国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構

農研機構 > 農業環境研究部門 > 夏季の農業気象(高温に関する指標)

研究資料
令和4年3月22日
農研機構 農業環境研究部門

2021年夏季の農業気象 (高温に関する指標)

はじめに

近年、夏季の高温による農作物の被害が多発しています。ここでは、水稲の生育に影響を与える 2021 年夏季の農業気象の概況を整理しました。具体的には、猛暑日と熱帯夜、ならびに水稲の登熟期間の平均気温の地域的な特徴を示し、気象データに基づく穂温の推定結果についても紹介します。

概要

1.1km メッシュの気温分布 5) (注1) を使用した解析によると、2021 年の猛暑日 (日最高気温 35 ℃以上) の記録回数は、1978 年以降の 44 年間で東日本が 17 番目、西日本が 19 番目の順位でした。また、熱帯夜 (日最低気温 25 ℃以上) の記録回数は、東日本が 13 番目、西日本では 25 番目の順位となり、近年では高温出現日が比較的少ない年でした。

2.登熟前半の平均気温が 26 ℃を超えると、品質の低下リスクが増加します。出穂日から 20 日間 (登熟前半) の平均気温が 26 ℃を超える地域は、関東、北陸以西の平野部に分布していましたが、その広がりや高温の程度は猛暑であった過去 3 年間(2018~2020年7) 8) 9))に比べて限定されていました。

3.穂温モデルを用いた解析から、7 月後半の穂温は全国的に平年より高く (九州南部は除く)、東日本・北日本では記録的な猛暑年であった 2018 年に匹敵する高温であった可能性が示されました。特に北海道・東北地方北部での高温は顕著でした。一方、8月前・後半の穂温は、東日本で平年並み、西日本では平年よりやや低めと推定されました。

(注1) アメダス地点の日最高気温と日最低気温の定義は年代によって変化し、そのままでは長期の気候変動解析には利用できません。本解析では、時別の気温観測データを用いて各地点の日平均/日最高/日最低気温を算定し、それらのデータに基づき長期解析用の 1km メッシュの気温分布を算定しました。前年度までに公表した資料 (「2013年夏季の農業気象」 6) から「2020年度夏季の農業気象」 9) まで) でも、同様な方法で作成した 1km メッシュの気温分布を利用しています。

内容

1.猛暑日と熱帯夜

2021 年の猛暑日 (日最高気温 35 ℃以上) の記録回数は、1978 年以降の 44 年間で東日本が 17 番目、西日本が 19 番目の順位でした (図1) 。また熱帯夜 (日最低気温 25 ℃以上) の記録回数は、東日本が 13 番目、西日本では 25 番目の順位となりました (図1)。猛暑日と熱帯夜の記録日数は過去 44 年間で増加傾向にあり、東日本では猛暑日と熱帯夜とも 2018 年が最多、西日本では猛暑日が 1994 年、熱帯夜は 2010 年がそれぞれ最多となっています (図1)。2021 年は 7 月中旬から 8 月上旬にかけて、北日本では記録的な高温&多照となり、平年より 3 ℃以上も高くなりました3)。東日本・西日本におけるこの期間の気温は一時的に高温に見舞われた地域もあるものの、平年並みかやや高い程度にとどまり、日照時間も少なめでした3)。8 月中旬は全国的に低温となり、東日本・西日本では前線が停滞した影響で、低日照・多雨となりました3)。このような天候の推移を反映して、2021 年は東日本・西日本 (北海道は含まず) における猛暑日と熱帯夜の出現頻度が少ない年になりました (図1)。

次に猛暑日と熱帯夜の発生程度を表す日中と夜間の高温指標 2) を用いて、気温分布の特徴を調べました (図2)。2021年は、関東内陸 (埼玉県と群馬県、栃木県の県境)、東海の平野部 (愛知県と岐阜県の県境付近)、近畿の一部 (大阪府と京都府) ならびに九州北西部 (福岡県、佐賀県、熊本県の平野部)、新潟県などを中心に猛暑日の発生頻度がやや高い地域が認められるものの、関東内陸と東海の平野部における発生頻度は、2018 年以降では最も低くなっていました (図2図A1)。熱帯夜については、関東、東海、近畿、北陸の平野部、九州南部と北西部、瀬戸内の一部に、発生頻度がやや高い地域が分布していました (図2)。

