれらのものを酵母が利用することで、味や香りがもっとよくなるんだ。あと意外かもしれないけど、かつお節を作るのにもコウジカビは使われているんだよ。」
勇太「本当?」
先生「本当だよ。かつお節は、蒸したかつおの身に何度もコウジカビを付けては乾燥させたものなんだ。これもカビが蛋白質を分解して味の成分を出す働きを利用しているんだね。」
優子「ふーん、カビもたまには役に立つんだ。」
先生「でも、世の中にはすごく恐いカビもいるんだよ。昔、七面鳥を飼っている人が餌にピーナッツをあげていたんだけど、ある日、バタバタと鳥が死にはじめたんだ。よく見ると豆にフラバス菌というカビが生えていたんだけど、そのカビがすごい毒を作っていたんだ。」
陽一「たしか最近、輸入ピスタチオから毒が見つかったっていう話があったけど、それと同じなんですか。」
先生「そう。これはアフラトキシンという毒で、すごく少ない量で毒性があるんだ。しかもたちの悪いことに、フラバス菌とコウジカビとはすごく良く似ているから、もしかしたらコウジカビにも毒をつくるものがいるんじゃないか、という疑問の声が出てきたんだ。」
ともよ「もし本当に毒を作っていたら、味噌も醤油も使えなくなりますわね。」
先生「だから、日本で使われている全部のコウジカビを集めて、アフラトキシンを作っていないか調べてみたんだけど、日本のコウジカビは大丈夫なことが分かったんだ。さらに、味噌や醤油に毒を入れておいても、だんだん毒が消えていくことも分かったんだ。」
勇太「でも、すごく良く似ているのにどうしてコウジカビは毒を作らないのかな?」
先生「それを調べるには、フラバス菌がどうやってその毒を作っているか調べる必要があるね。コウジカビに毒を作るのに必要なところが一つでも欠けていれば、毒を作らないことがわかるからね。この研究は今、世界中で続けられているんだよ。」
ともよ「早くこれがわかるとよろしいですわね。」
先生「そうだね。それから、カビはどんどん周りに広がっていくから、少ししかないうちに殺してしまった方が安全ではあるんだけれど、その方法の一つにソフトエレクトロンを使った殺菌法があるんだ。」
陽一「それって、放射線を当ててカビを殺すっていうことですか?」
先生「それはちょっと違うんだ。食べ物の殺菌に放射線を使うことは、国連機関のWHOによって安全性が保証されているんだけど、日本ではまだ認められていないからね。それに食べ物によっては、放射線を当てるとデンプンが分解したり油が酸化したりして品質が悪くなるものもあるから、よりよい方法が望まれていたんだ。そこで考えられたのがソフトエレクトロンの利用なんだ。」
優子「それで、これを使うとどんないいことがあるんですか?」
先生「これはγ線や電子線よりもエネルギーが低いから、食べ物の内部まで届かないんだけど、一方で食べ物の品質も落とさないんだ。幸いにして、豆とか穀物とかは、中にはばい菌やカビがいないから、殺菌するのは表面だけで十分だし、しかも普通、使う前に皮や殻を剥くから、中身は殺菌前と同じなんだ。」
ともよ「便利なものですわね。でも、これを使うのはすごく大きい機械が必要ってことはないんですか。」
ソフトエレクトロン殺菌を行なう機械
先生「γ線を使うところは、外に放射線が漏れないように大掛かりな施設が必要なんだけど、ソフトエレクトロン殺菌の場合はかなり小さい機械にできるんだ。ただし、表面しか殺菌されないから、台を動かして均一に全体が殺菌されるようにしないといけないんだけどね。」
優子「勇太のパンも、ソフトエレクトロン殺菌をしておけば陽一くんに食べてもらえたのにね。」
勇太「だからその話は忘れろって。」
--博士からのコメント--
パンや餅などには緑や赤、黒など種々の色のカビが生えることがあります。これらの自然に生えてくるカビは健康に害がないものがほとんどですが、カビの生えた食品は古くなっていますので食べない方が良いでしょう。カビは成長するのに酸素と水分が必要ですから、お餅は水餅にして酸素を遮断するとカビが生えてくるのを防ぐことができます。 カビの仲間には、昔から食物を作るのに使われてきたものがいます。コウジカビ(アスペルギルス・オリゼイ菌)は甘酒、味噌、醤油、かつおぶしなどを作るのに利用されますし、アオカビはブルーチーズを作る時に使われます。食物を作るのに使われるカビは、種こうじ屋さんがきちんと管理して販売しています。 ところで、コウジカビと良く似たカビにアスペルギルス・フラバス菌がいます。このカビは土の中などに棲息していて、アフラトキシンという強い毒素を生産します。コウジカビはフラバス菌と良く似ているので、毒素を作るのではないかと疑われましたが、日本で使われているコウジカビは毒素を作らないことが確認されています。 カビを殺菌する方法としてコバルト60から出る放射線(γ線)を利用している国もあります。γ線が当たった食品が放射線を出すようになることはなく、したがってそれを食べることで被曝することもありえません。最近では放射線照射によって生ずる品質の劣化を防ぐために、「ソフトエレクトロン」の利用が研究されています。この方法では中味を殺菌前と同じ状態に保ったままで、外部だけ殺菌できます。
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