2.登熟期間の平均気温と暑熱指数

出穂日から 20 日間 (登熟前半) の平均気温が 26 ℃を超えると、水稲の白未熟粒の発生が増大し、品質の低下リスクが生じるとされています 11)。2021 年はそのような地域が、関東、北陸以西の平野部に広く分布しましたが、その広がりや高温の程度は猛暑であった過去 3 年間 ( 2018~2020 年 7) 8) 9)) に比べて限定されていました (図3)。出穂日から 20 日間の平均気温が 26 ℃を超える地域は、この期間の暑熱指数 HD_m26 が高い地域とおおむねね対応しますが、2021 年は HD_m26 が 40 ℃×day 以上の地域はほとんど認められませんでした(図3)。出穂日は農林水産省統計資料に基づき、作柄表示地帯別に与えています。

3.日中における推定穂温

高温不稔は温暖化によって増加が懸念される水稲の高温障害の一つですが、出穂・開花時の穂温が高温になると高温不稔発生のリスクが増加します 13)。7 月後半(7/16-31)の推定穂温は、九州南部を除いて全国的に平年より高くなり、東日本・北日本では記録的な猛暑年であった 2018 年 7) に匹敵する高温となりました (図4)。特にこの期間に記録的な高温&多照であった北海道・東北地方北部では、平年値 (1990~2020 年) を 5 ℃以上も上回りました。一方、8 月中旬の全国的な低温と、8 月の日照時間が西日本を中心に低下した影響で、8 月前・後半の推定穂温は、東日本で平年並み、西日本では平年よりやや低めとなりました (図4)。

出穂日前後 7 日間と前後 5 日間の日中(10~15 時)における平均穂温の推定値の分布を見ると、関東以西の太平洋側では猛暑であった過去 3 年間 (2018~2020年 7) 8) 9)) のような高温の地域は存在せず、新潟県の平野部に 33 ℃以上の高穂温の地域が見られました(図5)。北海道・東北地方北部では、33 ℃以上の極端な高温の出現はないものの、北海道においては過去 44 年間の中でトップレベルの高穂温が推定されました (図5図A5図A6)。

引用文献

1) Ishigooka Y., Fukui S., Hasegawa T., Kuwagata T., Nishimori M., and Kondo M. (2017) Large-scale evaluation of the effects of adaptation to climate change by shifting transplanting date on rice production and quality in Japan, J. Agric. Meteorol., 73(4): 156-173.

2) Ishigooka Y., Kuwagata T., Mishimori M., Hasegawa T., and Ohno H. (2011) Spatial characterization of recent hot summers in Japan with agro-climatic indices related to rice production, J. Agric. Meteorol., 67(4): 209-224.

3) 気象庁 (2021) 夏 (6~8月) の天候. https://www.jma.go.jp/jma/press/2109/01b/tenko210608.html

4) Kuwagata T., Yoshimoto M., Ishigooka Y., Hasegawa T., Utsumi M., Nishimori M. Masaki Y., and Saito O. (2011) MeteoCrop DB: an agro-meteorological database coupled with crop models for studying climate change impacts on rice in Japan, J. Agric. Meteorol., 67(4): 297-306.

5) 清野 豁 (1993) アメダスデータのメッシュ化について.農業気象,48(4): 379-383.

6) 農業環境技術研究所 (2014) 2013年夏季の農業気象 (高温に関する指標) .研究資料,https://www.naro.affrc.go.jp/org/niaes/agromet/2013.html

7) 農研機構 農業環境変動研究センター (2019) 2018年夏季の農業気象 (高温に関する指標) .研究資料,https://www.naro.affrc.go.jp/org/niaes/agromet/2018.html

8) 農研機構 農業環境変動研究センター (2020) 2019年夏季の農業気象 (高温に関する指標) .研究資料,https://www.naro.affrc.go.jp/org/niaes/agromet/2019.html

9) 農研機構 農業環境研究部門 (2021) 2020年夏季の農業気象 (高温に関する指標) .研究資料,https://www.naro.affrc.go.jp/org/niaes/agromet/2020.html

10) 西森基貴, 石郷岡康史, 若月ひとみ, 桑形恒男, 長谷川利拡, 吉田ひろえ, 滝本貴弘, 近藤始彦 (2020) 作況基準筆データを用いた近年の日本のコメ品質に対する気候影響の統計解析. 生物と気象, 20: 1-8. https://doi.org/10.2480/cib.J-20-054

11) 森田 敏 (2008) イネの高温登熟障害の克服に向けて.日本作物学会紀事, 77(1): 1-12.

12) Yoshimoto, M., Fukuoka M., Hasegawa T., Utsumi M., Ishigooka Y., and Kuwagata T. (2011) Integrated micrometeorology model for panicle and canopy temperature (IM2PACT) for rice heat stress studies under climate change, J. Agric. Meteorol., 67(4): 233-247.

13) Yoshimoto M., Sakai H., Ishigooka Y., Kuwagata T., Ishimaru T., Nakagawa H., Maruyama A., Ogiwara H., and Nagata K. (2021) Field survey on rice spikelet sterility in an extremely hot summer of 2018 in Japan, J. Agric. Meteorol., 77: 262-269.

担当研究者

農研機構 農業環境研究部門 気候変動適応策研究領域

桑形 恒男
吉本真由美
長谷川利拡
西森 基貴
滝本 貴弘

農研機構 北海道農業研究センター芽室研究拠点 寒地畑作研究領域

石郷岡康史

データ提供について

1978年以降の各年における夏季の高温指標に関する画像データ (PSファイル) を提供します。詳細はこちらをご覧ください。

問い合わせ先

研究担当者:

農研機構 農業環境研究部門 気候変動適応策研究領域

作物影響評価・適応グループ長  長谷川利拡
TEL 029-838-8204

広報担当者:

農研機構 農業環境研究部門 研究推進部

研究推進室(兼本部広報部)  杉山 恵
TEL 029-838-8191 (6979)
電子メール niaes_kouhou@ml.affrc.go.jp

日最高気温が35度以上になった回数と日最低気温が25℃以上になった回数を東日本と西日本に分けて表示 (グラフ)

図1.日最高気温が 35 ℃以上になった回数 (左図) と日最低気温が 25 ℃以上になった回数 (右図) の年々変化 ( 1978 - 2021 年の過去 44 年間)

1981 - 2000 年の 20 年平均値を 100 とした時の相対値。1km メッシュの気温分布 5) (長期の気候変動解析用(注1) )に基づき算定。ここで、東日本は中部地方より東の地域に対応し、西日本は近畿地方より西の地域が対応する (ただし北海道と沖縄は含まず) 。

(全国マップ)
(全国マップ)

図2.日中の高温指標 HD_x35 (℃×day) (上図) と夜間の高温指標 HD_n25 (℃×day) (下図) の分布 (2021 年)

1kmメッシュの気温分布 5) (注1) に基づき算定。

2つの高温指標は次式で定義され 2)、それぞれ猛暑日と熱帯夜の発生程度を表している。

HD_x35 (℃×day) = ∑[max(Tmax-35, 0)]

:日最高気温 Tmax が 35 ℃以上の日 (猛暑日) の気温超過量を毎日積算する。

HD_n25 (℃×day) = ∑[max(Tmin-25, 0)]

:日最低気温 Tmin が 25 ℃以上の日 (熱帯夜) の気温超過量を毎日積算する。

過去における日中と夜間の高温指標の分布 (1978年以降) を、参考資料として 図A1 および 図A2 に示した。

(全国マップ)
(全国マップ)

図3.水稲の出穂日から 20 日間の平均気温 (上図) と暑熱指数 HD_m26 (℃×day) (下図) の分布 (2021年)

1kmメッシュの気温分布 5) (注1) に基づき算定。出穂日は作柄表示地帯別に、農林水産省統計資料から取得。2006 年時点で水田が存在していなかったメッシュは、灰色で示している。

水稲の出穂日から 20 日間の暑熱指数 HD_m26 は次式で定義され 1) 2)、この値がおよそ 20 (℃×day) を越えると、品質低下のリスクが増すことが示されている 10)

HD_m26 (℃×day) = ∑[max(T-26, 0)]

(出穂日から 20 日間の期間で日平均気温 T を積算)

過去における水稲の出穂日から 20 日間の平均気温と暑熱指数 HD_m26 の分布 (1978年以降) を、参考資料として 図A3 および 図A4 に示した。

48の気象台 (旭川、札幌、・・・、鹿児島、宮崎) の気象データをもとにしたグラフ

図4.7月後半(7/16-31)、8月前半(8/1-15)ならびに 8月後半(8/16-31)における、全国各地の開花時刻(10~12 時)の平均穂温の推定値の分布

出穂・開花期においては、10~12 時は開花時刻にほぼ対応する。エラーバーは日々の標準偏差を示す。
2021 年と 2018、2020 年の結果、ならびに 1981-2010 年の 30年間の平均値。「モデル結合型作物気象データベース」 (MeteoCropDB) 4) で提供される全国の気象台48地点の気象データと穂温モデル 12) より算定。

(全国マップ)
(全国マップ)

図5.水稲の出穂日前後 7 日間 (上図) ならびに出穂日前後 5 日間 (下図) の日中 (10~15 時) における平均穂温 (℃) の推定値の分布 (2021年)。

1km メッシュの気象分布のデータと穂温モデル 12) により算定。出穂日は作柄表示地帯別に、農林水産省統計資料から取得。
穂温の計算には 1kmメッシュの気温分布 5)(注1) 以外にも、風速、日射量、相対湿度などの 1km メッシュの気象分布のデータが必要となる。2006 年時点で水田が存在していなかったメッシュは、灰色で示している。
これまでの現地調査によって、出穂日前後 5 日間の日中 (10~15 時) の推定穂温は、高温不稔の発生率との関係性が高いことが確認されている13)。ここでは出穂日の地域的なばらつきを考慮して、出穂日前後 7 日間の日中 (10~15 時) の推定穂温の分布も掲載している。
過去における水稲の出穂日前後 7 日間と出穂日前後 5 日間の日中 (10~15 時) における平均穂温 (℃) の推定値の分布 (1978年以降) を、参考資料として 図A5 および 図A6 に示した。

(全国メッシュマップ25枚)
(全国メッシュマップ25枚)

図A1.過去における日中の高温指標 HD_x35 (℃×day) の分布 (1978年以降)

(全国メッシュマップ25枚)
(全国メッシュマップ25枚)

図A2.過去における夜間の高温指標 HD_n25 (℃×day) の分布 (1978年以降)

(全国メッシュマップ25枚)
(全国メッシュマップ25枚)

図A3.過去における水稲の出穂日から20日間の平均気温分布 (1978年以降)

出穂日は作柄表示地帯別に、農林水産省統計資料から取得した。2006 年時点で水田が存在していなかったメッシュは、灰色で示している。

(全国メッシュマップ25枚)
(全国メッシュマップ25枚)

図A4.過去における水稲の出穂日から20日間の暑熱指数 HD_m26 (℃×day) の分布 (1978以降)

出穂日は作柄表示地帯別に、農林水産省統計資料から取得した。2006 年時点で水田が存在していなかったメッシュは、灰色で示している。

(全国メッシュマップ25枚)
(全国メッシュマップ25枚)

図A5.過去における水稲の出穂日前後7日間の日中 (10~15時) における平均穂温 (℃) の推定値の分布 (1978年以降)

穂温モデル 12) により算定。出穂日は作柄表示地帯別に、農林水産省統計資料から取得した。2006 年時点で水田が存在していなかったメッシュは、灰色で示している。

(全国メッシュマップ25枚)
(全国メッシュマップ25枚)

図A6.過去における水稲の出穂日前後5日間の日中 (10~15時) における平均穂温 (℃) の推定値の分布 (1978年以降)

穂温モデル 12) により算定。出穂日は作柄表示地帯別に、農林水産省統計資料から取得した。2006 年時点で水田が存在していなかったメッシュは、灰色で示している。

NARO 農研機構
法人番号 7050005005207
(C) 2001-2021 National Agriculture and Food Research Organization All Rights Reserved.